第118話

「おい、義雄」


「はいっ! 教授」


教授が相変わらずの荒い息で研究室に入ってきた。


「2’GTが取れた研究。すぐに論文にしろ。すぐだ」


「ただし、主導はここの研究室じゃない。工学部の生命工学研究室に任せる」


「生命工学の教授に連絡を入れておくから書いてもらえ」


「義雄に書かせたら、いつ完成するかわからない」


「正には負担になる」


「生命工学の実務担当者と事務レベルの打ち合わせを十分にして、研究の流れと重要さを生命工学の教授にしっかり伝えろ」


「分かったな」


「分かりました!」


教授は用件だけ話して、教授室に戻っていく。


教授と入れ替わりに、電子顕微鏡室から大樹が戻ってくる。


「すぐに論文だってよ。義雄」


「ああ」


「大変だな。義雄」


大樹も呟く。


「これからみどりちゃんのところに行ってくるかな……」


「もし、みどりちゃんに時間があるなら呼べば?」


僕が提案する。


「僕や恵ちゃんが話に入れば、生命工学の教授に伝える内容に厚みがつけられると思うけど」


「ああ、LINEで聞いてみるね」



「みどりちゃん。ビール会の前だし、全然大丈夫って」


「じゃあ研究室に呼ぼう」


「大切なのは、どれほど花卉園芸に重要な発見かってことを相手側に知ってもらうことだね」


「生命工学では、あまり重要視されないかもしれないからね」


「そこんとこは僕に任せて」


「ありがとう、正」


「うん。いざとなれば隆もいるし、ことの重要さを伝えるのは訳無いと思うよ」


「じゃあ呼ぶね」



みどりちゃんがやってくる


スカイブルーのワンピース。みどりちゃんの少し大人びた顔にベストマッチのコーデ。


「みどりちゃん。可愛いね」


「ありがとうございます」


「あら、正くん。みどりちゃんも?」


恵ちゃんが微笑む。


「いや……、つい口に出てしまって」



大樹がみどりちゃんに声をかける。


「どこのブランド?」


大樹がワンピースのブランド名を知りたがる。


歩ちゃんと色々近づいているからかな?


「あっ、これですか? ノーブラ……、ブランドです」


突然大樹に質問され、どもって答えたみどりちゃん。


自分で言ってしまった言葉が恥ずかしい。


気を取り直し、みどりちゃんはピンクのカトレアの挿してある花瓶に気づく。


「恵さんが育ているカトレアですか」


「そうよ」


「すごい! 綺麗ですね!」


「みどりちゃん。そんな花瓶に反応しなくてもいいわよ」


おいおい。恵ちゃんも。大物の誰かさんに似てきたぞ。



「さあ、始めましょ」


みどりちゃには、確認の意味も含めて一から話をする。


カーネーションが黄色になるための遺伝子。カルコングルコシルトランスフェラーゼ。

これがないと、カーネーションの黄色花はこの世に存在しない。


そして、このカルコンをCh2’Gにするための遺伝子が単離できたため、アントシアニン生合成経路を持つ花卉にこの遺伝子を挿入すれば、黄色花のない花卉園芸品種に黄色を与えることができるかもしれない。


この二つを中軸に論文の内容を厚くしていく。

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