吸血鬼対策概論

 客間へと引き返したゲヘナと音禰は、それぞれ寝間着から普段着に着替えた。ゲヘナの普段着とはいつもの魔女装束、つまりは魔法学校時代の制服である。


 さて、問題は吸血鬼である。ゲヘナはマントのリボンを結びながら音禰に訊ねた。


「先生、どうやって吸血鬼を捕まえるの」


「確実かつ簡単な方法が一つだけあります」


「それは?」


「夜明けまで待つことです」


「ええ?」


「夜明けまで待てば吸血鬼は自分の墓へ戻ります。それはほとんどすべての吸血鬼に共通する習性です。そこを狙えば捕獲は容易いでしょうが……この方法は採用できません。このまま放っておけば屋敷内の被害はさらに広がりますし、何よりエリサさんに見つかってしまう確率が高まります」


「うーん、じゃあ別の手段を考えなきゃいけないわけだ」


 ゲヘナはいつになく神妙な顔で考え込んだ。私はきっと的外れだろうなと思いつつも、ひとつアイデアを出してみた。


「魔法で捜すことはできないのか……ほら、こないだ音禰と一緒に、魔法で死体を捜していただろう。あんなふうに」


「対象を特定できるものがないとねえ。服とか、体の一部とか……」


「髪の毛でも一本ずつ抜いておけばよかったですね」


 音禰が今更なことを言った。


「じゃあ、エリサを使うのはどうだ。あいつも吸血鬼だろう」


「エリサさんは吸血鬼ですが、正確に言うと『吸血鬼の力を得た人間の子孫』です。我々が作った吸血鬼とはまったく性質が異なりますので、無理があるかと」


「そうか、うむ。難しいな」


 結局的外れであった。私はもう黙っておくことにした。専門家に任せておいたほがいい。


「地道に歩き回って捜すしかないかな」


「いえ、おびきよせるという方法もありますよ」


「囮でも使うの」


「そんな危険は冒しません。吸血鬼の習性を利用するのです。行きましょう」


 そう言って音禰はゲヘナと連れ立って部屋を出た。私も後を追った。


 音禰が向かった先は一階玄関ホール横にある、いわゆるサロンと呼ばれるような空間であった。それなりの人数を収容できそうな部屋だった。学校の教室が、これくらいの広さなのだろう。


 そのあたりはまだ荒らされてはいなかった。椅子とテーブルがいくつか置いてあるだけなので、見逃されたのかも知れない。音禰はぐるりと見回していった。


「ここに罠を張りましょう。エリサさんの部屋からも離れていますし、広さもありますし」


「罠を張るって言っても、どうやってここまでおびき寄せるの」


 ゲヘナの質問は私も気になっていたところだった。


「先程も言いましたが、吸血鬼の習性を利用します」


「習性……?」


「吸血鬼は、何かを数えたがるという習性を持っているんです」


「全然ピンとこない」


「たとえば種とか豆とか、そういう細かいものを墓の周囲に撒き散らしておくんです。夜になると墓穴から吸血鬼が出てくるんですけど、吸血鬼はそれらを一粒ずつ拾い集めないと気が済まないんですね。他にも網を仕掛けておくと、吸血鬼は網の目をひとつひとつ数えてしまいまず。そうしているうちに朝になって、何もできないまますごすごと墓の下に戻っていく、というわけです。吸血鬼から実を守る手段として、古くから伝わる方法です」


「へえ、そんな弱点あるんだ。有名?」


「フィクションに採用されることはないんじゃないですか。調べたわけじゃないですけど」


「で、その何か粒っぽいものを並べて、この部屋まで誘導するってこと?」


「そうです。そしてこの部屋に魔方陣を敷き、動きを止める魔法を仕込んでおきましょう」


「なるほど。でも効くかな」


「ゾンビと同じく元は死体ですので、私の魔法でも効く……とは思います。しかしゾンビの時と同じような効果は発揮し得ないかもしれません。実際やってみないと何とも言えませんが……あとは、撒くものを用意しなければなりませんね」


「だいどこに何かあるんじゃないかな」


 ゲヘナはそう言って厨房の方を透かし見るように、部屋の壁を見つめた。それから私に顔を向けた。


「お前、行ってきなさい」


「え? ああ……解った」


 音禰とゲヘナはここで魔法の準備をする必要がある。となると手が空いているのは私だけだ。私が行くしかないだろう。


「あ、本当に行ってくれるの」


 私が素直に従ったのが、ゲヘナには意外らしかった。


「じゃあ、よろしく。吸血鬼に気をつけてね」


「解ってる」


「ああ、あとエリサさんの下僕にも注意してください」


「危険がいっぱいすぎだろ」


 そうだ、吸血鬼云々のせいで忘れていたが、エリサの下僕という危険な奴もこの屋敷には跋扈しているのだ。普段は鎖に繋いでいるらしいが、果たして今もきちんと繋がれているのか――。


