第222話


「カイリ、入るぞ」


 カイリがレインと話し合いを終え、再びラッシーところころ戯れ始めた頃。

 フランツが丁度良いタイミングで、手紙を何通か持って入ってきた。エディが「ホットミルクっすよ」と一緒に飲み物を持って入ってくる。


「ありがとう、エディ」

「熱いから気を付けるっすよ。……しっかし、新人。相変わらずラッシー大好きっすよね」

「もちろん。ラッシーは俺の癒しだ」

「はいはい。……ラッシーもどうぞ」

「きゅうっ!」


 びしっと短い右手を上げ、ラッシーは嬉々として皿に入れられたホットミルクを舐め始める。その姿は愛らしくて光り輝いていた。カイリの胸が熱く満たされていく。――エディが呆れ気味に引いていたが、全く気にならない。

 しかし。



 ――この二人、前みたいに言い合いしなくなったよな。



 ラッシーは、エディを視界に入れても特に何もしなくなった。逆に、エディの方も妙に突っかかることをしない。最初の頃はあれだけ喧嘩をしていたのに、心境の変化でもあったのだろうか。

 ともあれ、仲が良いのは素晴らしいことだ。

 よしよしと、暴力を振るわなくなったラッシーを撫でれば、きゅうっと鳴いて気持ち良さそうに目を閉じた。ほわんとした顔はとろけている。昇天しそうだ。


「まったく。ラッシーに父親の座を奪われるわけにはいかんな。俺もきゅうっと鳴くべきか?」

「……フランツさん。ラッシーは父親じゃありません。フランツさんが俺の父親です」

「む? そ、そうか。……ならば、きゅうと鳴く必要はないな」


 その思考回路が分からない。


 照れくさそうに咳払いをするフランツに、カイリは悟った様に微笑むしかなかった。エディは何も見なかったかの如く視線を逸らし、ラッシーは相も変わらずころころ寝転がっている。平和だ。

 レインは隣のベッドでひーひー言いながら突っ伏していたが、ここから拳が届かないのが実に残念である。


「まあ、それはともかくだ。カイリ。お前宛てに手紙が届いているぞ」

「あ。ありがとうございます。誰からですか?」

「お馴染みのハリエットと……、こっちにはシエナ&カナスと書いてあるな」

「あ、シエナとカナスさんからも来たんですね。嬉しいな」


 ハリエットとはもはや文通と化していたが、シエナやカナスは、ルナリアで別れてから初めての手紙だ。二人は踊り子と楽師として世界を回っているらしいが、やはり多忙なのだろう。

 それでも手紙を送ってくれたのだから、嬉しくて仕方がない。


「シエナという人物からはシュリア宛てにも届いていたな。……確か、踊り子だったか? お前がルナリアで助けたという」

「はい。フランツさんやレインさんが出かけていた時に、孤児院に来ていたんです。すっごく素敵な舞と音楽でした」

「シエナさんって、新人に熱い眼差し送ってたっすよね」

「なぬ? カイリ、本当か?」

「え? そうかな。……あ、すっごい恥ずかしがり屋で、よく顔も赤くなっていたし。だから、視線も熱く見えたんじゃないかな?」

「……。……新人のこの酷さが、ちょっと憎たらしいっす」


 エディが訳の分からない悪態を吐いてくる。彼女はよく真っ赤になっていたし、兄のカナスも恥ずかしがり屋で、二人でよくどもっていたりした。熱いと言えば、熱い感じであったと思う。

