エピローグ――吸血鬼について語られなかったいくつかのこと

 吸血鬼騒動から数日が経った。ゲヘナの魔力はすっかり回復し、ちびっこ魔法ショーもいつもどおりに開催していた。稼ぎの方も、いつもどおりであった。


 そんなある日の昼下がり、音禰が原付でやってきた。大量の手土産を持って。


「これが筑前煮、こっちがひじきの煮つけ、こっちが豚の角煮です。こっちがうちで作った梅干しとお味噌、貰い物のハムとお饅頭とポンジュース……」


「えー、いいのこんなに。ありがとー」


 リュックから次々出てくる食べ物の数々に、我が家の腹ペコ魔女は目を輝かせる。


「色々とありましたので……そのお詫びといってはなんですけど」


「いいのにそんな。先生だって大変だったんだし」


 ゲヘナはそう言いながら貰ったタッパーを冷蔵庫にしまい、ついでに茶を淹れた。音禰はまだリュックから何かを取り出そうとしていた。今度は食べ物ではなく、本だった。


「あの時の、吸血鬼のことなんですけど」


「吸血鬼?」


 ゲヘナは卓袱台に湯呑を並べ、饅頭箱の包装紙を開いた。平たい箱の中には饅頭が行儀よく並んでいた。


「ほら、あの巨大な吸血鬼です。下僕さんたちを食べていた……」


「ああ、あいつ」


「あれは結局何者だったのか、改めて調べてみたんです。確証はありませんが、あれは恐らく、ムッロと呼ばれる吸血鬼のようですね」


 音禰は本を開く。古い紙の匂いが立ちのぼる。


「ムッロ?」


「ジプシーの間で語り継がれてきた吸血鬼です。主な特徴としましては、髪が赤とか黄色とか、血まみれの袋のような姿をしているとか、骨がないとか。それから、目に見えない、とか」


「ははあ、それでときどき見えなくなってたんだ」


「袋のような体、というのも一致していますね。それからその行動についてですが、人の血を吸う、家具を壊す、そして自分を正しく埋葬しなかった者に激しい恨みを抱き、襲いかかるんだそうです」


「正しく埋葬しなかった者って、つまり私たちのこと?」


「そうですね。そのせいで、あの吸血鬼は他より凶暴だったのだと思います」


「ふうん、それだけで恨まれちゃたまらんね……あ、このお饅頭美味しいね」


「チョコ味ですね」


 二人は饅頭をぱくつきながら話を続けた。


「それで、あいつはどうやって倒すのが正解だったの」


「杭が有効……のはずでしたが、ことごとく防御されてしまっていましたね。一発でも命中していれば、何とかなってたと思います。あとは棺の中にいる間に、左足の靴を隠しておくとか。煮えたぎった油を注ぐとか、ですね」


 そこまで読んで、音禰は本を閉じた。


「まったく勉強不足でした。こんなものまでいるなんて」


「私も知らなかった。吸血鬼が本当はあんな感じだったなんて」


「でもまあ、あれが本当の吸血鬼の姿だと言うのは、微妙なところではありますが」


「えーどういうこと」


「吸血鬼を作った時にも、少し触れましたが……本来はヨーロッパの怪物なのに、日本で、日本人の死体を使い、魔法を使って無理やり吸血鬼化させたことで、未知の反応が起こってしまい、本来の吸血鬼以上に危険な吸血鬼が発生してしまったのだと思います。本当はあんなに戦闘的ではないと思いますよ、ヴリコラカスもストリゴイも……多分ですけどね」


「じゃあ本当の吸血鬼を作るには、ヨーロッパに飛ぶしかないのかな」


「そうなりますね。もっともエリサさん好みの吸血鬼は、ヨーロッパでもできないでしょうけど……」


 エリサの名前が出てきたことをきっかけに、ゲヘナは話題を変えた。


「契約は結局どうすんだろうね」


「契約……? ああ、百歳になったら、吸血鬼の力をもらう、とかいう話ですか」


「わざわざ海外行ってやるのかな」


「どうでしょうね。その『契約』、という言葉自体、私は疑問なのですが」


「疑問って何が」


「契約とは、お互いに利益を得るために取り交わされる合意のことです。しかしこの場合ですと、利益を得るのはエリサさんだけであって、力を授ける吸血鬼側には得がないんです」


「え、じゃあ、それってどういうこと?」


「これは私の予想ですけど、契約という表現でぼやかしてはいますが、その実態は吸血鬼との子供を作ることではないかと」


「ブッ」


 ゲヘナは饅頭を噴き出しそうになっていた。


「な、なんでそうなんの」


「帰り際、エリサさんのお母さんとお祖母さんのお歳を訊いたんです。そうしたら二百歳と三百歳とのことでした。つまり竜道寺家の女性は百年ごとに子供を生んでいる。これは契約の周期と合致します。吸血鬼と交わること、そして吸血鬼の血を継いだ子を生むこと。これが契約の正体ではないでしょうか」


