第51話
「さて、熱帯植物の楽園に行くわよ。ランもたくさんあるし」
「あっ、渡辺先生」
農学部の農場の助手の渡辺先生が来ている。
助手といっても、もう55を過ぎているベテランの先生だ。
「こんなところで何してるんですか?」
恵ちゃんが尋ねると、
「一年生の果樹実習のレクチャーに来ていて、最終日にはオプションでこの温室の案内もするから事前視察しているんだ」
「君たちの時は用事があって来れなかったんだけど」
そうだ、果樹園芸の実習の最終日にバナナワニ園に来る。見学のメインはこの温室。僕も一年生の頃この温室を見て花卉に興味を持ったんだ。
「パフィオペディラム、ブラッサボラ、バンダ、オンシジウム、デンドロビウムそしてカトレア、リカステ、オンシジウム」
「大学の農場にもあるけど、やはり魅せる用のここのランたちは特別綺麗ね」
恵ちゃんが呟くと、僕は植物検定の冊子を鞄から出してみた。
「植物検定、ランは特別多いじゃない。80属くらい覚えなきゃ」
「浅野先生の意向だよ、きっと」
渡辺先生が話す。
「浅野先生、若い頃はランに夢中だったからね」
「動物界で最も進化した生物はヒト、植物界ではランだからね」
「100属近くのランを材料に、いろいろ研究してた」
「特に、シンビジウムやデンドロビウム」
「シンビジウム属には、日本の野山にある春蘭があり、高度に園芸品種化された1m近い丈の東洋蘭に区分されるシンビジウムもある」
「交配とかもしていたんじゃないかな? 同じ属だといって」
「しかし、ラン以外も熱帯植物の数すごいですね」
「ああ、まさに楽園だね」
「植物検定では、熱帯植物は少ないですね」
「多分、まずは先生が市場に流通している花、日本に自生のある花、庭木、花木、観葉植物などを覚えるように工夫して冊子を作ったんじゃないのかな」
「花卉園芸を学んだものが、社会に出て花の名前一つ出てこないと自分が困るから」
「そして、世界へ羽ばたくには世界の共通語、ラテン語の属名が必要だから」
渡辺先生は浅野教授の心をよく知っている。何だか、植物検定を頑張ろうという気が湧いて来た。
「お昼ご飯、どうするんだい?」
「どこかいい店ありますかね?」
「鯵たたき丼がオススメだね」
僕らは店の名前を教えてもらい、ランチはそこにすることにした。
「早めに行かないと売り切れちゃうよ。並ぶのも覚悟だよ」
「先生も一緒にどうですか?」
「僕は一年生の手作りランチ、今日もまたカレーみたいだけど、それ食べるよ。合宿だからね。同じ釜の飯を食う」
「僕らは夕方には合流します。夕食はチャーハンだと聞いてます」
「じゃあ、また夕食時に会おう」
「はい」
僕らは渡辺先生のオススメの店に足を運んだ。
先生の言う通り並んでいる。
運良く10人くらい、いっぺんにお客さんが店を出て来た。
「じゃあ、皆んな鯵たたき丼ね」
「うん」
「伊豆の空気、いいわね。天気もカラッと、潮風爽やか」
「夏の扉が開くところ。丁度いい季節だね」
「すごいね! 一杯に鯵4尾分も使ってる。インパクトがあるね」
「私、全部食べられるかな?」
「無理なら残していいよ。僕食べるから」
「うん。お願い」
「美味しい! 新鮮な鯵の旨味が濃厚で、脂がのっている」
「ほどよく生姜が効いていて、全体の味がキリっと締まっているね」
「私みたい。私、旨味がぎっしり詰まっていて美味しいよ」
「自分で言う?」
「あら、間違えてるかしら? 私」
「ねえ、正くん?」
「いや……。その……」
「合ってるんじゃない……」
「正、最近恵ちゃんと何か変だぞ」
「何かあったのか?」
大樹が話を切り出す。
「いや、別に」
「いや、変だ」
義雄も勘ぐる。
「最近どうもおかしい」
「そう言う君らも、歩ちゃんやみどりちゃんとかと」
「何もないよ俺たちは」
そう言いながら、二人とも僕への視線を外らす。
「皆んな恵ちゃんの狙いの線、外れていないからね」
「いないからね」
恵ちゃんが僕を見て、微笑んで言葉を繰り返す。
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