 だから正直に言ったのにとふて腐れていると、ベッドで横になって本を読んでいたレインが、ぶはっと噴き出した。


「あー。カイリらしいよなー。エディ、諦めろ。こいつ、好意には超鈍感だぜ」

「……そうっすね。レイン兄さんの好意にも気付かないくらい鈍感っすからね」

「……お前、少し生意気になってきたな?」

「新人と常に一緒にいますからね。鍛えられるんです」


 理不尽だ。


 それだとまるで、カイリが原因の様な物言いだ。

 カイリは確かに生意気な発言もすると自覚はしているが、責任転嫁は良くないと声を大にして主張したい。


「……シエナとカナスからって、初めてだな。今、何処にいるんだろう」


 反論しても結局有耶無耶うやむやになりそうなので、カイリは手紙に集中することにした。封を切って、手紙を取り出す。

 そこには、とても綺麗な文字がびっしり書かれていた。少しだけ文字が小さいのは、彼女の性格故だろうかと微笑ましくなる。



『カイリ様

 初めてお手紙を出します。お元気ですか。シエナとカナスです。

 今、私達は南の国、ファルエラにいます。とても芸術が盛んで、街並みも華やかです。……は、恥ずかしいですっ』



 いきなり恥ずかしがられてしまった。相変わらずだなと笑いながら、カイリは手紙を読み進める。



『人も活気に溢れ、顔も晴れ晴れとしています。

 フュリーシアも素晴らしいですが、こちらにはまた、違った華やかさと晴れやかさがありますね。

 よく酒場だけではなく、広場でも踊るのですが、色んな人から声をかけられたり、仕事を頼まれたりします。

 とても褒めて下さる方もいらっしゃって、恥ずかし過ぎて死にそうです。お兄様は、今、思い出して「恥ずかしいよ」と突っ伏してしまっています。私も顔が熱いです』



「……って、二人共、手紙でも恥ずかしがっているんだなあ」


 目に見える様だと、カイリは苦笑する。二人で顔を覆ってしゃがみ込んでいるのが容易に想像出来て、大丈夫かなと少し心配にもなった。



『カイリ様にも、是非一度見て頂きたい国です。

 ただ、今は……。


 ……いえ。

 カイリ様、もう少し落ち着いたら、一緒にファルエラを回れたら嬉しいです、……なんて、は、恥ずかしいです! 分不相応です! でも、一緒に回りたいというこの願望を捨て去るなんて、出来なくて……死にそうです。恥ずかしいです。どうしましょう。

 カイリ様、どうか、もし願わくば、一緒にファルエラを……!



 ――と、妹が興奮して床に崩れ落ちてしまったので、僕が続きを書きますね。



 カイリさんと一緒に回れたら、僕も死にそうなくらい恥ずかしいけど、嬉しいです。

 それに、カイリさんの歌と、僕達の踊りや音楽とセッションするという、大それた願いもありますから。

 もし、この素敵な芸術に満ち溢れたファルエラで実現出来たら、僕としては昇天しても構いません』



 昇天はしないで欲しい。頼むから。



 途中で兄に代わっているのも彼ららしい。二人は相変わらず仲が良い様だ。

 彼らは危なっかしそうに見えるが、長く旅をしているのだろう。きっとカイリよりもしっかりと地に足を着けて世界を回っているに違いない。

 カイリも、彼らと一緒に歌えたらなと、思ってはいる。ただ、舞に合う歌は、レパートリーに無いなと困ってしまった。今度会えたら相談してみようと心に決める。



『しばらくは、このファルエラに滞在するつもりです。

 もし機会があれば、お目にかかりたいです。

 ……僕、大それたことを言いすぎちゃった。恥ずかしいよ、シエナ』



 遂にはカナスまで恥ずかしがり始めてしまった。カイリとしては、手紙を受け取った今、どうしようもない。



『それでは、また。

 あ、シエナも。また、お手紙書きますと言っていました。


 お会いできる日、楽しみにしています。   シエナ&カナス』



「……二人共、元気そうだ。良かった」



 ルナリアでは危うく命を落としかけたシエナだったが、今も元気に生きている。何が何でも守れて良かったと、カイリは胸を撫で下ろした。


「良い手紙だったみたいだな?」

「はい。……仲良くやっているみたいです。今はファルエラにいるそうで」

「へえ、ファルエラっすか! 確か、芸術の国っすよね」

「そうみたい。何だか華やかで、仕事もたくさん受けているみたいだ」

「踊りと音楽、素敵だったっすもんね。あそこだったら、腕さえあれば身分問わずに宮廷楽師にもなれるはずっす」

「そうなんだ。凄いなあ」


 実力があれば誰でもなれるというのは魅力的な話だ。実際はそんなに簡単な話ではないのだろうが、誰にでも門戸が開かれているというのは素敵だと思う。

 教会も、そういう意味では門戸が開かれていると言えるのだろうか。半ば強制的に連れ去られる、という条件さえなければなと少し落ち込んだ。


「しっかし、ハリエットって娘は、すっかりカイリにしか手紙出さなくなったなー」

「まあ、良いではないか。王子様と少しでも長くお喋りしたいというのは、いつの時代もお姫様の心理なのだろう」

「……王子様って。フランツさん、またそう言う」

「何を言う。カイリは天使なのだろう? だったら、王子様でもおかしくないではないか」


 そもそも前提が間違ってる。


 激しく突っ込みたかったが、フランツは至極当然の様に言い切ってきたので、何を言っても無駄な気がした。エディとレインも静かに首を振ったので、カイリは笑顔でハリエットの手紙の封を切ることにした。

