六畳間ゾンビ地獄(後)

 ゾンビ化解除の魔法が部屋に満ちたゾンビへと放たれた。これで全てのゾンビがただの死体に戻るはずであった。しかし動きを止めたのは片手で数えられるほどしかなく、他のゾンビたちは相変わらず押し合いへし合いしながらのたくっている。


「せ、先生。あんまり効いてないみたい」


「おかしいですね」


 音禰は天井と押し入れの下に広がるゾンビの大群を交互に見比べた。


「もしかするとゾンビの数が多すぎて魔力が分散してしまっているのかもしれません。もっと多くの魔力を送れば、もっと効果が出ると思いますが……それでも全部は無理かもしれませんね。やはり魔法を解くほうが、魔法をかけるよりも魔力を要しますね」


「先生、残りの魔力は」


「残念ながら残りわずかです」


「早」


 音禰は杖の魔力メーターをゲヘナに見せた。残量はもう四分の一ほどしかなかった。先ほど満タンまで補充していたのに、この減り方は異常だった。


「死体捜しの魔法を使った際に、かなりの大音量で鳴りましたね。そこで魔力をだいぶ消費してしまったみたいです」


「そんなとこで魔力喰っちゃうのこの杖」


「この杖もまだまだ改良が必要ですね」


「私の魔力渡したら解除魔法使える?」


「ゲヘナさんの魔力を全部使っても足りないかもしれませんね、この数では」


 そんなことを話している間にも、玄関では巨漢ゾンビが外に出ようと頑張っていた。ドアノブを回すことは諦めたのか、右手でドアをがんがん叩いている。


「ああ先生、それよりあいつをなんとかしないと」


「あれはここで最初に見付けた死体ではないですか。ほぼ丸ごとの死体もゾンビ化していますよ。すごいですよゲヘナさん」


「わーい。だからわーいじゃない。このままじゃドアが破られちゃう」


「体の大きな死体ですね。操るにしても必要な魔力が多そうですが……」


 音禰は今一度魔力メーターを確認した。


「あっそうだ先生、あれは。あいつの左腕は」


「それなら流し台の中ですが」


「よし、それだ。クシスナシ・ノニ」


 ゲヘナは台所に向かって「ノニ・ノニ・ノニ」と難度も杖を振った。やがて左腕が流し台から飛び出して、ゆっくりとゲヘナのもとへ漂ってくる。ゲヘナは押し入れから身を乗り出してそれを掴み、巨漢ゾンビに向かってぶんぶん振った。


「おーい、こっち見ろ。お前の腕だぞっ」


 その声に、巨漢ゾンビはドアを叩く手を止める。虚ろな目でゲヘナの方を振り返ると、足元のバラバラゾンビたちを踏みしだきながら、おぼつかない足取りで押入れに向かってきた。


「よーしいい子だー」


「ゲヘナさん、その調子で魔法陣の中央まで誘導してください。とりあえずあのゾンビだけでも活動停止させます」


「魔力は足りる?」


「残り全部使えば」


「その後はどうしよう」


「後で考えましょう」


「どひゃーっ!」


 ゲヘナは突如として押し入れから転げ落ち、バラバラゾンビがうごめく上に頭から墜落した。


「だ、大丈夫ですか?」


「だ、誰かにスカート引っ張られたあ」


 魔女装束のワンピースの裾を、何者かの手が握っていた。よく見ると上半身だけのテケテケゾンビであった。有象無象のバラバラゾンビたちも、ゲヘナの服や髪を掴み、ゾンビの中に引きずり込もうとしていた。


「離せ、離せこらっ……あっ左腕がないっ」


 左腕とはゲヘナの左腕ではなく巨漢ゾンビのそれである。


「ど、どれだ。どこいった。これかな。これは動いてるから違う。あっこれもゾンビだ」


「ゲヘナさん、魔法、魔法」


「あっそうか。クシスナシ・ノニ」


 バラバラゾンビの群れに埋もれようとしていた動かぬ左腕がずぼっと飛び出した。しかし生首が二つもくっついているというおまけ付きで、片方は手首に、もう片方は五指にがっぷり喰らいついていた。


「あーもう離せ。お前のご飯じゃないんだよ」


 ゲヘナが生首を外そうと悪戦苦闘しているうちに、テケテケゾンビは押し入れに腕を伸ばして音禰に襲いかかろうとしていた。音禰は杖でゾンビを殴りながら、「ゲヘナさん、玄関玄関」と声を上げた。いつのまにか、巨漢ゾンビが玄関の方へ引き返していた。


「あーんもうどうすりゃいいんだよお」


 ゲヘナはばりばりと金髪を掻きむしり、テケテケゾンビの脳天に杖を振り下ろす。頭部が杖の形に陥没し、黒い血液が撒き散らされる。動きが鈍った隙をついて、音禰は杖を逆手に持ち、テケテケゾンビの目に突き刺す。刺さった杖をずぶりと引き抜き、もう片方の目も潰した。視力を奪って意味があるかは解らないが、試すに越したことはない。結果、頭部と両目を損傷したテケテケゾンビは活動停止とまでは至らなかったが、動きはさらに鈍重になり、バラバラゾンビの群れに呑み込まれて見えなくなった。


