聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな
Banka24 俺の歌にどうか勇気を
第331話
「そう。やはり、計画はあの少年が邪魔したか」
空は分厚い雲に覆われ、月明かりが差さぬ国境砦の夜の部屋。
硬質な壁を無感動に見つめながら、青年はやはり感情の全くこもらぬ声で感想を口にした。
フュリーシアに潜り込ませていた手下達が、数年かけて気付かれぬ様に入り込んで立てた計画は、あと少しというところで阻止されたらしい。
目の前で
まさか、このフュリーシアとファルエラの国境砦を守る騎士に裏切り者がいるとは団長も思いも寄らないだろう。――とは微塵も考えられないのは、第五位の団長と人となりを短い間でも間近で見たからだろうか。あれは油断がならない。現状、彼が砦を離れて聖地にいるのは好都合である。
「それに。カイリ・ラフィスエム・ヴェルリオーゼ。……ラフィスエムの名を継いだか」
「はっ。……家宝を継いでいるかは分かりませんが」
「どうだろうね。我々も、初代ラフィスエム家が密かに持ち出していたという家宝の形を知らない。初代の裏切りも、何代か代替わりをしてから知ったこと。……当時の指導者達の無能さを呪うしかない」
ラフィスエム家は、ファルエラを裏から動かす青年達の組織から出したスパイだった。世界を統べる神を崇め、フュリーシアで確立された教皇のシステムの存続が円滑に行われることを見守るため、裏から手を回す役目を担って興した貴族である。
ラフィスエム家の初代の名前はもはや知る術も無いが、スパイとして送り込んだ彼こそが、逆に青年達の組織を探るフュリーシア初代国王側からのスパイだったという。つまりは、二重スパイだ。よくぞそんな危険な綱渡りをやってのけたと、青年個人としては褒めてやりたい。
だが、その初代ラフィスエム家当主にしてやられたおかげで、せっかく当時の組織の指導者が初代教皇の遺産の一つである『鍵』を盗み出したというのに、盗み返されてしまった。
そして組織に分からぬ様、当主は秘密裏にどこかに隠したという。
組織にも、『鍵』を厳重に封印していたという慢心があったのだろう。何代か後に変わった指導者が確認した時に発覚した。ラフィスエム家が持ち出したと知れたのは偶然で、その時にはもう、家の当主は何も知らない状態だった。もしかしたら、当主の側近として支えていた執事一族の誰かも裏切り者だったのかもしれない。
しかし、全ては憶測だ。
当時の証拠は何も残ってはいなかった。青年達の組織が千年以上もかけて探したにも関わらず、家宝の「か」の字も見当たらない。はっきり言って行き詰まっている。
しかも。
「……少年の両親が、よりによってラフィスエム家とロードゼルブ家の両家とはね。これは運命としか言いようがないな」
「……ロードゼルブ家の家宝は、いくつもあります。血を引いていれば、あの家の者全員が
「そうだね。その家宝のどれが、初代教皇の遺産――『破邪』なのか。……あの家はガードが固すぎて、スパイの一人も送り込めなかったからね。流石は初代教皇と初代国王の息がかかった貴族だよ」
頭が痛いとはこのことだ。
もし、この二つの家宝が少年に渡っていれば、彼は世界の『破邪』と『鍵』の両方を得たことになる。
万が一少年が、神が恐れる相手であり、かつその気があるのであれば、遠からず世界の真実の姿に迫ることになるだろう。そうすれば、システムが崩れかねないし、何より神の身が危うい。
「とはいえ、……神は少年に執着している様だった。……邪神を抑える存在だとも言う。どういうことだろうね?」
「……私では、崇高なお方の考えは図れませぬ。お許しを」
「そう。つまらないな」
