ゲヘナへの指令

 翌日の朝八時ごろ、早くもアルノーくんが帰ってきた。


 その脚には新しい封筒がくくりつけられていた。例の、ゲヘナの友達からの返信である。封筒の中には、ジゴクノヒカリ教団のパンフレットと、二枚の便箋が同封されていた。


 その便箋の内容を、ここに転載しておこう。



――前略、ゲヘナ・ダンウィッチ様。


お久しぶりです。魔法学校を卒業して以来でしょうか。ゲヘナもアルノーくんも、元気そうで何よりです。まだ魔女を続けているようで、安心しました。そういえば、就職が決まらないままで卒業していましたが、今は何をしているのでしょうか。困ったことがあったら、いつでも相談してください。力になります。


 さて、お手紙にあったジゴクノヒカリ教団の件ですが、結論から申し上げますと、我々の方からできることはありません。と言いますのも、そのお手紙の文面からでは、教団が魔法を使って何をしようとしているのか、そして土守蛍さんが教団でどう扱われているのか、はっきりと解らないからです。また、我々は魔法を悪用した犯罪を取り締まっておりますが、何が犯罪であり、何が犯罪でないのか、その線引きも微妙なのです。たとえばその教団が、魔法を使って社会に混乱を生み出そうとしていたり、お金を稼ごうとしたりしているなら、それは我々の取り締まりの対象となります。しかしあくまでも個人的な使用の範疇に収まるのであれば、口を出す権利はありません。ただ何を取り締まるべきかについては明確な基準がないので、一概には言えないのですけれど……。


 しかし、宗教団体という組織の特性上、魔法を使用する目的は、信仰を集めるためであると思われます。いかなる魔法を使うかは解りませんが、不特定多数の一般人に対して魔法の力を開陳することになるのは間違いないでしょう。またジゴクノヒカリ教団について少し調べてみたところ、終末思想や悪魔崇拝を掲げている、危険な思想を持つ団体であるようです。これらのことから考えるに、即刻取り締まりとまではいかぬまでも、何らかの調査は必要である、と判断できます。


 ですが……現在、我々は非常に大きな事件を抱えていて、他のことに人員を割けない状態です。詳しいことはお話しできませんが、その事件の解決の見通しも立っておらず、ジゴクノヒカリ教団の調査に入れるのも、いつになるか解りません。そこでお願いがあるのですが、我々の代わりに、ジゴクノヒカリ教団について調査していただけないでしょうか。ゲヘナの調査報告によって、取り締まりの必要性を判断したいと思います。


 何をいきなり、と思われるかもしれませんが、ゲヘナを信頼できる友人と見込んでのお願いです。調査に必要な経費に加え、規定の報酬もお支払いいたしますので、どうかよろしく。お仕事が忙しいならば、もちろんそちらの方を優先していただいて構いません。お時間の空いている時だけで結構です。社会平和のため、魔女の一人として、ご協力をお願いします。


 追伸。久々にアルノーくんの姿を見て、学生時代が急に懐かしくなりました。ロボ太の様子はどうですか? お互いに暇な時間ができたら、ゆっくりお話ししましょう。


――同窓の友、カノン・プレストウィッチより――



 手紙を読み終えたゲヘナは、苦虫を噛み潰したような顔を見せた。


「何を言ってるんだこいつは……」


「ゆっくりお話したいそうだ。いいじゃないか」


「そこじゃないっ。こいつ私に教団の調査を押し付けてるよ。素人の私に!」


「しかし向こうも忙しいようだしな……」


「だからって……」


 ゲヘナは眉をしかめながら、手紙をまた読み返した。最後まで読むと、また最初に戻って読み直した。それを三回繰り返していた。


「クルッポー」


 アルノーくんが不安げに喉を鳴らした。自分の持ってきた手紙のせいで、主人を悩ませているのが心苦しいらしい。そんなアルノーくんをよそに、ゲヘナはまたしても手紙を最初から読み返していた。顔つきは険しくなる一方だった。


「いつまで読んでんだよ」


「うう……」


「どうすんだ、教団の調査……」


「いやでも……時間が空いてるときだけでいいって」


「めたくそに空いてるだろ」


「確かに空いてるけど……」


「音禰もしばらく来ないんだろ」


「うん、なんか仕事が入ったって……」


 ゲヘナはまたしても手紙に目を落とす。何度読んだって、最適解が浮かび上がってくるわけでもないのに。


「お前はどう思う?」


 ゲヘナは顔を上げ、私に向かって言った。


「まあ、あの教団に首を突っ込むのは、明らかに危険だと思うが」


「だよねえ」


「しかしこのままでは教団がほったらかしになるのも事実だ」


「そうなんだよねえ。土守さんに、約束しちゃったからねえ……友達に手紙出して、何とかしてもらうって……」


 うーんと唸って頭を抱えるゲヘナ。選択肢は二つに一つだ。危険を承知の上で、ゲヘナ自ら教団の調査に乗り出すか。もしくは、機関が抱えている事件が片付くのを待ってから、教団を調査してもらうかだ。土守蛍とその母親を教団から救うのならば、早いほうが良いに決まっているが。


