第67話

「正せんぱ〜い」


温室に入る直前、大声を出して果樹実習中の1年生の大集団がやってくる。


余興でやった、アブラハムの子の踊りを真似て歩いて来る陽気なヤツらもいる。


「あっ、こずえちゃんがいるよ! 隆先輩も、みどり先輩も!」


集団の中のオケの一年生の3人が僕らに気づく。


「どうしたんですか? 正先輩達?」


みんなが尋ねる。


「昨日、伊豆の楽しかった土産話をしたら、じゃあ、と言う風にすぐ来ることになった」


「オケではよくある流れです」


みどりちゃんがさらっと言って微笑む。


こずえちゃんに興味ありげな男の子達が声をかけてくる。


「青い空、海、潮の香り、自然、温泉最高でしょ!」


「はいっ!」


こずえちゃんが答える。


「まつげの角度が素敵だね。どう、後でお茶でも?」


こいつら大樹に習ったな。口調がそっくりだ。



渡辺先生が来る。


「二班に分けて熱帯植物温室を見学するから。はい、二班に分かれて」


「先に一班が温室内にいるときは、二班はワニやカメなど園内の自由見学」


「一班が温室を出たら、今度は二班が温室、一班は自由」


「何なら君達も一緒に案内しようか?」


「いいんですか?」


「ああ、いいよ」


僕らは一班に入れてもらい、先生から色々と熱帯植物の話を聞かせてもらうことにした。


「楽しいです!」


温室内を歩きながらこずえちゃんが大喜び。


「アマゾンですね、アマゾン、アマゾン」


「五千種類もあるから、何をどう説明していいのかわからないけど、渡辺先生の話を聞き漏らしたら教えてね。説明してあげる」


「はい。もうたくさん漏らしました」


「先輩。あのバナナに似てちょっと違う大きな木みたいなのは何ですか?」


「ああ、タビビトノキだよ。ゴクラクチョウカ科タビビトノキ属。正確には草本なんだよ」


「名前がおしゃれですね」


「英名はTraveller's Palmで、名称の由来は葉柄に雨水を溜めるため、乾燥地帯の旅行者の飲料水供給源として利用された、らしい」


「あのヒスイ色の美しい宝石のような花は?」


「ヒスカズラ。英名ジェイドバイン。マメ科の植物だよ。花がマメ科してるでしょ?」


「美しい色です」


「そう、これは宇宙空間に浮かぶ地球の輪郭の色を思わせるようなヒスイ色だね」


「僕らの知る範囲では、アントシアニン色素としてのマルビンと、サポナリンが1:9の割合で含まれ、青みがかるコピグメント効果が起きているんだ、表皮細胞のpHは7.9あたり」


「正先輩、むちゃくちゃ詳しいんですね」


「この花は花色が特別だから、少し詳しく知ってる」


「あっ! 私あれ知ってます。極楽鳥花、ストレリッチアですね」


「そう。すごいすごい」


「何科の植物か分かる?」


「何だろう?」


「ヒント。タビビトノキと同じ科」


「ゴクラクチョウカ科?」


「ピンポーン。ゴクラクチョウカ科ストレリチア属」



隆とみどりちゃんは渡辺先生の話を聞いて来たらしい。皆で小休息。


「隆先輩、みどり先輩。正先輩、植物にむちゃくちゃ詳しいんですよ!」


「知ってるよ。オケでの別名、歩く植物図鑑だから」


「あれ、瀬戸際の魔術師じゃなくて?」


「それは学部だろ」


皆んなで微笑む。


「ナズナとぺんぺん草は同じ植物の別名と言う話から、イヌナズナ、グンバイナズナも教えてくれたり、あらゆる雑草にも詳しいんだ。医学部生や薬学部生も正の植物の知識には負ける」


「薬用植物、ハーブは、成分、効能まで知っている」


「そんなすごくないよ」


「これからまだまだ植物を覚えなきゃならないんだ。植物検定というのがあって……」


「ちょうどよかったじゃん。今、ここにいて覚えられる」


「確かに隆のいう通りだな。プラス思考でいこう」


「さて、こずえちゃんとみどりちゃん。ラン、教えてあげるからおいで」


僕は今の出来うるだけの知識で、彼女達にランのお話をした。


「この、鮮やかな黄色に赤い点々の蘭。綺麗」


「オドントグロッサムだね。アンデス山脈の標高の高いところが故郷。オンシジウム系の交配種だよ」


「シンビジューム。これは私、知ってます」


みどりちゃんがお気に入りらしい。


「実は日本の春蘭も同じ属のシンビジューム属だって知ってる?」


「そうなんですか? 初めて聞きました」


「胡蝶蘭は、やはり綺麗ですね!」


「こずえちゃん、胡蝶蘭はね、最近花屋にあるのは近縁のドリティスとの属間交配で生まれたドリテノプシスという多花性のものも多いんだ。花がやや小さくなったけど」


「また属名はファレノプシス、和名は胡蝶蘭と綺麗だけど、英名は直訳すると蛾のラン。モス・オーキッドというんだ」


「ふうん。正先輩の知識がたくさんたくさん湧いてくるです」


「すごいです!」


「二人カトレアの鉢に顔を挟んで、写真を撮るよ」


パシャっ。


「二人とも蘭より綺麗だ」


僕が呟くと、


「それ、大樹さんとあまり変わらないレベルのナンパの響きですよ」


みどりちゃんが嬉しそうに写真を見つめる。


「これ、義雄に送るね。いい?」


「はい……、お願いします」


みどりちゃん、何だろう、ソワソワして可愛い幼子のような恥ずかしさを見せる。


珍しい。

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