 そこには、とても元気で綺麗な――。


「……、あれ?」


 文字を見つめて、カイリは首を傾げる。

 カイリの異変に気付いたのか、フランツも己の読んでいる手紙から顔を上げてきた。


「どうした?」

「あ、いえ。……気のせいかな。……何だか、いつもと違って少し、乱れているっていうか、急いでいる様な文字なので」

「ほう?」


 どれどれ、とフランツがカイリの横に座って手紙を覗きこんでくる。レインやエディも気になったのか、それぞれ前や横から同じ様に覗いてくる。


「ふむ。……確かに、少し急いでいる感じだな」

「何か急ぎの用事じゃねえの? 読んでみろよ」

「あ、はい。えっと、……」



『カイリお兄さんへ


 お元気ですか? 私は、今日もとっても元気です。

 毎日が楽しいし、毎日が明るいし、毎日が賑やかなの。

 だから、ハリエットは今日も元気なんです』



 何だろうか。

 いつもは近況報告から入るのに、今回のは少し、いや大分様子が異なる。読んでいて何となく胸がざわつきを訴えて、何かあったのかと勘繰りたくなった。



『お兄さんは、どうですか?

 この前は、またルナリアへ行ったとお話していましたね。

 あれから、フランツさんとは、本当の家族に……少しずつ一緒に家族になっていくんだって。嬉しそうにお話してくれましたね。

 カイリお兄さんに、新しい家族ができたこと、とっても嬉しいです。

 バトのことも大切にしてくれてありがとう。お兄さんの支えになっているなら嬉しいです。


 お兄さんと出会ったのはもう四ヶ月も前のことなのに、昨日のことの様に思い出せます。


 初めておしゃべりしたときのこと。

 テナを挟んで一緒に寝たこと。

 また会おうって指切りしたこと。

 ……、……夢の中で、私を救いだしてくれたこと。


 今でもずっと、ずっと覚えています。

 あの時の大切な想い出を、私は忘れたことはありません。

 私の宝物です』



「……、……何だか様子が変だな」

「あー、団長。これ、……」


 フランツとレインの声が深刻な気配を匂わせてくる。カイリも先程から胸騒ぎがどんどんどんどん大きくなっていく。

 何かあったのだろうか。必死に食い入る様に文面を辿って行くが、決定的になるものは何一つ書かれていなかった。



『実は、パパとママと一緒に、お出かけすることになったの。

 だからね、しばらくお手紙は出せないかもしれません』



「……、え?」



 このタイミングで、そんな話題を持ち出してくるのはどういう了見か。

 胸騒ぎを与えるだけ与えて、何故逃れるのだろうか。

 ハリエット、と声に出して引き止めてしまう。無駄だと悟りながら、声を出さずにはいられなかった。



『お兄さん。

 また、会いたいです。



 パパとママと一緒に、いつかフュリーシアに行きます。



 その時。

 お兄さん。

 もし、会いたいって言ったら、会ってくれますか?』



「……っ、会うに決まってるだろ!」



 思わずカイリが叫べば、フランツが優しく背中を撫でてくれた。ぎゅうっと肩を抱いてくれて、カイリは知らず泣きそうになってしまう。

 ハリエットに何があったのだろう。旅に出るとは、どういう意味だ。絶対に隠された意図があるはずなのに、今のカイリでは読み解くことが出来ない。



『もし、会ってくれるのなら、会いたいです。

 お兄さん。



 大好きよ。



 だから、会う日まで元気でいてね。

 バトも、変わらず大切にしてくれたら嬉しいです。



 では、また。

 お手紙、書ける様になったら、また書きます。   ハリエット』



