望まれぬ再会

 中は暗く、殺風景な、狭い通路だった。昨日、正面から入った時のような、明るく開放感のある雰囲気とは正反対で、非常灯のような最低限の照明しかなく、ほぼ真っ暗と言って差し支えなかった。誰かが潜んでいても、気付くことは難しいだろう。


「なんだか陰気ね。悪魔崇拝の団体だから?」


「多分、裏口だからだろ……」


「ゲヘナはどこかしら」


 エリサが言った。ゲヘナの居場所など皆目見当がつかなかった。かといって闇雲に探し回るのは危険である。誰に見つかるか解らない。私たちは目立ちすぎる。


「おほほ、そんな不安そうな顔しなくても。大丈夫ですわ」


 そう言うとエリサはまたもコウモリの群れに変身した。通路いっぱいにコウモリの羽ばたきが広がり、ひしめきあい、目が回りそうな光景だった。忙しない羽音に混じって、キインという耳障りな音が脳に響いた。コウモリたちはそのまましばらく同じ場所に滞空していたが、「解りましたわ」といって人間の姿に戻った。


「何が解ったんだ」


「超音波の反響で、通路の構造を調べていましたのよ」


「そんなことできたのか。便利だな」


「あなたももっとゲヘナにいろんな機能をつけてもらえばいいのよ」


「今から追加できるのかね……で、ゲヘナがどこか解ったのか」


「それは解りませんわ」


「解りましたわ、って言ってただろ」


「それはこの通路の構造のことですわ。かなーり入り組んでますけれど、奥まで行けば、ひらけたとこに出ますわね。それ以外は行き止まりですわ」


「人はいるか?」


「いませんわ」


「ほんとか?」


「動いてるものがいれば、反響で解りますわよ。人でも鼠でもね」


「なるほど」


 とりあえずエリサのソナー能力を信用するしかない。「こっちですわ」と言って迷いなく歩いていくエリサを、私は三歩遅れてついていった。


 エリサの言ったとおり、通路は入り組んでいた。分岐や交差と何度も出くわした。しかしエリサはそのたびに、一瞬も躊躇うことなく、曲がる向きを選んだ。自分の能力に絶対の確信を持っているらしい。その自信家ぶりは見習いたい。


 私はエリサの後を追う一方で、どこかに監視カメラがありはしないかと、全方位に注意を配っていた。幸いにして私の八個の目にはカメラらしきものは映ることはなく、そしてエリサの断言したとおり、人の姿もどこにもなかった。


「もう少しで、この狭さから抜けられますわ……」


 先を行くエリサが、振り向いて言った。


「ここの十字路を右に曲がれば」


 その言葉通り、エリサは右に方向転換した。同時に、足を止めた。


「何だ、どうした」


「何か踏みましたわ」


「何かって、何だ」


 私はエリサの足元を覗き込んだ。しかしこの暗さの中では、そこに横たわっている物体が何なのか、すぐには解らなかった。しかし夜目の利くエリサは、パッと見でその正体を見破った――。


「人ですわ」


「えっ?」


「何でこんなところに寝て……」


 私はとっさに触覚を発光させた。光に照らし出されたそれは、確かに人であった。通路を塞ぐように、人間が横たわっていた。


「いや……寝、寝てるんじゃないだろ、これ」


「そのようですわね。息してませんもの」


 エリサは爪先で、その人間の胸板を踏みつけた。かなり力を込めているようだったが、人間は何の反応も示さず、目を開けることもなかった。


「死んでますわ」


「なぜ死んでる。そしてなぜこんな場所で」


「外傷はないわね。血の匂いがしないから。毒殺かしら」


「なあ……なんかヤバいんじゃないか?」


 私は名状しがたい不安に襲われた。こんな場所に人の死体が無造作に放置されているなど、明らかに尋常ではない。一体何のために?