思考を放棄する部下ほど役に立たない者はない。これなら、あのヴァリアーズ家の子息に踊り狂う彼女の方がよほどマシだ。暴走にはお仕置きが必要だが、彼女の方が会話が成り立つ。
ああ、つまらない。
少し前までは、楽しいと思える人材が三人もいたのに、少し前に亡き者となってしまった。
それからの時間は何と
だからこそ、思う。一人ではなかったとはいえ、教皇に抗い、神に乗っ取られながらも抵抗して生還した少年は、どんな人物なのかと。
「もう良いよ。下がって。今はデリケートな時期だ。ファルエラの兵士の部屋に騎士が長くいたと知られて、妙な勘繰りは受けたくないから」
「はっ。……引き続き、監視を続けます」
「いや、もう良いよ」
「は?」
頬杖を突いて、青年はつまらなそうに騎士を見据える。
ああ、本当につまらない。
――己の足で動こうとしない、ただの従順な人形ほどつまらないものはない。
【然るべき時に聖地に帰り、自宅で一人
聖歌語を使い、青年は命令を下す。
一瞬騎士の目が虚ろになったが、すぐに光を取り戻した。そのまま、青年から透明な瓶を受け取り、恭しく懐に仕舞う。
「良い休暇を。確か、明日で聖地に帰るんだったね」
「はっ。……ありがたきお言葉。また、お目にかかれる日まで」
「うん。――またね」
ひらひらと手を振って、青年は騎士を見送る。最後まで騎士は馬鹿丁寧に礼をし、部屋を辞した。
それはそれは便利な聖歌語には弱点がある。直接相手を殺せないこと、内臓や脳などに損傷を与えられないなど、攻撃の手段としては全く使えないのだ。
しかし、穴はある。
青年が扱った方法は、一種の催眠暗示だ。普段はいつも通り自我を持って生活するし、意識もその人自身のものだが、然るべき時が来れば発動する仕組みとなっている。
当然、誰もが使える手段ではない。今の内容は、少しでも相手が疑問を持てば全く効かないのだ。
つまり、それ相応の信頼関係か、強い主従関係が無いと効果が無い。
もしくは、何年もかけて刷り込んだり、強い恐怖に陥れるか。更に、信じやすい性格だとかかる確率が高くなる。
聖歌語を使う者の力量次第なので、誰もが成功するわけでもない。聖歌語に耐性が強い者には効きにくいという従来の欠点もある。
だが、青年にはそれを扱えるだけの強さがあった。
現に、フュリーシアで計画を遂行していた組織の手下は全員、あらかじめ青年が聖歌語で出していた指示に従って自害した。失敗して捕縛などされ、万が一自白などしてしまえば堪ったものではない。失敗した時は潔く神の御許へ立つ様に命令を下しておいた。
これで、敵も組織の存在自体は知っていても、元には辿り着けないだろう。
ただ、懸念もある。
「……おれの力が、効かない相手がいた」
フュリーシアからファルエラに戻って来た貴族の中で、ちょうど良い手駒になりそうな人物がいた。
故に軽い気持ちで試してみたのだが、まるで通じなかったのだ。
この意味するところは何なのか。
貴族の行動を探ってみても特別なことはなく、強いて言うなればヴァリアーズ家の晩餐会に参加したことくらいだろうか。
晩餐会と言えば、主催がヴァリアーズ家で、それに少年も参加した、ということだが。
「……ヴァリアーズ家には敵わないという自覚はある。彼らの仕業と考えるべきか」
後は。
「……カイリ・ラフィスエム・ヴェルリオーゼ」
もし原因があるとすれば、この二つしかない。
少年とは未だ報告で聞くばかりで、顔を合わせたことはなかった。
ただ、今回の呪詛事件を解決した立役者として有名になりつつある。少し前から教皇拉致事件で特例を与えられたために注目はされていたが、もはやフュリーシアでは誰もが無視出来ない存在となっているだろう。
それに。
「……、……あのホテルに近付けるな、というのが確か神の思し召しだと聞いていたのだけれど」
