第351話


 王族の三人が揃って来訪してきた。


 こんな時に何だろうか。また何か問題でも持ち上がったのかと思いつつ、カイリはみんなと一緒に玄関に向かった。

 すると。



「やあやあ、諸君! 元気かね!」

「お忙しいところ、失礼致します。この馬鹿兄が、いえ、兄上が、どうしてもと言って聞かなかったので」

「まあ。お兄様、頼もしいわ」

「はっはっは。それほどでもあるのだよ、我が妹よ! 思い立ったが吉日、と言うからね! あ、玄関先で結構なのだよ! すぐにおいとまするからね!」



 和やかに談笑しながら、ロイスを始めとする王族三人が挨拶をしてきた。後ろでハーゲンが所在なさ気に控えているのに少し同情する。


「これは、ようこそ。……しかし、今日はどの様なご用件で?」

「いやいや、今日は君達が誕生日会と聞いたからね! お祝いの品を持参したのだよ!」

「え?」

「我が王家秘伝のローストビーフです。ソースも十種類ほど用意しました。よろしければどうぞ」


 ライナスがハーゲンを促し、彼の抱えていた包みを運ばせる。

 ずっしりとお重の様なものを包んだ袋を、フランツが丁寧に受け取った。まさかの贈答品に、カイリも口を大きく開けてしまう。


「え、……え。あの」

「ローストビーフの秘伝はお教え出来ませんが、是非とも。ソースはガーリックソースからわさび醤油、ヨーグルトに海苔のソースなど色々取り揃えています」

「の、海苔!?」

「はい。意外と合いますよ。中にきちんとラベルが貼ってありますので」


 ライナスのよどみない説明に、カイリは唖然あぜんとした後に高揚してきた。ローストビーフで王家の秘伝な上に、ソースも十種類楽しめるなど、かなり贅沢だ。なかなかお目にかかれない食べ方だろう。


「って、新人が一番興奮してるっすね」

「カイリ様。シュリアちゃんとレイン様の誕生日会だって忘れていますよね♪」

「わ、忘れていないぞ! で、でも……美味しそうだなって。……ありがとうございます」


 エディとリオーネのツッコミに、かあっと顔を赤くしてカイリは頭を下げる。食い意地が張っていると、内心で馬鹿にされていそうだ。

 だが。


「うむうむ! カイリ君は、食べっぷりが素晴らしいと聞いていたからね! 喜んでくれて何よりなのだよ!」

「え! だ、誰から、そんな……」

「我が愛しの妹からなのだよ!」

「パンケーキの食べっぷり、凄かったわ。流石は聖歌騎士ね。そこだけは男らしかったわ」


 けなされている気しかしない。


 ジュディスの皮肉めいた綺麗な笑みに、カイリは唸るしかなかった。実際本当に食い意地が張っているので、否定は難しい。


「ふむ。ローストビーフ、ありがたく頂戴します。二人も喜ぶでしょう」

「うむうむ、喜んでくれて何よりなのだよ」

「しかし、何故、また? こんなに良くして頂く理由が分からないのですが」

「フランツ君、お忘れか? 我らの依頼を快く引き受けてくれたではないかね!」

「ええ、それは」

「思ったより大がかりになった上に、極めつけはカイリ君の聖歌なのだよ! あれは素晴らしかったね! 年甲斐もなくはしゃいでしまったのだよ!」


 ロイスが上機嫌で褒め称えまくるので、カイリは身の置き所が無い。カイリはただ心をこめて歌っただけなので、お世辞でも褒められ過ぎると恥ずかしすぎる。


「あ、あの。俺、プロではないので! 本当に歌い方とかは、他の人の方が」

「いいえ、素晴らしかったですよ。何と言うか、懐かしくなると言えば良いのでしょうか。温かくて、優しい気持ちにさせられました。カイリ殿の聖歌を聞けた僥倖ぎょうこうに感謝しますよ」

「まあ、イモ騎士にしては上出来だったわよ。また歌ってくれても良いわ」


 ライナスとジュディスもそれぞれに称賛してくれて、カイリはもう黙るしかなかった。

 自分の歌が上手いとは思わないが、何か響いてくれるものがあったのなら嬉しい。好きな童謡唱歌が褒められている気もして、誇らしい気持ちもあった。


「あ、ありがとうございます。……嬉しいです」

「いやいや、こちらこそなのだよ! それでね。お礼を色々考えていたのだが、まず、このローストビーフとだね! 今度、ジュディスの留学祝いを盛大に王城で開催するから、それに招待しようと思うのだが、どうかね!」

「え?」


 さらっと、とんでもない提案をされた。

 カイリがフランツを見上げると、彼も目を点にする勢いでロイス達を見つめていた。一応我に返っていたが、困惑は隠しきれていない。


「我々を、ですかな? しかし」

「第十三位が教会の中でも微妙な立場だということは理解しているのだよ。だが、今回の依頼を通じて、少しでも王族との関係を結べたらというのが一つ」

「それから、今度ファルエラに使者として出向くとパーシヴァル殿よりお聞きしました。その、ファルエラについて、祝賀会の後に我らが知っている情報をお教えする。それをもって、私達のお礼と代えさせて頂きたいのです。如何でしょうか?」


