教団から来た男

「一体いつまで喋っているつもりですか……」


 玄関に上がり込んできたのは、丈の長いジャケットを着込んだ、大柄な男だった。ひどい猫背であったが、背筋をまっすぐ伸ばせば百八十センチは超えるだろう。髪は白髪交じりで、顔には深いしわが刻まれている。角張った輪郭に、額と顎が異様に出っ張っていて、猫背とも相まって不気味な印象を振りまいている。瞳には生気がなく、目の下にはくまが出来ていた。


「そろそろ時間です……教団へ帰りましょう……」


 男は蛍に向かって言った。唇をほとんど動かさずに喋っていた。


「ああ、解ってるよ」


「つ、土守さん、この人は……?」


 ゲヘナは男と蛍を交互に見比べながら訊いた。蛍は少し言いにくそうに答えた。


「この人が……その、私の監視役だよ。教団の幹部で……法眼ほうげんっていう」


 法眼――それがこの奇妙な男の名前だった。もしやこいつが例の鵜藤という男ではないかと思ったが、別人らしい。法眼は、ゲヘナをぎょろりと睨みつけた。ゲヘナはその視線に射抜かれて萎縮していた。


「魔女……か?」


 法眼が言った。


「それは……魔法学校の制服だな……」


「ちっちがいますうぅん……」


 ゲヘナは蚊の鳴くような声で答えた。口先だけで否定したところで意味はなかった。法眼はなぜか魔法学校の制服を知っており、ゲヘナが魔女だと見抜いていた――。


「まさか……本物の魔女が……こんな場所にいるとはな……」


 法眼は露骨に舌打ちをした。それからその節くれだった手で蛍の細腕を掴むと、力ずくで立ち上がらせた。


「余計なことは……何も喋っていないでしょうな……」


「何も言ってないよ。ただ手品を見せてもらっていただけだ……」


 そんな嘘などこの男には通じないだろう。法眼はゲヘナを一瞥すると、地の底を這うような声で言った。


「この子から聞いたことは……すべて忘れることだ」


「え?」


「魔女には関係のない話だ……」


 そう言い残し、法眼は蛍の腕を引いて出ていこうとする。蛍は一瞬、切実な瞳でゲヘナを見た――ゲヘナは弾かれたように立ち上がる。


「ちょ、ちょっと待ってよ」


「なんだ……」


 蛍の足に靴を履かせようとしていた法眼が、いかにも面倒そうに振り返った。


「ま、まだその子と話してる途中だよ。勝手に連れ帰らないで……くださァい」


 威勢よく呼び止めたゲヘナだったが、法眼の威圧的な目線に縮こまり、後半の方は声が消え入りそうになっていた。法眼はまた舌打ちをした。


「魔女には関係がないと言ったはずだ……」


「か、関係なくないっ。土守さんはわざわざ私のとこに相談に来たんだから」


「相談……ねえ」


 法眼はその暗い目で蛍を見下ろした。蛍は反抗的な表情で法眼を睨み返している。


「何を聞いたかは知らないが……これは我々の信仰の問題なのだ……部外者にとやかく言われる筋合いはない……もっとも、貴様が我々の教団に入信するというのなら……話は別だが……」


「う……」


「どうする……入信するのか……?」


「お、お金かかるんでしょ」


「かかるな……まあ、貴様には払えるまい……」


 法眼は部屋の中を見回した。六畳一間の古アパート。テレビも未だにブラウン管。十万二十万の金を躊躇いなく出せるような家庭ではないことは、誰が見ても明らかである。


「話は終わりだ……」


 法眼は冷たく言い放った。


「魔女ごときが……二度と我々に関わるな……いいな……」


 凄みを利かせた物言いに、ゲヘナはビビって縮み上がり、そのすきに法眼は蛍を連れて出ていってしまった。玄関のドアが閉められる直前――蛍は、ゲヘナの方を振り返り、ごめんなさい、だとか、助けて、だとか、そういうような意味のことを唇の動きだけで言い残していった。法眼と蛍が消えた後、車のエンジン音が遠ざかっていくのが聞こえた。


 ゲヘナは畳の上に呆然と立ち尽くしていた。私もたった今の出来事をどう受け止めていいのか解らずにいた。カルト教団に囚われた少女と、それを連れ戻しに来た男――彼らの背後に見え隠れする魔法の存在――幸福宗教ジゴクノヒカリ――。


