参戦、外貌無き球鎖
七は作り出した時間で態勢を立て直す。
先ほどのやり取りで武器を失った七は距離を離しつつ、手早く白靄を集め掌に凝縮、新たな暗紅の長槍を右手に作り上げる。
静止固圧の武器は『縛』の熱量によって硬さが変わるため、生成当時は黒皮より柔らかく使い物にならない。
だから、新しく武器を生成した場合、殺傷力を持たせるために、最低七十五シの時間『縛』の熱を与える必要がある。
敵の武器に打ち勝ちたいなら当然さらに熱が必要だ。
幸い敵下位個体の使う刃は、緩く手首にはめ込んでから締める構造上、最高硬度は八十八シ近辺のため、七は最低七十五シ、できれば八十九シの時間を稼ぎたい。
八十九シを超えれば、敵の角柱は無理でも、楕円の刃より硬くなり、打ち合った際相手の刃に打ち勝つことができる。
そのために七はできうる限り時間を稼ぐ必要があった。
敵の下位個体は速いが、固圧による足止めが巧くはないため、速度で勝る七に追いつくことはできない。
七は速度をさほど減じることなく、降り注ぐ柱の間を高速で飛行しつつ、距離を取り続けていた。
そうして距離を取り続ける内はいくらでも武器を硬くできる。……が、七は突然に急制動をかけ、縦の推力を落とし、横の推力を増加、縦には僅かだが逆進を始める。
なぜ逆進?下位個体は逆進の間に急速に差を縮め、七は火孔を閃かせ真下に転進、急加速、地を構成していた岩盤の荒野がぐんぐん迫ってくる。
遠ざかる空を仰ぎ見ても、下位個体の姿が見えなかったため、私はワイス機構からの情報収集に努める。
ワイス機構の情報を読み解くに、七の遥か上空の大気密度が厚くなっていることに気づく。
厚くなっている箇所は七が逆進した地点であったから、七はその厚い白靄から逃れるように急降下をしたようだった。
「厚い白靄、これを嫌ったんだろうが……妙だな」
厚い白靄は中位個体以上の者が多用する足止めの技法だ。
核融合生物は四手子の密度の濃薄を見極められるため、厚い密度の大気にはなかなか寄り付かない。
白華や固圧をぶつければ減速値が高いが、凝縮している分、範囲が狭く、当てるのが難しい。
そのため固圧戦闘に熟達した者は、第一に相手に当てることを考える。
そこで使われるのが『厚い白靄』だ。
白靄の密度を厚くすると、減速値は低いが、代わりに広大な範囲を白靄で覆える。
またあくまでも白靄のため、敵の心理的にも侵入しやすい。
入ってしまえば、僅かながらに速度を減らされ、自由が多少なくなる。
中位個体はそのように速度を削ってから、相手の選択肢を狭め、段階的に白華、固圧等の急減速を当てることで戦闘を優位に運んでいく。
それに比べ戦い慣れしていない下位個体は、当たらない静止固圧を乱発する傾向があり、大抵の場合、厚き白靄を覚えていない。
固圧の才覚の低い『落伍した英雄』が使える技術ではないはずだが……。
そうして考えてる間にも、七の行く手に、薄い白靄が疎らな繋がりのまま、次々に結合し、霰のように七の前面にぶつかり始める。
小さな打音が絶え間なく七の黒皮を打ち鳴らし、それまで固圧操作によって前面の大気密度を薄くし、武器と固圧あり時シ速三百五十フォアを保っていた七は大気の流入による大気密度の増加+固体化によって急速に失速。
七の通常時の最高シ速に近い三百二十七フォアより低い三百十シほどになり、先ほどまで離れていた下位個体がぐんぐん差を縮めてくる。
『靄霰』これも、軽く減速させる下位個体では行わない技法だ。
……とすると固圧戦に慣れた中位個体が敵に回ったか。
七が黒霧で囲った敵は二体いた、一体が現在戦っている“落伍した英雄”なら、もう一体は固圧戦闘に長けた中位個体であるのだろう。
核融合生物にも彼らなりの倫理があり、格闘戦中の味方に、遠方からの加勢はしない、加勢するのは自らも格闘可能な範囲にいる場合だけだ。
これは戦闘効率というよりは、文化的な要因のため、滅多に破られることはない。
それなら今固圧を使った者も近辺にいる。
それを念頭に置き、上空にいるはずの敵中位個体を探す。
接近しつつある中位個体はずんぐりとした個体だった。
大柄で丸っこいが臆病なのか、過剰ともとれるほどの重武装をしていた。
普通、核融合生物の多数は固圧を防具としては身につけない。
必要ではあるし、つけないのはまあ文化的な理由だとは思うが、それを知らずに防具をつける個体も少数いる。
