第21話

「ねえねえ。この子の名前何にする?」


僕らは研究室に戻り、段ボール箱と座布団で即席の子猫の家を作った。



一応、2階のベランダで猫を飼うことを有田先生に伝えておいた。


学則では、もともとしていけないことなので、動物の飼育については禁止要項はないらしい。


先生は、いつもの考え事をするときの癖、右手の人差し指でこめかみをこすってはいたが……。



「三毛猫で、ニャンコだろ」


「三毛にゃんでどう?」


大樹が言う。


「いいじゃん。それで」


「はい! 決定!」


「名前決まったでちゅよ〜。三毛にゃん」


恵ちゃんが、エプロンポケットに入れたままあやしている。



「三毛にゃんはメスだね」


「うん。そういえば、三毛猫のオスの話、有名だよね」


「そう、3万匹に1匹くらいの割合らしい。遺伝学的にそうらしい」


「まあ、子猫用のミルクや餌。買ってきたやつ食べさせてあげよう」



「私慣れてるからやるよ」


恵ちゃんは張り切って子猫を構う。



「まあ、三毛にゃんはともかく、採取してきたカーネーションのサンプル、各々調整はじめよう」



「俺はこのまま凍らせておくだけだから」


義雄はそのまま培養室の冷凍庫に向かって行った。



「僕は生花弁の重さを計り、それぞれ一晩80%メタノールに冷浸して色素を抽出する」


「ただ、黄色花、オレンジ花の各々のタイプの stage1と2のサンプルの分析結果が早く知りたいから、適当に各々1時間くらい抽出して液クロで分析する」


「早速始めるよ」


「恵ちゃん。そんなに三毛にゃんを溺愛しない。色素分析始めるよ!」


「は〜い」


「大樹くん。あとお願い」


「はいよ」


三毛にゃんは、ニャーニャー鳴き出した。


「やっぱり、恵ちゃんの方がいいよね」


皆で笑う。



ーーーーー



恵ちゃんと二人で静かな実験室へ。


生花弁のサンプル重を正確に測り、明日分析する試料溶液の準備を済ませる。


あとは、今日流すサンプル。これは重量測定せずに定性分析だけ。



「正くん。いざ実験室で stage1と2の花弁を見ていると、本当に無色とか、黄色とかオレンジとか神秘よね」


「神様が混ぜている絵の具の配合」


「うん。神様だよ。こんなことできるの。塗り絵のようだね」



「恵ちゃん。今日何時まで居られる?」


「いつも通り。6時前後かな?」


「そう。急いで準備すれば、黄色花AタイプのA-1、A-2の、 stage1と2のクロマトグラムが見られるよ」


「うん。興味ある。多少帰り、遅くなってもいいよ」


「そう。まずは4種類だけ先に分析準備済ましてしまおう。恵ちゃんが分析結果見られるように」


「そして、液クロで流している間に、それ以外のサンプル調整をしよう」


「わかったわ」


恵ちゃんは手先が器用。助手として大活躍。随分助かる。



ーーーーー



「さて、1時間たったから、サンプル、液クロで流すよ」


「オーケーよ。正くん」


「恵ちゃん。小一時間、お茶でも飲みに行く?」


「カフェテリア?」


「うん」


大樹は猫の世話。義雄は多分、組織培養。



「恵ちゃん、二人だけで行く?」


こう言う僕の言葉に恵ちゃんは敏感。体や顔が硬直するような素振りを見せる。


「二人だけは、ちょっと……」


僕に対してだけ、いつもそう言う。


いつだか、オーケストラのコンサートに誘った時もそうだった。僕と二人きり、と言うのが何だか遠慮がち。と言うか、避けているのかな? 恵ちゃんの不思議なところ。嫌われているわけではないのに……。


「大樹も誘うよ」


「うん。そうしよう」



義雄抜きの3人でカフェテリアへ。


恵ちゃんはレスカ。僕と大樹はアイスコーヒー。


カフェテリアの飲み物は美味しくて定評がある。世の中で美味しいと言われるフランチャイズの他店並み。


授業も終わった夕刻のひととき。一年生が騒いでいる。高校4年生と言われる新入生。大学にも友達にも随分慣れてきた頃。


黄色い声がカフェテリアを飛び交う。



「明日には、僕らのオレンジ色への謎ときの第一段階、青写真がまとまるね」


「実験をベースに自然現象を、流れるような論理とストーリーでまとめあげてきた、りっぱな第一段階」



「論理とストーリー。科学では基本中の基本よね」


「ありがとうみんな。私のわがままから始まったオレンジ色カーネーションの秘密を探る旅」


「頭いいよ、みんな」


恵ちゃんがレスカを飲みながら感心している。



「何の事ない、花屋でのオレンジ色花一つから、世界的にも非常に興味深い知見を見出す研究に発展させて来たんだ」


「皆が最初に興味がわかなかったら、それで終わり、だったもんね」


「これが科学の自由研究、サイエンスだね。皆、サイエンティスト」


僕も最初はここまで色々花色の秘密が解き明かされて行くとは思わなかった。



「さて、戻ろうか、実験室に」


「うん、A-1タイプの stage1と2のクロマトグラムはもう結果がでている頃だよ」



「あっ! ちょっと待って。オーケストラの友達がいるから秋の定期演奏会のこと聞いてくる」


「正、無理はするなよ」


大樹が言う。


「無理はするなよ」


恵ちゃんが微笑む。


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