「おい、ゲヘナ」


「……」


「ゲヘナ!」


「わっ、な、何」


「何をぼうっとしてるんだ」


「だ、だって……どうしたらいいのか解らなくて」


「とりあえず茶でも飲んで落ち着け」


「う、うん」


 ゲヘナはちゃぶ台の上に残された湯のみを二つとも飲み干した。それから座布団の上に腰を下ろし、ふうと一息つく。


「お前はどう思う?」


「何が」


「さっきの話……」


「まあ……あの、土守蛍が助けを求めているのは、本当らしいな」


「だよねえ」


 腕を組むゲヘナ。


「だから何とかしてあげたいんだけど……」


「そうは言っても、明らかにお前の手に負える話じゃないだろ」


「そうなんだよねえ~」


 ゲヘナは巨大なため息をついた。


「私一人でどうにかできることじゃないよねえ。あの子のお母さんを助け出すって言っても……相手は怪しげな宗教団体だし。それに、土守さんも助けなきゃねえ。何か、監視されてるとか言ってたし」


「それにしてもなんで監視なんか付けられてるのか……」


「うーん……」


「それに、あの監視役の法眼という男だ。あいつは一体何者なんだ」


「あの人超怖かったわ。あいつ絶対何人か殺してるよ」


 法眼の視線を思い出したのか、ゲヘナは腕を抱えて震え上がる。あの目はカタギの人間のそれではなかった。確かに何人か殺していてもおかしくはない。いや、問題はそんなことより――。


「あの男、魔女を嫌っているみたいだったが」


「そういえばそうだね。魔女は沈めるとか売り飛ばすとか言ってたし……」


「そこまでは言ってねえだろ」


「なんで魔女嫌いなんだろ」


「心当たりはないのか? 魔女が恨みを買うようなことに」


「そりゃまあ、いっぱいあるけど」


「あんのかよ」


「昔の魔女は色々強引なことをやってたみたいだからねえ。学校で習う歴史は、魔女に都合のいいことばっかだけど。それに魔女は、人外社会の最大勢力だから。魔女を邪魔に思ってる奴もいっぱいいるでしょ」


「ふーむ」


 魔女を目の上のたんこぶのように思っている――といった様子ではなかった。法眼がゲヘナを見る目には、明らかな憎悪と侮蔑が宿っていた。魔女という存在そのものに、心の底から憎しみを抱いているような――。


「何にせよ、あの男がいる限り……お前が出しゃばるのは危険だな」


「まあ、そうだね。なんか魔法にも詳しいみたいだし……」


 ゲヘナは再び腕を組んで考え込む。何とかしてあげたい、と思うのは私も同じだった。しかし実際問題ゲヘナ一人の力ではどうにもならない。魔法の研究をしているカルト教団、そんなものに関わるとどうなるか解ったものではない。魔女を敵視する法眼も、鵜藤という教団のトップも、危険な匂いを漂わせている――。


「とりあえず……手紙でも書くか」


 ゲヘナはそう言って、便箋と鉛筆を用意した。


「手紙? 誰に?」


「さっきも言ったじゃん。私の友達に」


「ああ……なんか言ってたな。政府直属のすごい機関で働いてるとか……」


「そうそう。エリートだよ」


「何でそんなエリートとお前が友達なんだ」


「魔法学校の寮で同じ部屋だったの。おんなじ時期に日本校に連れてこられてさ。同い年で、同じ学年で。卒業するまでずっと一緒の部屋だったね。まあその子は留年してたから卒業は私のほうが先だったんだけど」


「留年したのにエリート……かたやストレートで卒業したのに無職……」


「いや留年とかストレートとか関係ないんだよ。本当に。その子はね、家柄がね。代々エリートの家系だから。ほんとに」


 喋りながら、ゲヘナは手紙をすらすらと書いていった。字は相変わらずひどい丸文字だったが、文章は書き慣れているようだった。そういえばエリサとも文通を交わしていたんだったな、と私はふと思い出した。


 ゲヘナは手紙を書き終えると、小さく畳んで封筒に入れた。それをアルノーくんの脚にくくりつける。


「じゃあよろしくね、アルノーくん。届け先はお前の元の飼い主だよ。覚えてるよね」


「クルッポー」


「よーし、いってこーい」


 開け放たれた窓から、ゲヘナはアルノーくんを空に放った。オレンジ色に染まる夕焼け空へと、アルノーくんはまっすぐに舞い上がっていく。ちなみにアルノーくんはただの鳩ではなく、トラベルピジョンと呼ばれる一種の怪物だという。スピードも正確性も、そのへんの伝書鳩の比ではない、らしい。


「さーて、これでよし。あとは公的機関に任せとけばいいよね」


 我々のなすべきことは終わった。ジゴクノヒカリ教団の件は、政府直属のすごい機関が何とかしてくれるだろう。これ以上、我々にできることはない。あとはただ土守蛍が教団から解放されて、日常生活を取り戻せるように祈るだけだ。頑張れ土守蛍。第三話終わり。

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