第311話
ネイサンの宣言に、一瞬カイリの頭は真っ白になった。
カーティスの息子とは認めない。
それは、カイリにとっては罵倒を浴びせられるよりも鋭い刃となって心をずたずたに引き裂いていく。
「……お待ちを、ネイサン殿。それはどういう意味でしょうか」
「そのままの意味だ。貴様、何かカーティスの息子だという証拠でもあるのか?」
「……、しょう、こ」
「そうだ。まさか、その顔が誰かに似ているとか、カーティスに性格や何かが似ているとか、そんな眉唾程度で信じ込ませようとしたのではあるまいな」
ネイサンの鋭い切り込み方に、カイリは絶句するしかない。さしものフランツも二の句が継げなかった様だ。
これはカイリが悪い。完全に失念していた。
今まで、会う人達にカイリがカーティスの息子ではないと疑われたことは無い。むしろ、隠していてもカーティスの息子だと暴かれていったくらいだ。
カイリやフランツ達には、だからこその油断があった。ネイサン達も当然、カイリをカーティスの息子と認めてくれるという前提で話を進めていたのだ。
――父さんの、息子という証明。
母の息子だという証明は簡単だ。形見のパイライトはロードゼルブ家の家宝だとゼクトール自身が教えてくれた。しかも、ロードゼルブ家の血を引いていないと触ることすら出来ないという太鼓判付きだ。
しかし、父の形見をカイリは持っていない。正直、家族で映っている写真を見せたとしても、血の繋がりの証明にはならない気がする。このネイサンの物言いは、確固たる証明をしてみせろという宣言に他ならない。
「……証拠、は」
「無いのであろう? カーティスは、身一つで飛び出したからな。あるはずがないわ」
「……っ」
「それに、貴様の
追い詰められていく中でも、ネイサンのケントへの正当な評価にカイリは感心してしまった。ケントは侮られていないのだと知れて、密かに喜びも覚える。
伯父二人や、周りで控えていた使用人が目を丸くしていたが、ネイサン以外は本当に騙せていた様だ。カイリとしてはあまり嬉しくない事実だが、もう演技をする必要は無いのだと安心もしてしまう。フランツも「まあ、分かっていただろうな」と納得していたのが聞こえた。
「……、……俺の存在を、どうして調べたんですか?」
喋り方を元に戻せば、レナルドとフィリップは噴火する様な顔付きになった。
「数年ぶりの聖歌騎士だ。調べないわけがない」
「父さんの息子だと、そこで知りましたか?」
「貴様を孫と認めたことはない」
「ゼクトール卿は認めているのに?」
「ティアナ殿の相手がカーティスとは限らん。駆け落ちをした先で、別の者と子をもうけた可能性も――」
「――母さんを侮辱しますか?」
「――」
無意識にカイリの声が低まった。伯父二人は分かりやすく目を見開き、ネイサンも一瞬だが動きが止まる。
別に、ネイサンがそう意図して発言したのではないことくらいはすぐに分かった。父が死んで、または父と不仲になって、別れて別の者と夫婦になった可能性は、彼らからすれば当然あるだろう。
だが、どうしてもその発言自体が許せなかった。
母が、父以外の誰かと心を交わしたのだと。
そういう不義理をしたのだと、そんな風に言われるのが耐えられなかった。
「母ティアナは、生涯父、カーティスだけを愛し、最後まで家族を守り通しました。……正確には、息子である俺を二人で守り通してくれました。だから、俺はここにいます」
「……」
「確かに、俺にはカーティスの息子だと証明する術はありません」
「っ、ふっは! ……はははは! 言ったな! 言ったな貴様! では!」
「でも、俺がカーティスの息子ではないと、貴方達は証明出来ませんよね」
「――、なっ」
真っ直ぐに彼らの目を一人一人見て言ってのければ、レナルドが勝ち誇った笑顔のまま固まった。フィリップとネイサンは絶句している。してやったりだ。
「家督争いって恐ろしいですよね。血が繋がっているか、繋がっていないか。どちらが真実だとしても、泥沼化しますし。裁判で訴えることだって出来るし、世間の目はあるし、決着がつくまでに気が遠くなるほどの時間がかかりますから。面倒なことこの上ないです」
「……っ、き、さま! 脅す気か!」
「脅していません、レナルド殿。俺は、事実を述べただけです」
実際、このことで押し問答するつもりはない。
彼らに認められなくても、カイリはカーティスとティアナの息子だ。その真実は不変であり、フランツ達が認めてくれればそれで良い。