このずんぐり中位個体はそんな内の一体のようで、目を覆いたくなるような防具を身につけていた。
丸い図体を覆う白光の鎧、その鎧は分厚く、丸々としていて火孔と間接部以外の全てを塞いでいた。
鎧のせいで丸くなった両の手足からは、長さにして四フォアの長い鎖を各八条、計にして三十二伸ばし、武器としていた。
ん~……さすがに身を覆いすぎではないか?この形状では核融合生物というより、丸っこい鎖玉のような何かにしか見えない。
暗惨たる有り様に、私は軽い苛立ちを覚える。
核融合生物の見目の良さが台無しだ。
「中位個体……貴様は私の与えた外見は気に食わなかったようだな。
よし決めた、私を不快にさせた褒美に、貴様の徒名は“外貌無き球鎖”としよう」
“外貌無き球鎖”の鎧は重く大きく、その上鎧と鎖が火孔の流れを邪魔するため、飛翔速はシ速百五フォアから八十五フォアととても鈍重だ。正直風に対抗するだけで精一杯でかなりふらふらしている。
変な個体だが鎖は厄介そうではあるし、固圧戦闘力は確かで“落伍した英雄”との二人がかりとなれば勝ち目はないだろう。
となれば私の協力が必須だが、……七は本当に私に任せる覚悟があるんだろうか。
七が固圧を使えば勝つことができるんだが。
私は『一』ではないから命を託されても……困る。
困りつつも、一応は戦いに介入できる瞬間を探す、そうしている内に二体がかりの攻撃が始まり、七の立ち回りに危うい瞬間が増え始める。
しかし、戦闘というのは面白いもので、一体増えても有利になるわけではないらしい。
連携……という、別の技術が試されるのだ。
その点、敵の増援として現れた“外貌なき球鎖”は、動く度に格闘下手を触れ回ってるような個体だった。
ずんぐりとした球体の巨体から、周囲を埋めるかの如くに伸びる三十二条の鎖分銅、それを七が接近する度にやたらめったらに振り回して、近づけないようにする。
鎖なんてものは一本防ぐのさえもはなはだ面倒くさい。
武器で守っても分銅と鎖が勢いよく巻きついて、身動きができなくなる。
中位個体の鎖は先端から二フォアが鎖刃になっているから、縛り上げてしまえばジワジワと黒皮を破って殺すことも可能だ。
あれだけの本数振り回せばどれほどの格闘の天才だろうと、接近を躊躇い、警戒し対応に苦慮するだろう。
しかしながら、鎖なんてものは長くなればなるほど絡みやすく、また振り回せば自縄自縛に陥りやすい。
中位個体の鎖は四フォアもの長さがあって、ひねり防止の止め具等それを和らげる部品もつけてるようだが、あれだけ鎖を集めていたのでは絡み合ってしまい到底使い物にならん。
それを防ぐためなのか“外貌なき球鎖”は複数の思考を使い、繊細な固圧操作で絡みや自縄を解消、時に切り離して作り直しつつ、鎖を操っていた。
まだ習熟が足りていないせいか、鎖を全力で操っている時は4つの思考を全て使っているようで、遠距離の固圧を使えなくなるようだった。
近寄らば鎖で身を守り、離れれば固圧を乱発する球鎖と、格闘に天賦の才を見せ隙を見せぬ一撃離脱を主とする“落伍した英雄”二者の連携によって七は追い詰められているものの、敵の連携に綻びが見える。
そのおかげで、すぐさま殺されるほどでもない。
正直、『落伍した英雄』一体と戦っていた方が危うかった気もする。
「……勝つ見込みがあるのか、ないのか」
私は微かに嘆息し、七の戦闘が終わるまでの時間を数え始める。
七が勝つか死ぬのはいつか、私が手助けできる瞬間はいつか、七が“一”を諦め固圧を使うのはいつか。
そんなやる事のない退廃的な時間の中で、戦闘の細かい推移とともに七の心情も見極めようとしていた。
七は力を失った“一”に、格闘の補助を任せることで居場所を与え、共に戦おうとしている……のかもしれない。
なら、もし七が“一”を見限ったのなら“一”と七との間を裂いたのは私ということになるのか?
それは……嫌だな、核融合生物を殺すより、七と一の信頼関係を壊す方が辛い。
核融合生物の死など見慣れているし成体たちは延々と殺し合いをしているだけだから、自分が殺してしまう忌避感は実は大してない。
とりあえず七には信頼されているようだし、透視を使って、手伝える瞬間を探す。……ひたすら、その瞬間を探って、戦闘を注視する。
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