魔法対文明之利器

「私、今まで何十人と召使いを雇ってきましたわ」


 黒蘭を捜しにいく、といって闇雲に歩き回っても全く意味がない。危険だし、時間を空費するだけだ。ここはやはり魔法の力を使うしかなく、ゲヘナはテーブルの上に魔法陣を展開し、黒蘭の雑巾もといストールを使って人捜しの魔法を発動させた。結局ゲヘナに頼ってしまっている――。


「今までの召使いはみな私が吸血鬼だと解ると、怯えて、怖がって――私も自分が吸血鬼だとバレないように努めてはいるのですけれど、やはりひとつ屋根の下で暮らしていると、隠しおおせるものではありませんわね。結局いつもバレてしまいますの」


「それでみんな辞めてったのか」


「いえ、口止めのためにぶち殺しましたけど……」


「訊くんじゃなかった」


「でも黒蘭は違いましたわ。私が吸血鬼と知っても……主人が何者であろうと、誠心誠意お仕えするのが私の務めです、と言ってくれて。下僕を飼うことも許してくれて、吸血鬼らしくのびのびと暮らせるようになりましたの。黒蘭は私にとって大切な存在ですのよ」


「身の回りのこと全部自分でやれば召使いを雇うこともないよな」


「まあ確かに。自分一人だけなら自由に吸血鬼らしく振る舞えますよね」


 私と音禰の聞えよがしな内緒話は、しかしエリサには届いていないようだった。


「今日だってそうですわ。私のために吸血鬼のことを色々調べて死体までいくつも用意してくれて……ここまで私のために尽くしてくれた人間は他にいませんわ。このまま黒蘭を失うわけにはいきません。日頃の感謝もちゃんと伝えていないのに」


 エリサの声は次第に萎んでいった。ただ自分にとって都合のいい人間を失うのが惜しいだけかと思っていたが、黒蘭を心から敬愛し、頼りにしているらしい。この高慢な吸血鬼女にも、意外と殊勝な一面があったようだ。音禰もエリサの本心を知って、顔を引き締める。


「ゲヘナさん、どうです、解りましたか」


「うーん、近くにはいない……」


 魔法陣は光を失った。ゲヘナは頭を掻いた。


「さっぱり反応がない。とりあえずこのストール自体にも、黒蘭さんが近くにいたら反応するように魔法をかけたけど、魔法がいつまで保持できるか……あとは足使って捜すしか」


「そうですか。なら早いうちに行ったほうがいいですね」


「行こう。魔法が解けないうちに」


「いえ、その前に、電話で居場所を確かめるのはどうですの?」


 エリサのその言葉に、ゲヘナも音禰も虚を突かれたような顔になる。


「でんわ?」


「黒蘭は携帯電話を持ってますもの」


「そうでした! さっきかけてきてましたね」


「エリサすぐかけてすぐ」


「残念ながら、私は携帯電話を持っていませんの」


「私持ってますっ」


 音禰が慌ててポケットからスマホを取り出した。急いで着信履歴を開く。


「非通知!」


「なんですの非通知って」


「黒蘭さんの番号何番ですか」


「覚えていませんわ。歳取ると記憶力がね」


「えっじゃあどうすんの。ケータイあっても意味ないじゃん」


「家用の電話がありますわ。そこにちゃんと黒蘭の番号が登録されてますの。近頃の電話はハイテクですわね。番号を覚えてくれるなんて」


「その機能私が生まれる前からありますよ」


「で、その電話はどこに」


「一階ですわ」


「ええー、また一階?」


 ゲヘナと音禰の表情が一気に曇る。それも当然だろう。命からがら逃げてきた吸血鬼の巣窟へとまた身を投じなければならないのだから。


「黒蘭を助けるためですわ。それに最後の吸血鬼も見つけられるかも知れないじゃない。ほら行きますわよ」


 エリサにせっつかれ、ゲヘナと音禰は顔を見合わせながら立ち上がった。二人とも杖をしっかりと握り直した。どうやら腹を括ったらしい。


「よし、じゃあ……行きますか」


 そう言って音禰はさっき取り出したスマホをポケットに収めた。私はそれを見て――至極当たり前のことを思いついた。


「なあ、ちょっといいか」


「何」


「携帯があるなら外部に助けを求めればいいんじゃないか? 警察とか」


「ダメです」


 女三人、口を揃えて即答した。


「警察なんか来たら私ら全員逮捕だよ」


「死体を集めるのも儀式に利用するのも普通に犯罪ですからね」


「吸血鬼の存在が公になったら、あなた責任とってくれますの?」


「じゃあ……警察じゃなくて魔法関係の組織とか……」


「ダメだ。私は今魔法で金を稼ごうとしている。魔法学校にチクられたらまずい」


「私もこんな騒動を起こしたことがバレたらゾンビ協会からどんな処分を喰らうか」


「バンパイアハンターを呼ばれたら私まで一緒に殺されてしまいますわ」


「解ったよもう二度と意見しねえよ」


 どうあがいても我々だけで立ち向かわねばならないらしい。携帯電話といういつでも誰かを呼べる機械を持ちながら、誰を呼ぶことも許されない。宝の持ち腐れとはこのことで、携帯電話があるのに固定電話の場所までわざわざ出向いていくとうのもアホらしい話である。しかしそれしか手段がないのならば行くしかなかった。


