魔女とゾンビと悪魔とバンパイア

「鵜藤――! 黒蘭――! 先生――!」


 ゲヘナは狂ったような叫び声を上げた。全員の目がこちらに向く。悪魔神さえも、驚きに目を見張っていた。


「魔法ショーの時間だコラァ!」


 そう言ってゲヘナは三角帽子を高く放り投げた。その帽子は、なぜか生き物のようにうごめいて、そしてよく見ると、内部が青白い光を放っていた。


「は? 魔法ショー?」


 エリサは困惑の表情で、ゲヘナの顔と帽子とを交互に見た。ゲヘナは自信に満ちた顔で宙を舞う帽子を見上げている。自分の魔法に対してこんなにも自信満々なゲヘナは、初めて見た。


「あっ、何か出てきましたわ」


 帽子から飛び出してきたのは、骨のような脚だった。もう片方の脚もにゅっと現れ、紺色の毛に覆われた部分も見えはじめる。そこから先は早かった。ゲヘナの帽子から、その巨体を無理やり通して出現したのは、三つの首を持つ紫黒の狂犬、我が家の地下室に飼われているゲヘナの使い魔、ペロであった。


「グルオオオオオオオオオ!」


 たくましい四肢で床に着地したペロは、三重の咆哮を上げた。誰もがこの光景に呆気にとられていた。


「い、一体どういうことですの。何でここに、あの馬鹿犬が」


「あの手品か。魔法ショーの」


 私が言うと、ゲヘナは唇を尖らせた。


「手品じゃない。時間差で魔法を発動するように仕掛けたんだよ。こんなこともあろうとね。昨夜のうちに。今日の正午に、ペロちゃんが帽子から出てくるようにね。どう?」


「すごいわ、ゲヘナ。あなたこんなこともできたのね。意外だわ」


「そうだよその言葉が聞きたかったんだよ。あのお子様ども、つまらんとかただの手品じゃんとかさんざん言ってくれちゃって。でもちゃんと役に立つんだよ。新ネタは無駄じゃなかったんだよ。私は今それを証明しましたよ。このゲヘナ・ダンウィッチ、転んでもただじゃ起きませんよ」


「なんだかよく解りませんけど、雑草のような生き方してますのね」


「とにかくこれで一発逆転! さあペロちゃん、ランチタイムだ!」


 ゲヘナに言われる前に、ペロは私たちにまとわりつくゾンビを食いまくっていた。その食いっぷりは凄まじく、まさに手当たり次第と言った感じで、ろくに噛みもせずに丸呑みにしていた。私たちの体ごと食われてしまいそうだったが、ペロはゾンビだけを狙っていた。日頃から屍肉を餌にしていたおかげだろうか。


「わはは、今日のペロちゃんは凶暴だぞ、なんせ最近ろくに餌をやってないからなあ」


「ちゃんと食わしてやりなさいよ」


 エリサは呆れていったが、しかしペロが飢えていたおかげで命拾いしたわけである。周りにいたゾンビは根こそぎ食い尽くされ、私たちは自由になった。


「ここで一気に決着をつけるよ」


 ゲヘナはペロの背中に飛び乗った。


「どうする気だ」


「三分で全部終わらす。エリサも手伝って。お前はここで土守さんたちを守ってて」


「お、おう」


 ゲヘナはペロの背中に跨がり、音禰に向かって突撃していった。音禰の周りをゾンビが取り囲むが、そんなものでペロを止められるはずもない。ペロは勢い任せにゾンビを食いちぎり、蹴散らし、踏み潰した。


「先生――ッ」


「ゲヘナさん、よくも私のゾンビを」


「どいて、先生も食べるよ」


「食べるなら食べなさい、私はここで教団に殉じます」


 その宣言通り、音禰は杖を構えたまま微動だにしなかった。ペロが眼前に迫ってもなお、殉教の覚悟を決めた音禰の表情は何も変わらなかった。ペロは音禰を食らうべく、口を大きく開く――が、その瞬間にゲヘナは左の頭の角を引っ張り、両脚で脇腹を打った。ペロは左に曲がりながら跳躍し、前足の爪が音禰の頬をかすめた。そのすれ違いざまに、ゲヘナは音禰の背中から杖を一本抜き取った。ゲヘナと鵜藤の次なる目的は鵜藤であった。


