黒光、破滅に向かうは負の激情





 七の示した光言語、それは黒い輝きだった。七が総間接に鮮烈な黒光を灯す。

光子が対宇宙に沈み込むことで生まれる黒い光、その言葉の意味は。

--抑え切れぬ負の激情。

 言語の示す思いも寄らぬ苛烈さに、ようやく私は七の感情を理解する。

 本来、負の感情を示す以外に意味の取りようがないが、情報をまとめれば最低限の推測はできる。

 八の領地に来ても、いまだに七と合一個体である『黄幻の一』の姿が見えない。

 それは通常あり得ぬことだから、状況から察するに、恐らくは私の来る少し前に『黄幻の一』が死んだのだろう。

 合一、つまり『合いにして一つとなる個体』というのは、電磁波の波長が合う個体同士のことで、遠隔地でもワイス機構を同調し、互いの力を利用し戦闘を行うことができる。

 私が余白を借りるのとの違い、彼らの場合ワイス機構同士が同調するために、ワイス機構に限ってはお互いの全てを共有、相乗効果で固圧生成時の計算を容易にし、結果的に固圧戦闘力が大幅に増す。

 戦闘力を大幅に引き上げる合一ではあるが、彼らの使う波長には、対宇宙の歪みを通る際の変調も含まれるため、種類が非常に多く、合一を組める個体が死んでしまえば、大抵は替わりはいない。

 また見つけるのも難渋し普通は巡り会えないが、大体は誰かが首領になると、軍円を通じて、合一を結べる個体がフラッと現れる。

 七と一は合一であっても、互いに殺しあっていたから、さして仲良さそうには見えなかったが。……そうと分かってしまえばあの現象を思い出さざるおえまい。

 合一個体を亡くした個体は、大抵ある奇行をするようになる。

それが『自死』と私が呼ぶ、狂疾の自殺行為だ。

自死が始まると、ある者は胡乱となり巨雷を受け流せずに直撃をし燃え尽きて死ぬ、ある者は戦闘中に無謀な行動をし敵の攻撃であっさりと命を散らす。

 そして今の七のように到底勝ち目のない戦いに臨む者もいる。

 その際に見せる光は激情を灯す禍々しき黒き光。

 七の現状が、自死によるものだとわかると少なからぬ不快さを覚える。

 自死……か、そうか自死か、世界を捨てると言うのか、コイツも、まあ確かに痛みは強い、食事も不味い、状況はわかる。しかし。

「七、私は自死で死ぬ者は嫌いだ。もう一度言う。自死で死ぬ奴は本当に大嫌いだ」

 抑えようとしても、自死だと考えると感情が灼沸する、自死は私にとっての屈辱で、侮辱に他ならない。

 強き核融合生物が、なぜ三齢の寿命にすら耐えられず、世を見限るのか。

たかが三齢だぞ、三齢!私は三齢どころか億齢この世界に費やしている!

 確かに痛みもある、食事も不味い、だからと言って……。

 理不尽なのはわかっていても、やはり感情的には許せない。 昔から根強く不満だったからだ。

 千載に及ぶ憤懣の収束の結果として、七に『待て』と『危険』そして白、赤、赤の『耐えろ』という言葉を続けざまに繰り返す。

 しかし不満をぶつけても、さしたる効果は感じられない。

 この世界で言葉なぞ無意味。

 黄幻の七は、黒光を発したまま急進を続け、私は火地奥地のオーロラが見えてきたところで残された時間が少ないことを悟る。

 私には力がない。

 それに気づくと少し冷静になる、言葉無き彼らに怒りをぶつけるのにも、手段がいる知恵がいる。

 やや弱くなった憤懣を抑えつけながら、ここに来てからの七とのやりとりを思い返し、考えて考える内に打開策を思いつく。

 急かされるように私が思い出したのは、ついこの前、七が見とれていた固圧による遊色の小霧だった。

せわしなく考える。

あの時七が興味を示した小霧、あの時なぜ七は興味を示した?

