7.学校見学

 Aコレッジの施設の一部は、一般の人の見学を受け付けている。エスコートには生徒も一役買っていて、見学目当ての観光客も多い。


 それとは別に、受験希望者やその保護者たちの「学校見学」がある。一般向けには許可されない、校内や寮内まで見て回れるものだ。

 案内役は教師や学校長だが、その際も頼まれれば生徒も対応する。現役の学生から具体的な話を聞ける貴重な機会になるので、見学者からも好評だ。


 ある寮の監督生プリフェクトだったブラウンが、何度目か、受験希望者たちの案内役を務めたときのこと。


 その日は三組の家族が来訪していた。

 二組は息子連れだったが、単身の中年女性もいた。

 そのご婦人は褐色の髪にツイードのジャケットとスカート、白い手袋をした手に小さなバッグという、きちんとした身なりだった。スッと背筋を伸ばし、にこやかに隣の家族に話しかけていたが、ブラウンの視線に気づくと、愛想よく笑みを寄こした。


 保護者だけで見学に来るのは特に珍しいことではない。

 ブラウンも紳士的に笑顔を返して全員に向き直り、挨拶をして、自分の担当であるハウス案内をひと通りこなした。


「ほかにご質問はありますか?」


 そう言ってひとりひとりの表情を窺うと、皆「とても有意義だったよ、ありがとう」と笑顔で礼を言ってくれる。

 引き続き各種施設やカリキュラム等の説明を受ける見学者たちは、同行していた教師に連れられて行った。

 その背中を見送り寮へ戻ろうと振り向いたブラウンは、


「うわっ!」


 思わず叫んでしまった。

 すぐそこ、鼻先の至近距離に、あの中年女性がいたのだ。


「……失礼しました。あの、僕の案内は終わったので、どうぞ皆さんと一緒にあちらへ」


 内心の動揺を押し隠し、あとずさって距離をとりながら、ブラウンは遠ざかる教師たちのほうを手で示した。

 が、婦人は申し訳なさそうに微笑んで首を振る。


「驚かせてしまってごめんなさい。もうちょっとだけあなたと話したかったの。うちにも息子がいたものだから。……生きていればあなたと同い年だったわ」


「……そうでしたか」


 微妙な話題。ブラウンはこっそり眉根を寄せる。

 ならばもうひとり息子がいて、今回の見学はその子のためということだろうか。

 だがそこまで突っ込んだ質問をするのははばかられるし、そもそも、そんな話を初対面の学生にいきなり打ち明ける意図がわからない。


「今日はありがとう。またいろいろ教えてちょうだいね」

「喜んで」


 話を切り上げてくれたことに、ブラウンは正直ほっとした。

 しかしそう何度も見学に来る必要も無さそうなものだが……次は息子も同行して来るということだろうか。

 なんにせよ、ブラウンは今度こそお役目終了と、寮への道を急いだ。


 ――その夜。


 消灯時間になり寝床に入ると、疲れ切っていたブラウンはすぐに眠りに落ちた。

 が、夢の中でコンコンと何かを打つ音を聞く。

 間もなく、それが現実の音だとわかった。

 ドアをノックする音に起こされたのだ。

 コンコン、コンコン、コンコン。

 やけにきちんとリズムを揃えて。


 監督生という立場上、ブラウンは夜中の急用アクシデントで起こされた経験が何度かある。けれどそれまで経験したノック音は、相手の心情そのままに、乱れていたり遠慮がちだったりしたものだ。

 だが、今ブラウンの部屋のドアをノックしている音は、メトロノームのように淡々と、コンコン、コンコン――乱暴ではないが遠慮も感じない。


「誰だ」


 その単調さがやけにかんさわり、不機嫌さを隠せず寝床から問いかけると、


「――寮の見学に来ました」


 驚きのあまり、心臓が跳ね上がる。

 眠気も一発で吹き飛んだ。

 それは昼間聞いたばかりの声――息子を亡くしたという、あのご婦人の声だったからだ。


「質問していいかしら」


 こんな時刻に押しかけて来たことに対する、言いわけも謝罪もなく。

 いや、それ以前に部外者が、こんな夜中にどうやって寮に侵入したのか。


「教えてくれる約束よね」


 闇の中、品よく笑う顔が想像できる声。

 ブラウンはぞわりと肌を粟立たせた。

 ドアに鍵はない。

 今にも部屋に入られるのではという危機感が先立って、弾かれたようにベッドをおりる。


「ねえ」

「わたしの息子も生きていれば」

「ねえ」

「教えてくれるのでしょう?」


 ノックのように淡々と続く呼びかけは無視。

 急いでデスクライトを点け、念のため武器になる物はないかと部屋中へ視線を走らせたそのとき。


 ドンッ! 


 ドアを蹴りつけたかのような音が、振動を伴って響いた。

 驚いて動きを止めたブラウンの耳に、より鮮明な声で


「あなたはいつ死ぬの?」 


〝質問〟が届いた。

 ハッとして目を向けた先、扉が細くひらかれて。

 闇の裂け目のような隙間から、中年女性の貼りついたような笑顔と、白い手袋が浮きあがって見えた。 


 

 ――翌日確認したところ、あの日来訪した見学者は、二家族だけだったという。

 以来ブラウンは卒業するまで、二度と案内役は引き受けなかった。

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