死体の行方

 我々は全員で庭へ向かうことにした。エリサは部屋に残るつもりらしかったが、黒蘭も一緒に行ってしまうというので仕方なしについてきた。一人では心細いらしい。

 エリサの部屋を出る前に、音禰はゲヘナと私にこっそり耳打ちした。


「エリサさんはまだ吸血鬼を目撃していないようです。これはチャンスです。周囲によく目を配って、吸血鬼を発見次第、変身魔法をかけてください」


「任しといて。こんな時のために、こいつの視界は三百六十度全方位見れるようになってるから」


 ゲヘナは掌で私の殻をぽんと叩いた。


 音禰が先頭になって部屋を出た。その後に黒蘭とエリサが続き、私とゲヘナが一番後ろについた。ゲヘナは杖を抱きしめながら周りを見回し、私も前後左右の八つの目をぎょろぎょろ動かした。


 一行は二階へ下りて、荒らされた廊下を進む。物音は聞こえない。我々が寝ていた客間の前を過ぎ、一階の玄関ホールに続く広い階段を、慎重な足取りで下りた。


 玄関ホールも被害を受けていた。天井のシャンデリアが絨毯の上に落ちていてガラス片が散乱していた。そのせいで灯りは点かず、二階の廊下から届く光でその全景を見て取れた。観葉植物はなぎ倒され、来客用らしいソファもあちこちに放り投げられている。とにかく目につくものは手当たり次第にひっくり返されたらしい。


「まあ、なんてことですの」


 エリサが目を丸くした。


「これも全部、吸血鬼の仕業だと言いますの」


「はい、吸血鬼には家具を破壊する習性があります」


 音禰が答えた。その声にはもう眠気は混じっていなかった。


「わけわかりませんわ。なんで吸血鬼がそんなことをいたしますの? 吸血鬼ってそんな荒くれ者ですの?」


「そうですね。エリサさんが考えていらっしゃるよりは、もうちょっと危険な存在です」


「ふーん、でもまあ、ちょっとくらい危険な方が良いですわ。その方が、契約で貰える力も強そうじゃなくって?」


「そうですかねえ」


 音禰は生返事で答えながら、シャンデリアの残骸を迂回して玄関の扉に向かった。私たちもそれに続いた。


「鍵はちゃんとかかっています」


 黒蘭が扉を確認して言った。玄関扉にはかんぬきが三重にかかっていた。


「じゃあどっから入ってきましたの? 窓?」


「いえ、ここからでしょう」


 音禰は腰を屈めて、鍵に顔を近づけた。


「吸血鬼は鍵穴から侵入することができますから」


「え? それはちょっと変じゃありません?」


 エリサが横から口を出す。


「吸血鬼というのは、招かれていない家に入れないはずですわ。勝手に家に入ってくるなんてありえませんわ」


「確かにエリサさんの仰るとおり、現在広く認知されている吸血鬼の特徴にはそのようなものもありますが、実際の吸血鬼がそうとは限りません。人家に忍び込んで住人を襲う、そんな吸血鬼もいますよ」


「そうなの? 私は招待されないと人の家に入れないんだけど」


「なんで吸血鬼の弱点を律儀に備えてるんですか」


「歴代のご先祖が吸血鬼と契約する時に、力と一緒に弱点まで貰ってしまったのかしら?」


「それを代々引き継いでいると……」


 音禰とエリサがそんな話をしているうちに、黒蘭が鍵を外して扉を開いた。冷めた空気が流れこんだ。パジャマ一枚の音禰が小さくくしゃみをした。


「鬼頭様。何か羽織るものをお持ちしましょうか」


「いえ、大丈夫です。行きましょう」


 音禰はすんと鼻をすすって言った。秋の夜気は薄着には涼しすぎるようだったが、音禰はそのまま外へと足を踏み出した。私たちも恐る恐る、暗い庭に出る。吸血鬼の姿も気配も、周囲にはなかった。


 私たちは窓から漏れる灯りを頼りに、屋敷の外壁を回って、棺を埋めた場所に向かった。吸血鬼が這い出してきたのだから、土はさぞ荒れているだろう、と思ったのだが、そこは何の変化もなく、棺を埋めた時とそっくりそのまま同じだった。土に刻んだ魔法陣もそのまま残っていた。


「先生、何も出てきてないみたいだけど」


「おかしいですわねえ。吸血鬼が生まれたんでしょう?」


 ゲヘナとエリサは不思議そうな顔で埋葬場所を見回していた。しかし音禰はこれを予想していたらしい。


「それはそうですよ。吸血鬼というのは、棺から出てくる時、小さな動物に化けたり、気体になったりして、痕跡を残さないようにするんです。地上から見ただけでは、実際に出てきたかどうかは解りません。棺を暴いてみなければ……ゲヘナさん、お願いできますか」


