Banka14 俺の歌が守りたいもの
第159話
彼が入った日のことは、よく覚えている。
『初めまして! オレ、ファルって言います!』
エディが第十三位に入って、初めての新人だった。
今まで訳あり以外の新人など入ったことが無かったというのに、突然彼は第十三位に入団することになったとという。
しかも、何と彼からここを希望したと聞いて驚いた。
この時はもう、エディが教会騎士になり、第十三位に入って一年もした頃だ。当然第十三位がどういう目で見られているかは嫌でも分かっていた。
それなのに、彼は何故自ら入ってきたのだろうか。噂を知らないのかと首を傾げるしかなかった。
『本日付けで第十三位に所属になりました。えーと、……前世の記憶はうーっすらあるんですけど。聖歌語が全然使えなくて。教会の決まり事とか、色々一から教えて下さい! よろしくお願いします!』
がばっと頭を下げてめいっぱい声を張り上げて挨拶をしてくる。
やたらと元気の良い後輩が入ってきたものだと、エディは少しだけ遠くから見ていた。
当時第十三位に入りたてだったレインは、「おーおー、よろしくなー」とおざなりに返事していたのを覚えている。今思えば、彼の本質を見抜いていたのかもしれない。
シュリアは不機嫌そうに無言。リオーネはにこにこと「よろしくお願いします」と笑顔で無難に返していた。フランツは「楽にして良い」と団長らしく肩を叩いていたが、もしかしたら彼もエディが気付かなかっただけで警戒していたのかもしれない。
エディは、別の意味で警戒していた。騎士になってから一年で、もう第十三位以外を信じられなくなっていたからだ。
何故なら――。
『あの!』
『――っ!』
ひょこっと、唐突に新人がエディの顔を覗き込んできた。
あまりに至近距離だったので、エディは反射的に飛びのいて――勢い良く椅子から転げ落ちた。がたたたーん! とけたたましい音が鳴り響き、「うわー!」という慌てた絶叫も一緒に響き渡る。
『あ、あああ、す、すみません! 大丈夫ですか⁉』
『あー……、だ、大丈夫っす。これくらい』
『エディは、頑丈だからなー。シュリアに嫌味言われてへこまされても、雑草の様に活き活きと生えまくる
『ちょ、レイン兄さん、酷いっす! 流石にボクだって、転べば痛いっすよ!』
がばあっと力いっぱい起き上がり、エディは全力で抗議する。実際、打ち付けた背中や尻はじんじんと痛みを訴えてきていた。
からから笑いながらも、レインが「仕方がねえな」と手を伸ばしてくれる。彼は何だかん言いながら、面倒見が良い。兄さん、と呼びたくなる
エディも笑って、助け起こそうとする彼の手を取ろうとした。
直前。
『先輩! ほ、本当にすみません!』
『――』
ぐいっと、奪う様に新人がエディの手を引っ張った。そのまま元気良く引っ張ってエディを立たせる。
――が。
『う、わあ!』
『っ⁉ ちょっ!』
元気が良すぎて、新人はその勢いのまま後ろに引っ繰り返った。
手を握られたままのエディは、当然、一緒にそのまま
どたーん、と凄まじい音を立てて思いきり二人で倒れ込んだ。
『ぐっふう!』
『ちょっ、大丈夫っすか⁉』
後頭部から床に突っ込んだファルに、流石のエディも慌てた。急いで起き上がり、ファルを引っ張り起こす。
『あ、いててて。だ、大丈夫です』
『かなり派手だったっすよ! 怪我は? 無いっすか?』
『ああ、大丈夫です。……すみません。オレ、結局余計なことを』
『ああ、いえ。……元気なのは良いっすけど、もう少し落ち着いた方が良いっすよ』
『パシリが言いますの?』
『エディさんですから。反面教師というやつですね♪』
『ふ、ふおおおおおおおお! リオーネさんに! 褒められた!』
思いも寄らないところでリオーネに褒められた。彼女に笑顔で「教師」と言われ、エディは天に召される様に昇る。頬を紅潮させ、ぱああっと顔が晴れやかになっていった。
馬鹿ですの、とシュリアが白い目になるのには気付かず、エディはリオーネに
うきうきと弾む心は、しかし目の前の新人の表情で一気に覚める。
新人がぽかんと口をあんぐり開けて、ひたすらエディを凝視していた。そういえば、今は知らない人間がいるのだと、ぱくんと自ら口を閉じる。
だが、目の前の彼は口を開いたまま閉じることはない。あまりに大きな口の開き方に、そろそろ
しかし。
『……ふふっ』
今度は突然笑い始めた。
意味不明な反応に、エディは少し渋面になる。いきなり笑われて良い気分などしない。
けれど、次に飛び出た言葉は、頭から一気に冷えるには充分な威力だった。