 私は一人、何が潜んでいるとも知れない廊下を奥へと進んでいった。視界は三百六十度カバーしているとは言っても、不安は拭い去れない。


 食堂のドアを通り過ぎ、最低限の灯りしかない廊下をさらに奥へ進む。荒らされた形跡はない。このあたりには吸血鬼はまだ来ていないらしいが、油断はできなかった。


 廊下の突き当りのドアが、厨房であった。手探り、いや触手探りで電灯のスイッチを入れた。美しく磨き上げられたシンクや冷蔵庫が、光を反射した。どこもかしこも綺麗に整頓されていた。生活感のないキッチンだった。黒蘭は相当潔癖な性格らしい。


 あたりを注意深く見回す。吸血鬼はいないようだった。私は早速、粒っぽい何かを捜すことにした。しかし綺麗に整理されすぎているせいで、どこに何があるか逆に解らない。私はそのへんの棚を適当に開けてみた。食器、調理器具、ゴミ袋――冷蔵庫も開けてみたが、使えそうなものは見つからなかった。塩や胡椒はあったが、これではさすがに細かすぎるだろう。


 そうしてあちこち探っているうちに、菓子の詰まっているバスケットを発見した。同時に、あるものが目に飛び込んできた。


「何だ、あれは……」


 床の上に広がる、赤黒い謎の物体。


 それが見えた途端、私は急に不吉な予感に襲われた。しかし目を離すことはできなかった。


 私はその物体に、一歩、二歩と近づいた。その正体が判明するまでにはそう時間をかけずに済んだ。それはエリサの下僕であった。エリサに血を吸われ、自我を失い凶暴化した子供――それが今、物言わぬ骸に変わり果てて、全身から血を垂れ流していた。


 自然に死んだわけではない、というのは見ただけで解った。何かに殺されたのだ。体中についた悽惨な傷がそれを如実に物語っている――。


 そして私はあることに気付いた。下僕の死体から数メートル先、床下扉がぽっかりと開いて、地下へと通じる階段が見えた。その周りには、血のついたものを引きずったような赤くかすれた跡が――。


 私はたちまち恐ろしくなって、一目散に逃げ出した。


 元いたサロンにまっしぐらに帰ってきた私を、ゲヘナと音禰はぎょっとした表情で出迎えた。


「ああ、びっくりした」


「なんだお前か。妖怪かと思った」


 軽口を叩いたゲヘナが、怪訝な顔で私の目を覗き込む。


「どしたの? そんなに慌てて」


「で、で、で、出た。いや出てないけど、出た」


「何が? うんこ?」


「違う!」


「吸血鬼ですか?」


「そう、それ」


「どこですか」


「厨房……いや、あの、姿は見ていないんだが。形跡だけはあった。エリサの下僕が食い殺されていた。床に血がべっとり」


「何それ怖」


「なるほど、うーん……姿は見なかったんですね。物音も、聞いてない?」


「ああ、何も……」


「ふーむ」


 音禰は顎に手を当てて考え込んだ。私はようやく動揺から立ち直りつつあった。部屋の中を見回してみると、中央に大きな魔方陣が描かれていた。


「魔法陣を大きくすると魔法の効果範囲もその分広くなるけど流し込む魔力も多くしないといけないから大変なんだけど今回は吸血鬼のサイズが解らないから広めにとった」


 ゲヘナが訊いてもいないのに説明してくれた。意味はよく解らなかった。


「で、持ってきてくれたの? 吸血鬼を誘導する用のやつ」


「え、ああ、まあ、一応」


 厨房から出てくる時にとっさに掴んだそれを、私は体の下から取り出した。


「これでいいか」


「なんで麦チョコ」


 ゲヘナは触手の先から麦チョコの袋を受け取り、「先生、これでもいいかな」と音禰に訊ねた。何事かを思案していた音禰は顔を上げて頷いた。


「ええ、大丈夫です。ありがとうございます」


「吸血鬼より先に、ありんこが寄ってきそう」


 そう言いながらゲヘナは麦チョコを一粒つまみ食いした。

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