土守蛍

 少女は土守蛍つちもりほたると名乗った。話が長くなりそうだと悟ったゲヘナは、壁に立てかけていたちゃぶ台を畳の上に起こし、茶の用意をした。


「それで、助けてほしい……っていうのは……」


 ゲヘナは座布団に座り直し、改めて話を切り出した。蛍は茶には手を付けず、少し考えてから口を開いた。


「魔女さんは……ジゴクノヒカリって知ってる?」


「いや、知らない」


「簡単に言うと、まあ、いわゆる新興宗教の団体なんだけど。全国で信者を増やして、最近、急に規模が大きくなって……このあたりでも、セミナーとか結構やってたんだよ」


「ふーん……魔女は宗教と縁遠いからねえ……」


「それで、私の母親がね、知り合いに誘われて、そのセミナーに参加したんだよ。そうしたらたちまち、教団にハマっちゃってね……セミナーが開催されるたび、通い詰めるようになったんだ。私もむりやり連れていかれた……それがまあ、二、三年前の話なんだけど」


「へえ」


 ゲヘナは茶をすすった。彼女の話は、家族がカルト宗教にハマった人の哀れな体験談でしかないようだったが、しかし魔女を頼ってやって来たのだ。それだけでは終わらないだろう。


 蛍は話を続けた。


「宗教団体のセミナーって言っても、別に大したものじゃないんだ。ただ話を聞くだけでね。話をするのは、教団のトップの、鵜藤うどうという男だった。そいつが、世界の破滅とか、地獄についてとか、そういう破滅的な話ばかりしていて、みんながそれを真剣に聞いてるんだ」


「君のお母さんも?」


「そう、目を輝かせて聞いていた。鵜藤の話すことを本気で信じ込んでるみたいで……家でもそんな話ばかりするようになった。地獄がどうとか、人類滅亡とか……」


「それはやだねえ」


「そんなセミナーに通うのはもうやめてって、何度も言ったんだけど。でも、なんというか……母は、心が弱い……というか」


 心が弱い、という表現は、かなり言葉を選んだものらしい。


「昔からそういうとこはあったんだけどね。絶えず、何かに怯えているような、怖がってるような……何がそんなに怖いのって、問いただしたこともあるんだけど、本人もよく解ってないらしくて、要領を得ないことばっかり言って……そういう不安定な精神に、漬け込まれちゃったのかな。教団に言われるまま、お布施とか、何度もさせられて……」


「お布施っておいくらくらい?」


「数えたくもないけど。多分、数百万から数千万は……」


「よくそんな払うね」


「他の人も、喜んで払ってたよ。何十万ものお金を、現金でね……そうして、教団は荒稼ぎして……ついに巨大な施設を建てたんだ。この町の、北の方に」


「そんなのあったんだ」


「うん、そこには信者が寝泊まりするための場所も用意されててね。千人くらいがそこで暮らしてるんだ。母は教団に言われるまま、そこに引っ越した。もちろん私も一緒にね……それが、一年くらい前のことかな。それ以来、私はそこから学校に通うようになって……母とは一度も顔を合わせていない。会わせてくれないんだよ」


「なるほど、お母さんを教団から解放したいってわけだね」


「そう、協力してほしい」


「ふーむ」


 ゲヘナは意味もなく天井を見上げた。どうやら考えをまとめているらしかった。


「ちょっと気になるんだけど」


「何」


「お父さんはどうしてるの。お母さんしか話に出てこないけど」


「父親はもういなくて」


「そうなの」


「母は教団にお布施をするために、家の貯金を使い込んで、さらには親戚にまで借金してまわって、それでトラブルになって、離婚した」


「お父さんの方の親戚にも借金したの」


「そもそも母には親戚がいないらしくて。最初から父方の親戚に借金を申し込んでた。他にも、消費者金融っていうの? そういうとこからもいっぱい借りてて、そっちの方は教団が返済を肩代わりしてくれたんだけど……」


 そのせいで、教団に借りができたような感じになっちゃって、と蛍は言った。


「土守さん、もうひとつ聞いていいいかな」


「どうぞ」


「なんで私を頼ってきたの。そういうのって警察とか弁護士とか消費者生活センターとか何かそういう感じのあれに相談したほうがいいんじゃないの。申し訳ないけど、魔法じゃどうにもならないよ」


「警察には、行けない。私には監視が付いてるから……」


「監視って……教団に?」


「そう。ここに来るだけでも精一杯なんだ。それに……警察なんてただの人間でしかない」


「どういうこと」


「魔女じゃなきゃ駄目なんだ。教団の連中は……魔法を使うから」


「魔法?」


 ゲヘナは声を裏返らせた。


「魔女がいるの? 教団に?」


「いや、魔女はいないけど……彼らは魔法の研究をしていて、魔法を発動させるための機械まで作ってる……そして、魔法を使って、何かをしようとしてる」


「何かって……何を」


「それは……解らない。でもとても恐ろしいことには違いないよ。その首謀者が、鵜藤だ」


「鵜藤……」


 さっきの蛍の話の中にもちらりと出てきた、教団のトップだという男だ。その鵜藤は、信者を集めるだけでは飽き足らず、さらに何かを企んでいる――。


「その鵜藤ってのは、どんな人なの」


「どんな人って言ったって、普通の……男の人だよ。五十代くらいかな。背が高くて、目がギョロッとしてて、髪をオールバックにしてる……」


 蛍は前髪をかきあげる真似をしてみせた。


「そいつが魔法を使うの」


「いや……彼が魔法を使っているのは、見たことはない……でも、魔法には詳しいみたい。魔法の使い方は、知ってるみたいだから。魔女さんが持ってるような杖も持ってる。先っぽにその、宝石みたいなのが付いてるやつ」


