宗教的体験の前と後

 セミナーの際、蛍とはこんな話もしていた。


「あの鵜藤や法眼という男は、一体何者なんだ?」


「正直に言うと、よく解らない。二人とも、私の前では自分のことを全然喋らないからね。今まで何をしてきたのか、二人はどうやって知り合ったのか、まったく謎だよ。得体が知れないというか」


「法眼は、悪魔について研究しているとか」


「そうみたいだね。古い魔導書みたいな本をいっぱい持ってるし。私の魔法の実験も、鵜藤じゃなく法眼のほうが率先してやってる。変な話だけど、法眼のおかげで私の力について自分で理解できた」


「鵜藤も、魔法について詳しいんだったな」


「うん、どれくらい詳しいかは、詳しく知らないけど」


 そこでゲヘナが口を挟んだ。


「その鵜藤と法眼は、どういう関係なの?」


「鵜藤が上司で、法眼が忠実な部下……って感じだね。まあ……表向きはね」


「えっ、どういうこと」


「上手くは言えないし、根拠があるわけでもない……ただ、二人を間近で見ていてそう感じるんだけど……法眼は、鵜藤のことを信用してないみたいなんだ」


「信用してないって……でも法眼と鵜藤は二人で、土守さんの力を色々試してるんだよね。何かの目的のために」


「うん、でも、もしかしたら……法眼は、鵜藤の言葉に従うふりをしつつ……何か別のことを考えているような気がする」


「それは、あくまで、土守さんがそう思うってだけだよね……」


「いや、でも今日、少し確信に近づいた。法眼は、魔女さんたちに言ったんだよね。セミナーを受けてすぐ帰るなら、見逃してやるって……」


「うん、言ってた」


「もしかしたら法眼は……魔女さんを私に会わせたかったのかもしれない」


「そ、それは何で……」


「どういう理由かは解らないけど、でも、何かの思惑があるのは間違いないんじゃないかな。だって、魔女さんを追い返すことだって出来たわけだし」


「確かにそうだけど……」


 そういえば法眼は、「私の邪魔をするな」などとも言っていた。やはり何かの企みを抱いているのか。そのために、ゲヘナと蛍の面会を許したのだろうか。


 それから蛍は、こうも言っていた。


「あと、これは私が個人的に知りたいことなんだけど」


「何?」


「私の悪魔の力が、どこから来たのかってこと」


「それはあれでしょ。悪魔神の残したなんかが」


「法眼はそういうふうに説明してる。でも、それがなんで私なのか……それをはっきり知りたいんだ」


「解った、それも友達に訊いてみるよ」


「魔女さんの魔法の力は、どうやって身についたの」


「母親が魔女だと子供も魔女になるんだよ。親は魔力を失くして、ただの人間になっちゃうんだけど」


「そうなんだ」


 蛍はそこで一旦言葉を区切った。


「私の母親も普通の人間だな」


「まあ普通は普通の人間でしょ」


「いやそうじゃなく。もしかしたら私の母親が……」


「悪魔だったかもしれないって……?」


「父親のほうかも」


「土守さんの、お父さんは」


「普通の人間だったと思うけど。でも可能性としてはあり得る話じゃない? どう?」


「あり得るかもしれないけど。あり得ないとも言い切れないから」


「悪魔の証明みたいだね」


 悪魔が言った。


「親が由来にしろそうでないにしろ、ちゃんと知りたい。あとこの力をどうやったら失くしてしまえるのかも……」


 その声には痛切な響きがこもっていた。確かにこんな力があっても、鵜藤らのような悪人に狙われるばかりで、良いことなど何もないだろう。魔法を使うにも他人の生命を必要とするのでは、どうしようもない。


 ゲヘナは、ちゃんと友達に相談してみるから安心して、と約束を交わしていた。なんでもかんでもカノン・プレストウィッチに押し付けすぎではないかとも思ったが、他に頼れる相手もいないので仕方のないことか。


 蛍との面会が一時間以上にも及んでいたことを、暗幕の外のセミナー会場に戻ってから知った。蛍光灯の光が、薄闇に慣れた目を貫いた。鵜藤はにこやかな顔で「ずいぶんと長くお話されていましたね。あなたの心に光は灯りましたか」と訊いてきたので、私は慌てて感動したふうを装って「はい、とても素晴らしいお話をしていただけました」と答えておいた。


