帰ってきた魔女

 人捜しの魔法に導かれた結果、私たちはある扉の前に辿り着いた。両開きの立派な扉であった。ここにゲヘナが囚われているのだ。それは扉を開けるまでもなく解った。中から声が聞こえたからである。


「うーん、離れませんわ。ふんぬ」


「痛い痛い痛い痛い。もっと優しく。痛いって」


 何をやっているのかはよく解らなかったが、久々に聞くゲヘナの声だった。生きていた。元気そうだった。私はほっと胸をなでおろした。


「開けろ」


「はっ……」


 蛍は法眼を顎で使っていた。法眼は腰をかがめ、素早く扉を開ける。その奥に広がる部屋は、薄暗く、全容は把握できなかったが、一番奥、白い照明に照らし出された巨大な機械が目を引いた。


 その機械は様々な機械と機械を無節操に組み合わせてパイプで繋ぎ合わせたような見た目であった。一見すればジャンク品の山のようにしか見えなかったが、ちかちかと光るランプ類やせわしなく動く計器類を見ると、どうやら生きた機械であるらしい。駆動音はしなかったが、時おり水蒸気のような煙を吐いた。


 そしてその巨大な機械の一番下に、ゲヘナが拘束されていた。そこからゲヘナを助け出すべく、エリサが奮闘している。


「げっ、連中もう来ましたわ」


「土守さん……に、あれは、悪魔?」


 焦るエリサ。ゲヘナは悪魔神を見ても意外と冷静だった。エリサは急いでゲヘナを救出しようとするうが、力づくではどうにもならないようだった。このままではまずい。悪魔どもは魔女を殺そうとしている。しかし法眼も蛍も、ゲヘナには興味も示さず、機械の上部を見つめていた。その視線の先には水槽のようなものがあって、紫色に発光していた。その水槽の中には赤黒い塊が浮いていた。


「あれこそ、我が心臓の欠片……」


「やはり……これが、心理操作魔法の魔力炉……」


「これが……」


 魔力炉――魔法の力で動く魔導機械、という言葉のイメージからは想像できない、無骨な見た目であった。しかしこれさえ止めれば、禁忌魔法は止まるのだろう。そして音禰やつぐみの洗脳も解ける――はずだ。


「返してもらおう、我が力」


 蛍の頭上に覆いかぶさるように憑依していた悪魔神が、その二本の腕を魔力炉に向かって伸ばした。文字通り、腕が伸びていた。悪魔神の手は、魔力炉上部の水槽をすり抜けて、その中にある赤黒い塊を包み込んだ。そのままそれを引き抜くと、魔力炉は光を失い、静かな音とともに停止した。


 エリサがゲヘナの腕を引っ張ると、ゲヘナはあっさりと自由になった。同時に、私も人捜しの魔法から解放されて、床の上に落下した。私はすぐに体勢を立て直し、ゲヘナの元へ駆け寄る。


「ゲヘナ! ゲヘナ……大丈夫か」


「トイレ行きたい」


「第一声がそれかよ」


 平常運転のゲヘナを見て私は胸を撫で下ろした。


「でもありがとうわざわざ助けに来てくれて。五分五分で来ないと思ってた」


「来るに決まってるだろ……いや、あの暗号に気づけなかったら来られなかったな」


「オホホ、私のおかげね。せいぜい感謝しなさいよ」


「あっ、そういえば大変だよ。黒蘭さんと先生が鵜藤の手先に」


「知ってる」


「えっなんで」


「そういやアルノーくんが撃たれて怪我して病院にいる」


「えっなんで」


「いや、今はそんなことより、あいつらですわ」


 エリサが言った。私たちは改めて、法眼と蛍に目を向けた。二人は私たちのことなど眼中に買う、ただ悪魔神の手の中にある、謎の塊に目を奪われている。法眼はいつになくぎらついた目でそれを見つめ、蛍も薄暗い微笑をたたえている。


「ゲヘナ、魔法であいつらを止めてくれ」


「無理だよ。杖とられちゃったし」


「くそ、どうにかならないのか。あいつら禁忌魔法の力を奪おうとしてるんだぞ。よく解らんけど」


「いや……それなら多分、大丈夫」


「何が大丈夫なんだ」


 ゲヘナはあくまで冷静に状況を見極めようとしていた。私は気が気でなかった。このまま禁忌魔法の力が悪魔たちに強奪されてしまえば、相当まずいことになってしまうのではないか? 鵜藤の手にあるよりも、ずっと――。


「見るが良い、魔女よ……」


 法眼はそう言って、私たちの方に視線を向けた。


「お前たちの禁忌魔法は、今、あるべき場所へと還ろうとしている……すなわち、我が神の御身へと……」


「……」


 ゲヘナは唇を引き結んだまま、何も答えなかった。私とエリサは顔を見合わせた。法眼は何を言っているのか?