 ファルエラについて。


 唐突に本題に切り込んできた。

 つまり、本命はファルエラの情報なのだろう。ローストビーフや祝賀会はカモフラージュで、それを通じてファルエラについて極秘に話す場を設ける。

 王族側から、教会へと近付いてくるのは少し予想外だ。いや、ジュディスの件があった時点で、次期国王であるロイスは色々考えていたのかもしれない。



 ――狂信者と繋がりがあるかもしれない、彼ら。



 カイリとしては、是非とも話してみたいし、フランツも同じなのかもしれない。瞳が穏やかだが真剣な光を灯していた。


「……いやはや。もう、その話をご存じとは。お耳が早い。本当にパーシヴァル殿からで?」

「はっはっは! これでも王族だからね! パーシヴァルも情報を掴むのは早いし、一応他にも我らの目と耳はいるのだよ!」

「そうでしょうな。……ありがたい申し出です。この点、ケント殿にはお話をしても?」

「そうだね! ただ、……我々は、教会を信用しているわけではないのだよ」


 ロイスの瞳に悪戯っぽい色がよぎる。

 次に出される要求は何かと心持ち身構えていると、肩をすくめて高らかに宣言した。


「だが、カイリ君! 君の聖歌は……少し他の者と違う様だね」

「……、えーと。そうですか?」

「うむ! ライナスも言っていたけれど懐かしいというか、優しいというか。今まで聞いてきた聖歌と違って、君の人柄が表れている様に思えた」

「は、はあ。ありがとうございます」

「それに! ……我が愛しのジュディスのことも守ってくれた」


 一瞬だけ、ロイスの眼差しに真剣味が混ざる。

 ほんの刹那的なものだったが、彼が本気で感謝しているのがその刹那で痛いほど伝わってきた。

 ロイスは、兄として本当に妹を大切に思っている。

 それが分かっただけでも、カイリとしては充分だった。


「……いいえ。俺も、教皇の元へ連れて行かれた時、王女殿下がクリスさんに手紙を出して、守ってくれたと聞きました。ありがとうございます」

「あら。あれは、わたくしの護衛を取られて憤慨したからよ。教会はやはり腹が立つわと思っただけだわ」

「そ、そうですか……」

「うむ! だが、君達はどこか違う。だから、君を通じて第十三位とは少しお付き合いをしてみたいと思ったのだよ」

「端的に言えば、利用したり利用されたり、といった関係で良いから、第十三位くらいとは保険でつながり持っておきたいなー、と兄は言っています」

「ちょっ! 端的過ぎるのだよ! フランツ君達はともかく、純粋なカイリ君が嫌がるではないかね!」


 それって、つまり全肯定だよな。


 思わず真顔になってしまったカイリに、ロイスはかなり慌て始めた。

 後ろでジュディスが楽しそうに高みの見物の顔をしている。彼女は、兄が相手でもぶれない。

 そして、ロイスはフランツとカイリを物凄い勢いで交互に見つめた後。



「あー、ごほん! まあ、腹を割って話せばそういうことなのだよ!」



 取り繕うのを放棄した。



 この場にいた全員が白い目で見るのに対し、ロイスは全くめげなかった。ふふんと得意げに胸を反らし、開き直る。


「この素直さが我の長所なのだよ!」

「短所でもありますけどね」

「ライナス! 頼むから! これ以上カイリ君の好感度を下げる様なこと言わないでくれたまえ!」

「他の方はよろしいので?」

「他の者は全員腹黒いから大丈夫なのだよ!」


 それもどうなんだろう。


 素直すぎる暴露に、フランツ達は全員苦笑いだ。エディが「ボクまで一緒にしないで欲しいっす」とぼやいているが、確かに彼はそこまで腹黒くは無さそうだとカイリは同意してしまう。


「あー、あー。つまりはだね! 第十三位はちょーっと信用してみても良いかなーと思ったのだよ! だから! ……出来れば、ケント殿には報告だけで。君達と、我々のみで会談の場を設けてみてはくれないかね」

「……祝賀会の後に、ということですかな?」

「うむ。夜が長引く様なら、朝でも良いのだよ。宿泊の用意もしよう。どうかね?」


 ロイスが完全に開き直ったていで打ち明けてきた。

 彼らは彼らなりの考えがあるのだろう。ジュディスは兄とは反目している感じだから、また違った路線なのは間違いない。

 彼らは、第十三位を利用する。それをはっきり明言してきた。


 逆に言えば、清々しいほどに挑発してきているということだ。せっかく懐に入るチャンスがあるのに、使わない手はないだろう、と。


 相変わらず腹黒い者達ばかりだ。カイリはついて行くだけで精いっぱいである。

 フランツが黙考したのは数秒だった。力強く頷き、笑って見せる。



「承知しました。……そのお話、ありがたく受けさせて頂きます」

「おお、ありがとう! フランツ君ならそう言ってくれると思ったのだよ!」

「ケント殿には、委細お話して下さって大丈夫です。……祝賀会の招待状は、改めて送らせて頂きます」

「楽しみにしているわ。イモ騎士、ちゃーんとレインを連れてきなさいよ?」

「……伝えます」



 最後のジュディスの言葉だけ楽観的で気が抜けそうだ。

 しかし、彼女はレインを盾にしていると言うが、一体何を盾にしているのだろうか。兄二人に対する目くらましということだろうか。

 そんな彼女に対して、今回の兄である王子二人の目的が牽制も兼ねている可能性もある。


 腹の内は未だ読めないが、それぞれがそれぞれの目的のために動き、交差している。


 その不思議な交わり方を目の当たりにし、カイリは水面下で大きくうごめく予兆を静かに感じ取っていた。


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