六畳間ゾンビ地獄(前)

「これで解りました。誰がやったかは解りませんが、大量の死体をバラバラにしてここの天井裏に隠していたんですね。おそらくこの男性の死体も、左腕だけでなく全身切り刻んでから天井裏にしまうつもりだったんでしょう……そしてそれらの死体を私の杖が感知して、あんな大きな反応をしたというわけですよ」


 音禰がのんきに解説している間にも、天井裏からは動くバラバラ死体が後から後から落ちてきていた。バラバラ死体の数は一人や二人ではなく、軽く十人分以上はあった。数十の手や足が指を使って古新聞の上を這い回る。腕だか脚だか解らないが、陸に上がった魚のように悶ている。損壊した生首が、恐ろしい形相でのたうちまわる。四肢を切断された胴体は、まるで寸詰まりの芋虫である――そんな被害者は年齢も性別も共通点はないようだった。犯人は誰でも良かったのか、それとも犯人にしか解らない共通項があるのか。考えても詮無いことではあるが――。


「でもすごいじゃないですか、ゲヘナさん。死体まるごとはゾンビにできませんでしたが、パーツごとならちゃんとゾンビになってます。初めて人間の死体を使ってこの成果は、素晴らしいですよ」


「わーい。わーいじゃないよ。どうしようこれ」


 バラバラ死体のゾンビたちは部屋中に溢れかえろうとしていた。天井裏に隠された死体はまだまだ尽きることがないらしく、新しいゾンビがとめどもなく落下してくる。生首や手足が二人の足元にまで忍び寄り、魔法陣に横たわる巨漢の死体もゾンビに埋もれていく。


「あとはいかにゾンビを操る練習をするかということですね」


「こっこの状況で練習すんの」


 ゲヘナは近寄ってくる右手や左手を足蹴にしていた。


「このアダムスファミリー状態で」


「こんなにいないでしょ」


 そう言いながら音禰も周りのゾンビを杖で追い払う。


「でもまあ確かにこれでは、練習どころではないかもしれませんね」


 音禰は天井の穴を見やった。腹部で真っ二つに切断された、上半身だけの妖怪テケテケのような死体が落ちてきた(以下テケテケゾンビと記す)。六畳間はもはや死体の海と言ってもよく、死体の上に死体が重なって層をなし、それぞれの蠢きが波のようなうねりを生んでいた。古新聞も巨漢の死体ももう見えない。まさに地獄の光景であった。


 二人は押し入れに避難していた。押し入れの上段に並んで腰掛ける。


「とりあえずゾンビ化の魔法を解除しましょう」


「どうやんの」


「私がやってみますので見ていてください」


 音禰は部屋を埋め尽くすゾンビに向かって杖を向けた。そしてゲヘナが見守る横で呪文を唱える。


「ノカナ・ラカミ・キ・ニノ・ミ・モクナ・テ・アイタタタタタタタタ」


「変わった呪文だね」


「違います呪文ではないですこれですこれ」


 音禰は右足を上げた。その足首には若い女の生首ががっぷり喰らいついていた。


「ぎゃー、先生が噛まれたァ。先生もゾンビになるゥ」


「なりません早く取ってくださいたたたた」


 涙をちょちょぎらせる音禰。ゲヘナは慌てて杖をゴルフクラブのように構えてフルスイングで生首をぶっとばす。生首は壁に当たって死体の海に落ちた。


「先生大丈夫? 血ぃ出た?」


「血は出てないですね……噛む力はそんなになかったようです」


 音禰はソックスをめくって確かめた。出血はないが歯型は残っていた。


「すごい変なプレイしたみたい」


「そんな趣味はありません……それよりもう一度、魔法を使いますので……」


「解った、ゾンビは私に任して」


 もはや講義どころではなくなった。音禰はゾンビ化解除の魔法に集中し、ゲヘナは寄ってくるゾンビどもを弾いたり蹴飛ばしたりする。ゾンビたちはなぜか二人のほうに向かってきていて、押し入れの前に積み重なり、上段にまで這い登ってこようとしていた。ゾンビ化が解かれてしまうのを本能的に察知しているのか、それとも生きた人間に対して殺意を持っているのか――。


「……ニツンナ・ミ・モクナ・テ・ツカノナ」


 音禰は呪文の締めくくりのフレーズを早口で唱えきった。魔法石が発光し、魔法が発動した――はずであった。魔法陣も死体に埋もれているため、光ったかどうかの確認ができない。


「先生、ゾンビ止まんないよ」


「変ですね……バラバラ死体なら簡単に止まるはず……あっもしかすると」


「なになに」


「新聞紙が破れているのかもしれません。それで魔法陣が……」


 魔法陣はその一部でもかけてしまえば意味をなさない。ゾンビたちの這いずりと重みによって古新聞はすでにぼろぼろになっていると思われた。


「ゲヘナさんの魔法で修復できませんかね」


「対象の全体が見えないと……」


「じゃあどうしましょう。新しい魔法陣を用意するにしても、こうも死体に溢れた状態では敷くこともできません……」


 押し入れの上段で顔を突き合わせて話し合う二人。困りきった音禰に対し、ゲヘナはぽんと手を叩いた。


「ピカッと閃いた。天井に描けばいいんだ」


「なるほどそれは盲点でしたが……届きますか?」


「そのための魔法でござい」


 ゲヘナは筆ペンのキャップを外して放り投げ、すかさず杖を向けて呪文を唱えた。


「クシセミ・ナキノト」


 ゾンビたちの中へ落ちようとしていた筆ペンが空中でぴたりと静止した。ゲヘナが杖を天井に向けていくと、筆ペンも一瞬遅れてそれについていく。逆さになった筆ペンの先端が天井に触れ、黒い線を引いた。