『はは、何だ。色々脅されたけど、楽しそうな場所ですね』
『……、え』
色々聞いていた。
それは、第十三位には充分に伝わる一言だ。フランツやレインは平然としていたが、シュリアとリオーネの顔色がさっと変じる。
けれど、新人はそれに気付かず、「あー笑った」とさっぱりした笑顔を見せてきた。
『あんまりに脅されるから色々構えて来ちゃいましたけど、良い人ばかりで安心しました!』
『良い人って、……』
こんな短いやり取りで分かるのか。
エディは
『改めまして。オレ、ファルって言います! 取り敢えず、自分に合う武器を見つけて、聖歌語を少しは使える様になりたいです!』
『……、はあ』
『オレ、ここで頑張ります! だから、……よろしくお願いします! ――エディ先輩!』
『――』
にこにこと満面の笑みで、新人が握手を求めてくる。
その笑顔に曇りは無い。こんなにきらきらした輝きで笑う人がいるのかと、エディはこの時少し不思議な気持ちになった。
第十三位の噂を聞いているのだ。最初から全幅の信頼は寄せられない。
けれど。
こんな風に笑う人間を、信じてみたい自分もいる。
自分には出来ない笑い方。
だから。
『ええ。……よろしくお願いするっす、――ファル』
『――! はい!』
彼の手を、自分の意志で取ったのだ。
「――」
ぱちっと目を覚まし、エディは二度瞬く。
いきなり切り替わった景色に、少しだけ混乱してからすぐに我に返った。
「……。……、……最悪だ」
ぼやいて、見慣れた己の部屋の天井をベッドから仰ぐ。
やけに静かな空気が耳に痛くて、エディは再び目を閉じた。ぐるぐると渦巻く吐き気の様な感情を持て余しながら、胸の底に無理矢理押し込む。
しかも、口調が元に戻っている。
いつもの口調が地になりつつあるはずなのに、まだ浸透していないということだろう。
騎士になって、もう四年も経つというのに。
未だ、過去から抜け出せていない。
思い知らされて、余計に心が奈落へと沈んでいく。
「あー……最悪だ」
本当に最悪な夢だ。
まさか、ファルに出会った頃の夢を見るとは。久々に彼と対面したからだろうか。
あの頃のエディは、まだまだ人に慣れていなかった。長い間歓楽街で育ったという特殊な事情もあるが、騎士になってもフランツ達第十三位以外の人間とはろくに関りを持たなかったのだ。
故に、ころっとあっさり彼に騙された。己の情けなさにはほとほと呆れるしかない。
「……あんなにあからさまだったのに。本当、馬鹿っすよねー……」
思えば初対面の時から、ファルは少し押しが強すぎた。エディが倒れた時、先輩であるレインの手を跳ねのける様に手を取ってきたのだ。
確かに後輩としては普通の反応かもしれないが、割り込む様な形はむしろ無礼である。動くなら、レインが手を近付ける前に動くべきだった。
「……部屋割りだって、最初からレイン兄さんの方選んでたし」
フランツがファルをレインの部屋に配置したのだが、その前から「部屋はレイン先輩と一緒が良いなー」という様な発言をしていた。何でも、彼の強いという噂に興味を持っていたらしく、同室で色々話を聞きたい、という理由を述べていた。
だが、根本の理由は異なるはずだ。
彼は、エディと一緒の部屋になるのを
騎士は、団長以外は二人一組で部屋を使うのが普通なのだが、エディは最初から一人にしてもらっている。レインが入ってからも、フランツに頼んで一人にしてもらっていた。
何故なら、男性と同じ部屋で寝るのは恐いからだ。
エディは、懐いているフランツとでさえ、二人きりで寝るのが恐かった。
今は大分緩和されているが、あまりよく知らない相手と二人きりになるのは絶対に嫌だ。――耐えられなかった。
〝せっかくエディ先輩のこと慕ってくれる後輩が現れたんですから。ちゃーんと隅々まで大事にしないと。……もちろん、昔の仕事は知ってるんですよね?〟
「――っ」
――新人。
つい最近入った新しい第十三位の一員。
良い性格をしていながらも、優しく笑う新人の顔が脳裏に浮かぶ。
先日のファルは、新人に対してあからさまに挑発していた。エディの過去を匂わせる様な暴言を吐いた時、本当は恐くて恐くて堪らなかった。
もし、ここでエディの過去を知ったら、新人はどう思うだろうか。
もし、彼にまで――。
〝おいおい、何で騎士なんてやってんだよ〟
〝お前はさあ――〟
「……っ」
ごろん、と寝返りを打ってエディは思考を無理矢理追い払う。
何を考えているのだろうか。何を期待しているのだろうか。
