決着
『落伍した英雄』は左下肢の痛みに気づくと、頭部から背面に伸びる芯骨を回転軸とし、火孔を吹かして回転、その遠心力を使って左下肢を振るった。
左脚の可動域を確かめようとしたようだが、今更あまり意味のないことだ。
放射線は、細胞内を通る際の強い摩擦によって、周囲の原子にエネルギーをばらまき、高エネルギーを吸収した原子は、自らの周囲を回る内殻の電子までをも弾き飛ばし、分子の繋がりを破断させる。
対抗するには四手子による対宇宙の法則の引き出しと“縛”の熱による硬い結合がいるが、黒皮はともかく、内部の細胞では強い放射線を防ぎきれない。
細胞が砕けたことで内部プラズマを制御できなくなり、結果として、迸る雷花によって、脚の内部を焼き切られまともな飛行ができなくなった。
内部ワイス機構は反射的に“散”熱を停止し、“縛”熱を強め放射線を防いだが、これは細胞の硬直や血液の凝固を招き、大部分を壊死させてしまう。
死を遅らせるだけの、ほんの時間稼ぎだ。
私ならどう対処するだろう?死に際し何を想うだろう。
それは考えつかぬながら、彼の決断は早かった。
“落伍した英雄”は死に臨んでも、勝利を諦めなかった。
己を戦いから遠ざける、左脚の挙動、右肩の不調、天地四方をなくした飛行を嫌うかのように、全ての火孔の開閉扉を閉じた。
すると電離気体が噴き出すのが左下肢と右肩だけになり、彼は冷静に冷徹に、問題箇所を見極め、掴んでいた角柱で左脚の付け根から一息に貫く。
神経も刺し貫いていたから痛みはすごいだろうが、串刺しにされた左脚がずくんと伸びて固定、それによって、狂っていた飛行が僅かに安定、死を悟った彼は角柱を手放し、すっと重力に引き寄せられる。
彼は上空に来ていたから、引力を利用し低空にいる七を狙って最期の攻撃を仕掛けるつもりらしい。
死にゆく彼の激情の現れか、彼の総関節を埋める靭毛が、先ほどまでより強い紅輝を閃かせ、死に際した“波統”の爆発により、身体の歯止めを外し、尋常ならざるシ速四百十フォアを叩き出す。
固圧補助無しの超速は、火孔を抑える超伝導磁体の停止を意味し、出力限界と共に内部すらも焼き、死の早めを意味する。
内部を灼かれつつ、最期の突撃を敢行する“落伍した英雄”に動きが見えた。
何故か、左の楕円の刃を、自らの右腕の根元に振り下ろしたのだ。
振るった刃は自らの腕を切り裂き進み、割かれた肉の断面から、血液の溶岩が噴き出て、赤き輝きが宙に飛散する。
考えただけで痛そうだが、確かに先ほどから右腕が飛行の邪魔になっていて、挙動が不規則だった、それで見切りをつけたんだろうか?
それはわからんが、これがきっと彼の最期の決断になるだろう。
切断された右腕は迸る雷花と溶鉱、蒸気となる液化ヘリウムに彩られ、超臨界の大気に舞い、引き離される右腕に黒皮の細い繊維がかろうじて繋がりを作り、後方にはためいていた。
下位個体は、使い物にならなくなった左の楕円刃の代わりに、繊棘で右腕を串刺しにして、ひき戻し、右腕とそれについた刃を左手で掴み武器とした。
それは壮絶な落下だった。
錐揉みする総身と、黒皮を打つ絶え間ない大気の暴流、のた打つプラズマの推力を、まともに動く右下肢と左上半身で修正しながら、恐ろしいほどの精度と峻烈さを持って七に狙いを定め続けた。
格闘に天性を持った個体だからか、固圧の砲火に晒され、黒皮がただれて剥離し、全身が穴だらけになっても、最早捨て身となったその落下突撃を遮るには至らない。
危険空域にいた七は、上空から迫り来る捨て身の攻撃から逃れられないとわかると、自らの場所に到達する前に槍を構え、光言語を発した。
その光の順列は、赤、白、緑。
意味は--。
『汝の死を讃える』
七はそれだけ伝えると、固圧を回避するため下方に動きつつ、到達する前に骸となった英雄に、手向けの暗紅槍を突き立てた。
“落伍した英雄”の核融合炉は激突の少し前に既に止まっていて、肉体の構造を維持するための“縛”の熱を作り出すことが出来なくなっていた。
彼らの肉体は“縛”の熱によって結合しているものだから、熱の供給が止まると身体はさしたる時間もかけずに、泡沫となり大気に消えていく。
だから激突は勢いの割には酷く儚い音だった。
消えゆく下位個体の身体は、ワイス結合を失った石墨構造の弱さ故に、衝撃が伝わった傍から儚き音を立てて砕け散っていく。
崩れ折れ最早用を為さない頭部胴体と四肢の間で、唯一殺傷力を残していた楕円の刃は、暗紅槍によって肩口から貫かれ宙を舞い。
飛散した溶岩の紅き飛沫が、七の顔の黒皮の表層に飛び散り、そう間もなく暴風に流されるか、超臨界を迎えた水素に溶かされて消えた。
七は激突の衝撃を火孔で相殺しつつ、崩れかけの遺骸を掴み上げると、飛来する固圧への楯として使い、それにも使えなくなるとあっさりと千フォアの中空から無造作に放り捨てた。
--あっけない、酷く呆気ない最期だった。
私はやはり冷徹な彼らの在り様が好きではないし、戦争も好きではない。
もうじき滅びる世界でも、やっぱり好きではなかった。
……ただ、いつも思うのだが、彼らの死は意外と美しく、それほど醜くは感じない。
味方を撃ち殺した“外貌無き球鎖”は七が危険空域から脱したのに気づくと、逃避を開始した。