「……正直、貴方達に父の息子だと認めてもらえるかもらえないかは、もうどうでも良いです」
「な、んだ、と」
「――っ、……フランツさん。すみませ……」
「大丈夫だ。好きに言え」
突っ走り過ぎたと我に返り、フランツを振り返る。
だが、彼は何も咎めたりはしなかった。むしろ、優しい顔で頭を撫でて背を押してくれる。
その甘い優しさに、カイリは恵まれていると再度実感した。じわじわと、先程まで冷たくて苦しかった心が熱を持って温まっていくのが分かる。
だからこそ、カイリは自分を押し通せるのだ。
それに、ここまで来たらもう取り繕う必要はない。化かし合いも、ここまでだ。
ケントは、「必ず」証拠を見つけろとカイリ達に言った。彼は腐っても第一位団長だ。確信があるからこその言葉だろう。
ならば、この家に証拠があるのは間違いないと信じる。
「俺の大切な家族を認めてくれる人達は、ちゃんといます。だから、それで俺は構わない。……本当は貴方達と父のことを語ってみたかったですけど、それは無理そうだと今までの会話で分かりました。だから、もう良いです」
「……、こ、の……さっきよりも、生意気な……!」
「それに、お二人と取引する意味は俺達には無いので」
「――はっ⁉」
「だって、ありませんよね? お二人は、既にフュリー村やルーラ村の領主では無いですし」
「――」
あっさりと暴露すれば、伯父二人が今度こそ見事に硬直した。ネイサンは全く顔色も表情も変わらなかったので、読み取れない。
けれど、伯父二人の反応さえ引き出せればそれで充分だ。
「もうネット村の領主であるガルファン殿に領主権が移っているのは調査済みです。今までの一連のやり取りは立派な偽証罪ですが、どう責任を取られるおつもりですか?」
「――っ! きさ、ま、それを、どうして」
「取り敢えず、今はそれは置いておきます。ここには、別の目的があって来ました」
「……、な、……なっ⁉」
「その前に、確認したいことがあります。……俺を殺そうとしたのは、貴方達ですか?」
混乱する彼らを
時間を引き延ばすべきかと思って、方向転換もした。その中でも、これは確かめてみたいと思っていた疑問だ。
ネイサンは相も変わらずの無表情だったが、伯父二人ははっきりと恐怖を露にした。瞬間、隣にいたフランツが爆発的に怒気を膨らませたのを感じ取る。
「レナルド殿とフィリップ殿が、俺を殺そうとしたのですか?」
「ち、……ちが、う」
「き、聞いていますよ。貴方が商店街で危ない目に遭ったということは。確か、犯人はもう死んでいたとか」
「はい。ところで、お二人はここ最近、どなたと頻繁に会われていらっしゃるのですか?」
「……。……私達は、ガルファン殿からの遣いにお会いしていただけですよ。詳細は彼に聞かれては?」
やはり、ガルファンに全て責任転嫁をし始めたか。
予想していた通りの反応だが、どこかで失望も感じる。
本当は心のどこかで、カイリはもしかしたら――本当の本当にもしかしたら、彼らはカイリの暗殺に関わっていないかもしれないという可能性を考えていた。ガルファンとの密約も、何か事情があるのではないか、と淡い希望を持っていたのだ。
当然そんな上手い話はなかったわけだが、それでもカイリは無意識に彼らに期待を抱いていたのだと知る。そんな己の甘さに吐き気がした。
――家族だからって、全員仲が良いってわけじゃないのにな。
前世のケントの家族が良い例だ。知った時のカイリの後悔は計り知れない。
だが、今世でも、そんな家族に直接関わることになるとは思っていなかった。まだまだ甘いと痛感せざるを得ない。
「分かりました。犯人の身元は既に特定していますし、後は貴方達との関わりを見つければ終わりです」
「――、……証拠など、それこそ無いだろう! 言いがかりも
「そうですね。……、……だったら、俺がカーティスの息子ではないという言いがかりも甚だしいですよね」
「な、……な……っ! それは、こじ付けが過ぎるだろう!」
「……ふんっ。厚顔無恥とは、まさに貴方の様な人間を言うのでしょうね。この
どちらがだ、とカイリは口から出かけて止めた。彼らと同じ土台には上がりたくない。
フランツの方を見れば、彼はまだ切り上げる素振りを見せなかった。
証拠探しが難航しているのだろうか。かなり冷や冷やしたが、時間を稼がなければならないのならば、カイリは重箱の隅をつつくしかない。
「あと、ネイサン殿。お尋ねしたいことがあります」