ただ、それを聞いたのは青年ではなく先代の組織の主導者である。しかも内容がかなり曖昧で、特別扱いされる聖歌騎士を近付けるな、というものだったという。
先代が直接神に聞いたのではなく、フュリーシアのいけ好かない人物から聞いたというのが気に入らない。『彼』は今回の事件でもそうだが、分からない様に青年の組織をせっついて事態の進展を図ろうとしていた節がある。
互いに利用し合う関係だが、舐められているのは業腹だ。組織の人間がそんなに簡単な奴ばかりと思われても困るので、その内報復はしようと考えている。
だが、気に食わないが、『彼』の言うことには信憑性があることも多い。
故に、最近注目を浴びだしたカイリという聖歌騎士の少年をホテルに近付けさせない様にしていたのだが、接触してしまった。
そして、事実計画は失敗した。
フュリー村の方を囮にしたというのに、大失敗したのだ。
五芒星までご丁寧に使ったというのに、ガルファンがかなり余計な動きをしてくれたせいだ。彼がホテルも村も両方救うべく動いたせいで、色々台無しになってしまった。青年が直に出向いて指示出来れば良かったが、この砦から動けない以上、どうにもならない。
あのホテルを吹き飛ばすことを最優先の目標にしていたのだが、もう同じ手は通用しないだろう。支配人と副支配人も警戒を更に強めているはずだ。
状況は後退した。
それなのに、不思議と楽しんでいる自分がいる。
「……勝手に少年を暗殺しようとした伯爵には、お仕置きしなければならないけど」
最近組織に加入したファルエラの伯爵は、少年をしきりに殺したがっている。
流石は、狂信者を脱して組織側に来た者。聖歌騎士を殺すなんて、狂信者の人間では考えられない。
だが、『あの伯爵一家』は何かと少年に因縁がある様だ。直属の上司がヴァリアーズ家の息子を狂った様に愛していることもあり、少年は抹殺しても良いという思考に完全に傾いているのだろう。
「やっぱり。彼女も、色々終わったら仕置きが必要だな」
先日話した時も、少年を殺したいと大っぴらにして隠してはいなかった。
だが、そんな困難もあの少年ならきっと乗り越えてくれる。少年が大好きなヴァリアーズ家の息子も全力で妨害するに違いない。
「ああ。……そうでないと、おれが殺す価値が無い」
少年は、やはり青年の獲物に相応しい。ヴァリアーズ家の息子大好きな彼女が、邪魔しないことだけを願おう。
「さて。この先、彼らはファルエラと事を構えるだろうね」
青年達がそうなる様に運んだとはいえ、見事なまでにファルエラの王家は動いてくれた。印象操作は大事である。
しかし、ガルファンとルーシーというファルエラの王族の末端は、青年にとってはもはやどうでも良い人間だった。最後はラフィスエム家の愚息ともども始末しようと思っていたが、守りを固められたのだから仕方がない。
「そもそも、殺したがっているのは王族だけだ。組織の矢面如きに指図されるのも気に食わない」
青年達にしてみれば、王族が存続するなら、誰が立とうとどうでも良い。それこそルーシーとやらが女王になっても一向に構わないのだ。
それほどまでに権力にしがみ付く彼らは、見ていて滑稽である。青年には全く理解出来ない境地だ。
とはいえ、これで
「……楽しみだなあ」
あの真っ黒で冷淡だというヴァリアーズ家の騎士団長がご執心の少年は、実際どんな人物なのか。噂や世間の評判だけでは、真の彼には辿り着けないだろう。
人間とは、やはり実際に目で見て耳で聞いて触れて感じなければ、正しい評価は下せない。
青年と話して、どんな表情を見せるのか。声の調子はどの様に変わるのか。絶望的な状況に陥った時、どういう行動を取るのか。
青年が、黒幕だと知ったら。何と言ってくれるだろうか。
今まで己の使命を背負って淡々と生きてきたのだ。これくらいの娯楽は許されるだろう。