新人だって人間だ。聖人君子ではない。人の穢い部分を全て受け入れるなんて、夢のまた夢だろう。現に、エリックに対しては両方の感情を未だに併せ持っている。
無理だ。明かせない。明かしたくない。彼だって、きっと。
けれど。
〝もしかしたら、本当に俺が言ったんじゃないかもって。そう思ってもらえる様に、頑張るよ〟
けれど――。
「……あー」
かつての新人の泣き笑いの顔を思い返し、エディは再び寝返りを打つ。そのまま、ふかふかのベッドに沈み込み――。
「あ」
がばり、と一気に起き上がる。
ばさっとシーツを蹴り上げた先には、カーテン越しにとても綺麗な日差しが室内に注がれているのが目に映った。柔らかな光が空間に漂う様は、まるで音の無い旋律が見える様で心洗われる。
だが、そんな悠長に景色を鑑賞している場合ではない。
棚の上の時計を見れば、もう七時を回っている。いつもならとっくの昔に起きている時間だ。
しかも、本日は食事当番。
「――! しまった!」
足を振り子の様に反動を付けて跳ね起き、エディは急いで顔を洗った。そのままばたばたと身支度をし、髪も適当に整えてから部屋を飛び出す。
わあああああ、と小声で器用に叫んでから、エディは食堂の扉をばんっと叩き開ける。フランツやシュリアがいたので「おはようございます!」と慌てて挨拶をした。
直後。
「あ。おはよう、エディ」
「――」
〝おはようございます、エディ先輩!〟
一瞬、新人の声より遠くから、ファルの声が飛んできた。
がたっと、体が
「? エディ?」
「っ、あ」
キッチンに立っていたのは、エプロンを着用した新人だった。きょとんと大きめの目を不思議そうに瞬かせ、首を傾げている。
驚かせてしまっただろうか。
それでも普通に声をかけてくれる彼に心の中で感謝し、エディは緩む様に笑う。
「おはようございます、新人。……って、どうしたんすか、キッチンに立って」
「ああ。珍しく早く目が覚めたから。今日ってエディが食事当番でしょ? だから、手伝おうかなって用意してたんだ。冷蔵庫の中見たら、大体メニューが分かるから」
「……信じられませんわ。率先して料理を手伝うなんて。のんびりする時間を自ら放棄するなど、わたくしには考えられませんわ」
「え? でもさっき、シュリアも手伝おうとしてたよね?」
「はあ⁉ ありえませんわ! わたくしはただ、あなたのジャガイモを
「うん。それで、一緒にジャガイモ剥こうとしてたよね? でも、その後自信なさげに目を右へ左へ動かしてから、結局フランツさんの淹れてくれたお茶を片手に戻っていったような……」
「していませんわ! それに、料理はわたくしが手伝っても……! い、いえ! いつも、当番でなくとも食器の準備くらいはしていますわよ!」
「うん。知ってる。ありがとう」
「上から目線! ですわ! 生意気! ですわ!」
「感謝してるのに」
きーっと両手を振り回してがなるシュリアに、新人が声を立てて笑う。何だかんだで楽しそうにしている二人のやり取りを、エディは遠くに眺めた。
本当に、今のエディには二人が遠い。凝り固まった口元を無理矢理吊り上げて話を
「そうっすか……。ありがとうございます。遅れてすまなかったっす」
〝いいえ! 今来たところですから! 気にしないで下さい!〟
「――っ!」
またも遠くからファルのやかましい声が飛んでくる。
耳障りなその響きに、エディは顔をしかめてしまった。話しかけ方を失敗したと己を呪う。彼の常套句だったことまで思い出し、胸がむかむかしてきた。
――新人も、気遣ってくるだろうか。
嫌だ、とぶんっと一度大きく頭を振り払ってしまう。
本当にエディは先程から反応が酷い。嫌な思いをさせてしまったかもしれないと後悔する。
しかし、今はどうしても気遣う様な言葉は聞きたくない。
「……っ」
その感情故に自然と彼から顔を背けてしまって、また後悔した。これでは、以前の噂の時の二の舞だ。
流石に謝らなければ、と顔を上げると。
「……っはは」
「――」
新人は、何故か楽しそうに笑っていた。
「いや、エディも寝坊ってするんだなあと思って」
「……え」
「だって、俺の方が先に起きてるって、初めてじゃない? いつも迎えてくれるのって、エディの方だし」
「それは……まあ」
「それに寝癖、ばっちり付いてる。爆発してるよ」
「え!」
己の髪を指しながら、新人が冷蔵庫を開ける。「ね、フランツさん」と楽しそうに話題を振る彼に、フランツも「ああ」と深く頷いた。
慌ててエディが
「エディは毎日毎日規則正しい時間に起きているからな。確かにレアだ」