 とりあえず小霧で反応をみようと、火地の空に熱圏を広げ、白靄を白華と成し、固圧を生み出す。

 噴煙に分断された大気の茫々に遊色の小霧が現れ、谷間の溶岩を覆い隠し、重なっていく。

七色に輝く遊色の小霧。

 七はそれを見て動きを緩めたものの、その霧に変化がないとわかるとまた飛行速を上げる。

 七の求めているのは微細で美しい固圧の霧ではないらしい、すると何に反応した?

遊色は、関係ないな、……霧 霧はどうだ?ん、ああ、霧か、理解した、そういえば『一』は霧が得意だったな。

 心を動かすには追憶があればいい。

世を去りたい者には、求める何かを与えればいい。

 七が一を失い、世を去るのなら。

「私がそれを与えてやる」

 私は遊色の小霧を改変し、四手子の対宇宙への窪みを広くして黒く発光させる。

黒い光は表宇宙には存在しないが、四手子の持つ対宇宙への歪みを一定以上広くすると、周囲の可視光も僅かながら引き込み、光が境界の黒に沈み込む。

すると短い時間、光が境界に埋没し、黒い光としかいいようがない何かが生まれる。

 黒光の霧は生まれたそばから、風に流れ、降り積もることで谷の広大な面積を霧中に包んでいく

私の想像が確かなら、この霧で七は止められるはず。

 赤光の谷が黒き霧に沈み、蒸気と共に霧と噴煙が吹き上がり、七の行く手に広がって、黒い霧に原色の風景が塗りつぶされる。

 そして私は七に語りかける。

「七、覚えているか?私は覚えているぞ、この黒霧は死んだ黄幻の一の得意技だ」

 作り出したのは『一』の得意技である、無意味なる偽装の黒霧。

 これは目くらましの霧で、四手子の陥穽によって電子や光子等の挙動を阻害し、電磁波や視覚による認知を妨げる効果がある。

 とはいえ彼らはもとより視覚を使わず戦闘をする。

表宇宙の電磁波の反射も利用するが、それはあくまでも補助にすぎず、対宇宙を介する電磁波を阻害できないならさして意味はない。

だからこの技は例えようもなく無意味で、だけれど何故か『一』が好んで使っていた技だった。

 そして、この黒霧は『一』の同士討ちの業の証でもある。

『一』には、昔から進んで味方に攻撃を仕掛ける悪癖があった。

 一は味方の中位個体を何体も殺し、七に対しても、黒霧を用いては戦闘を挑み同士討ちを仕掛けていた。


 ただなぜだろう、七はどれほど手酷い攻撃を受けても、一を殺しはしなかった。

大抵の場合、七は一の殺意を含めて猛撃を打ち破り、そして一も、七が本当に危ない時は七の力となった。

この無意味なる偽装の黒霧は、七を攻撃をする合図にして、一の味方殺しを象徴する技。

 七にとっては嫌な思い出しかない技だろうが、七はなぜかそんな一が死んだことに悲しみを覚えている。

その気持ちは私にはよくわからない。

 前方に広がる黒霧に気づいた七は反射的に火孔の出力を弱め、徐々に減速、黒霧の中で動きを止める。

 黒霧は、死んだ一からの攻撃の合図だから、七は警戒するかのようにワイス機構を稼働させ、周囲に白華を組み上げながら、その場に佇み、一からの攻撃を待った。

 いつもならすぐに霧を裂いて現れる、『一』の細身の身体と繰り出される連撃。

 そのはずなのにいつまでも攻撃はやって来ない。

……黒霧の奥からは危険も危難も現れず、やがて弛緩し警戒を緩めた七を、流れ去るだけの、無意味なる黒霧が包んでいた。

 その欠けた黒霧は、もう二度と七の前に現れない。



 水素爆発によって霧が晴れても、七はその場に留まり、勝手が悪そうに腕を動かしていた。

 その内に噴火によって赤熱した噴石が降ってきて、七が軽く右腕で払う。

火粉を放つひしゃげた噴石を眼下の灼熱に落としながら、今更ながらここが八の領地だと思い出したらしい。

 七は自分に立ち返ろうとするかのようにワイス機構を働かせて、四手子を動かし囲む八の軍勢の様子を観察する。

 しかし七は、八軍にはまるで対策もせず、白光を灯し、溶岩に降り立って食事をする。

それからはひたすら待って風の流れと『億齢』の傾斜の推移を観察しているようだった。

