第35話
皆でゾロゾロ研究室に帰ってきた。
寿司にパフェ。体のカロリーは増え、財布の中身が減る。
歩ちゃんは、優しい顔で小さく手を振り、生物環境工学研究室に戻っていった。
「皆んな、ノーザンの結果出たぞ」
お留守番だった義雄が、ノーザン・ハイブリダイゼーションの結果を研究室の机いっぱいに広げる。
「ほぼ予想通りだね」
「黄色花のA-1、A-2タイプ。カルコンがほとんどで、フラボノールはほぼ無いタイプはCHI遺伝子の活性が無いに等しい。つまりバンドが現れない」
「Bタイプ。カルコンとフラボノールが2つあるタイプ。薄くバンドが出ている」
「Cタイプ。カルコンとフラボノールが3つあるタイプ。濃くはないがBタイプと比較するとバンドが濃いめ」
「比較品種の赤のカーネーション。ノーザンのバンドが思いっきり濃く出ている」
「CHI遺伝子の活性あり、だね」
「正、遺伝子型を推定するとどうなる?」
「うん。Aタイプの推定遺伝子型はyiAかな。CHI遺伝子はi遺伝子、アントシアニンを生成するy遺伝子は?だね。一応yとしておく。そしてA遺伝子、つまりこれもアントシアニンを作るDFR遺伝子だけど、これはAともaとも言える」
「とにかく、AタイプはCHI遺伝子が壊れていることには間違えはないよ」
「じゃあ、蕾、stage1から黄色いA-1と、蕾時のstage1は白く、stage2から黄色いA-2との違いは?」
「それはカルコン配糖化酵素、2’GT、すなわちカルコンを水溶化させるために糖をつけるカルコン2’グルコシルトランスファーゼの発現機構の問題だね。今のところ2’GT遺伝子は分かっていない」
「俺……、この遺伝子、取ってみようかな……」
「義雄、無理するな。来年のメンバーに任せればいいじゃん」
「発現時期が違うのは、2種類の2’GTがあるのか、あるいはそれ以外の要因で発現時期が異なっているのか。一筋縄ではいかないと思うよ」
「あのさ、生命工学科に頼めば、いや、俺が生命工学科の実験室を借りて調べればわかるかもしれない」
「卒論、どうするんだよ。間に合わなくなるぞ」
「いや……、俺がさ、例えば就職やめて、園芸学研究室じゃなく生命工学の大学院に入ってからとかさ……」
義雄のそぶりが少し変。いつもの義雄ではない。
みゆきちゃんに一目惚れした? 可能性は否定できない。
「まあ、Aタイプはこれでよし」
「そうそう、義雄。DFR遺伝子のノーザンは?」
「まだ、まとめていない」
「分かった」
「続いてBタイプ、Cタイプだけど、これらの推定遺伝子型は一応Yia、もしくはyia」
「CHI遺伝子が完全破壊されておらず、DFR遺伝子は壊れているはず」
「だからCHI遺伝子を通過した色素の基質はDFR遺伝子で止められ、無色のフラボノールが溜まる」
「ついでに言うと、カルコンの生成量が少なく、かつフラボノールの蓄積のため、B,Cタイプの黄色花は淡くなる」
これには大樹が腑に落ちないところがあるらしい。
「正よ、黄色の濃淡が連続的にあるのは分かるけど、遺伝子型で言うYIA SRMのS遺伝子、色素の濃淡を決めるS遺伝子はどう関係している?」
「恵ちゃん。説明できる?」
僕は濃淡に関する解説を恵ちゃんに振る。
「私、よくわからないわ」
「ただ、S遺伝子が濃いか薄いか、の二つだけしか説明しないでしょ?」
「色素のトーン、つまり濃淡が連続的な訳。優勢のS、劣勢のs、これだけでは説明できない。これも一筋縄じゃいかない感じ」
「恵ちゃんの言う通り。濃淡を司るS遺伝子一つだけでは、黄色に限らず、カーネーション全ての花色の濃淡を説明できないんだ」
「ただ、僕の頭には、S,に加えて、S’, S’’と言う遺伝子型を加えると、なんとか苦しいけど説明がつく、と言うよりつける」
「私、正くんの頭の中覗いてみたいわ。複雑すぎるよ」
恵ちゃんが、首を傾げ不思議顔。
「さて、本題に戻ろう」
「黄色花の色素分布によるA,B,Cタイプの違いが、ノーザンによるCHI遺伝子の発現解析により確かめられた」
「これだけでもすごいことだよ」
「うん。すごいすごい!」
ノーザンの電気泳動したゲルのバンドを再確認して、恵ちゃんの瞳は大きく素敵に輝く。
「恵ちゃん。DFR遺伝子のノーザンの結果、そしてオレンジ色の解明はこれからだよ」
「うん。でも花色レベルでは現象として確実に捉えたし、私たちの遺伝子発現機構の推察も、今のところ間違えていない」
「そうだ、パフェ食べに行く前に液クロで流した薄いオレンジ花の花色素の分析、済んでると思うよ」
「今、結果持ってくる」
僕は実験室から、薄いオレンジ色の蕾のstage1、および開花のstage2の360nmおよび520nmのモニタリングの分析結果を印刷してきた。
「ご覧の通り。蕾のステージ、stage1ではまだカルコンは生成されていない」
「開花ステージ、stage2から、カルコンおよびアントシアニンがほぼ同時に生成され薄いオレンジ色になったんだ」
「なんだかオレンジ色、ますます面白くなってきたね」
恵ちゃん、すごく嬉しそう。
「360とか520とか、パフェのカロリーみたいね」
「だから、その脳を別なところに使いなさい」
僕が言うと、恵ちゃんと皆んなが笑った。
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