「……、……何だ」
「何故、今更この永久血縁断絶の書類を突っぱねるんですか? 俺を孫と認めないのならば、最初からそう言えば良いだけだったのでは?」
「貴様が何を企んでいるかを知りたかった。それだけだ」
「そうでしょうか。さっき、証人の欄を見て驚いていた様に見えたのですが」
「……気のせいだろう」
今までは即座に返答していたのに、証人の欄の件では一瞬の間があった。やはり、あそこに何か仕掛けがしてあるのだろうか。
しかし、フランツ達にも見抜けなかったということは、ネイサンにしか分からない何かがあるということだ。クリスが自分に任せて欲しいと言った意味の一端を垣間見た気がする。
「小僧とは、誰のことですか?」
「さあな」
「……っ、もう良いだろう! 先程から、べらべらべらべらと! 貴様の本性は、先程の馬鹿っぽい奴よりも酷いな! 聞くに堪えん!」
「レナルド『伯父上』。今、俺はネイサン殿に質問しているんです。それとも、レナルド伯父上が答えて下さるんですか?」
「き、さま……っ!」
「レナルド、下がれ。……こいつは、どうやらお前が敵う相手ではなさそうだ」
レナルドは焦っているのか。ネイサンもよくぞカイリの相手をしてくれるものだ。正直、もう話すことは無いと追い出される可能性も考えていたのだが、カイリの背後にケントやゼクトール、クリスがいるからだろうか。
あまり頼り切りにするのは本意ではないが、もしその影響があるというのならば、感謝する。カイリは背筋を伸ばして真っ直ぐにネイサンの目を見つめた。
「……。……カーティスよりもなかなか良い性格をしていそうだな」
「俺を、父さんの息子だって認めてくれるんですか?」
「否」
「……第十三位には、お手本がいますから。鍛えられているんです」
ネイサンの口ぶりは、どう考えてもカイリをカーティスの息子と意識している様に思える。
例えそれが希望的観測であっても、もう充分だった。
そうだ。充分だ。
意識してくれるなら、それだけでもう良い。
――もう、じゅう、ぶん。
「……」
ぽたり、と、胸の奥で何かが零れ落ちる音がする。
何故だろうか。本当に、もう充分なのだ。
本心だ。心の底からそう思っている。
それなのに。
「……、父さん、は」
口が、勝手に何かを紡ぐ。
やめろ、と口を塞ぎたくなったのに、遠くで別の自分がするっと胸の内から何かを吐き出していく。
「……父さんと母さんは、村では本当にラブラブで。息子の俺の前でも、よく二人の世界に入っていました」
充分なのに、何故、カイリは今、昔の話をしているのだろう。
期待してはいけない。今までの会話を聞いただろう。父に無関心で、伯父二人は散々罵倒や煙たさばかり浴びせてきた。今だってすぐにでも追い出したがっているし、血縁断絶の書類に嬉々として飛び付いた。
ネイサンだって、きっと同じだ。
だから、期待するな。話をしても意味なんてない。
そう。
――意味なんて、ないのに。
「でも、二人とも俺のことをすごく愛してくれました。ラブラブになったと思ったら、すぐに俺を抱き締めて現実に戻ってきたり」
「……」
「小さい頃なんかは、俺が一人で出かけようとするたびに物凄い心配して、傘は持ったか、怪我をした時の包帯や救急道具は、濡れた時のためのタオルが必要だ、怪しい人に付いていくな、やっぱり心配だ、父さん達もこっそり後ろからついて行くとか、結構大変で」
「……」
「何とか説得して一人で村の中を歩いていても、結局後ろから付いてきて、村のみんなに笑われていました。俺は、それが恥ずかしくて、……でも、同時にすごく、くすぐったくて、嬉しかったです」
淡々と話すカイリの口は、まるでカイリのものではない様に動いていく。
本当に、何故父のことを話しているのだろうか。
ネイサンの表情はまるで変わらない。全くの無で、何の反応も引き出せなかった。呆れているのか、無感動なのか、どうでも良いと感じているのか、それさえも分からない。
それなのに。
「毎日毎日天使だの可愛いだの流石俺の息子だの言いながら、強く強く抱き締めて、窒息死しそうになったことも数えられないくらいあって。俺が落ち込んでいる日は母と一緒に大好きなカツを作ってくれて、悲しんでいる暇もないくらいに明るく笑って、元気づけてくれて」
どうして、まだ話してしまうのだろう。
制止をかけられないからだろうか。
だって、黙って聞いてくれるから。
