魔女の家の集い

「この度は、ほんっとうに……ご迷惑を……」


 開口一番、音禰はそう言った。場所はゲヘナの家の六畳間、私とゲヘナとエリサ、そして音禰がちゃぶ台を取り囲んでいる。蛍の姿はなかった。


 ジゴクノヒカリ教団の一件から、数日が経っていた。事件に深く関わってしまった私たちは、連日に渡り尋問を受け、ずっとドタバタしていた。事件以降、私たちが一堂に会したのはこれが初めてである。


 魔女たちは今回の事件を揉み消そうとしていたようだが、本部施設の崩壊はごまかしようがない上、おびただしい数の犠牲者を出している。そしてその家族知人も合わせれば、事件の関係者は膨大な数に登る。その全ての口封じを図ることは、いくら魔女でも不可能だった。


 事件は大きく報道された。「恐るべき自殺教団の全容」「新興宗教の闇」などといったセンセーショナルな見出しが、連日連夜、テレビや新聞を飾った。しかし報道の内容は事実とは異なり、「教主とともに五十人の信者が爆弾によって集団自殺」したことになっていた。もちろん、ゾンビや悪魔のことなどは何一つ公にされず、蛍や法眼のことにも触れられなかった。鵜藤行徳の存在だけが、すべての元凶として槍玉に挙げられていた。魔女たちの情報操作は、これが精一杯であったが、それでも充分だと言えるだろう。


 テレビの中では宮根誠司が神妙な顔で「早くすべての真実を明らかにしてほしいですね」などと言っていた。それを横目に見ながらエリサが言った。


「一般人が真実を知ることなんて永遠にないでしょうね。あそこにいた人間はみんな死んでしまったわけですし」


「よくもまあ、あれだけの人数を殺せたものだ。千人くらいいたんだろ」


「もはや虐殺ですわね」


「いや、わ、私が殺したんじゃないですよ」


 音禰は慌てて手を振った。


「全部鵜藤ですよ。私はただゾンビを作っただけです。ほんとに」


 本当にそうだろうか、と私は思った。いや、音禰を疑っているわけではない。ただ、黒蘭も加担していたのではないか、と思ったのである。音禰もそれを知っていたが、エリサに気を使って黙っていた――というのは考えすぎか、


「ていうかあなた、なんで洗脳されてましたの?」


「なんでって言われましても。禁忌魔法で」


「でもあの禁忌魔法はまだ効き目は弱くて、人間を一発で洗脳できるわけではないって、法眼が言ってましたわ。何度もセミナーを受けて、魔法が効きやすくなるように、思考改造するんですって。でもあなたはセミナーとか受けてないんでしょ」


「まあ……受けてはない、ですけど」


 音禰は言葉を濁らせた。なにか後ろめたいところのある物言いだった。やはり法眼の言っていたとおり、音禰は鵜藤の危険思想に共鳴するところがあったのか。そのせいで、洗脳されやすくなっていたのか――。


 音禰は目を泳がせながら釈明した。


「いや、まあ、何というか、最初に仕事を依頼されて、鵜藤に会った時なんですけど、ゾンビを作る話から、ゾンビ映画の話になって。あんなにゾンビ映画について話せる相手は初めてで、夢中になって語り合っているうちに、いつの間にか……鵜藤の言いなりになっている自分がいて」


「しょーもな」


 エリサは呆れて言った。私も同じことを思った。


「いやしかしあの人心掌握術はさすが宗教家といったところですね。恐ろしい話術です。気をつけねばなりませんね」


「ほんとですわ。今回の苦労の八割はあなたのせいですもの」


「そんなにですか?」


「そうよ、ゲヘナもなにか言っておやりなさい」


 エリサにけしかけられ、ゲヘナは音禰の顔を見た。そういえば、今日のゲヘナは全然喋っていなかった。ゲヘナは音禰をしばらく眺めた後、ようやく口を開いた。


「でも、ま、先生が無事で、良かった」


 ゲヘナは照れくさそうに言った。予想外の真面目さに、エリサは鼻白んだ。


「それが一番心配だったからさ」


「ご心配おかけしました」


「ううん、大丈夫……」


 ゲヘナはそう言って口元を綻ばせた。ゲヘナがこんな自然な笑顔を見せたのは、事件以来初めてだったかもしれない。なんとなく、くすぐったいような空気が満ちた。


 その時、インターホンの音が響いた。みな、我に返ったように玄関の方へ振り向いた。ゲヘナが立ち上がり、来客を迎え入れる。


「おじゃまします」


 訪れたのは、カノン・プレストウィッチであった。頭には魔女装束の三角帽子、片手には魔法の杖という目立ちすぎる格好でそこにいた。カノンはやたらと長いブーツを脱いで畳に上がると、私たちを見て「カノン・プレストウィッチと申します」と改めて名乗り、頭を下げた。後頭部で括られた長い銀髪が、だらりと垂れた。