「どういうことだ。禁忌魔法は、悪魔のものなのか」


「そうだ……」


 法眼は頷き、そしてゲヘナを睨み据えた。


「魔女よ、お前は知るまいな。歪められた歴史を教わったお前たちには……禁忌魔法が誰によって生み出されたか……」


「……」


「魔女よ、今こそ真実を聞け! お前たちが禁忌魔法と呼んで、権力の象徴としている三つの魔法は……すべて悪魔神によって生み出されたものだ。そしてかつての魔女どもは、その魔法を奪うためだけに、我々悪魔を虐殺したのだ。それが真の歴史なのだ」


 ゲヘナは相変わらず沈黙を続けていた。法眼は言葉を続けた。あくまでも静かに、淡々と。しかし、確かな恨みを言葉に込めながら――。


「人の世は、人が支配する。では人ならざる者の世は、誰が支配するのか……魔女は、その支配者になろうとしたのだ。力を求め、力を振るい、力によって人外の者たちを屈服させてきた。そしてついに神の力をも欲し、悪魔神を討たんとした。迎え撃つ悪魔を一方的に、皆殺しにした。そして神にまでその血塗られた手を伸ばそうとした。しかしその直前に、私は神の御身を封印し、魔女の手から守り抜いた。私は神からお預かりした心臓の欠片を使い……心理操作魔法を発動させたのだ。その後どうなったか……それはお前も知っているだろう、魔女狩りだ」


 法眼は口元をひきつらせるようにして笑っていた。


「魔力はわずかしかなかったが……上手くいった。教会の聖職者を操るだけで……愚かな民衆をも扇動することができた。魔女狩りの波は欧州中に広まった……そして魔女は次々と殺されていった。魔法は使えても、人間の数の多さには勝てなかったのだ。痛快だったよ……何の力も持たぬ人間どもに、魔女が袋叩きにされ、火炙りにかけられる様は……」


 しかし心理操作魔法の代償として、私は魔法能力を喪失した――と法眼は続けた。


「だから……生き残った魔女どもの、最後の足掻きに……私は敗れた。私が隠し持っていた神の心臓の欠片も、神を封印した像も……すべて魔女に奪われてしまった……私はただそれを見ているしか出来なかった……しかしその時にはもう、大量の魔女が殺されていた……魔女は欧州での活動を断念し……東方へと逃げていった……だがまだ足りん……魔女を根絶やしにせねばならん……我々がされたように……」


「……」


「何とか言ったらどうだ、魔女よ……お前たちの愚かな先祖は、ただ力を欲するあまり、何の罪もない我々の仲間を皆殺しにした……そしてその事実を隠蔽し、歪曲し、魔女が正義で我々が悪であるかのように偽り……そしてまた、神の力に溺れようとしている。聞け、よく聞け。魔法学校の上層部は、禁忌魔法発動に伴う代償を、消滅させようとしている。そのための研究をずっと続けている。代償がなくなる……これがどういうことか、言うまでもないだろう。魔女も禁忌魔法も、血と欲にまみれている。そしてお前もそのうちの一人……そうだ、これこそが真実なのだ。魔女などただの血に飢えた虐殺者に過ぎないのだ。私は歴史を正しい方向へと修正する。滅びるべきは魔女なのだ……死するべきはお前たちだ……我々の恨み……永遠の怒りを……全ての魔女に……死をもって償わせる……魔女狩りの……再来を……!」


 法眼が吐き出したのは、魔女への呪詛であり、そして宣戦布告であった。ここまでおよそ感情というものをほとんど表に出さなかった法眼が、その胸に秘めていた本心がこれだった。積もり積もった恨みつらみを、魔女に対してぶちまけるこの瞬間を、そして神とともに魔女狩りを再び巻き起こす時を、法眼はずっと待ち続けていたのだ。魔女による悪魔狩りがあってから、数百年間も――。


 法眼は、ゲヘナの言葉を待ち構えていた。いや、法眼だけではない。私も、エリサも、ゲヘナがどんな反応をするのかを、じっと見守っていた。突きつけられた真実を受け入れるのか、否定するのか。反論するのか、怒りや悲しみを浮かべるのか――。


 だが、実際のゲヘナの反応は、私たちの予想とはまったく異なっていた。ゲヘナはただ、「ふーん」と言っただけであった。

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