第48話

「海と温泉、ワニとバナナ。最高だね!」


「うん、最高ね!」


「ランを始めとする熱帯植物も五千種だって」


恵ちゃんの声のトーンが高い。



「まずは明日の朝一で合宿所に合流して、その後バナナワニ園に向かおう」


「夕方からは一年生との懇親会」


「夕ご飯はチャーハンらしい。まあ、合宿の定番だな」


「僕たちはお酒やつまみ、持ち込み大丈夫だよね?」


「一応、有田先生に聞いてみよう」



「あっ、先生。ちょうどいいところに来ました」


「何ですか?」


「その前に、先生の持っているその厚めの冊子、何ですか?」


「これね。これ、植物検定の参考書。ここに書いてある植物名、属名のラテン語から問題を出題する」


「実物テストは、花だったり、葉だったり、場合により種だったりする」


「6月から始めるよ」



「何だか正くんにはトリプルパンチ以上ね」


恵ちゃんが笑みをこぼす。



「有田先生。冗談キツイですよ。いつ覚えればいいんですか?」


「教授は、若者は何でもできる。できるうちに仕込んでおく、というポリシーだから」


「はいはい、浅野教授には逆らえませんから……。了解です」


僕は投げやりに返事した。



「そう、浅野先生言ってたよ。就職組は1級を取ること。これが内定の条件らしい」


「あた〜っ。何ですかそれ?」


「自信を持って、教え子を世に出すためと言っていた」


「大学院に残るものは、社会に出るまで猶予があるらしい」



「私と、もしかして義雄くんは2、3級でもいいわけね」


「正くん、大樹くんは1級か」


「俺暇だし〜。1級取るよ」


「写真でポインセチアとクレマチス間違う奴が1級取れるわけないだろ」


「正、バカにするなよ。俺だってやるときはやる」



「そうそう先生。合宿所に酒の持ち込み、大丈夫ですか?」


「ああ、君たちが飲む分には構わないよ」


「ただ、一年生には飲ませないでね。ややこしい話になったら困るから」


「は〜い」


皆んなで声を揃えて返事する。



「まあいい、海だ温泉だ」


「そうよ、ワニ、ワニ、ワニよ、バナナよ。カメよ、レッサーパンダよ」


「僕は温室で植物検定の暗記、早速始めるよ……」


「正くん。休息よ、休息。頭も体もしっかり休んで開放しなきゃ」


「そうそう、恵ちゃんの言うとおり。開放感、あの開放感!」


「夜の海?」


「それは……、今回ないと思うけど……」


「たまにはアバンチュールもいいんじゃない?」


「大樹くんの星座占いで、伊豆の宿泊日のアバンチュール叶いそう、と書いてあったわよ」


「どれ? どれ? どの本?」


「ほ〜ら。簡単に引っ掛かる」


「思いつきでそんなこと言わないでよ。本気にしちゃうから」


「そんなにいいの? 夜の海」


「ああ、何とも言えない」


「あの静けさ。45億年の神秘。そこに舞い降りている天使たち」



「私も行こうかしら?」


「おや、恵ちゃんも思考が若々しく、前向きになって来たね」


「一人?」


「いいえ、正くんと……」


恵ちゃんが、皆に聞こえるか聞こえないかの声で呟く。



「今なんて言ったの?」


「ううん。何も」


「さて、天気予報では二日間とも快晴。義雄、酒の準備頼むな」


「OK。つまみ類も適当に買っておくよ」


「後で割り勘ね」


「はいよ」



恵ちゃんが僕にすり寄って呟く。


「開放感よ開放感」


僕は恵ちゃんとの夜の海を想像して頬を染める。


「ステップ踏もうね。恋? なのかな?」


恵ちゃんのティファニーのいい香りがする。

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