エピローグ――光あるうち光の中を歩め

 音禰とエリサが帰った後も、カノンは部屋に残り、ゲヘナとの思い出話に花を咲かせていた。教団施設での再会時からずっとドタバタしていたが、ようやくゆっくり話す機会を得られたのである。さっきまでは仕事モードだったカノンも、ゲヘナと話しているうちに少しずつ表情が和らいできた。十一歳の子供らしさが見え隠れした。


「モンちゃんは元気?」


「元気よ。元気すぎて困るくらい」


 モンちゃんとはカノンの使い魔であるらしい。


「ゲヘナ、あなた少しは魔法学校に顔出したら? サンドウィッチ先生があなたのこと心配してたわよ」


「学校ねえ、今さら行けないよ。先生には会いたいけど」


「普通に行けばいいのに」


 そこでカノンはふと部屋の中を見回した。


「ねえ、ゲヘナ」


「何」


「あなた今仕事してないんでしょ」


「ブッ」


 ゲヘナは飲みかけていた茶を噴き出した。


「は、はァ~? してるんですけど。福祉の……仕事? してるんですけど」


「隠さなくていいわよ、もう解ってるから」


「……」


「よかったら仕事紹介してあげましょうか?」


「えっ」


「あなたがこれからも魔女でいるなら……魔法関連の仕事、いくつか紹介できるわ。私、心当たりあるから」


 その提案に、ゲヘナは少し考えてから口を開いた。


「……いや、いいよ。ありがと。気持ちだけもらっとく」


「どうしてよ。魔法学校の目が気になるの。別にもう気にすることなんかないわよ。昔あなたがやったことなんか、みんなもう笑い話にしてるから」


「……」


「悪い話じゃないと思うけど。この歳まで魔女でいるってことは、これからもずっと魔女でいるつもりなんでしょ。だったら魔法で稼がないと、他に稼ぐ手段なんてないじゃない。生活も楽になるし。こんな狭苦しいところに住まなくても済むわ」


「いや、まあ……、…………それは、そうなんだけど」


「けど、何よ」


「別にここでの暮らしも、カノンが思ってるほどには悪くないよ。お金はないし、家も狭くて古いけど」


「……」


 カノンは「理解できない」と言わんばかりの呆れ顔を見せた。


「それに今は、別の目標もあるし」


「プロのゾンビ使いになること?」


「まあ、そうなんだけど……」


 その時、インターホンが鳴った。「すみませんお邪魔します」とドアの隙間から顔を出したのは、さっき帰ったはずの音禰であった。


「あのー、私、携帯忘れてなかったですか」


「これですか」


 カノンは傍らにあったスマホを手にとった。


「あ、それです。すみません」


「どうぞ」


 カノンは立ち上がり、音禰にスマホを手渡した。


「そういえば鬼頭さん、先ほど伝え忘れていましたが」


「はい?」


「あなたは短期間とは言え教団の中心部に深く潜り込んでいました。そのため、今後の教団に関する捜査の際にも、鬼頭さんには何度かご協力をお願いすることになると思います」