 さらに一シシ経ち、地表の傾斜が前方に傾くと、七は火孔を鮮やかに閃かせ、溶岩流と共に下り坂を滑空していく。

 七の行き先を見て私は安堵する。

 自らの領地に向かったなら自死はもうしないだろう。

 八の軍勢も元々戦うつもりはなかったのか、また遺伝子を紐解くように帰り道を開け、七が過ぎ去るとその道を閉じ、厳粛に八への道を塞いだ。

 これも不思議な行動だ。

黄幻の八は最も強い個体でありながら、複雑な行動規定を持っていてあまり戦争を好まない。

ただ八の行動原理に照らし合わせれば、一を失った七は明確に殺すべき対象だ。

 それでも七を逃がすのだから、もしかしたら八は『一』の死に、まだ気づいていないのだろう。

 どんな理由にせよ、今は七が無事に領地に戻れたことに感謝しておく。

少なくとも私は自死により七に世界を見限られずに済んだ。



 自死をする個体を止められたのには妙な充足感があって、嬉しくはあったが、まだ先ほどの理不尽な怒りが抜けきったわけではない。

 自死に対する怒りを止めようと思っても、三齢程度耐えればいい。そんな考えが心によぎり、どうしてか不満がおさまらない。

自分の心を持て余す内に、この機会に七に苛立ちをぶつけてみることにした。

 本当は七にはなぜ自死を選んだのかを問い詰めたかったが、彼らの文化には名前を除き40の単語しかないため、そんな高度な会話はできない。

 まず私が試しに、黄光の固圧を使って『七』……と、そう吐き捨ててみる。

それは無視されたが、しつこく『七』『七』『七』だ。

すると彼は飛びながらも頭部を動かし、私の入る赤玉を覗く。

 彼は頭の回転が速いから、私の存在をちゃんと認識している。

 彼らは言語こそ無きに等しいが、知能は非常に高い。

それは脳に直接エネルギーを送れるからで、脳細胞の信号の連携と強弱が非常に細密だからだ。

 それを確認してから、憤慨気味にもう一度『七』と呼びかけると、彼はようやくに会話を始めてくれて、赤、緑の発光で『何者だ』と尋ねてくる。

 これもまた不満ではある、何者か問われても名前を持っているのは上位10体だけなので、私には名が無く、私はしつこく『七』と繰り返す。

『七』『七』『七』『七』

……はぁ。

「……空しい」

 ここの世界の会話なんてこんなものだ。

私が怒りを伝える術はなにもないんだから、怒るだけ無駄というもの。

 仕方なくやり場のない怒りをおさめ、そのあとはただただ景色を眺めた。

 流れていく視界に映る岩石の荒野、大気が厚いから、少し先の地形も見えない。

 今は空域を跨がる戦闘も無いのか、光も特にない。

 それからしばらく、透遠視を介して無養の平野を見つめていたら、唐突に七から話かけられる。

それは黄色い光、一度だけ大気が光って、黄光が宙を照らしたのがわかった。

『一』か。

七の発した光の意味は『一』という個体名を表すが、一瞬周りを見ても誰もおらず、……意味を図りかねる。

 そのあと待っても特に言葉はない、だとしたら、七は私のことを『一』と呼んだと見ていいのだろうか。

じゃあ七が、私を一と呼んだ真意はどこにある?

一応考えれば理解できる。

状況から推測するに、つまりこういうことか。

 一が死んで七は精神に傷を負っていた、すると七の腕に赤玉が現れ、どういうわけか一の得意技たる黒霧を発した。

 一の死、突如あらわれた赤玉、黒霧が繋がって、それで七は私--赤玉を黄幻の一の生まれ変わりと誤解した。

 つまりは単純な勘違いだが、一と間違えられても困る。

名前は大事なものだし、そうなると否定しなければならないが……困った。

否定しようにも彼らにはなぜか否定がない。

『去る』とか『待て』はあるが、『嫌』とか『違う』はない。

 だから、どう語彙をひねくりまわしても彼の勘違いを否定することはできず、彼の中で私は『黄幻の一』になったようだった。


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