「クレア、悪魔神はいい。あの化け物を止めろ!」


「は、はっ」


 さすがの鵜藤も狼狽えていた。魔導機械の蛇たちが、悪魔神の束縛を解いてペロに向かってくる。しかし蛇がペロに届くよりも早く、ペロが鵜藤を食い殺しそうだった。ゲヘナはペロから飛び降り、同時に呪文を唱えた。


「セスカンミ・ノンシニノ!」


「ウグォォォォ――」


 ペロが、巨大化した。一瞬にして、悪魔神と同等の大きさになった。ペロの方向が辺り一帯を震わせ、蛇を怯ませる。そのすきをついて、ペロは蛇の大半を一気に食いちぎった。そしてペロは悪魔神に挑みかかっていく――が、束縛を解かれた悪魔神は両腕でペロを押し留めた。


 これは後から知ったことだが、どうやら悪魔神は、魔導機械から密かに魔力を吸い取っていたようである。それゆえ、わずかではあるが力を取り戻していた。心臓を奪われそうになりながらも無抵抗だったのは、動けなかったからではない。魔力をある程度まで貯めてから、鵜藤らに反撃するつもりだったようである。しかし今、その力は鵜藤ではなくペロに向けられていた。両者の力は互角であった。


 悪魔神とペロがせめぎ合う一方で、ゲヘナは杖を槍のように持って鵜藤に立ち向かっていた。しかし鵜藤の力もまた人間離れしている。鵜藤はゲヘナの杖を片手で受け止めていた。


「魔女め……やってくれおったな」


「お前をどうにかすれば……全部終わるんでしょう」


「いつ気付いた?」


「さっきの電撃魔法で、あたり一面ぶっ壊された。でもあなたは無傷だった。その理由は、あなたの体内の魔力が魔法と反発し合ったから。そしてこれだけの破壊があったにもかかわらず、まだ禁忌魔法は解けてない。つまり禁忌魔法の魔力炉は壊されていない、もしくは最初からどこにもない。でもそれじゃ説明がつかない……だけど、さっきの悪魔神の言葉。あんたは人間じゃない、怪人でもない、なら答えは一つ」


 ゲヘナは早口で言い切った。そして叫ぶ。


「エリサ!」


「いっきますわよーっ」


 エリサの声は空から響いた。空に舞っていたコウモリの群れが人の形になり、鵜藤目掛けて一直線に降下していく。


「竜道寺高空延髄斬りーッ」


 その技は要するに飛び蹴りであったが、高所からの落下のエネルギーが加わることで破壊力は倍増していた。さらに鵜藤の背後からの襲撃であったため、鵜藤はとっさの対処に遅れ、その後頭部にまともに蹴りを食らった。


「グハッ」


「今だっ」


 鵜藤の体勢が崩れた瞬間を狙って、ゲヘナは杖を鵜藤の左胸に突き刺した。杖は鵜藤の体を貫き、先端部が背中から飛び出してくる。普通の人間ならば血を流して倒れるところだが、鵜藤は痛みも何も感じていないようで、その場に立ったままだった。顔には笑みさえ浮かべていた。ゲヘナとエリサは一歩引き下がった。


「フ、ハハハ……正解だ。魔力炉は私の中……心臓の欠片もな……」


 そう言いながら、鵜藤は自分で杖を引き抜いた。左胸からは血の代わりに煙が漏れ出していた。


「魔女よ……あと一歩、あと一歩のところで……!」


 鵜藤は杖を逆手に持ち、ゲヘナに向かって振りかざした。しかしそれが振り下ろされることはなかった。突如としてゾンビの群れが鵜藤目掛けて殺到し、鵜藤を呑み込んだのであった。