「じゃあ、電話かけにいきますわよ」


 エリサが音頭を取った。



 私たちは廊下へと足を踏み出した。どこに吸血鬼が潜んでいるかも解らない間の空間へ出るに当たって、音禰は十字架を準備していた。十字架といっても大層なものではなく、部屋にあった鉛筆をゴムで括っただけの簡単なものである。こんなものでもないよりはマシなので、彼女はお守りがわりにポケットに忍ばせている。なお、十字架を忌避するエリサとゲヘナは身につけていない。


「杖で作った即席の十字架でも一瞬だけ効果がありましたから、スペシウム光線のポーズでもいけそうな気がしますね」


「こう?」


「それはワイドショットです」


 荒れ放題の廊下を、警戒心を張り巡らせながら、私たちは進んでいった。幸い何者にも出くわすことはなかったが、黒蘭のストールにも何の反応もなかった(ゲヘナはそのストールを首に巻いていた)。


 複雑な廊下を抜けて、一階玄関ホールを見下ろす回廊へと出た。玄関ホールへ続く階段は、さっきゲヘナの魔法で落とされたのでもうない。ついでに天井まで落ちたので、一階は瓦礫の山だった。


「どうやって下りるつもりだ」


 私は触覚に光を灯し、階下を覗き込む。瓦礫が積もっているとはいえ、飛び降りるにはまだ高すぎる。


「吸血鬼はいないっぽいね」


 ゲヘナも身を乗り出して下を覗く。


「油断はできませんよ、さっきはいきなり現れましたから」


「私、見てきますわ」


「エリサが? 危なくない?」


「大丈夫よ。私の力をお忘れ?」


 そう言うと、エリサはたちまちコウモリの大群に化けた。無数の羽音が鼓膜を震わせる。


「オホホ……この姿なら吸血鬼に襲われることもないでしょう。むしろ仲間だと思ってくれたりして」


「コウモリと吸血鬼は実際のところ全然関係ないんですよ」


 という音禰の言葉を聞いているのかいないのか、コウモリ姿のエリサはさっさと一階へ飛んでいった。


「大丈夫ですかね」


「さあ……」


 羽ばたきは遠ざかってやがて聞こえなくなり、しばらくするとまた戻ってきた。せわしなく羽を動かすコウモリの群れが私たちの目の前で舞い踊る。


「何もいませんでしたわ。電話も無事でした」


「そのまま電話かけてくればよかったのに」


「私は電話の使い方が解りませんのよ」


 ですからあなた方も一緒に来てくれないと、とエリサはコウモリのままで言った。ゲヘナは視界を埋め尽くすコウモリに気圧されていた。


「解った解った、下りるから」


 魔法を使って下りるのかと思ったが、ゲヘナは私に対して触手を使うように命令した。私は言われたとおりに触手にゲヘナを巻き付けて、それを一階の床まで伸ばす。音禰も同じようにして下ろし、私は回廊の手すりに触手を絡めて、自分の体を一階に下ろした。


 その一連の流れを見て、ゲヘナは満足そうに頷いていた。


「うんうん、お前に触手を付けたのはやっぱり正解だったね」


「便利ですね、伸び縮みするのって。冬とかコタツから出なくていいじゃないですか」


 音禰も相槌を打った。音禰に言われるとなんとなくくすぐったいような感じがした。


「それより電話はどこだ」


「廊下の奥ですわ」


 エリサはいつの間にか人の姿に戻っていた。


「人間に戻らずにコウモリのままで捜せばいいんじゃないか? 屋敷中に分散して……」


「そんなに長くは変身してられませんのよ。それにばらばらには行動できませんの、ある程度固まってないと」


「微妙に不便だなあ」


「万能の力はないってことだよ」


 ゲヘナが横から口を挟んだ。どんな能力にもデメリットはある、というのがこの世の大原則らしい。魔法にも、吸血鬼の力にも。


 私たちはエリサの後に続いて電話のもとへと向かう。その前に、私はちらりと二階を見上げた。階段はもうない。一階へ下りてきてしまった以上、もう簡単には二階へ戻れない。胸の底がざわめくのを、私は気付かないふりをした。

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