第84話

正、アメリカ行くんだって。お土産楽しみにしてるよ。


隆からLINEが入る。


正くん。いつ行くの? 

おみや、チョコレートウエハースとマカデミアナッツチョコレートでいいから。


貧乏なのに、アメリカ行くの?


次ぎつぎと僕のLINEにアメリカ行き、アメリカ土産についての連絡が入る。


「正くん。誰かにアメリカに行くこと話したの?」


「うん、こずえちゃんに言った」


「正確な情報を伝えなきゃ」


「いや、恵ちゃん。ちゃんとこずえちゃんには、来年、と言ったよ」


「それが、来年、が取れて、すぐにでも行く風に話が広まったのね」


「情報って怖いね」


「そうよ」


「まあ、じきに治るだろうけど」


「私たちの事、皆に正確に伝えようか?」


「もう知っているよ、皆んな」


「その、もう、があやふやなのよ」


「でも、芸能人じゃあるまいし、交際宣言なんていらないでしょ」


恵ちゃんは、オレンジのワンピの裾を持って、首を傾げて右足を引き、お姫様の真似をする。


そして、そっと右手のひらを丸めて僕に差し出す。


僕は少し恥ずかしくなる。


「わかった」


「こずえちゃんにはきちんと話しておくよ」


「もちろん!」



「何、恵ちゃん。正から何か貰おうとしてるの?」


「いいえ、別に」


恵ちゃんは右手をしまい、大樹の方を素敵に振り返る。


「正さ、おじさんのところから紫や鮮ピンクのカーネーションのサンプルももらって来たんだけど……」


「紫の色素はシアニジン3、5ジグルコシド、鮮ピンクの色素はペラルゴニジン3、5ジグルコシドと言われている」


「ふうん」


「赤のカーネがペラルゴニジン3マリルグルコシド。あれっ? シアニジン3マリルグルコシドの花色は?」


「それは暗赤色。黒豆にあるアントシアニンと同じだよ」


「正、いろいろ知ってるな」


「この際、これら代表的な4つの色素、液クロで流して、それぞれのリテンションタイム調べてみようか? 今後のためになる」


「A液は、1.5% リン酸。B液は、1.5% リン酸に40%アセトニトリル、50%酢酸溶液のままで行こうか」


「ままで行こうか? の、まま、の意味は?」


「ピークが重なってうまく分離しなければ、リン酸の代わりにトリフルオロ酢酸かギ酸を使ってみる」


「すごいな、正。どこで習うんだよ、そんな事」


「秘密だよ、ひ・み・つ」


「正くんには秘密が多いからね〜」


恵ちゃんがカラカラ笑う。


「まあ、笑ってないで、ギ酸の方でも移動相を作っておいて。A液も、B液も1.0%で」


「はいはい」


恵ちゃんは白衣をまとう。


振り向きざまに、


「犯人がわかったわよ」


たまにやる、科捜研の女の真似をする。


「ちゃんと手袋はめてね。マスク、ゴーグルも。ギ酸危ないからね」


「はいはい」


「はい、は一度でいいよ」


「はい」


「やけに素直じゃん。恵ちゃん」


「正、本当に恵ちゃんと深い関係になったのか?」


「……秘密だよ、ひ・み・つ……」


大親友にも素直に言えないのに、こずえちゃんに交際宣言、言えるだろうか?


そして、こずえちゃんからLINEが届く。


「先輩。晩御飯、一緒にどうですかぁ〜」

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