死者蘇生の儀(前)

 夜は少しずつ更けていた。ふと目を上げれば、広大な庭を囲む塀の向こうに街の灯りがほのかに見えた。車の行き来も人の往来も、まだ絶えることはなさそうだ。一方、外界から隔絶されたこの庭園には、冷気を孕んだ夜闇と森閑とした静寂とが満ち満ちていた。そしてその一角で、暗黒の儀式が始まろうとしていたのだ。


 死体が収められた、五つの棺。その傍らに立っているのは、齢百歳になろうとしながらいまだ童女の姿を保ち続ける、金髪碧眼の吸血鬼――眼鏡の奥に鋭い眼光を隠した妙齢の召使い――濃紺の帽子とマントを身にまとう魔女――そして、彼女の師である呪術師――それから怪物である私。


 世にも奇妙なメンバーであった。この人間離れした連中が集まって催されるのは死者蘇生の儀式、しかもただ甦らせるだけではなく吸血鬼として生まれ変わらせる――というのだから、奇妙奇天烈さも甚だしい。本当に始まるのか? 本当に吸血鬼を作るのか? 私は半信半疑であった。いや、ほとんど疑いのほうが勝っていたと言ってもいい。ここからの一連の儀式において、私は終始「何の意味があるのか?」という思いを拭うことができなかった。それは恐らく読者諸兄も同じであろうと思われる。成功するかどうかも解らぬ、形ばかりの儀式の様子は特筆すべきところなど何もないのだが、とりあえず、ここではありのままに記述していくことにする。


「では、始めますか……」


 音禰が大きく息を吐いて言った。儀式を取り仕切るのはゾンビに最も詳しい音禰の役目となり、ゲヘナと黒蘭女史はその補佐に回ることになった。クライアントである竜道寺エリサは、手は貸さないが口だけ出すという一番鬱陶しいポジションに収まり、期待に満ちた瞳で音禰の周りをうろちょろしている。


「まずは何から始めますの?」


「そうですね、じゃあまず穴を掘りましょうか。棺を埋めるための穴を」


「おほほ、穴掘りね。うちの黒蘭は穴掘りも得意でしてよ」


「スコップを持ってまいります」


 そう言って駆け出そうとする黒蘭を、音禰は「あっちょっと待ってください」と制した。


「手作業だと時間がかかります。ゲヘナさん、魔法で穴を掘ることはできますか?」


「任せて。魔法学校時代、掘って埋めてを一日中繰り返させられたことあるよ」


「何の意味が」


「宿題忘れた罰でね」


 ゲヘナは杖を土の上に突き立てると、そのまま後ろ歩きを始めた。少し進んで直角に曲がり、それを三回繰り返して長方形を描き出す。すべての棺がすっぽり収まるくらいの面積であった。そしてその長方形を円で囲み、さらに模様をがりがりと描き込んでいく。


 ゲヘナは土の上に魔法陣を完成させると、その外に出て、杖を構えた。


「チミクス・クノト・ヌ・モホカス」


 杖の魔法石が光る。みるみるうちに、長方形の中の土が、ひとりでに掻き出される――大量の土がアーチを描くように噴き上がって、一箇所に積もって山をなしていく。庭の照明に照らされるその光景は、どことなく幻想的だった。


 一分と経たないうちに、魔法陣の隣にこんもりとした土の山が生まれ、そして魔法陣の中には深さ一メートルほどの長方形の空間ができていた。


「こんなもんでいいかな」


 ゲヘナはふうと息をついて額の汗を拭った。大技なので魔力の消費も大きいらしい。


「ありがとうございます。こんなあっという間に出来るなんて、やはり本職は違いますね」


「いやあでも最近やってなかったから腕がなまってるね。結構魔力使っちゃった」


 昔の私ならもっと魔力を節約できたんだけどねえ、と言ってゲヘナは笑った。


 同じ魔法でも、普段から使い慣れていれば魔力の消費が少なくて済むのである。これは体内に魔力を宿す魔女の特長である。しかし音禰のように、外部に用意した魔力源を用いて魔法を使う場合には、慣れていようといまいと魔力の消費量は変わらない。同じ魔法を使っても、燃費の良さと呪文の短さでは、ともに魔女の方が優れるのだ。まあ、こんなことは別に覚えておく必要などないのだが。


 話が反れたので儀式の方に筆を戻そう。エリサと黒蘭も穴の縁に立って、興味深げに底を見下ろしていた。エリサが「へえー」と感心したように嘆息する。


「うちの掃除もこれくらい鮮やかにやってくれればよかったのに」


「そーゆー細かいのは苦手なんだよ」


 ゲヘナはふんと鼻を鳴らした。


「それで先生、次はどうするの」


「棺を穴に収めます。ただしまだ埋めないでください」


「解った。よしお前やれ」


 と言ってゲヘナは私に向かって顎をしゃくってみせた。


「なんで私が」


「こうゆう力仕事のために連れてきたんだぞ」


「魔法使えよ……」


 口ではそう言ったが、このまま何も手伝うことがないというのも心苦しい気がしたので、命令に従うことにした。棺を触手に巻き付け、持ち上げて穴の中に下ろす。力仕事というほどでもない。