「なるほど、そりゃ多分間違いなく魔法の杖だな」


「ということは、鵜藤は魔法を……?」


「そうなるね」


「でも、普通の人間でも魔法使えるの」


「まあ練習すれば使えなくはないね。ただ、身につけるには魔女よりも大変だけど……」


 ただの人間でも魔法を使える者の実例として、我々の近くには鬼頭音禰という人間がいる。ただ彼女は天才的なセンスの持ち主らしいので(ただしゾンビの魔法に関してのみ)、若いうちから魔法を使いこなせているが、本来なら、凡人が魔法を習得しようとしたら生涯を魔法の鍛錬に費やさねばならないくらいだという。その鵜藤という男が魔法を使えるとしても、魔女のように自在に魔法を操れるわけではないだろう。彼が魔法に関してずば抜けた才能を備えているならば別だが。


「そうか……鵜藤は魔法を使えないかもしれない……だから……」


「え、何?」


「あ、いやなんでもない」


 蛍は慌てて首を振った。


「それで、どうかな、魔女さん……私のお母さん、助け出してもらえるかな。もちろんお礼はする、魔女さんの望み通りの……」


 改めて助けを乞われ、ゲヘナは「うーん」と考え込んだ。望み通りのお礼、とはゲヘナにとっては魅惑的な一言だったろう。前回の吸血鬼騒動の後、竜道寺エリサからそれなりの額の依頼料をもらってはいたが、溜まりに溜まった家賃年金光熱費の支払いに消えていた。相変わらず、子供たちからの施しだけで生計を立てている有様である。


 ゲヘナは謝礼目当てに蛍の依頼を引き受けてしまうのではないか――私は気が気でなかった。こんな話に首を突っ込むのは明らかに危険だ。変な宗教に関わるだけでもヤバイのに、さらに教団は魔法の研究をして、魔法を使って何かをしようと企んでいるという。いくら魔女とはいえ、素人がそんな集団を敵に回すのは、どう考えてもただでは済むまい。下手すれば命を落とすことにもなるだろう。


 蛍には悪いが、頼むから断ってくれ、と、私は心の中で念じていた。その念が通じたのかどうかは解らないが、ゲヘナは申し訳なさそうな顔をして、こう言った。


「うーん……力になってあげたい……とは思うんだけども」


「やっぱり……駄目かな」


「いや、だめというか、私一人の手に負えるような話じゃないというか。こういうのはやっぱり、しかるべき機関に相談したほうがいいよ」


「でも警察とかは……」


「いや、大丈夫。魔法を使った犯罪を捜査するための機関があってね。政府直属のすごい機関だよ。そこで私の友達が働いてるの。その子に手紙出して、調べてもらうように頼んでみるよ」


「ほんとに……? その機関が、動いてくれるの?」


「うん、ちゃんとしてくれるはず……そのなんとか教団は、魔法使って何かしようとしてるんでしょ。そういうのを取り締まるのが、そこの仕事だからね」


「お母さんも、教団から抜け出せるかな……」


「お母さんだけじゃなくて、他の信者もみんな助かるよ。取られたお金も、帰ってくるよ。多分」


 ゲヘナの根拠のない笑顔に、蛍はほっと胸を撫で下ろしていた。


「そっか。よかった」


「君ももう教団に住まなくて済むよ」


「まあ、私はどうなってもいいんだ……お母さんが無事なら……」


 蛍が何気なく言ったその一言に、ゲヘナは怪訝な顔を浮かべた。


「私はどうなってもいいって……」


「……」


「君……教団に何かされてるの」


「それは、その……」


 言葉に詰まる蛍。明らかに、何かを隠している。聞かれては都合の悪い何かを――。


「土守さん……さっき、教団から監視されてるって言ってたよね。どうして教団はわざわざ、君に監視なんて付けてるのかな……」


「……」


 蛍はいよいよ口を閉ざした。ゲヘナの追及に、蛍は沈黙で返した。ただの信者の娘にいちいち監視をつけるなど、普通ならばありえるだろうか。ただ警察や弁護士事務所に駆け込まれるのを防ぎたいだけだろうか、それとも――教団は、彼女を管理下に置かねばならない理由があるというのか。

 どちらにせよ、黙ったままでは解らないし、このままでは彼女を信用することもできない。助けを求めてきた以上は、すべてを打ち明けてもらわねば――。


「土守さん……」


 ゲヘナが言いかけたその時、玄関のドアがいきなり開け放たれた。

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