「よしっ決めたっ」


 ゲヘナはちゃぶ台を力強く叩いて宣言した。


「調査に行こう」


「行くのか」


「土守さんのこと、心配だし……このままほっといたら、絶対良くないと思うし。だから……私がやるしかないなら……」


 覚悟を決めた様子だった。私はゲヘナのことを見直した。いつもはへたれているが、やるべき時にはちゃんとやる奴なのだ――。


「ちょっとだけ……ちょっとだけ調査しよう。危なくなったらいつでも引き返せるように、深入りはしないでおこう。なんかヤバいなって感じたら、報告書を捏造してでも、教団をクソヤバ犯罪集団ってことにして、カノンにバトンタッチしよう……」


「おい」


「いやでもお前も危ないって思うんでしょっ。こういうスタンスで行くしかないよ、私は何の訓練も受けてない素人なんだから。そうでしょ」


「まあ……安全第一で行くべきだが」


「でしょ。それに、深入りしすぎて、教団側にこっちの思惑がバレてもまずいしね。そう、これでいいんだよ、これでね」


 ゲヘナは自分に言い聞かせるように言った。浅い調査しか出来ないことに、引け目を感じてはいるらしい。


「で、調査って言っても、何をどうするんだ?」


「そりゃあ教団に潜入するしかないでしょ」


「大丈夫か?」


「一般人のフリして忍び込めばいいんだよ。ほら見てこれ」


 ゲヘナはカノンの手紙に同封されていた、教団のパンフレットを取り出した。パンフレットといっても大層なものではなく、一枚の紙が三つ折りにされただけの代物である。デザインはごくシンプルで、表紙には教団名と、「今月の予定」という文字が書かれているだけだった。


「で、この予定のとこ見て」


 中を開くと、教団のスケジュールがずらりと書かれていた。そのほとんどがセミナーの類で、第一セミナーとか第二セミナーとか、いくつも種類があるようだった。内容がどう違うのかは、説明がないので解らなかったが。


「このスケジュールが何なんだ」


「今日のところだよ。ほら、お昼からセミナー無料体験……」


 ゲヘナが指さしたところには、確かにそう記されていた。今日の正午から、本部施設にて――実におあつらえ向きのタイミングである。


「これは行くしかないでしょ。今日行かないと、もう無料の日ないよ」


「そうだな……」


 パンフレットの裏側には本部施設へのアクセスも載っていた。場所は蛍の言っていたとおり、この街の北の外れで、電車は通っておらず、バスで行くしかないようだった。


「よし、じゃあ早速出かけよう。早くしないと、お昼に間に合わない」


 ゲヘナは立ち上がり、魔女装束を脱ぎ捨てる。それからユニクロで買った普通の服に着替えた。普段着になると途端に魔女らしさが失われる。


「これでパンピーの中に溶け込める」


「ツラは外人だから結局目立つぞ」


「魔女の服よりはマシでしょ」


「じゃあ頑張ってこいよ。危なくなったらすぐに帰ってこい」


「何言ってんの。お前も行くんだよ」


「ええ?」


「当たり前でしょうよ。私一人だけなんてやだよ。心細いし。だいたい子供だけじゃ入れてもらえないよ」


「そりゃまあそうかもしれんが」


「はい、じゃあじっとして」


 ゲヘナは杖を構えた。普段着に魔法の杖の組み合わせはどうもちぐはぐである。


「クミトミ・ミミキミ」


 おなじみの変身魔法だ。魔法石の輝きとともに、私は一瞬で人間の姿に変わった。前回はゲヘナと同い年くらいの子供になったが、今回は大人である。ゲヘナの保護者役ということだ。しかしなぜか今回も女性だった。


「なんで女にするんだ」


「男の体知らないし」


「いい年して……」


「だって魔女だし。この年まで魔女ってことはそういうことだよ」


「カノン・プレストウィッチもか」


「もちろん」


 またいらない知識を得てしまった、と私は思った。そして私たちは、教団に向かうべく、外へと足を踏み出した。

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