第39話

「正くん、カーネーションのオレンジ色やトランスポゾンもいいけど、バラ属のアイソザイム、サンプル3回分くらい溜まっているよ」


有田先生が、いつもの人差し指をこめかみに当てる仕草。


大丈夫かな? と言う先生からの確認の合図。


「今日明日と電気泳動流します」


「色々細々したことが積み重なると、卒論、遅れちゃうよ」


先生が言うと、


「遅れちゃうよ」


恵ちゃんのいつものおうむ返しの言葉。


「今、ビジュアルベーシックも組み始めたからなんです。誰かさんの」


恵ちゃんは舌を出す。



「そうそう。一年生の果樹園芸学実習の余興、考えなきゃ」


大樹が両手のひらを叩いて話がそれる。


「呆れる人たちですね」


有田先生は笑顔で自分の研究室に戻っていった。



「正と義雄よ。俺が歌うから、二人で後ろで踊ってくれないか?」


「いいけど、何を歌うの?」


「知床旅情。俺、北海道出身だし〜」


「恵ちゃんは?」


「恵ちゃんは司会だよ。いや、歌の途中でワンポイントの踊りも頼む」


「私、いいよ。面白そう」



「まあ、いいけど振り付けはどうする?」


「しれ〜とこ〜の岬に〜、で、正と義雄、知床半島を型どるように合掌して三角目に両手をあげる」


「はまなす〜の咲くころ〜、で恵ちゃんが真ん中に入り、正と義雄は恵ちゃんに向かってキラキラ手をする」


「面白いじゃん。大樹」


僕が言うと、


「なんでそんなことすぐ思いつく。学業もそうならいいのに」


義雄が大樹をおちょくる。


「ある側面では天才ね、大樹くん。ナンパしに行くのが楽しいと言う性格、わかるような気がしてきた」


「だ・か・ら、それはしないよ、恵ちゃん」



「まあ、余興は大樹に一任ということで、皆卒論、卒論」


僕はいつも通り、マイナス10℃の世界へ。スキーウエアを着る。


恵ちゃんはラン温室へ。義雄は培養室。


大樹は、一人で歌いながら振り付けを考え、メモし始めている。



「あれっ、歩ちゃん。こんにちは」


研究室を出てすぐのところで歩ちゃんに会う。


「大樹くんのドライブと、カーネーションを頂いたお礼にクッキーを作ってきて……。皆んなの分、ありますから」


「大樹なら部屋にいるよ」


歩ちゃんがドア越しに研究室を覗くと、大樹が歌いながら妙な踊りをしている。


「あっ、あれ酔っているとか、頭がおかしくなったからじゃないから」


「変なのは、変なヤツだけど」


歩ちゃんが不思議顔。


「渡しておいで、歩ちゃん」


「はい」


素直な可愛いい子。恵ちゃんがいなかったら、僕らのマドンナは歩ちゃんだったかも。



「寒い……」


いつもの慣れた低温室だが、外は気持ちのいい晴天の日。環境の落差が大きい。


しかも、今日は電気泳動を2回する予定。いつもの倍の時間、低温室に閉じこもり。



ーーーーー



「どうする? ランチ」


部屋に帰ると、皆で相談している。


「皆忙しいから、今日は弁当にしようか」


「賛成! 俺、買い出しに行くよ」


「学内の弁当じゃなくて、弁当屋さんのお弁当がいいな〜」


恵ちゃんのご要望に皆が答える。



「僕はスポーツランチ」


「俺も」


義雄も同じ。


「俺はスタミナ弁当かな」


「恵ちゃんは?」


「私、レディース弁当。可愛くね」


「了解」



「そうそう大樹。歩ちゃんも誘おうか? 研究室 de ランチ」


大樹が少し赤い顔をする。


「食後のクッキーもあるしね」


「クッキー?」


恵ちゃんが首をかしげる。


「大樹が歩ちゃんからクッキーをもらったんだ」


「正、何で知ってる?」


「さあ〜」


「まあいい」


「恵ちゃん。歩ちゃんに食べたいメニュー聞いてきて」


「は〜い」



歩ちゃんが頭を下げて恵ちゃんと一緒に研究室に入ってきた。


「私も恵さんと同じので」


少し照れている様子。


大樹はわざとらしく目線を歩ちゃんから避けて買い出しに向かった。

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