「そ、そうですか……」


 音禰はわずかに顔をひきつらせた。見るからに嫌そうだった。


「私もなるべくなら教団のことは早く忘れたいのですがね」


「残念ですが、あなたは被害者であり教団関係者でもあります。洗脳されていたとはいえ、あなたが自分の手でやったこともあるでしょう」


「私はただゾンビ作ってたくらいで」


「重要なところです。教団のスタッフもほとんどゾンビだったそうじゃないですか」


「え、そうだったの。すごい」


 ゲヘナが驚きの声を上げる。私は無料セミナー体験に参加したときのことを思い出した。最初に会った受付の女、明らかに様子がおかしかったが、あれはゾンビだったのか。


「でも、あの受付は言葉を喋ってたぞ」


「呼吸器と声帯に劣化がなければ、話させることも可能ですよ。ただ刷り込まれた言葉を条件反射的に発するだけですが……」


「へえ、そんなこともできるんですか」


 カノンも感心していた。


「私もゾンビを見たことは何度かありますが、言葉を話すのは見たことありませんね」


「作るのは大変ですけどね……そもそも死体の状態が良くないと駄目ですし。言葉を教え込むのも苦労しますし……でもその分、上手く行けば結構な報酬を」


「結構な報酬を、教団から受け取っていたと……」


「教団からは一銭ももらってません。何度もお話ししたはずです」


「そうでしたか?」


 カノンはわざととぼけているようだった。実は金銭のやり取りがあったのではないかと疑っているのだろう。しかし洗脳している相手に律儀に給料を払う奴もおるまい。


「あれだけの仕事をさせられてタダ働きは悔しすぎますよ。早く忘れたいですね」


「忘れたい理由それかよ」


「そういう喋るゾンビとかって」


 ゲヘナが口を挟んだ。


「どれくらい練習したら作れるようになるの」


「一概には言えませんが、一朝一夕で身につくものではないでしょう。私だってマスターしているわけではありませんし。未だに苦労しますよ」


「なるほど、先生でも大変なのか」


「いえ私なんてまだまだですよ」


「えー、でもあんなにいっぱいのゾンビ操ってるの超かっこよかったし。あの悪魔神より悪魔っぽくて」


「それ褒めてるの?」


 カノンが横から言った。


「いやでもすごかったから。もっとじっくり見たかったな」


「機会があれば、お見せしますよ」


「ありますか、そんな機会」


「あったらいいなあ~」


 ゲヘナはしみじみと語った。その口調は、ただ音禰のすごい魔法を見たいというだけではなく、他の感情もこもっているように聞こえた。もしかすると、ゲヘナは鬼頭音禰という人間そのものに憧れを抱いているのではないか。ゾンビ魔法のプロライセンスを目指すのは、ゲヘナにとっては収入を得るための手段でしかなかったが、今では音禰のようになりたいという気持ちが強くなっているのではないか。


 きっと、あの時――教団の無料セミナー体験で、鵜藤行徳に「あなたにとっての灮は何か」と訊かれた時、ゲヘナが思い浮かべたのは、音禰だったのではないだろうか。鵜藤のおかげで、音禰の存在が自分にとってかけがえのないものになっていることを自覚したのではないだろうか――そしてゲヘナは、その灮を胸に、これからも生きていく――。


 再び、インターホンが鳴った。いきなりドアが開けられた。こんな風に入ってくるのは、いつもの小学生連中である。そういえば、もうそんな時間だった。


「おっ、今日は魔女いるぞ」


「なんで最近いなかったんだよ」


「今日こそ面白いもん見せろよ」


「あっ、だめだめ今日は」


 慌てて子供たちを追い返そうとするゲヘナ。しかし彼らは目ざとくカノンの存在に気づく。


「あれっ、あの人も魔女?」


 服装は違えど、頭に被っているのはゲヘナと同じ三角帽子であり、片手に杖まで持っている。見抜かれても仕方がない。


「今日は二人でやんの?」


「魔法対決か?」


「面白そうじゃん、早く始めてよ」


 騒ぎ立てる子供らを見て、カノンは眉をひそめた。


「ゲヘナ……これはどういうことかしら」


「いやこれはあのう」


「鬼頭さん?」


「ゲヘナさんは子供に魔法を見せてお金を貰ってらっしゃるのです」


「先生――!」


「仕方ありません、ごまかしようがないですよ」


「なるほど、そういうことね」


「いや稼いでるって言っても全然だし、魔法のことはみんなにも秘密って言ってるし、そのあのえっとあの」


 しどろもどろのゲヘナに、カノンは苦笑を漏らす。


「いいわよ、そんな焦らなくても」


「えっ?」


「別に密告する気なんてないから。私も機密事項を散々喋っちゃったし。お互い様よ」


「カノン……昔はクソ真面目だったのに、いつのまにそんな寛大に」


「南極が私を変えたのよ」


 意味不明だった。


「ほらゲヘナ、お客さんたちがお待ちかねよ。早く始めたらどう?」


 そう言ってカノンは壁に背中を預けた。


「え? カノンも見てくの?」


「せっかくだし見せてもらうわ。鬼頭さんもどうです?」


「じゃあ……ご一緒させていただきます」


「えーっ?」


 音禰は子供を避けるようにして、部屋の隅に移動した。子供たちはどやどやと上がり込んできて、ランドセルを放り投げ、座布団を広げて腰を下ろす。いつもはつまらなそうにしている子供たちだったが、今日は久々のショーということもあり、期待に満ちた目でゲヘナを見つめている。そしてカノンと音禰も――。


 いつもと違う環境にゲヘナは戸惑っていたが、すぐにぎこちない営業スマイルを作り、声を張り上げた。


「は、はーい、じゃあ今日も、ゲヘナ・ダンウィッチの魔法ショー、は、始まるよーぉ」


 声が裏返る。子供らが笑う。カノンが「しっかりしなさいよ」と野次る。つられて音禰も微笑をこぼす。それに気づいて、ゲヘナも照れ笑いを浮かべた。

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