「むう、なかなかむずい……わっゾンビが」


 ゲヘナは筆ペンの遠隔操作に手こずっていた。そこを狙って生首やら生足やらが這い登ろうとしてくる。音禰がそれを杖で追い払う。


「ゾンビは私が引き受けますので、ゲヘナさんはそちらに集中してください」


「ありがと先生……あっ先生あれあれあれあれ」


 両手の塞がったゲヘナは顎で玄関の方を指し示した。ゾンビは玄関にも積み重なっていて、右手のゾンビがドアノブをひねろうとしていた。


「わっ、出ちゃダメ……」


 音禰は押し入れからゾンビどもの上に飛び降りた。ゾンビが蠢く不安定な足場、しかもあちこちにある手や生首が音禰の脚を掴んで引っ張ってくる。音禰はゾンビに足を取られながらも玄関へ向かい、ドアに群がるゾンビたちをひっぺがした。一方、ゲヘナの足元には上半身だけのテケテケゾンビが近づきつつあった。テケテケゾンビは下半身がないものの両腕が残っているので、機動力は他のバラバラゾンビの比ではない。腹部の切断面から内蔵をはみ出させながら、腕をゲヘナに伸ばす。


「やだー先生ぇー、なんか変なのくるー」


「はいはいただいま……」


 音禰はバラバラゾンビを踏みしめながら押し入れに戻り、テケテケゾンビを杖で殴りつける。そうこうしているうちに他のゾンビがまたも玄関を目指しているので、すぐにそちらへ舞い戻り、ゾンビたちを蹴散らす。


「嗚呼、魔法陣さえ使えればこんな苦労は」


「大丈夫、もーすぐ完成するから」


 円形の魔法陣が出来上がりつつあった。天井に描いたせいで、魔法陣の真ん中から電灯がぶら下がっている。また全体的に線が震えており、模様の描き込みも必要最低限であった。とにかく早く完成することが優先されていた。


「よし出来た」


 ゲヘナは杖を下ろし、落ちてきた筆ペンをキャッチする。ついでに押し入れに上がろうとしていたゾンビを蹴り飛ばす。


「よろしく先生!」


「わ、解りました、ゾンビの方はお願いします」


 音禰は肩で息をしながらも、押し入れに上がり、天井に向かって杖を構えた。音禰の呪文詠唱が邪魔されぬよう、ゲヘナは押し寄せてくるゾンビを杖で物理的に撃退していく。


「バリアの魔法も練習しときゃ良かった」


 などと言いながら玄関の方に目をやると、またしてもゾンビが外へ出ようとしていた。しかし今度は手だけのゾンビではない。この部屋で最初に発見した、左腕のない巨漢であった。死んでいたはずの彼(以下、巨漢ゾンビと記す)は、いつのまにか己の両足でしっかりと立ち上がり、残った右手をドアノブにかけようとしていた。


「い、いつのまにゾンビになってたの」


 ゲヘナは押し入れから飛び出してゾンビを踏みながら玄関へ跳んだ。そして巨漢ゾンビの服を後ろから引っ張る。


「こらっ、外出るな……力強いなこいつ」


 死体とはいえがっちりした体つきの大柄な男である。子供の腕力が敵う相手ではない。巨漢ゾンビはゲヘナに目もくれず、ドアノブに何度も手を伸ばしては掴めないままに手をぶらぶらさせている。力はあるが知性は完全に失われており、右手だけのゾンビよりも器用さに劣っているようだった。ただ外に出たいという本能的衝動、もしくは生前の記憶に突き動かされているらしい。


 音禰の呪文詠唱はまだ続いていた。ゲヘナが音禰の方を振り返るとまたもいくつかのバラバラゾンビが押し入れに上がろうとしていて、音禰は呪文を唱えながら表情だけで助けを乞うていた。ゲヘナは巨漢ゾンビを放置して押し入れに戻り、周りのゾンビを杖でめった打ちにする。もはややけくそであった。


「こんにゃろこんにゃろ」


 杖で殴打された生首は頭が割れて目玉が飛び出し、脳みそと血を弾けさせた。生首の動きは鈍くなるが、完全な活動停止には至らない。ゲヘナの体が返り血で汚されていくばかりだ。

 天井裏からのゾンビの落下は、ペースこそ落ちたがまだ断続的に続いていた。ゾンビはなおも増えていく一方であり、いくら追い払おうとも、引いては返す波のように押し寄せてくる。


「キリがない!」


 音禰は可能な限りの早口で呪文を唱えていた。魔法を解除するための呪文は、魔法をかける時の呪文よりも複雑で長くなるらしい。しかしそれもついに唱え終わるところであった。


「……ニツンナ・ミ・モクナ・テ・ツカノナ」


 音禰の杖が光る。天井に広がるいびつな魔法陣から、青い光がゾンビたちに降り注ぐ――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます