杭とチョコレート

「先ほど、エリサさんの下僕が食い殺されていたとおっしゃいましたが」


 魔法陣に向かって長く複雑な呪文を唱えたのち、ゲヘナから魔力を補充してもらっている間に、音禰はそう切り出した。


「それが事実とすれば吸血鬼は相当凶暴化していると見るべきでしょう。いや、もはや吸血鬼以上のとんでもない怪物になっているかも知れません」


「それは……五体全てか?」


「一体だけかも知れませんし、全てかも知れませんが、どちらにせよ危険です。今のうちに、抹殺の準備も調えておいたほうがいいでしょう」


「吸血鬼狩りか……」


「ヘルシング教授みたいだね」


「教授が狩るのはドラキュラ伯爵だけですがね」


 魔力の補充が終わったらしく、ゲヘナは杖を下ろした。音禰は魔力が溜まったことを確認し、ゲヘナに礼を述べる。ゲヘナの魔力は大丈夫なのだろうかと、私はふと心配になった――。


「吸血鬼殺しについて話を戻しますが」


 音禰が改まった口調で言った。


「吸血鬼の殺し方として最も一般的なのは心臓に杭を打ち込む方法です。他にも首を刎ねたり、全身を切り刻んだり……あとは火葬してしまうとか、ですね。銀の銃弾で撃ち抜く、という手段もありますが、これは実際効果があるかは何とも言えません」


「なんで?」


「実際に使用された記録がほとんどないからです。吸血鬼の被害を受けるのは農民、一般庶民でした。銀は高価で、手に入らなかったんですね」


「へえ……でもまあ今ここに銀とかないし。どっちみち使えないね」


「となると残る手段は杭で突き刺すか、バラバラにするか、燃やすかか」


「杭を用意しておきましょうか。ゲヘナさん、魔法で作れますか」


「うーん……」


 ゲヘナは部屋の中を見回し、椅子に目を留めた。


「あれを使ったら出来そうかな」


「ではゲヘナさんは杭の準備をお願いします。私たちは麦チョコを撒いてきます」


 私と音禰は部屋の外に出て、麦チョコを絨毯の上に落としていった。罠に向かって一本の道になるように――しかし玄関ホールのカーペットに麦チョコの粒が沈んで埋もれてしまう。これで本当に効果を発揮するのだろうか。


 サロンの中からは、ゲヘナが椅子をもとに杭をこしらえているらしく、ゴリゴリガリガリという音が聞こえていた。麦チョコを撒き終えた私と音禰が戻ってみると、床には立派な杭が四本も転がっていた。長さはそれぞれ二メートルほどで、先端は鋭く尖っていた。


「すごいですね、ゲヘナさん。椅子からこんなに大きな杭を」


「いや、それだけじゃ無理だったからそのへんの柱を引っこ抜いて……」


 見ると、壁があちこち穴ぼこになっていた。


「いいのか勝手に使って」


「家中めちゃくちゃなんだからちょっとくらいいいでしょ」


「めちゃくちゃじゃないところまでめちゃくちゃにするのはめちゃくちゃだろ」


「先生どうこの杭」


「ええ、充分だと思います。これだけのサイズなら殺傷能力には問題ないでしょう」


「よかった。無駄に大きくして正解だったね」


「無駄に大きいのはいいが、どうやって運ぶんだ」


「持ち運ばないよ。ここに置いといて、魔法で呼び寄せるんだよ」


 言いながらゲヘナは、杭を囲うように新しい魔法陣を描いた。呪文を唱える。魔法陣がぼうっと光る――。


「この屋敷の中なら、呪文を唱えればどこでも飛んでくるよ。いつ吸血鬼に襲われても大丈夫。どう?」


「それは便利だな」


 私は感心しかけたが、あることに気付いた。


「しかし、それで安全なのはお前だけじゃないか?」


「え?」


「音禰はこの杭を使えないだろう……」


「そうですね、使えません」


 音禰はきっぱり言い切った。


「私が使えるのは死体に関する魔法だけですから……」


「そっか、じゃあ先生が一人でいる時に吸血鬼に襲われたら……」


 ゲヘナもようやく気付いたらしい。凶暴な吸血鬼に襲撃されても、ゲヘナなら魔法を使って戦うことができる。しかし、音禰はそうはいかないのだ。


「吸血鬼も動く死体の一種ですから、私の魔法でも誘導や足止めくらいはできるかもしれません。しかしそれも呪文や魔法陣を展開する余裕があってこそですし……こちらに敵意を向けてくる吸血鬼との戦闘に陥った場合、私はなすすべもないでしょう。ゲヘナさんに頼るしかありません」


 音禰は自分の命の危険について語っているにもかかわらず、いつもと変わらぬ淡々とした口調であった。


「わ、解った。先生私のそばから離れないでね」


 ゲヘナの方が動揺していた。


「はい、できるだけそうさせてもらうつもりです。私が吸血鬼に襲われた時は、その杭でぐさりと」


「了解」


 ゲヘナが敬礼を返した。吸血鬼に対して丸腰なのは私も同じだが、私のことも守ってくれるのだろうか。


「ところで吸血鬼に襲われたくないなら十字架でも身に着けておいたらいいんじゃないのか」


「全ての吸血鬼が十字架を無条件に恐れるわけではありません。大事なのは信仰心です。前にもお話ししましたよ」


「そうだったか?」


「あと私も十字架はちょっと無理だし」


 ゲヘナが言った。


「魔女も魔の存在ですから、聖なる力には弱いということですか」


「それもあるけど魔法学校でアンチクライストの思想を植え付けられて……」


「闇深いですね魔法学校」


「ニンニクは吸血鬼にも効くんだよね」


 ゲヘナが話を戻した。


「そうですね。ニンニクは魔除けの働きがあります」


 ニンニク、という言葉を聞いて私は後悔を覚えた。


「惜しかったな。さっき厨房に行った時、ニンニクも捜してくればよかった」


「この家にニンニクはないよ」


 ゲヘナが言った。


「なんで解る?」


「エリサが嫌がるから」


「あ、そう……」


 そういえばここは吸血鬼の屋敷だったと今さら思い出す。


「エリサさんは十字架もニンニクも苦手だそうです」


「あいつ、吸血鬼の弱点かなり揃えてるよね」


「吸血鬼との契約の、副作用みたいなものでしょうね」


「他の吸血鬼もエリサみたいに解りやすければいいのに」


 などと文句を言っても始まらない。竜道寺エリサは私たちの知る吸血鬼に近い存在だが、私たちが相手にしようとしているのは、それぞれ異なる性質を持った未知の怪物なのだ。それを生け捕りにするか、もしくは殺してしまうか――。


「もう一度確認しておきたいんだが。目的はあくまで捕獲であって、抹殺は二の次なんだな」


「はい、そこに変わりはありません」


 音禰は頷いて言った。


「吸血鬼に変身魔法をかけてエリサさんに引き渡す。これが最終目標です。しかし変身魔法をかけても我々の手に負えなければ意味がありません。制御できない時は、殺すしか」


「うむ、その時は殺すしかないな……」


「どっちにしろ、まずは見つけないとね。ここで罠にかかるのを待ってても仕方ないし。捜しにいかなきゃ」


「はい、では手分けして……いや、手分けしちゃいけませんね。なるべくひとかたまりになって」


 音禰はいそいそとゲヘナのそばに寄っていった。ゲヘナは照れたような笑みを浮かべる。先生から頼られるのが嬉しいらしい。が、その笑顔にはどことなく疲れが見えた。


「ゲヘナ……魔力は大丈夫か?」


「うん?」


「今日はずっと魔法を使いどおしじゃないか。それに睡眠もちゃんと取れてない」


 魔女の魔力は体力と密接な関係にある。魔力が減れば体力も減り、魔力がなくなれば身動きもままならなくなる。減った魔力は食事、睡眠、入浴などの休息によって回復する。夕食はたらふく喰っていたが、睡眠はエリサの悲鳴で遮られたため、充分とは言えなかった。


「大丈夫。まだもつよ」


「ならいいが」


「ゲヘナさん、無理はしないでください」


「大丈夫。さあいこう」


 ゲヘナは溌剌と右手を振り上げ、吸血鬼捜索への第一歩を踏み出した。私と音禰は顔を見合わせて、その後に続いた。


 と、その時であった――。


「ギャ――――――――ッ!」


 悲鳴が再び、屋敷中を震わせた――。

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