父の息子ではないと言っているくせに、何故か喋り続けるカイリの目をじっと見つめてくるから。
「毎日一緒に歌っていました。家族みんなで、笑って歌って。俺の歌が好きだって喜んでくれて。……村の人達と一緒に、ずっと、ずっと――」
「――もう良い! いい加減にしろっ!」
ばんっとテーブルを叩き付けて、レナルドが怒鳴る。フィリップも苛立ちを隠しきれずに眼鏡の縁をしきりに触って苦虫を潰していた。
ネイサンは相変わらずの無言で無表情だ。
そのせいか、よけいに息子二人が調子に乗って叫ぶ。
「生意気にも我らを馬鹿にしてきたかと思えば、今度は昔語りかっ。まさか、今になって泣き落としを考えているのではあるまいなっ⁉」
「だとしたら、滑稽ですね。我々はそんな情で動かされるほど甘くはありませんよ」
「大体、さっきから甘ったるくて聞いていられんわ! 天使だの可愛いだの心配だの、そんなお花畑の様な頭だから! あいつは任務を失敗し、聖歌騎士の職を剥奪されたのだ! いい気味だ!」
「そろそろ本題に戻ってくれませんか。もう我々から話すことはありませんが、貴方の目的とやらを一応聞いておきたいのでね」
二人が交互に罵倒を飛ばし、話の流れをぶった切ってくる。
そうだ。彼らは、父に関心などない。むしろ嫌って、憎んで、
それに、カイリ達の目的ならばはっきりしている。任務を遂行するためだ。
今も苦しんでいる人達を助けるためだ。
現に、フュリー村は二ヶ月も日照りに悩まされ、ルーラ村では死者が出た。ホテルには爆弾が仕掛けられ、カイリは暗殺されかけている。
ガルファンの企みを阻止し、今も暗躍しているだろうファルエラの真意も暴きたい。
そのために、黒幕と繋がっているだろうラフィスエム家から証拠を探し、突き付けるためにこの屋敷に来たのだ。カイリとフランツは、ただの時間稼ぎの陽動員である。今もきっと、仲間が総出で証拠を探し求めてくれているだろう。
そうだ。目的なんて、はっきりしている。確認するまでもない。
けれど。
――俺は。
〝演技とはいえ、その書類を叩き付けるのは、あなたにとっては身を切るほどに辛いものではないんですの?〟
――俺は……っ。
「俺の、目的、は」
〝お前にはな、この絵本に出てきたおじいちゃんみたいに優しい人がいるんだぞ〟
「俺は……っ」
――本当はっ。
「……俺は、……っ。……貴方と、……ネイサン殿。父の父である、……俺の祖父であるはずの貴方とっ。父の話をしに来ましたっ」
「――――――――」
もう良い、だなんて。嘘だ。
〝悔い……は残るかもしれないけど。でも、……どんな形でも、やっと祖父に会えるんだ。……演技であっても、ちゃんと話してくるよ〟
エイベルの時は悔いしか残らなかった。
彼が祖父だと知らないまま永遠の別れとなった。彼について一大決心をしていたゼクトールを支えることも、戻れないエイベルを歌で送り出すことも叶わなかった。
エイベルについては、カイリは本当に何も行動を起こせないまま、話すこともないまま、二度と会えない人となってしまったのだ。
だからこそ、本当はネイサンとは話してみたかった。どれだけ嫌われていたとしても、ちゃんと目を見て言葉を交わしてみたかった。
何故なら。
「父は言っていました。自分には、二人のお父さんがいるんだって」
「――」
「実のお父さんの方は、あまり触れ合っていなくて、思い出も無いって言っていたけれど。でも、……それでも、父は貴方のことをお父さんと呼んでいた。……貴方を、父だとずっと思っていたんです」
本当は、父ももっと自分の父親と話したかったのではないだろうか。触れ合ってみたかったのではないだろうか。
離れ離れになって、自分が父親となって、だからこそ余計に思いが募っていったのではないだろうか。
そうでなければ、父はネイサンのことをカイリには告げずに終えていたはずだ。本物の父親がエイベルだけだと本気で思っていたならば、「二人のお父さん」なんて言い方はしなかったに違いない。
「貴方に、父が生まれた時のことを聞いてみたかった。小さい頃はどんな感じだったのか話して欲しかった。……仲が悪いのなら、それでも良いから知りたかった。無関心だったというのならば、せめてどういう風に興味が無かったのか教えて欲しかった」
「……、……――」
「もう一人のお父さんであるエイベル殿は死んでしまって、もう永遠にそういう話が彼からは聞けません。でも、貴方は生きている。……生きているのだったら、口がある。言葉くらい