 ゲヘナも魔法で棺をひとつ、宙に浮かせていた。


「お、お、お、……おっとっとっとーっ」


「アッひっくりかえりますよっゲヘナさんっ」


「ちょっと大丈夫ですの?」


「だだだ大丈夫大丈夫……うわーっ」


「わーっ」


「あっセーフセーフ。そーっとそーっと……よーし」


 空中を乱舞していた棺桶はふたをバタバタと開閉しながら、8の字を描きつつ、ゆっくりと穴の底へ降下し、静かに着地した。音禰とエリサは身構えたままで棺の動きを目で追っていた。


「ふう、これでよし」


 一仕事終えたゲヘナは、穴の中の棺を満足げに見下ろした。


「さて次いこう」


「もうやめてください……」


 青い顔をした音禰に止められて、ゲヘナはしぶしぶ杖を下ろした。結局残りの棺は全て私が運ぶことになって、ひとつひとつは軽いが三度繰り返すと少し疲れた。


 何はともあれ、巨大な墓穴の中に五つの棺が収まったのである。ちなみに棺のふたはすべて開けられていて、五人の死体が姿を曝け出している。彼らは当然ながら身動き一つせず、己の体が吸血鬼と化すのをおとなしく待っているようにも見えた。


 エリサがその死体たちを見下ろして言う。


「これでもう、吸血鬼になるわけですわね」


「いえ、まだです。ここからですよ」


「何をするんですの」


「死体が条件を満たしいている、というだけでも吸血鬼化する可能性はあるんですけど、一応念のために、他の要因も再現してみようと思います。先ほども申し上げましたが、成功の保証はまったくありません。恐らく何をやっても無駄に終わるでしょう。今から行うのは、ゼロ%を1%くらいに引き上げる程度のことでしかありませんよ」


「それでも貴方が考えに考え抜いた作戦なんでしょう? 死者蘇生については貴方を全面的に信用していますわ。何でもやってくださいまし」


「確かに色々な文献を調べて自分なりに考えはしましたが……本当に手探りですよ」


「手探りでもなんでも構いません。さあ、最初は何をしますの?」


「はあ、それじゃあ最初は……」


 音禰は少し考えてから言った。


「猫を使いたいんですけど……ここのお屋敷には猫がいましたよね、何匹か」


「猫?」


 エリサは首を傾げ、黒蘭の方に顔を向けた。


「猫なんていましたかしら?」


「ええ、おりました。以前、鬼頭様がいらした際に、お見せいたしました」


「なんで過去形なんです」


「すでにお嬢様の下僕の餌食となりました」


「ああ……そうですか」


 音禰は少し落胆した様子だった。


「申し訳ありません、鬼頭様。あの猫たちをたいへん気に入っていらっしゃいましたのに」


「いえいいんですそれは別に」


「写真とか動画とか何度も撮ってらしたのに」


「もう全部消します」


「そもそも、なんで猫が要るんですの」


 エリサが口を挟む。


「動物が死体をまたぐと、死体が吸血鬼になると言われているんです。特に猫を指定されている場合が多いので、使わせてもらえたらと思ったんですけど」


「ふふん、先生、ここは私の出番だよ」


 全員の視線がゲヘナに向けられた。ゲヘナは不敵な笑みを浮かべていた。


「あなた、猫飼ってますの?」


「ちがくて。魔法。変身魔法で猫に化けたらどうかな」


「うーん、代わりになる……んでしょうかね。本物じゃなくてもいけるんでしょうか」


「とりあえずやってみようよ」


「そうですね、何もしないよりはマシかも知れません。で、誰を猫に変身させるんですか」


 私以外の全員が、互いの顔を見合わせた。そしてゆっくりと、私の方に視線が向く。


「なんで私なんだ……」


「いいじゃんちょうど四本脚だから。この中では一番猫に近いよ」


「猫には触手もないし目も八個もない」


「いいからいくよ。クミトミ・ミノ」


 杖が私に向かって振り下ろされた。魔法石の煌めきに目がくらむ――そしてその一瞬の後、私の体は黒猫へと変じていた。変身前と同じく四本脚だが、構造は全く異なっている。しかし人の体と違い安定感があるので転倒するようなことはなく、私の足はしっかりと地を踏みしめていた。


「うむ、たしかに猫だ。それで音禰、私はどうすればいい?」


「はあ、えーっと……」


 音禰は何だか戸惑っているようだった。エリサも変なものを見るような目で私を見つめる。ゲヘナだけは得意げに頷いていた。


 私はなんとなく不安になった。儀式の夜はまだ続く。

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