「一回引き返したほうが……」


「引き返してどうするつもり? 他のルートを探すの?」


「いやしかし……」


 エリサはどうやら、死体を無視してこのまま進むつもりらしかった。この死体はたまたまここに放置されているだけで、別にそれ以外の意味などない、とエリサは考えているらしい。


「大方、土守蛍に魔力を与えるための、実験台なんでしょう。死体が邪魔だからここに捨ててるんじゃない?」


 そう言ってエリサは死体の横っ腹を蹴った。と、その時であった。死体がわずかに震えた――ように見えた。


「こいつ、今動かなかったか?」


「おほほ、何を馬鹿な……死体が動くわけ……」


 笑うエリサの足元で、死体は再び震えた。今度は見間違いなどではない。確かに死体はびくびくと痙攣していた。そして――私たちの目の前で、ゆっくりと上半身を起こしたのだった。


「動いてますわあああ」


「ゾンビ!」


 動く死体。そう、それは紛れもなくゾンビであった。ゾンビはおぼつかない足取りで立ち上がった。私たちの行く手を阻むように――。


「あなた、なんとかなさい」


「おっおう」


 私は触手でゾンビを弾き飛ばした。ゾンビはあっけなく、暗がりの向こうへと消えていった。


「何よ、たいしたことないわね。驚かせてくれちゃって」


「でも何でこんなところにゾンビが……いや、考えられる理由は一つだな」


「音禰……」


「やっぱりここにいるんだな……」


 音禰に仕事を依頼したのは、教団である。できるなら信じたくない仮説だったが、こうなるともう間違いはないだろう。ゲヘナという可能性もなくはないが、ゲヘナはまだゾンビ化魔法を完全にモノにしているわけではないから、微妙なところだ。


「でもなんでこんなとこにゾンビを」


「侵入者を防ぐためじゃないの? でもまあ、普通の人間ならともかく。私たちをゾンビ一匹で何とかできると思ったら大間違いですわ、おほほ……」


 得意げに笑いながら、エリサはゾンビを弾き飛ばした方向へと足を踏み出す。あくまで前進する気構えらしい。私は一瞬迷って、エリサについていった。ゾンビくらい、私の触手で何とかなる――。


「おっ、さっきのゾンビですわ」


 触手で前方を照らしてみると、先ほど弾き飛ばしたゾンビが、懲りずにこちらに向かってきていた。打ちどころが悪かったらしく、右肩をぶらぶらさせていた。


「さあ、また触手で一発ぶっ飛ばして……あっ」


「どうしたエリサ」


「……」


 エリサは前方の暗闇を凝視したまま、言葉を失っていた。一体どうしたのだ――と思って触覚の光を最大まで強めると、私にもそれが見えた。大勢の人間だった。ナイフや、杭や、中華包丁など、武器を手にした人間たちが、通路を塞いでいた。おびただしい数であった。


「お、おい……エリサ……これは……」


「いや、し、知りませんわ、こんな連中。超音波に、引っかからなかったし……」


「じゃあ、こいつらも……元は死体で……」


 ここに侵入した時から、私たちの動向は、教団に把握されていたのだ。エリサが超音波で内部を調べることも、読んでいた。その際、見張りの人間がいることを察知されないように、あらかじめ通路に死体を配置しておき、そしてゾンビ化させた――ゾンビであれば、エリサの噛みつきによって下僕に変えられてしまうこともない――。


「引き返すぞ」


「了解ですわ」


 エリサは素直に従った。私たちは回れ右して駆け戻った。すぐに先ほどの交差路に出て、エリサが急に足を止めた。


「ストップですわ」


「何だ」


「き、来ますわ。大勢」


「どっちから」


「あっちとこっちとそっち!」


 私たちは、すでに囲まれていた。武器を持った、生気のない顔の人間たちが、私たちのもとに押し寄せてきていた。表情はまさに魂が抜けたようだったが、武器を握る手には力がこもっていた。もはや触手でどうにかなる人数ではなかった。四方向から我々のもとににじり寄ってくる、人の群れ――。


「エリサ、お前だけでも逃げろ」


「逃げるったって……」


「コウモリに化ければ、ゾンビの頭上を越えて逃げられるだろ」


「あなたはどうしますの?」


「私は……なんとかする」


「なんとかなるわけないでしょ」


「いいから早く逃げろ……」


「逃げてもらっては、困りますな……」


 声がした。正面から迫っていたゾンビの群れが、二つに割れた。その間から現れた、ローブをまとい、顔に邪悪な笑みを貼り付けた長身の男こそ、教団の首魁、鵜藤行徳であった。


 鵜藤は、そのぎょろっとした目で私たちを眺め回した。


「間違いないかね? この二人が……ゲヘナ・ダンウィッチの怪物と、吸血鬼の竜道寺エリサ……」


「はい、間違いありません。この二人です」


 そう言いながら鵜藤の背後から現れたのは、誰あろう、鬼頭音禰――。

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