 セミナー体験が終わった後は、素直に帰ることにした。教団の施設を探索してみてもよかったのだが、法眼に見つかると厄介そうだったし、それに蛍の話だけでも、充分に調査報告書のネタにはなった。そして何より、ゲヘナが体調不良を訴えていた。


「う~、頭痛い……」


 教団施設の外に出たゲヘナは、開口一番そう言った。


「大丈夫か?」


「早く帰ろ。なんか疲れたし」


「ああ……」


 なんだか様子が変だった。私の変身を維持するために、魔力を消費しすぎたのだろうか。ゲヘナは帰りのバスの中でも、目をつぶったまま、一言も喋らなかった。


 家に帰り着いたときには夕方だった。靴を脱ぐなり、ゲヘナは座布団を枕代わりにして畳の上に寝転がった。それから大儀そうに私の変身を解除した。


「もう寝るのか?」


「昼寝……」


「あれは? 調査報告は?」


「代わりに書いて」


「ええ……」


 ゲヘナはすぐに眠りに落ちた。よっぽど疲弊していたらしい。無理に起こして手紙を書かせるのも忍びないので、仕方なく私が代筆してやることにした。字はゲヘナよりも上手い自信がある。とりあえず、教団本部の様子と、鵜藤や法眼のこと、そして蛍から聞いた話をできるだけ忠実に書き綴った。教団に行く前のゲヘナは、教団をクソヤバ犯罪集団としてでっち上げればいい、などとのたまっていたが、でっち上げるまでもなく、教団がクソヤバ犯罪集団であることを如実に物語る調査報告書となった。


 私は出来上がった報告書を、アルノーくんの足に括り付けた。


「これをカノン・プレストウィッチに届けておくれ。昨日も手紙を届けた相手だ。覚えてるだろ」


「クルッポー」


 任せておけと言わんばかりに鳩胸を反らせるアルノーくんを、私は窓の外に放してやった。空には少しずつ雲が増えてきていた。そういえば今夜から雨になると、天気予報で言っていた気がする。アルノーくんは無事に手紙を届けられるだろうかと、空の彼方に飛んでいく後ろ姿を見送りながら、少し不安になった。


 夜になってから、ゲヘナは一度目を覚ました。ぼけっとした顔のままで、三編みをほどいて寝間着に着替えた。


「飯は?」


「なんか食べるものあったっけ」


「ないな」


「じゃあいい……」


 ここのところ音禰がうちに来なかったため、我が家の食糧事情は困窮を極めていた。ゲヘナはちゃぶ台に突っ伏して、くぐもった声で言った。


「報告書書いてくれた?」


「ああ、書いたよ。もう送った」


「そう」


「あとはその、カノン・プレストウィッチに任せておけばいいんだな」


「うん、もういいでしょ……カノンは優秀だからね。私と違って」


「はあ」


「勉強もできるし。家柄もいいし……誕生日とかには実家から豪勢なプレゼントがいっぱい送られてくんの。魔法学校の。寮に」


「はあ」


「でも私にはそういうの全然なかったから。私に気ぃ遣って。こんなの別に邪魔になるだけだから嬉しくないとか言って。でも夜中、消灯後に、二段ベッドの下でさ。プレゼントを嬉しそうに開けて確かめて、家族にお礼の手紙とか書いて……私に気付かれないように……」


「いい子じゃないか」


「うん……」


 ゲヘナは顔を上げなかった。一言に友達と言っても、そこに含まれる感情は一言では説明しがたいものなのだろうなと私は思った。


「寝るから布団敷いて」


「はいはい」


 私が布団を用意してやっている間に、ゲヘナは歯を磨いていた。体調は少しマシになったようだった。私は安心した。謎の教団への潜入などという慣れないことをしたせいで、ストレスがかかって体調を崩したのだ。しかし、もう教団と関わり合いになることもない。今度こそ、カノン・プレストウィッチにバトンタッチすればいい。もう私たちの出る幕はない。あとは公的機関の仕事である――。


 その時の私は、そう思っていた。これ以上はもう何も起こらないのだと、すべて終わったのだと確信していた。


 だが――残念ながら、私たちはすでに、ジゴクノヒカリ教団の魔の手によって、地獄の底へと引きずり込まれる途中にあったのだ。私はそれにまだ気付いていなかった。報告書を提出した達成感と解放感に包まれながら、何も考えずに、眠りについた。


 その時までは確かに、ゲヘナはそこにいた。ゲヘナが姿を消したのは、私が眠ってから目覚めるまでの六時間の間であった。

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