 一方ゲヘナはバラバラゾンビの上に杖を突き立てると、棒高跳びの要領で跳躍し、六畳間を一飛びに横切って、玄関にいる巨漢ゾンビの背中にドロップキックを見舞った。巨漢ゾンビはドアにもたれるようにして倒れ、ゲヘナは杖を短く持ち直し、巨漢ゾンビの頭を力任せに殴打する。もはや魔法の杖とは名ばかりの、ただの打撃武器であった。その場に応じた魔法を使えなければ、魔法の力も魔法の杖も持ち腐れなのである。ゲヘナの体は返り血にまみれ、巨漢ゾンビも頭が半分潰れ、肩まで血だらけになっていた。しかしこちらはテケテケゾンビと違い頑強に出来ているらしい。殴られながらものっそりと立ち上がり、死体とは思えぬ馬鹿力でゲヘナをはねのける。


「あ痛あ」


 壁に背中を打ち付けるゲヘナ。巨漢ゾンビは頭から血を垂れ流しながら、玄関のドアを叩き続ける。ゲヘナは今一度、左腕で釣ってみる作戦に打って出た。


「ほらこっちだこっち」


 しかし巨漢ゾンビはゲヘナの方を一瞥しただけで、再びドアに向き直る。


「なんでだよ!」


 生首に噛まれて傷だらけの左腕より、外に出る方を優先したらしい。バラバラゾンビたちもドアを開けるべく、玄関に集まって山をなしていく。ドアが開けられるのも時間の問題だった。そうなったら部屋中のゾンビが逃げ出してしまい、もう収拾がつかなくなる。


「どーしよう先生!」


「ゾンビの動きを止めるしかありませんね。私が魔法であの巨漢ゾンビを操り、魔法陣の中央まで誘導しますから、ゲヘナさん、私の代わりにゾンビ化解除の魔法を使ってください」


「呪文解らないよ!」


「教えますから」


 音禰はゲヘナに呪文を教え、巨漢ゾンビを魔法で誘導する。ゲヘナはゾンビ化解除の呪文を唱えた。効かなかった。ついでに言うと誘導もできていなかった。


「あー無理だ失敗だ!」


「じゃあ後はもうあれしかありません」


「あれとは!」


「ゾンビの魔力が切れるのを待つ……」


「それはどのくらいかかるの!」


「一週間くらいですかね」


「なげーわ!」


「ゲヘナさんの使える魔法で何とかなりませんか」


「なんとかってったって!」


 ゲヘナは考えた。ゾンビを操る魔法も、ゾンビ化解除の魔法も音禰しか使えない。その音禰の魔力はもうほとんど残っておらず、ゲヘナが魔力を渡すこともできるが、それでも全てのゾンビを無力化するには魔力が足りないと思われる。しかしどちらにせよこのままではゾンビが外に出てしまう、それはなんとしても防がねばならない。巨漢ゾンビには腕力では敵わない。頭を殴っても止まらない。左腕でも誘導できない。ならば、他の何かで代用できないか――という思考プロセスを経たかどうか定かではないが、ゲヘナの脳裏にひとつのアイデアが閃いたらしい。


 ゲヘナは巨漢ゾンビに向けて杖を構えると、使い慣れた呪文を口にした。


「クミラ」


 杖の先に、炎がぼっと灯された。巨漢ゾンビが反射的に振り返る。ゲヘナが杖を突き出すと、巨漢ゾンビは身をすくませて後ずさった。他のバラバラゾンビたちも、驚いて動きを止める。明らかに火に対して恐怖を抱いているようだった。


「ゲヘナさん、ナイスです。とりあえず玄関から引き離してください」


「よーし……」


 ゲヘナは火の着いた杖を巨漢ゾンビに向けたまま、一定の距離を保ちつつ、玄関のドアと巨漢ゾンビの間に割り込むように、横歩きで移動していく。ゲヘナの足元からはバラバラゾンビたちがさっと逃げ出し、破れた古新聞と魔法陣が顕わになった。巨漢ゾンビはすっかり炎に怯えきっていて、炎を凝視したまま、玄関から部屋の中央へと後ろ歩きで下がっていく。その光景を眺めていた音禰は感心したように呟いた。


「ゾンビもやはり、火への恐怖は本能的に持っているんですね」


「火は偉大なりってことだね」


「ゲヘナさん、そのままなるべく多くのゾンビを魔法陣の中央付近に……残りの魔力を全部使って、ゾンビ化解除の魔法をかけますから」


「解った任せて……」


 とは言ったものの、中央へと誘導するのはなかなか難しい。ゲヘナが右へ行けばゾンビたちは左に寄り、ゲヘナが左に寄ればゾンビは右に行き、真ん中に留まってくれない。


「うーん! 一人じゃ難しい」


「じゃあちょっと待っててください、彼を呼んできますから」


 そう言い残して音禰は外に出た。音禰が呼びにいったのは、一○一号室で留守番中の私である。


 一○一号室に戻ってきた音禰は、私に対して事の顛末をごく簡単に説明すると、「火が点くものを持って一緒に来てください」と頼んできた。


「火が点くものと言われてもな……ライターとかか?」


「ありますか」


「ないな。火が要る時は、毎度ゲヘナの魔法で賄ってたから……というか大丈夫か?」


「何がです?」


「ゲヘナは火加減が下手くそだ」


 ちょうどその時、爆発音が部屋を震わせ、そして焦げくさい匂いが漂ってきた。音禰は慌てて二階に引き返していった――。


 後はもう説明するまでもないだろう。六畳間のゾンビ地獄は、ゾンビごと六畳間を全焼させるという結末で幕を下ろしたのである。

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