神に抗い、世界を危機に陥れるかもしれない危険要素を持っている少年。
これ以上にない、最高の
「さて。……ファルエラとの結末、どうなるかな」
薄暗い部屋に頼りなく差し込む月光は、どこまでも儚い。
だが、その儚さこそがこの仮初の世の中を生きる人々の末路に思えて、青年は好きだった。
分厚い真っ黒な雲に阻まれれば、月明かりは地上には届かない。
それでも、性懲りもなく自ら輝き続ける姿は、人々の足掻きを連想させて愉快になる。
果たして、拒まれた月の光は、実を結んで地上に届くのか。
「その答えを教えて欲しい。カイリ・ラフィスエム・ヴェルリオーゼ」
未だ、密やかなヴェールに覆われ、本質に辿り着けない玩具。
邂逅の時は近い。
世界を覆い隠す様に真っ暗な窓の向こうから、ぼんやりと浮かび上がっていく幻想を夢見て、青年はその時を今か今かと待ち望んでいた。
「やあ、ケント。まだ寝ていなかったのかい?」
屋敷の自室でケントが書類をチェックしていると、父がノックと共に入り込んできた。相変わらず、こういう入って欲しくない時には返事を待たずに滑り込んでくる。
「父さん。僕、入って良いって言ってないよ?」
「そう? 入って良いって聞こえたよ。エリスからも許可はもらっているしね」
「……どうして許可が母さんなのさ」
「それは、お前の両親だからさ。――憂いを溜め込んでいる悪い子には、お仕置きが必要だよね」
「え? ……わっ!」
言うが早いが、ひょいっと父がケントを抱き上げて移動する。
そのまま自らはソファに座り、ケントを前にすとんと置いた。後ろから抱き締められる構図は、完全に子供扱いだ。少しだけ呆れてしまう。
だが一方で、背中に広がる温もりに安堵してしまった。やはり、ケントは今世で弱くなってしまったのだろうかと不安にもなる。
けれど。
「……生きたいって、ちゃんと思ってるよ」
何よりも家族の元へ帰りたい。
そう思う気持ちは強くなった。カイリだけではなく、愛してくれる、愛する家族の元へ帰りたいと願える様になった今、何が何でも生き残らなければと力をもらっている気がする。
「そう。なら、良いよ」
「……。父さん達やカイリと、ちゃんと歳を取りたいと思える様になるなんてね」
「それが普通なんだよ。……まあ、それだけ傷が深いということだよね。やっぱり『奴ら』には相応の罰は与えないと、親としては気が済まないかな」
ねえ、と背後で小首を傾げる気配を感じ、ケントは内心ひやりとした。父の満面の笑顔が、見なくても手に取る様に分かる。これは、本気で激怒している証拠だ。
同時に、それだけ心配をかけているのだと知る。申し訳ないと思いながらも、その心が沁みる様に嬉しかった。
「……次は、ファルエラだから。決着、着けないと」
「そうだね。カイリ君にもちょっかいを出してくるだろう。……彼には話すのかい?」
「……。……折を、見て」
「本格的に行く前に、話せるところだけでも話しておきなさい。……大丈夫。前世でも、カイリ君は全てを受け入れてくれたんだろう? 更に強くなった今の彼なら、もう一度受け入れてくれるよ」
ぽんぽんとあやす様に頭を撫でられる。
父の声には、演技は微塵も感じられなかった。心の底から大丈夫だと信じている力強さが宿っている。
父は、本当にカイリに信頼を寄せているのだ。
父がこれほどまでに他人に信頼を向けるのは
ケントとしては誇らしい。自分の大好きな親友が、大好きな家族に認められる。これほどまでに幸せなことはない。
「……分かってる。……まだ、ちょっと恐いだけ」
「憂いはなるべく一つでも消しておくべきだよ。……今回の呪詛事件のせいで、カイリ君の秘密が更に増えてしまったからね」
朗らかだった父の声に懸念が混じった。案じる響きに、ケントも真顔になってしまう。
