第295話


 ケントの強い断言に、カイリだけではなく、フランツ達も思わず声が引っ繰り返った。エディなどは椅子から転げ落ち、思い切り頭をぶつけてうずくまっている。

 そんな彼らの様子に、ケントは非常に嫌そうに顔をしかめた。何だこいつら、という心境を隠しもしない。



「僕が責任を取ると言ったのがそんなに意外ですか?」

「……ええ。まあ。……俺達も正直、かなり強硬策だとは思っていますので」



 本音を言うならば、カイリも難色を示されると思っていた。こう言ってはあれだが、不確定要素が多すぎるからだ。実際、聞いた時は彼も難しい顔をしていた。

 それなのに、ケントは許可をくれただけではなく、責任まで取ると請け負ってくれた。フランツ達が裏があるのではと思うのは、致し方ないことだろう。


「まあ、実際かなりの強硬策ですよ。僕なら、そんな不確かな作戦は取りませんね」

「……でしたら、何故」

「ですが、現時点で物的証拠は何も出てきていない。しかも、今回は時間も無さそうです。状況証拠しか無い以上、少しでも手がかりは多い方が良いでしょう」

「……しかし、先程ケント殿が言った通り、証拠が出る保証はありませんが」

「へえ? そんな弱腰で家宅捜索をするつもりだったんですか? だったら、最初から言わないで下さい。時間の無駄です」


 ぴしゃりとケントがね付ける。かなり冷たくて厳しい視線と物言いに、フランツは押し黙ってしまった。

 カイリははらはらと見守ってしまったが、フランツの顔色は不満のものではない。その通りだと気合を入れ直す様な顔付きだとカイリにも伝わってきた。


「それで? やるんですか、やらないんですか」

「――やります。カイリの発案ではありますが、俺達も彼らの家に何も証拠が無いとは思いませんので」

「ええ、そうでしょうね。僕が主犯であるならば、他者には絶対証拠など預けませんし」


 涼し気な瞳でケントが断言する。

 そう口にするということは、彼も証拠がラフィスエム家にあると思っているのだろう。もしかしたら、確信もあるのかもしれない。

 ケントが先回りして色々調べているとしても、彼は全てを開示することはしない。今回の任務はあくまで第十三位が主体だからだ。鍛えるためでもあり、手柄を横取りするという無粋な真似もしない意図もあるのだろう。

 こうして任務を重ねていくと、様々な思惑が絡み合っているなとカイリも気付かされる。やはり経験は大切だと身に染みた。


「まあ、僕のやり方を明かしたりはしませんが。ラフィスエム家の当主のやり口だと、手元に置いてある可能性は高いでしょうね」

「……。……本当に、この方法でよろしいのですな?」

「ええ。……カイリ。演技するんだよね?」

「え? あ、ああ、……あれな」


 正直どこまで続くか分からないが、予想外の行動を取るにはとても都合の良い振る舞いだとは思う。

 おまけに手土産の書類を二つ見せびらかせば、相手がどれだけいたとしても、カイリ達の機嫌をそこまで損ねようとはしないはずだ。つまり忍耐力を素敵なほどに発揮してくれる。


「君の動きは、非常に重要だよ。むしろ要だ。君が失敗すれば、そもそもこの作戦は成功しない」

「っ、……ああ」

「君はとにかくあちこち動き回って注目を引き付けること。そして、重要な証拠があるかもしれない場所から人を引きずり出す、あるいはレイン殿達に目途めどを付けさせる。そうするしかないし、むしろそうしなきゃならないよ」

「目途って……、でも、俺が動き回るだけで分かるものなのか?」


 カイリも相手の動きを観察するつもりだし、周囲も探ってはみるつもりだ。

 しかし、ホテルでも実感したが、カイリは目視で怪しい点を探るという能力はまだまだ蓄積されていない。ケントの言う通り、出来るのは片っ端からあちこち動き回って相手の注意を引き付けることくらいだ。

 不安になったが、ケントはにっこりと、この上なく極上の笑みでフランツ達をき付けた。


「大丈夫だよ、カイリ! レイン殿達なら、当然。当主を含め、屋敷の人達の些細な違和感を発見するなんて、お手の物ですよね? 当然。強硬策をしようと考えるくらいですから。当然。カイリの屈指の馬鹿ぼんぼん演技を無駄になんてしないですよね?」

「……。あー、そうだなー。取り敢えず、ケント殿は相変わらずの親友馬鹿ぼんぼんだってのは分かったぜ」


 レインが身を引く様に目を細めるのを、ケントは涼しい顔で受け流す。相変わらずこの二人は火花を散らしているなと、呆れるべきか感心するべきか迷った。むしろ、ケントからけしかけることが多い気がする。


