第22話
「何だ、正。結局楽譜もらってきたじゃん」
「理系の四年生で演奏会に出るなんて大変よ」
大樹も恵ちゃんも呆れている。
「まあ、6番ホルンというあまり難しくないパートだから」
「でも、マーラーの巨人でしょ?」
「マーラー難しいよ」
恵ちゃんは高校時代のオーケストラでクラリネットを吹いていたことがある。
クラシック音楽には通じている。
「正。卒論とオレンジの秘密の解明の中、オケの練習時間取れるのか?」
「まあ……、何とかする」
「何とかする……、何とかする……」
恵ちゃんが下を向きながらぶちぶち呟く。
ーーーーー
「さて、黄色花のクロマトグラム見ようか」
「予想通りだね。A-1タイプはstage1からカルコンが検出されてる。もちろんstage2でも。フラボノールはないね」
「A-2タイプは、stage1ではカルコンなし。開花期からカルコンが生成されてる」
「これもフラボノールはないね」
「すごいね。私たち、見抜き見通しね」
「あっ、有田先生」
「どうですかね?」
僕らはこれまでの知見を、有田先生に一通り話しをした。
「とても面白い話だね」
「実は皆の研究のこと、花色を研究している友達に話したら、カーネーションの黄色花、オレンジ色の秘密。かなり面白いと言っている」
「皆がやっていることは、カーネーションに関わらず、花の花色と色素の関係、そして色素生合成遺伝子発現の新知見に繋がることなんだ」
「実は、夏に植物色素の研究会が名古屋である」
「恵ちゃんと正くんに、今までの一連の知見を発表してもらおうと思って」
「その集まりには海外の研究者も来るんだ」
「恵ちゃんは黄色、オレンジ花色の知見を日本語で、正くんにはまだ推定段階だけど、遺伝子発現関係の推察、英語でお願いできるかな」
「僕はいいですよ」
「私も大丈夫です」
「ありがとう。皆興味を持っているから頑張ろうね」
「そう、カルコンとアントシアニン色素の精製と構造決定は、三年生二人を薬学部に張り付けにしてやってもらうことにした」
「薬学部には、色素の構造決定のための分析機器が全て揃っているから」
「義雄くんの遺伝子発現の研究には工学部がついているし。万全の体制だよ」
「色々頼み事もして申し訳ないけど、卒業論文は手を抜かないでね」
「題名は、皆から預かっている題名で間違いないかな?」
「恵ちゃんは、ファレノプシスの光合成様式に関する基礎的研究」
「正くんは、アイソザイムから見たバラ属野生種の種分化の解析」
「大樹くんは、バラ属の花粉の表面形態による種分化の解析」
「そして、ここにはいないけど、義雄くんは植物のウイルスフリー化の効率化に関する基礎的研究」
「いいですよ」
僕と恵ちゃんは声を揃えて返事をした。
「僕のテーマは、バラ属の花粉の表面形態による分類学的研究、にしようかと思っているんですが……」
大樹が変更を申し出る。
「いいね。その方がテーマとしてしっくりくる」
「とにかく皆、卒論で必要な多変量解析の統計学の勉強も怠らないでね」
「判別分析、主成分分析、クラスター分析。わかったね」
「は〜い」
皆で半分手を上げて答える。
「来年の園芸学研究室の卒論と修論のテーマとして、バラ属野生種のアントシアニンの分布様式と、カーネーションの花色に関する基礎的研究の二つを軸にしようと考えているんだ」
「全波長対応型のフォトダイオードアレイ付きの、新しい液クロの予算も挙げておいた」
「有田先生。私、大学院に残ってもいいですか?」
恵ちゃんが上目遣いに先生に話しかける。
「どちらの花色研究でもオーケーだよ。僕としてはすごく助かるね。恵ちゃんのひらめき、行動能力、どちらも欲しいから」
「正くんも残らないかい?」
「僕は貧乏だから就職します。この四年時に尽力します」
「オケの定期演奏会にも尽力するしね〜」
恵ちゃんは、横目でバカしたような口調で僕に呟く。
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