思い出すのは、ガルファンの妻を人の姿に戻した時のことだ。
フランツ達は気付かなかったらしいが、ケントはあの時の異常に気付いてしまった。
「……五芒星。本当に発動したんだね?」
父の質問は、疑問ではない。確認だ。
ケントはあの日の夜よりも深く、沈む様に溜息を吐き、頷く。瞼を閉じた先の光景は、真っ白に広がる奇跡の大地だ。
カイリの歌声に合わせ、大地は淡く光り輝き、花吹雪の如く夜空を祝福した。
効果範囲は、まさしくフュリー村全体。雨が綺麗に避けられていた境界線に違わない範囲内でのみ、大地は微笑みながら力を解放した。
あれは、間違いなく五芒星の効果だ。
それによって、ガルファンの妻は人型に戻れた。まさしく奇跡だ。
「……。カイリ君は、『故郷』という童謡唱歌でも同じ効果が出せるんだよね?」
「うん。でも、ホテルの子供達を人型に戻した時と、効果の現れ方が違った。輝いた大地は、不自然なほどに五芒星の効果範囲内だけだったし」
「そうか。じゃあ、五芒星が反応してしまったんだね」
「……推測だけど、『故郷』の歌は単独でその効果が発揮出来るんだと思う」
「でも、『紅葉』ではその効果は単独では発揮出来ない?」
「そう。だから、五芒星が代わりに発動したんだ。『紅葉』という聖歌を鍵にしてね」
童謡唱歌の『紅葉』には、『故郷』と同じ力を発揮することは叶わない。
それが、ケントの推論だ。
だからこそ、五芒星が力を貸して、結果的に『故郷』と同じ効果を発動したのだと思う。『故郷』の時も周りに神聖な空気が満ちて心地良かったが、あの夜とは明らかに違う光景だったし、感じる気配も異なっていた。
恐らく、『故郷』を歌っていれば、五芒星は発動しなかっただろう。発動してしまったのは、『紅葉』では同じ効果が発揮できず、かつカイリが五芒星を発動させる条件を満たす人物だったからだ。
カイリにはホテルの帰り道で了承を得て、父に『故郷』の効果について話してある。
その時、父は特に驚くことが無かった。
五芒星の話を聞いた時も驚いてはいたが、意外そうではない印象を受けたのを覚えている。父は、ある程度カイリがどんな存在か把握しているのではないだろうか。教えてもらえないのがもどかしいが、やはりケント達自身で真実に辿り着くしかない。
「……聖歌は、同じ歌でも、歌い手が念じれば他の効果を発揮することが出来るのは常識だよね? それでも、ケントは五芒星の力だと思うんだね」
「回収したマナ殿の骨は、粉々に崩れていた。まるで、力を使い果たした様に」
「……失敗した五芒星だと、媒介になったものは、可哀相な砕け方をして、素手で触れないほどのおどろおどろしいものになるけど」
「綺麗でさらさらしていたよ。……父さんだって、疑ってはいないんだよね?」
「まあね。ただの確認だよ。俺は実際その場にはいなかったから」
さらっと口にする父の調子は軽い。
だが、口調に反して微笑には陰りが見えた。
「しかし、……まいったな。『故郷』だけでも特殊な案件なのに、よりによって五芒星を現時点で成功させられるのか。……狂信者は当然だけど、教皇やファルエラの裏、……最悪なのは一般市民に知れ渡ることだね。世界中から狙われて監禁事件が起きるよ」
「分かってる。……フランツ殿には話してある。多分、副団長のレイン殿にも伝わっているだろうし、今の彼らなら一層カイリを守るために動くだろうね」
そうでなければ困る。
初期の第十三位なら安心して任せられなかったが、最近の彼らは少しは成長した。力もつけていっているし、少しずつだが外部と手を結んでいくことも考え始めた様だ。カイリの影響があるとしても、飛躍的に進歩したと認めてはいる。
フランツと話した結果、カイリには知らせないことにした。