 全て読み終えて、カイリは呆然としてしまう。じわじわと焦げる様な焦燥に駆られるのに、何をして良いか分からないじれったさに歯噛みした。

 何度読んでも文面は変わらない。ハリエットが何かを伝えそうにしているのに、読み取れない自分が悔しくて仕方が無かった。


「……フランツさんっ」

「……何かあったのは明白だな。しかし、……ふむ。よし、パリィにファルエラ方面を探らせてみるか。いや、今はパーリーだったか」

「パーリーさんに?」

「ああ。ちょうど今、手紙が来ていたから読んでいたところだ。……お前にも謝っていたぞ。教皇事件の時、助けに行けなくてすまないと」

「そんな。……謝らなくても良いのに」


 パーリーの伝言を耳にして、カイリは胸が苦しくなる。彼は今、パリィ改め『パーリー』という新たな名の元に世界を飛び回っていると聞いた。

 この世界の謎を解き明かすために、少しでも手掛かりを多く見つけること。それが、今の彼の使命だ。

 彼には彼の大切な役割があるのだから、カイリのことに構っている暇など無い。気持ちだけありがたく受け取っておくことにする。



「しかし、パーリーには、ラフィスエムの方もついでに探ってもらっていたのだが。中断してもらうしかないな」

「え……」



 フランツが溜息を吐くのを目の当たりにし、カイリは表情を落とした。

 何故、フランツの口から父の実家の名前が出てくるのだろうか。

 自然と曇って行く気持ちを隠しながら、努めて平静に尋ね返す。


「……ラフィスエムを探るって、何ですか?」

「いや。もうお前がカーティスの息子だということを、知っているかもしれないと思ってな。まあ、カーティスは家族と折り合いは悪かったのだが、それでも彼らはお前の祖父や伯父に当たる。だから、一応な」

「……」

「案の定、知ってしまってはいる様だ。しかし、……他の者に話を振られても、お前をカーティスの息子とは頑として認めない感じらしい」

「……。……別に構いません。俺が父さんの息子だって証明する手立ては、特段無いですし」

「それはそうだが……。しかし、お前の顔はティアナ殿にそっくりだし、目つきはカーティスに瓜二つなのだ。会えばすぐ分かるだろう。……もしかしたらお前となら、と儚い期待を抱いていたのだが、……やはり会わせてやるのが難しそうだ。すまんな」


 ぽむぽむと頭を撫でてくれるフランツに、しかしカイリはもやっとしたものが胸の底にわだかまる。

 カイリにとっての家族は、少し前までは父と母だけだった。そして、今はフランツという新しい父がいて、ゼクトールという祖父とのつながりも出来た。

 個人的にはそれだけで充分満たされている。

 だから、顔も名前も知らない、しかも父を邪険にしかしてこなかった家族と会いたいとは到底思えなかった。むしろ、顔を合わせたら不快感を表に出してしまいそうだ。



 それに、フランツが会わせたい、と言っているのも何となく面白くない。



 フランツの優しさだということは頭では理解している。せっかく近くに祖父や親戚がいるのだから、会えるならと願うのも自然なのだろう。

 だが、彼が『本物の家族』と暗に言葉に滑り込ませるたびに、カイリの気持ちは沈んでいく。



 ――フランツさんは、もう俺にとって家族なのに。



 本物の家族に会わせてやりたい、という裏に隠された言い方が、ただ悲しい。

 フランツとは、少しずつだが親子になれていると思っている。そのことがカイリも嬉しいし、幸せな日々に彩りが添えられていて、楽しい。

 だが、カイリを息子と言うフランツとの間には、まだ薄い壁がある感じがする。カイリに相談もなく「会わせてやりたい」と動いていたことが、またそれを裏付けていた。カイリの心境は聞いてくれないのかと、不貞腐ふてくされそうになる。