「合点」


 ゲヘナは杖を構えた。


「チミクス・ヌ・モホカス。クカキ・エ・ナノコ」


 呪文はちょっと長めだった。埋葬時に用いた魔法陣が青い光を帯びた。棺を埋めた場所からひとりでに土が掻き出され、棺が顕わになった。すると棺は勝手に浮き上がった。これもゲヘナの魔法に含まれていた。空中に浮かぶ五つの棺に向かって、ゲヘナは呪文を唱える。


「ニシナ。カンノカ」


 棺は私たちの前に移動してきて、ゆっくり着地した。五つの棺が、再び私たちの眼前に並べられた。外見は土が付着しているくらいで、他には何の異常も見られなかった。


「いや、やっぱり……吸血鬼になってるんだよ」


 ゲヘナが言う。


「なぜそう言える?」


「軽かったから」


「軽い?」


「そういえば、棺を埋める時、魔法で棺を浮かべてましたけど……その時はかなりふらふらして危なっかしかったですよね」


「ああ、あの時は一つしか浮かべていなかったのに……今は五つも浮かべても、スムーズに移動していた……」


「絶対空っぽになってるよ、見るまでもないよ。もう帰ろうよ」


「なんでだよ」


 見るまでもないことではあったが、やはりこの目で確認しておくことにした。音禰が棺を端から開いていく。結果はゲヘナの言ったとおり、全部空っぽであった。つまりは儀式に用いたすべての死体が吸血鬼化したということだ。その事実に、エリサが嬉々として小躍りを始めた。


「すっばらしいわ音禰! 私が見込んだだけありますわ。まさか五人も吸血鬼が生まれるなんて……ああ、ひとりだけ選ぶなんてできるかしら!」


 喜びのあまりぴょんぴょん跳ね回るエリサとは対照的に、音禰は思いつめたような表情で空の棺を見下ろしていた。


「ヴリコラカス……ストリゴイ……ノスフェラトゥ……」


「ど、どうするの先生」


「やることは変わりません。エリサさんにバレる前に発見して変身魔法をかける……しかし五人全員はさすがに対処しきれるかどうか……」


「敷地の外に出ちゃわない?」


「その心配はございません」


 いつのまにか音禰の背後に黒蘭が密着していた。


「うわっ。びっくりした」


「このお屋敷の塀の上には、最新鋭の防犯システムが張り巡らせてあります。何者かが塀の上から出入りすれば、ただちに警報が鳴り響き、警備会社が飛んできます」


「それは心強いですね……」


 警備会社が吸血鬼に対して何の役に立つかは謎だった。


「ちょっとそこ、さっきから何をこそこそ話してますの」


 エリサが我々の内緒話を打ち破った。


「ああ、すみません」


 何でもない風を装いながら、ゲヘナと音禰はぱっと振り向いた。


「ご覧のとおり、吸血作りは成功しました。お喜びください」


「ええ、成功したのは解りますわ。で、肝心の吸血鬼はどこにいますの」


「お屋敷の中、でしょうねえ」


「じゃあ早く捕まえて連れてきてちょうだい。五人全員ね。誰が一番いいか、自分でじっくり選びたいから」


「はあ、しかしエリサさんもご覧になったとおり、吸血鬼は家中を荒らし回るような、たいへん凶暴で危険な存在です。そんなのと対面しても、大丈夫ですか」


「凶暴結構。パワーの有り余ってるほうが契約相手として魅力的ですわ。心配でしたら手錠とか首輪でも着けといてくださいまし。いやむしろそっちの方が背徳的で」


「何を言ってるんですか」


「とにかくさっさと捕まえてきてくださいまし。どっちみち、このままだと家中めちゃくちゃになっちまいますし」


「それはそうですが……捕まえられないと判断した場合、やむを得ず、吸血鬼を殺害することも考えねばなりません。構いませんか」


 音禰のその言葉に、エリサは一瞬、探るような目つきになった。


「……まあ、構いませんわ。あなたたちの安全が第一ですからね。でも、なるべく生きたまま捕まえてちょうだいね」


「それはもちろんそのつもりです。ですから後のことは全て渡しとゲヘナさんにお任せいただいて、エリサさんは至急、お部屋にお戻りください」


「えー、私もあなたたちについていきますわ」


「絶対いけません。危険です。お部屋に戻って、絶対に部屋から出ないでください、絶対ですよ」


 音禰は強い口調で言って、「黒蘭さん、よろしくお願いします」と付け加えた。エリサをしっかり見張っていてほしい、という言外の意味を読み取ったらしい黒蘭は、無言でこくりと頷いた。


「お嬢様、早くお部屋へ戻りましょう」


 エリサはなおも「私も一緒に」などと言っていたが、最終的には黒蘭に抱き上げられ、あえなく強制退場となった。


 音禰とゲヘナは、エリサが部屋に戻ったのをしっかり見届けてから、一旦客間に戻ることになった。


「まず、着替えましょうか……」


 そう言って音禰は、またくしゃみをした。

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