第97話
「あら? おはよう」
「正くん、何でここにいるの?」
「おはよう、恵ちゃん」
「人事部のチャーターした観光バスが、大学正門に9時頃来てくれるらしいんだ」
「内々定者は20人ちょっとだし、地方大学の人は前泊でホテル集合だけど、それ以外は各大学に来てくれる」
「なるほどね」
「でも、ここ9時出発で、他の大学も廻ると日光での昼食に遅くない?」
「僕が最後に拾われるらしい」
「じゃあ、日光でのお昼は間に合うね」
「うん」
「ふふっ。そのTシャツで行くの?」
恵ちゃんが微笑む。
僕は、<計画通り>の道路標識のプレートのTシャツにジーンズ、薄いジャケット。かなりラフな格好。
「私、見送りしてあげようか?」
「よしてよ。バスで変に盛り上がると困るから」
「大丈夫よ」
正門前にバスが来る。
「じゃあね、恵ちゃん」
結局恵ちゃんがついて来た。
バスに乗ると、ひゅうーひゅうー皆が僕をからかう。
「彼女さん見送りの佐藤くんです!」
「ワーッ!」
バス内が盛り上がる。
大学生のノリだ。
「家族、計画通りの佐藤くんです!」
「おーっ!」
家族は余計だ……。
バスの中から皆んなで恵ちゃんへ、ちぎれんばかりに手を振る。
「さて、皆揃いました」
人事部の近藤さんが陣頭指揮をとる。
「皆んな、日光に行きたいかー!」
「おーう!」
「余興がたくさんあるけど、大丈夫かー!」
「おーう!」
皆んなのテンションが恐ろしいほど高い。
「じゃあ、22名、早速自己紹介、ではなくて、他己紹介から始めましょう!」
「おーう!」
僕のバスの隣は名古屋から来た菅公平くん。スキンヘッド。一目でわかる。宴会好きのタイプ。
「さて、では10分間でお隣同士、その人の情報を聞いてまとめて、そのあと他己紹介しましょう」
「ルールはありませんが、政治、宗教を絡めた紹介は絶対NG、軽蔑、差別、マイナスイメージな単語も陰湿なものは基本的にNGです」
「他己紹介は2分程度、簡潔に」
「いいですね」
「は〜い」
他己紹介は結局名前の由来が多いものになってしまう。
「じゃあ、次、佐藤正くん、菅公平くんの紹介ね」
僕はメモを見て話す。
「はい。菅くんの研究は、シンプルに言うと膜の研究です。この膜やその膜、あの膜まで研究しているらしいです」
「いやらしいぞ〜」
笑いのヤジ、笑いのどよめきがバスを包む。
「名前の公平は読んで字のごとく。判断・行動に当たり、いずれにもかたよらず、えこひいきしないこと、などです」
「あだ名は、言っていいのかな……、ハゲです」
僕らを見て、またプッと笑いが起こる。
「本人曰く、ふさふさの髪の人を見ると、公平の名前と違い不公平だ、と言います」
どっと笑いが起こる。
「さて、次は俺が佐藤正くんの他己紹介をします」
なぜか、ワーッと盛り上がる。恵ちゃんの見送りのせい?
「名は、善悪を見分けることのできる冷静な判断力を持った人に。本物を見る目を養ってほしいという気持ちを込めてつけられたそうです」
「研究は、薔薇属の化学分類。彼女がいると言うことは、あの薔薇ではなく、花の薔薇のようです」
少し笑いを取る。
「サークルはオーケストラで、ホルンを担当しています」
「お〜っ、すご〜。ホルン、難しいじゃん」
皆が唸る。
「佐藤くんの別名は、瀬戸際の魔術師。無理そうに思われても、物事を何でもギリギリで辻つまを合わせることができるそうです」
「家族計画もTシャツにある通り、計画通りです。以上」
僕はそんなことは言ってない。
笑いと拍手とともに、僕らの互いの他己紹介を終える。
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