第57話

「恵ちゃん。黄色のワンピース可愛いね」


大樹と義雄が真顔で呟く。


「恵先輩、すっごく可愛い!」


一年生の女の子、男の子たちからもきゃっきゃ、きゃっきゃ褒められている。


「これね、カルコンなのよ」


恵ちゃんが、スカートの裾をつまみ、お嬢様挨拶をする。


「カルコン?」


一年生はぽかんと口を開けている。


「話すと長いお話になるんだけど、今、僕たち、カーネーションの黄色とオレンジ花色の秘密を調べているんだ」


「黄色花の色素はカルコン。オレンジ花は、カルコンとアントシアニンが共存しているんだ」


僕が簡潔に説明する。


「へえ〜。そうなんですか。花の色、ですね?」


「でも、今年の園芸学研究室の四年生の卒論には、そんなテーマがあるとは聞いていませんけど……」


「まあ、色々な事情があって研究しているんだ。四人プラス、他の学部の助けも借りて」


「研究室がいくつかあるけど、今年の園芸学研究室は、一年生からの注目度が高いんですよ」


「面白い研究をしてて、面白い先輩がいるって」


「面白い先輩はその通りでした!」


「一年生から研究室を決め始める人もいるからね。園芸学研究室、面白いけど大変だよ」


「さ〜、研究を大変にしているのは誰さんですかね?」


恵ちゃんが言う。


僕? という顔をして、仕方ない、自分を指差す。




「さて、朝飯にしよう」



今日も焼けすぎているアジの開き。


目玉焼きもキミの崩れているものが多い。サラダのキュウリも太さがまちまち。


とろろ昆布の味噌汁は上出来。味も、とろろの量もちょうどいい。


でも皆手作り。皆んな食べれば美味しくなる。



ーーーーー



それではみなさん、先輩達に御礼の拍手!


記念写真撮影の後、50人の一年生に大層豪華な見送りをしていただく。



「さて、どうする? まっすぐ大学に帰る? それとも、どこかに寄っていく?」


「久しぶりに大仏さんにでも会いたいな」


恵ちゃんが呟いた。


「俺、見たことないよ、鎌倉の大仏。義雄は?」


大樹が義雄に伺う。


「俺もない」


「僕は行ったことがあるよ」


「あら? 貧乏でデートも出来ない正くん、来たことあるんだ」


「恵ちゃん。貧乏でデートも出来ない、は余計」


「藤沢に、内定している会社の研究所があるんだ。僕の赴任先ではないけど」


「旅費が出たから。一人分」


「なるほどね。旅費が出たから行けた訳ね」



「どうして私を誘ってくれなかったの?」


恵ちゃんが呟くと、


「その時はまだ……」


「正。まだ? なんだよ」


大樹が突っ込む。


「まだ、四年になったばかりで……」


「あのさ、恵ちゃんとは学部、学科ずっと一緒だろ」


「変だぞ、最近の正」


「変だぞ、正」


恵ちやんが微笑んで繰り返す。



「そうそう、大仏を見た後は、藤沢の海鮮丼屋さんに行こう」


僕は話題を変える。


「会社の人に紹介されて行ったんだけど、もう最高の味! 一度口にしたら、二度と忘れられない」


「じゃあ、鎌倉の大仏、藤沢の料理店と行きますか」


大樹はナビをセットする。



「二度と忘れられない……、か」


恵ちゃんが、車の窓から昨日の海を優しく見つめる。

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