「この度のご協力まことに感謝いたします」


 カノンはゲヘナの隣に腰を下ろし、私たちの輪に加わった。


「協力はいいんですけれど」


 エリサが言った。


「面倒な尋問とかはいつまで続くのかしら? さすがにもううんざりですわ」


「もうしばらくお付き合いください。教団に関する捜査はまだまだこれからですから」


「えー」


「これ以上ご協力いただけないのであれば、あなたの吸血行為を然るべき機関に告発することも考えねばなりませんね」


「喜んでご協力させていただきますわオホホ」


 エリサは急に媚びはじめた。人の生き血を吸うのはやはり非合法であるらしい。


「と、ところで。あなたも魔女なのよね」


「そうですが、何か」


「いや、魔女は子供しかいないんじゃなかったかしら、と思って」


「私も魔女ですから、体は子供のままです。肉体年齢はゲヘナと同じく、十一歳です」


「そうそう、同い年なんだよ」


 ゲヘナが言った。エリサはしげしげと二人の魔女を見比べていた。私も驚いた。この二人本当に同い年なのか。背の高さもそうだが、体つきもカノンのほうが大人びていて、大学生と言われても違和感がない。ちんちくりんのゲヘナとは大違いである。


「ふーん、最近の子は早熟なのね」


 エリサはカノンに無遠慮な視線を送り続けていた。特に胸元を凝視していた。


「そんなに大人っぽいと魔女の間で目立つんじゃなくて?」


「大人っぽい子なんて、クラスに一人や二人はいるでしょう。それに仕事をする上ではむしろ役立ちます。潜入調査の際など、一般人に紛れることに苦労しませんから」


「なるほどね」


 まあ確かにぱっと見では大人の女性のようで、顔立ちも美人と言って差し支えない。が、よく見れば十一歳らしいあどけなさも残っており、同時に社会の中でスレた感じもあった。少女のままで大人になった、美しいが歪な顔だった。


「さて、そろそろ本題に入ってもよろしいですか」


 カノンは眼鏡の位置を直しながら言った。彼女の言う「本題」とは、すなわちジゴクノヒカリ教団に関する全てのことを指す。


 先にも述べたように、私たちはここ数日ずっと、当局の魔女たちによる取り調べを受けていた。しかしこちらから情報提供しても、魔女たちからは何の情報も教えてもらえない。エリサは黒蘭のことについて知りたがっていたが、「教団に関する件はすべて機密事項である」の一点張りだったらしい。ゲヘナはカノンに密かに手紙を出していたものの、やはり「あなたたちにも何も教えられない」というつれない返事が返ってきただけだった。


 しかし、その後もう一通、カノンから手紙が来た。要約すると以下のような内容であった。


「当局は今回の件を揉み消そうとしている。あなたたちの存在も最初からなかったことになって、すべては内々で処理されたことになる。そのやり方には私も納得がいかない。あなたたちも関係者なのだから、情報を知る権利はあるはずだ。鬼頭音禰、竜道寺エリサを以下の日時に招集してほしい。あなたたちにだけ、捜査情報を教える」


 そんなわけでこの日、音禰とエリサがゲヘナの家に集まって、そこにカノンもやってきたというわけである。


「全ては私の独断です」


 カノンは言った。


「今回の協力に対するお礼の意味もこめて、何でもお教えしましょう。私の知る限りで」


「いいの? バレたらまずいんじゃないの」


「まあクビじゃ済まないわね。だからこれから話すことは決してよそに漏らさないでください。いいですね」


「構いませんわ」


 エリサが頷いた。私たちは情報漏洩の共犯となることに同意した。


「でも、そもそもなぜ魔女はそこまで情報を隠したがってるんですの?」


「禁忌魔法の流出、という前代未聞の不祥事を隠蔽するためですよ」


 カノンは眉をひそめて言った。


「禁忌魔法は魔女の力の象徴であると同時に、絶対の機密……どんな魔法なのかは誰でも知っていますが、呪文、代償の内容、そして悪魔神の心臓の欠片を必要とすることは公開されていません。ごく一部の、限られた魔女しか知らないことであり、特に呪文は、歴代の校長が口伝えだけで受け継いできたもの。しかし、その呪文も心臓の欠片も、数年前から外部に漏れていた。発覚したのが、つい最近」


「なんで今さら発覚したの」


「マカオ校の校長が変わったからよ、新校長が見抜いたの。今ここにある心臓の欠片が偽物だとね……そこで私たちフロイラインが捜査に当たった……最初ゲヘナから手紙が来たとき、別の仕事で手一杯だからと断ったわね。それがこのことよ」


「あ、そうだったの」


「捜査を進めていくうち、ジゴクノヒカリ教団の存在が浮かび上がってきたわけ」


 なるほど、それで駆けつけてきてくれたというわけだ。疑問が一つ解けた。


「他に訊きたいことはありますか」


 カノンは一同を見回して訊ねた。エリサがまっさきに口を開いた。


「黒蘭のことよ。彼女は何者でしたの? 私は最初から、騙されてたのかしら」


 解りました、お話しましょう、と言って、カノンは語り始めた。黒蘭――クレア・イプスウィッチの過去について。

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