カイリだって馬鹿ではない。己の力は絶対公言しないだろう。用心深いから、うっかり漏らすということもしない。仮に知られても、脅しには屈しないはずだ。
しかし、ホテルの件がある。
「……カイリが自分に扱える力があるって知っていたら、今回のホテルみたいな場面に遭遇した時、悩みはしても迷いはしないだろうから。時が来るまでは知らせない。それで良いよね?」
「良いと思うよ。カイリ君は、自分よりも他人のために力を使う子だからね。そこを相手に突かれたらまずい」
人間は狡猾だ。どこまでも貪欲で残忍になれる者は、何でも利用する。
カイリはそういう人種にとっては、非常に扱いやすいだろう。カイリがどこまで非情になれるか。その一点に尽きる。
「……五芒星が扱えるのなら、カイリ君の特殊さは、それだけでは無いだろうな……」
「え? まだあるの?」
「それは、追々ね。俺もまだ確かめてないし。……取り敢えず、今回もしファルエラに行くことになったら、お前は何が何でもメンバーとして入り込みなさい。第一位団長の特権を最大限利用するんだ。カイリ君は十中八九駆り出されるだろうし」
「そうだね。……この事件が起こってしまったせいで、ファルエラへの牽制にしても奇襲にしても、カイリを外すことは出来なくなったから」
「あとは、第十三位が全員行けたら完璧かな。一人、難しそうだけど、出来そう?」
「やるよ。ゼクトール卿にもそういう方向に働きかけてもらう。……一度、会議を開かないとならないしね」
国で最大の決定権を持つ枢機卿陣全員と、情報機関第二位の団長、国境警備の第五位団長、外交機関第七位団長、それから事件を解決した第十三位か。他は必要があれば通達し、会議に参加してもらうことになる。
第十三位から参加するのは、団長のフランツ、副団長のレイン、そして当事者のカイリになるだろう。
カイリは新人だというのに、とことん重要な場面に顔を出さなければならなくなってしまった。嫌な注目の浴び方をしそうで懸念はある。
しかし、意外なことに第一位の中では、今はそこまでカイリに奇異の目は向けられていない。まだまだ意識改善されていない者も少なくはないが、デネブ達をはじめとしてカイリ寄りになってきている者達も増えている。
――そろそろ、仮の地位を与えても良いかもね。
今まで第一位の副団長などの役職は空席だったが、今なら与えても良いと思う人間が複数いる。試験的にではあるが、代理という形で任せても良いかもしれない。
そう思える自分に驚いた。ケントも変わったということだろうか。
「……ふふっ」
思考に沈んでいると、不意に笑い声が頭上から落ちてきた。
見上げれば、父がふにゃっと嬉しそうに笑みを崩している。何がそんなに幸せなのかと、ケントは不思議で首を傾げた。
「父さん?」
「んーん。……大好きなケントが、どんどん成長していっているのが嬉しくてね」
「……成長してるかな?」
「うん。……さあ。直接対決まではまだ一応時間がある。それまでに、お前にはたーっぷり俺達の愛を伝えないとね。まずは、母さん達と夜食を食べないかい?」
「セシリアが、『また太りますー!』って泣きながら幸せそうに食べそうだね」
「うんうん。でも、……たまにはそういうのも良いでしょ?」
「……うん!」
笑顔でケントが頷けば、行くよー、と父がまた抱き上げてそのまま部屋を出て行く。使用人達が微笑ましく見守ってくるのも通常運転だ。
愛されている。
その自覚を持てるのは、ケントとしても素直に嬉しい。感謝しかない。
だからこそ。
――今度は、絶対に笑顔を守り抜きたい。
カイリの、そして家族の笑顔を壊さないために、ケントは前世に立ち向かわなければならない。
決戦の日は、もうすぐそこまで来ていた。
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