「……、……おい」
「エイベル殿の時、俺は死ぬほど後悔しました。だからこそ、俺は、もう後悔はしたくない。だから、……だからっ。例え貴方に突っぱねられようと、強引に居座ってでも話をしようとぶつかります」
本当は、任務を優先させなければならない。騎士である自分を優先するべきだ。国の命運だってかかっているのだから当然だ。
それなのに、今、カイリは個を第一に考えてしまっている。
騎士として失格だ。分かっている。フランツ達にはもちろん、この場にいたらケントにだって呆れられて見切りを付けられるかもしれない。
それでも。
〝父さんにはな、二人のお父さんがいるんだ〟
父の本当の本当に、封じ込めていたはずの隠された本音が、あの言葉の中にある気がしてならないのだ。
だから、カイリはその思いをこじ開けたい。十七年越しの鍵を開けたいのだ。
例え、彼らの言葉で血に
カイリは、父に代わって――自分のためにも、彼らの父への想いを余すことなく拾い上げたい。
後悔、したくない。
「……はっ! 所詮、ガキであったか! 別の目的がそんな取るに足らないことだとは……底が見えたな!」
「はい。ガキですから。レナルド殿の言う通り、俺、まだ準成人とかいうやつなので」
「な……っ」
前にレインとシュリアが教えてくれた。未成年の頃から社会で仕事なり生活をしていた以外の者は、保護者が必要な準成人と認識されるのだと。
カイリはまさしくそれだ。フランツという保護者もいる。ガキと言いたければ言えば良い。
「だから、俺は子供です。そんなちっぽけな子供が、親のことを、親の親である祖父のことを聞きたいと思っても、別におかしくないですよね。俺、子供なので」
「……貴様っ! 黙って聞いてれば生意気なことばかり……!」
「大切で、大好きで、掛け替えのない父親だった人のことを、家族に聞きたい。知らない父親のことを聞きたいって思うのは、子供だったら自然なことじゃないんですか?」
「……き……!」
「もう一度言います。俺は、ネイサン殿と話をしたいと言いました。父のことを話す気が無いのなら、話し終わるまで黙っていて下さい」
「お前……っ!」
「ここの当主は、ネイサン殿だと聞きました。追い出せるのは、ネイサン殿ただ一人のはずです。だから、……ネイサン殿が追い出したいと力ずくで追い出すのだったら、全力で抵抗しながら叫び続けて、その末に追い出されます」
レナルドとフィリップには目もくれない。ただひたすらに、カイリはネイサンの瞳を真っ直ぐに見つめ続ける。
分かっていた。これが、彼と話せる最後の機会だ。
これを逃せば、任務の成否に関わらずにもう二度と彼らと個人的な話し合いを設けるの不可能だろう。
彼らが今回の事件の黒幕と繋がりがあるのならば、第十三位だけではなく、ケントやゼクトール達枢機卿陣も黙っていないはずだ。遠からず、この家は潰れる。
でも、その前に彼らと決着を付けなければならない。
昨夜、シュリアにもちゃんと話してくると宣言した。彼らと――血の繋がった家族と、悔いは残っても祖父に会えるのだから話し合いをしてくると。
ならば、カイリはやはりこの気持ちから――彼らから逃げてはいけないのだ。
任務を言い訳にして、彼らの本音や在り方から目を逸らしてはいけない。全部受け入れて、昇華して、前に進む。公私混同だと言われようと、カイリはこの道を押し通す。
フランツは本当に何も口を挟んで来ない。その優しさに感謝する。
レナルドやフィリップは噴火してもし足りないほどに顔を真っ赤にしていたが、何かあればきっとフランツも一緒に対処してくれる。そう信じて、カイリは背筋を伸ばしてネイサンに向き合った。
彼はどこまでも無言だ。表情も全然動かないから、何を考えているのかも読み取れないし、やりにくい。
だが、負けずに向き合う。少しでも悔いの残らない様に全力を尽くす。
どれだけの時間が流れただろうか。決して短くはない。本当に数分をかけて睨み合った気がする。
そうして。
「……これも、一つの巡り合わせか」
ふっと、ネイサンが口から
よく聞き取れなくて、カイリは口を開こうとしたが。
「カーティスのことを知りたいと言ったな」
「え? は、はいっ」
「ならば、先程見せた部屋の隣にある、鍵のかかった部屋に行ってみるが良い」
いきなりの指示に、カイリの頭には一瞬空白が生まれた。
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