 ――ああ、いや。レインさんも最初は突っかかってたか。


 初めてケントが宿舎に来た日は、レインがケントに喧嘩を売り、ばちっと空気を焦がす様にぶつかっていた。この二人は何となく、互いに似通ったところがあるのかもしれない。



「まあ、僕から言うことはただ一つです。――何が何でも証拠を見つけて下さい」

「――」



 ケントの命令に、フランツ達の顔が引き締まる。

 場の空気がにわかに緊張したのを感じ取り、カイリも自然と背筋が伸びた。

 たっぷりと張り詰めた静寂が浸透したのを見計らって、ケントはフランツ達をゆっくりと見渡す。


「やるからには徹底的に。明日の調査でも、きちんと事態を進展させて下さい。時間が無いのもそうですが、何より……戦になる事態に陥って僕が責任を取った場合、貴方達は最前線に送られることになるでしょう。僕と一緒にね」

「えっ、……な、なん……」

「その時、僕がのほほんとまだ団長をしているかは分かりませんが、どちらにせよ戦になったら挽回するためにも責任を取る形ででも、常に危険な最前線で先陣を切り、勝利に貢献する必要が出てきます。それに、第十三位は絶対避けられなくなります」

「……、カイリのことですな」

「ええ。ファルエラがフュリーシアに何か仕掛けようとしているのは事実。カイリという聖歌騎士を殺そうとしたことは、既に枢機卿陣には上げてあります」

「えっ。……じゃあ、おじいさんももう知って?」

「当然。……聖歌騎士を狙ったことは、国への何よりの侮辱と捉えるのがフュリーシア。ラフィスエム家やファルエラが抗議をしてきた場合、フュリーシアは決断を下します。……国の誇りを穢されたのだから、戦も止む無し、と」


 戦、の言葉にカイリが慌てふためいている合間にも、ケントは矢継ぎ早に続けていく。カイリが狙われたことを既にゼクトール達上層部が知っているのも驚いたが、フュリーシアが相手に妥協する手段は取らない、とはっきり宣言したことにも絶句してしまった。

 つまり、どちらにせよ任務に失敗したら、フュリーシアは戦を考えている。



 ファルエラが牙をくことを許さない、と言外に宣言しているのと同義だ。



 実質世界の大国として君臨しているフュリーシアらしい。反乱分子はある程度野放しにしておくとしても、こうして明確に敵意を示してきたら、きちんと叩き潰す。そうでなければ、他が付け上がると分かっているからだ。

 頭では理解していたはずなのに、いざケントに言葉としてはっきり提示されたら、ざわざわと不安と恐怖が足元から這い上がってくる様だ。

 戦を経験していないカイリは、まだまだ甘い。思い知らされてばかりだ。


「……責任、重大だな」

「そうだよ。……カイリ。この家宅捜索では、何が何でも、絶対に証拠を見つけてもらう。……そのために、家の者全ての注意を引く君の役割は重大だ。……それでも?」

「やる。……俺の我がままを通しているし、理想論だとしても。村も国も、……俺の父さんとの絆も。全部守り通したい」

「うん。そうでなくちゃね!」


 ケントが嬉しそうに破顔する。カイリー、とまた抱き着こうとしてきたが、普通に肩を押して止めた。

 ひどく不満そうに顔だけで抗議してきたが、カイリとしては作戦の方に頭がいっぱいになってしまう。



 一歩間違えれば、戦。



 重責としては今までで一番のものだ。日本でもこの世界でも縁の無かったその単語は、カイリを思い詰めるには充分な威力を発揮した。


「ほら、カイリ。あんまり気負わない」

「……無茶言うなよ」

「無茶じゃないよ。僕は最悪のことしか言っていないし。……一応戦にさせないために僕も動くんだから。がっちがちになったら、成功するものもしなくなるよ」


 ほらほら、っと背中を軽く叩かれる。ケントに脅されたはずなのに、こうして気を楽にしようと心を砕いてくれる状況は不可思議だ。

 けれど、ケントだって戦が好きなわけではない。責任まで取ると言ってくれた以上、動こうとしてくれているのだろう。この数日だって散々色んなことを調べてくれていたのだ。頭が下がる。


「分かった。……許可してくれて、ありがとう」

「もちろん! ……フランツ殿達は、きっと馬車馬の様に動いてくれますよね? 当たり前ですよね?」


 にっこりとした声で、背後からカイリの両肩を掴んで首を傾げるケントに、何故かフランツ達が引きつった様な表情を浮かべた。

 後ろでケントが何か恐い顔をしているのだろうかと振り返ったが、彼はただ無邪気な笑顔を浮かべているだけだ。いや、これこそがフランツ達に圧をかける秘訣なのかもしれない。

 もう一度前を向いてみると、今度は何とも言えない表情でフランツ達がケントを見やっていた。納得いかない様な、呆れた様な、様々な感情をい交ぜにした複雑な色である。


「……。ケント殿には色々物申したいことは多々ありますが……、当然、やるからには成功させます」

「その言葉を聞いて安心しました。明日もよろしくお願いしますね? 何か分かったら報告をして下さい。――楽しみにしています」

「承知しました」


 穏やかながらも切れる様な空気をかもし出すケントに、フランツは諦めた様に、しかし最後は厳しい表情で首肯した。ケントと第十三位が、本当の意味で仲良くなるのはまだまだ先の様だ。

 それでも最初の頃よりは、ずっと距離が近い気がする。そのことにカイリが喜びを覚えていると。



「うんうん。カイリ君は、やっぱり癒されるね」



 そんな風に、クリスがのほほんと呟いたのだった。


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