核融合生物たちは逃げるのに躊躇はしない、この戦いの世で生き残るには退避こそ重要だからだ。
それはそれとしても七が、極小固圧ナシで勝つとは思わなかったな。
「まあさすがは、首領といったところか、私の援護なぞいらんだろう」
どうせ言葉は聞こえない、彼は赤光を灯し、遠方の敵と戦闘を始めている。
七は遠距離戦に関しては固圧を任せる気はないようで、五万フォア先の敵の周囲に極小固圧を出現させ、味方の攻撃を当てることで屠っているようだった。
言葉のほぼない無謀な彼と、身体を持たぬ戦下手な私、とても世界の滅びは伝えられそうもなく…………まあ、そんなものだろうな、と納得はしていた。
七は気づいているかはわからないが、今回の戦争は普段とは様子が違っていた。
いつもなら二シシュほどで互いの領地に退いていき、休んでから再び戦争を始めるのだが、今は四シシュ経っても戦争を止めない。
一ジュは八シシュだから、もう半ジュは戦い続けていることになる。
これだけ戦うと命が危うい。結局のところ彼らはエネルギーを非常に喰う生命なのだ。
核融合なんていう大それたエネルギーを個々に持ち、そのエネルギーを消費することで過酷な環境に適応しているため、細胞の負荷は高く、新陳代謝が異常に激しい。
その代謝を補うためには、二ジュに五度の食事が必要で、だから三シシュを越えて戦うと食事の機会を逸してしまい、大変危険なのだ。
まあ戦争に参加する者は、子育期をすぎた成体たちで、全滅した所で、種の生存にはあまり影響はないから最悪諦められる。
それにしてもなぜ戦いが長いのか。
……私が推移を見極めていると、長い戦いの影響は如実に出始めた。
七の配下には強力な力を持った個体が四体いる。
これはどの勢力にも数体はいるが、私の区分だと名前持ちの10体が“上位個体”
あとは固圧同時生成量に応じて。
一千万以上を中位個体最上位、八百万から一千万までを中位個体上位、三百万から八百万を中位個体中位、五十八万から三百万までを中位個体下位、それ以下を下位個体としている。
七配下の中位個体で、最上位と言える個体は四体、“麾下の四兵”と私が呼ぶ個体達だ。
この個体たちは撃発固圧生成量が一千数百万から三千万付近と多く、強いだけあって戦闘で死ぬことはほぼないのだが、それは何も、全ての面での優位を示さない。
彼らのような強い個体は身体を酷使しているため、凡庸な他の個体に比して消耗が大きいのだ。
だから今回の様に休息の時間がないと、彼らのような強い個体の方が早くに行動限界を迎える。
本来上位個体である七がその最もたる例に含まれるのだが、極小固圧が得意な七は全力を出すことがほぼないため、意外と消耗しない。
その影響はどのようにでるだろうか。
それからまた時間が過ぎ、四シシュを過ぎ五シシュの時間が経過すると“麾下の四兵”の動きが精彩を欠き始めた。
体内物質が不足した時、最も早く破綻をきたすのは温度変化の激しい、冷化したヘリウムの管と溶岩の管とが交錯する部位である。
戦闘によって遅筋の活動が活発になると、電流が体内をより多く巡り、電位差によって温められている溶岩管(熱管)はさらに高温となり、へリウム管(冷却管)はより冷えていく。
時折行われる管の交錯は、暖まり過ぎた溶岩を冷やすためにあるため、溶岩が高温になればなるほど、冷却管との接触が繰り返され、管に使われる細胞の消耗を速めてしまう。
その結果、管がへたって動かなくなり、熱管の冷却が効かなくなるとどうなるか?
基本的には電流量を抑え、体内の冷却を空冷に頼るようになる。
黒皮の複層石墨は元々は熱伝導の良い石墨の構造を“縛”の熱、つまりワイス結合で縦にも強く補強し固めたものだ。
“散”熱の巡りの良い石墨構造をワイス結合が阻害している形になるため、空冷を高める際は“縛”の熱を減らし、縛りを緩くすれば、自然と黒皮は石墨由来の熱伝導の良さを多少取り戻し、超臨界流体によって急速に体内の熱が奪われていく。
それが危機を知らせる歯止めの役割だが、この状態はとても身体が脆くなる。
ダイヤモンドより僅か硬い程度では、小さな固圧にぶつかるだけでも、簡単に身が削られていく。
結果、身体の安全機構が働いて火孔が勝手に減速、飛行速は著しく落ち、戦闘機動は取れなくなる。
その後はゆっくりと降下し、荒野に着地し、『食べ物』の意味をもつ白光を身体に灯し、食事を取る必要がある。
その間はただの的に近い。
食事中は殻固圧である程度の攻撃は防げるものの、基本的に熱殺に対し無防備なため、殺すかどうかは敵の判断に委ねられる。
一応武器を使った高度な熱殺阻止技法も存在するが、食事中の熱殺阻止技法は遣い手が少ないため、大多数は文化的な防御に頼る。
文化というものも強いもので、『食べ物』の意味の白い光言語を灯すだけで、その個体が食事を終え、赤光を灯すまで攻撃をしないことが多い。
それでも攻撃をされ殺される個体もいるが、……どの道、無防備なんだから白き光言語を灯さぬ意味はなかった。
先ほどから戦い続けている七も、もうじき食事の時間がやってくるが、先に食事を始めた味方個体はどうなっているだろうか?
少々気になり、確認してみた。
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