「鬼頭……音禰……貴様まで……」


「ゲヘナさんに、手出しはさせません」


「先生、洗脳解けたんだね」


「お待たせしました」


「ほんとだよ」


 鵜藤の体内の魔力炉が破壊され、心理操作魔法の効果も消えた。洗脳は終わった。音禰は教団から解放された。ではもう一人は――。


「お母さん……」


「あ……ああ……」


 つぐみは洗脳が解けたことによって、蛍を崇拝の目で見ることはなくなった。しかし、代わりにひどく怯え始めた。


「つぐみはどうしたんだ。大丈夫か。私を怖がっているのか」


「違うよ、これが……元のお母さん」


「元の?」


「心の弱い人だった。教団に入る前は、ずっとこんな感じだった。ここにいる間は、禁忌魔法で心を操られて、落ち着いてたみたいだけどね」


「そ、そうか……」


 つぐみは両手で頭を抱え、目に見えぬ何かを怖がって、震えていた。洗脳が解けてよかったね、とは言えなかった。蛍も複雑な表情で母を見つめていた。


「お母さんの心が壊されたのも……多分全部、法眼のせい、だよね」


「まあ、そうだろうな。あんな目に、合わされたんなら……」


「法眼……」


 蛍はため息をつくように呟いた。法眼の死体も、今はペロの胃の中だった。


「私があの男を、殺した……」


 悪魔神とともに魔法を使った時のことを、覚えているようだった。蛍は法眼のことを「生きていてはいけない」と断じていたが、それでも殺人という行為の重みは、蛍の心にのしかかっているらしかった。殺したのが人ではなくて、悪魔であっても。


「私が法眼を殺した」


「そう自分を責めなくてもいい」


「責めてるわけじゃない。嬉しいわけでもない。ただ、なんか、嫌な気分だけある」


「……」


 一瞬の沈黙がよぎった。その時、つぐみがぱっと顔を上げた。


「法眼が……死んだ……?」


「うん、そうだよ。死んだよ、お母さん」


「ほ、ほ、ほんとうに……? じゃ、じゃあ、もう、私は……私は、もう、あんなこと……」


 つぐみは蛍に縋り付くように震える手を伸ばす。蛍はそれを優しく握ってやった。


「そう、もういいんだよ。もう忘れて。もう思い出さなくていい」


「あ……ああ……ああ……」


 つぐみは蛍に抱きしめられて、途切れ途切れに嗚咽を漏らしていた。これで、彼女の過去に関する全てから解放されたのだろうか。もはや自身の過去に怯えることもないのか。


 しかし、まだ過去を忘れてもらっては困る。私はつぐみに言った。


「申し訳ないが、ひとつだけ思い出してもらいたいことがある」


「な、何?」


 代わりに蛍が答えた。


「さっき、法眼に捕まった時に言っていたな。誰にも言いませんから、と。あれは何のことだったんだ。何を口止めされていたんだ。鵜藤がつぐみを殺そうとしていたのは……そのことに関係するんじゃないのか」


 私は努めて優しい口調で問いかけようとしたが、気が焦って、詰問調になってしまった。つぐみは怯え、叱られた子供のように、蛍の胸に顔を埋める。


「それは、今訊かなきゃいけないこと?」


「多分そうだ。確証はないが……悪魔神に関することを、法眼のところで知ったんじゃないのか」


「それが法眼にバレて……記憶を消された?」


 蛍はつぐみを抱いたまま思案を巡らせる。


「あの時……儀式の前、記憶が戻った。全部思い出したって言ってた。その時、鵜藤も知ったんだ。お母さんが、何か、言っちゃいけないことを知ってるって……何、それは」


「悪魔神を封印する呪文……じゃないのか?」


 私と蛍は、つぐみに視線を注いだ。ややあってから、つぐみは顔をあげることなく、こくりと頷き、「そうです」とか細い声で言った。

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