 贅沢な我儘だろう。それでもフランツの心遣いが逆にさみしいし、カイリ自身もまだまだ彼に近付けていない気がして、苦しかった。


「……。……新人は、父親大好きっすね」

「え?」

「いや、何でも無いっすよ。……パーリーさんって、今までブルエリガにいたんでしたっけ」


 エディが何かを呟いていたが、カイリには聞き取れなかった。

 聞き直そうとしても、もうエディは取り合わず、話は元に戻される。レインが横で楽しそうに喉を鳴らしているのが印象的だった。


「ああ。どうやら、千年ほど前にエミルカ神話の民として暮らしていた一族が、ブルエリガにいる様だ」

「え? エミルカ神話って、……今は異端とされている神話ですよね?」

「そうだ。やはり、鍵は神話にあるだろうと思ってな。パーリーに色々探ってもらったら、ブルエリガが怪しいとなった様でな。少し長めに調べてもらっていたのだ」


 フランツの報告に、カイリは鼓動が少し早くなるのを感じた。レインが「おー」と楽しそうに拳を手の平に打ち付ける。


「ブルエリガか。じゃ、色々落ち着いたら、そっちに出張でもすっか?」

「そうだな。何か依頼の口実を考えねばならん。……レインに頼むかもしれんが、良いか?」

「……仕方ねえな。ま、詭弁きべんを並べ立ててやんよ」


 レインが一瞬苦々しい色を顔に浮かべたが、すぐに笑顔に戻った。

 しかし、その一瞬がカイリには気になって仕方がない。かと言って、尋ねてもはぐらかせるのは目に見えている。

 ならば、レインが実際に依頼を持って来た時に追究してみよう。逃げ道を塞ぐことが出来るかもしれない。

 色々と計画を立てていると、レインがじと目でカイリを見つめてきた。


「……お前、だんだん悪知恵が働く様になってきてねえ?」

「お手本が、すぐ近くにいるので。自然と強くなりますよね」

「何? カイリ、悪い道に走るなんて、父さんは許さんぞ。……レイン。お前、カイリに悪影響を与えすぎではないか? まず、ちゃらい喋り方から矯正する必要がありそうだな」

「って、何でいきなり教育パパみたいになってんだよ! オレの自由だろうが! てか、この場合カイリに真似するなって言えよ!」

「何を言う。カイリに非などあるはずがないだろう。こんな素直で可愛い天使なのに」

「……。……エディ。この団長、だんだん頭が馬鹿になってきてねえか?」

「今更っすよ、レイン兄さん」


 レインの疲れた様な質問に、エディはさらっと辛辣しんらつに流す。二人の言い方も酷いが、カイリ自身もフランツの時々頭の沸いた発言に困ることはある。

 故に、援護はしなかったのだが、フランツは何も間違ったことは言っていないと胸を張る態度だ。きっと、指摘しても一生治らない。


「とにかく。……ハリエットは、ファルエラの出身だ。パーリーに手紙を出し、探ってもらう」

「……はい。すみません、こんな私事に」

「何を言う。お前の大切な友人のことだ。……それに、ファルエラとは、前女王陛下が死んでから、微妙になってきているからな。彼の国の内部事情を知る良い機会でもある。無駄にはならん」

「……はい。ありがとうございます」


 フランツの温かな眼差しに、カイリはようやく少しだけ気分を落ち着かせる。

 一人でなくて良かった。彼らが傍にいてくれるから、カイリも不安だけに支配されることが無い。



〝だから、会う日まで元気でいてね〟



 ――ハリエット。



 彼女に、何があったのか。

 答えの返らない問いを、カイリはファルエラの方角へと虚しく投げかける。こんなに距離がもどかしいと感じたことはなかった。

 しかし、もどかしさを覚えても、距離はどうしようもない。カイリにはカイリに出来ることで、彼女を支える以外無かった。

 とは言え、今ここで手紙を出したとして、果たして本人に届くだろうか。どうしようかと迷っていると。



 ぴんぽーん。



 今までの不安な空気をぶった切る様にチャイムが鳴った。

 だが、今のカイリにはどんな些細なキッカケも嫌な知らせかと勘繰ってしまう。今のハリエットの手紙もそうだが、酷い体験をしてしまった後遺症だろうか。

 大丈夫だ、と心を落ち着けていると、フランツが気付いて背中を撫でてくれた。みっともないと落ち込むが、それでも彼の優しさが震える心に沁みる様に渡っていく。

 レインが立ち上がろうとしたところで、シュリアがばしんと扉を開けてきた。一応ノックはしていたが、ノックと同時に開けたら意味が無いのではとカイリは半眼になってしまう。



「フランツ様。お客様ですわ」

「うむ。誰だ?」

「第十位団長のパーシヴァル殿です。そこのヘタレに面会を求めていますわ」

「――」



 思ってもみない来客に、カイリだけではなく、フランツ達も一斉に固まる羽目に陥った。


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