「じゃあ、竜道寺家の最初のご先祖は……?」


「人間でありながら吸血鬼と交わって身ごもり、ヒトと吸血鬼の混血児……つまりダンピールを生んだのでしょう」


「ダンピール……?」


「これもまた特殊な存在でしてね。吸血鬼と戦う力を持っている、と言われているんです」


「えー、それなら、エリサもダンピールで、吸血鬼と戦うための力があったってこと?」


「いえ、最初の一人はダンピールでも、その後何代にも渡って吸血鬼との子作りを繰り返しているのであれば、今はもう吸血鬼の血のほうが圧倒的に濃くなって、もはやダンピールとは呼べないでしょう」


「なんだ、そうなのか……」


「しかし契約が吸血鬼との子作りだと考えると、これでエリサさんに関する色々なことが納得できるんです。吸血鬼とは歩く死体の怪物であるのに、なぜエリサさんは違うのか。吸血鬼の力とともに、弱点まで身につけてしまっているのはなぜなのか……それもこれもヒトと吸血鬼の血が混じった結果です。様々な吸血鬼の要素を受け継いで、エリサさんはあのような吸血鬼になったんです。百年に一度しか子供を産まないのは、同族が増えすぎないようにしているんでしょう。人間の目につかないように……そうして何百年何千年とかけて吸血鬼との交わりを重ね竜道寺家の一族はより強力な吸血鬼を生み出していくんですよ」


「おっおう」


 勢いづいてまくしたてる音禰にゲヘナは若干引き気味だった。音禰は喋りすぎたことを恥じるように静かに茶をすすった。


「そういやエリサ、契約がどういうことなのか、お母さんに訊いても教えてもらえなかったって言ってたね。あれは恥ずかしかったからなのかな」


「思い出したくなかったのかもしれませんね。死体の怪物と寝たことを……」


「なるほどね。まあ、そうだろうねえ」


 ゲヘナはきっと、あの時の光景を思い出しているのだろう。エリサが吸血鬼ノスフェラトゥに襲われ、ベッドに押し倒されていた時の――ノスフェラトゥはエリサを孕ませようとしていて、それは共寝というよりほぼ強姦であった。竜道寺家の代々の女性たちもあのような屈辱を味わってきたのだろう。あんな絵を描いて現実逃避したくなるのも無理はない。


 そんなことを考えていると、ふと彼女の言葉がよぎった。


「あの女吸血鬼も、ちらっと言っていたな。エリサに力を与えるのは、自分では無理だと」


「はい。あれは自分が女性だから不可能だということでしょうね」


「彼女は契約の真相を知っていたのか」


「吸血鬼化したことによって、本能的に直感したのかもしれません」


「え、誰の話?」


 ゲヘナが戸惑ったように、私たちの顔を見比べる。そうだ、ゲヘナはあの女吸血鬼のことを知らないのだ。魔力を使い果たして眠っていたから。


「女吸血鬼って何のこと?」


「そういえばゲヘナさんはご存じないんでしたね。一人、女性の死体があったでしょう。あれが吸血鬼化したものです」


「ああ、あったねえ……大学生に誘拐されて監禁されたとかなんとか……」


「あの吸血鬼は、何者だったんだ?」


「あれはスンダル・ボロンですね。ジャワ島に見られる吸血鬼で、強姦されて自殺した女性が吸血鬼化したものです。美女に化けるのも、スンダル・ボロンの特徴です」


「確かに美女だったな」


「へー、見てみたかったなあ」


「しかし、明け方まで出くわさなかったが……あいつはずっとどこにいたんだ?」


「外に出ていたんでしょう」


「外?」


「塀の下に抜け穴が掘ってあったでしょう。あそこから外に出ていたのが、彼女だったんだと思います」


「なぜ外に出る必要が?」


「スンダル・ボロンは、自分に乱暴した男性に復讐するんです」


「そのために塀の外へ?」


「恐らくは」


「ちゃんと復讐できたのかな」


「どうでしょうね。目的を果たした、とか言ってましたけど……」


 その時、点けっぱなしになっていたテレビがあるニュースを読み上げた。


『……数日前より行方が解らなくなっていた大学生のDさんとその友人と見られる男性の遺体がH山の山中で発見されました。DさんたちはR大学のラグビー部に所属しており……遺体はすべて全身の血が失われていたとのことで……』


「おい、ゲヘナ、音禰。これって……」


「え、何なに」


 二人の視線がテレビに向けられる。ニュースは続く。


『……遺体発見時、Dさんたちが所有していたスマートフォンからは、複数の女性に集団で暴力を加えている写真や動画が多数見つかっており、何らかの犯罪行為に関与しているものとして調べを進め……血液がなくなっていた原因とともに……』


 アナウンサーがニュースを読み終えると、宮根誠司が「うーん恐ろしい事件ですねえ」などとコメントし、芸能ニュースに切り替わった。


「血がなくなってたってことは……これは吸血鬼に襲われたんだろ」


「そのようですね。この被害者たちが、監禁の犯人なんでしょう」


「よかったね。恨みが晴らせて」


「はい、私たちの吸血鬼作りも、無駄じゃなかったってことですね」


「よかったよかった」


 いつの世も、悪は滅びるさだめであった。終わり。

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