「ですよね。俺なんか、いつも寝坊ぎりぎりだし。凄いと思います」
「ああ。エディは高熱を出した日もいつも通り起きてきたりするから大変だぞ」
「え? それは寝てなきゃ駄目なんじゃ」
「その通りだ。だから、分かった途端、全員でよくベッドに叩き落としたものだ」
「え? た、叩き落と……?」
新人の目が点になった。想像しているのだろう。視線が宙に泳ぎ、口元が
「ええ。初めの頃は、何故かフランツ様が首にネギを巻いたり、枕元どころか部屋中にタマネギを無尽増に置いたり、梅干しを額と言わず顔中にべたべた貼り付けたりしていましたわね」
「は?」
「わたくしも景気付けに酒……は駄目ですから、卵酒ならぬ卵を飲ませましたわ」
「は? 卵? どうやって」
「卵は卵です。割って、混ぜましたわ。卵は栄養満点ですのよ」
「だからって、生で飲ませるなよ⁉」
「うむ。それを、俺かレインが間一髪で取り上げ、リオーネが良い笑顔で見守る。それが通例だ」
「……へえ。……」
エディも大変だったんだな、と生暖かく新人に眺められた。心の声がでかでかと空気に書かれている光景に、エディも苦笑いするしかない。確かに、風邪を引いた回数は少ないが、決まっていつも大変だった。
しかし。
「……でも、ボクは嬉しかったんすよ」
看病をしてもらえる機会なんて、昔は全く無かった。
高熱を出して役に立たなくなったら、それで終わり。そんな世界で生きてきた。死んでも周りにとっては痛くも
だからこそ、誰かが食事を持ってきてくれる温かさ。
飲み物は欲しいかと聞きに来てくれた優しさ。
様子を見に来てくれる穏やかさ。
そんな当たり前の温もりが、何より嬉しかった。
「風邪を引いたら甘やかしてもらえるのって、何だか嬉しかったんすよね。ちょっと子供みたいですけど」
「……そっか」
新人が簡素に頷く。
だが、声がとても優しい。彼も遠い目をして相好を崩した。
「俺も、風邪を引いた時とか、父さんや母さんがすっごい暑苦しく看病してくれたな。流石にネギとかは巻かれなかったけど」
「いや、それは普通っす」
「……暑苦しかったけど、やっぱり俺も嬉しかったよ。心配してもらえるのって、不謹慎だけど気にかけてくれてる、愛してくれてるっていう証だと思うから。そういう優しさに触れるたびに幸せで。……懐かしいな」
最後は独白の様な響きだった。
過去を思い返す時の彼は、とても切ない色を乗せながらもひどく優しい表情になる。本当に愛に満ち溢れた生活を送っていたのだろう。
正直、少し羨ましい。彼は、きちんと両親の愛を知っている。
だが、同時にとても強いとも思う。彼は、その幸福に満ちた故郷を丸ごと失っても、変に
「あ、そうそう。エディ、今朝は水餃子も作りたいと思っているんだけど。良いかな?」
「……、え?」
水餃子。
いきなり何だと思ったが、それはエディの大好物だ。
あの、つるんと口の中に入っていく感触と、噛み締めたらじゅわりと広がる肉汁とスープが絶品でお気に入りなのである。初めて食べた時は感動したものだ。
キッチンに近付くと、確かに彼はエディが昨夜用意していたものの他に、鍋と餃子の皮と大きなガラスボールに入った具材を並べていた。既に何個も具を包んでおり、大きな皿に可愛らしい手乗りサイズの餃子が並べられている。
確認をしてきたそばから既に作っているとは、もう決定事項だ。良い性格をしていると呆れた。
「……作ってから聞いても遅いっすよね?」
「あはは、ごめん。でも、食べたくなっちゃって」
「……」
「嫌だったら俺のお昼ご飯にするからさ。駄目かな」
聞きながらも、手の動きは止まらない。てきぱきと具を包んでいく手付きは
餃子をせっせと作る彼の横顔は柔らかい。彼の性格を如実に表している。目にしている内に、エディの胸の奥がじわりと熱くなった。
水餃子にしたのは、彼の優しさだ。
彼は、エディが水餃子が好きなことを把握している。ファルと出会ってから、元気が無いことを心配してくれているのも知っていた。
エディが寝坊したことも、もしかしたら案じてくれたのかもしれない。だから、好物を作って元気を出してもらおうと一考したのだろう。
全て憶測だ。エディの自意識過剰の可能性も高い。
けれど。
余計なことは一切言わず、寄り添おうとしてくれる。
それが、新人だ。
本気で第十三位の仲間になろうとし、本気で第十三位のために怒り、本気で第十三位として全力で立ち向かう。
彼は嘘やおべっかを使わない。いつも良い性格でシュリアと喧嘩し、リオーネに
ファルには無かった図太さだ。
そして、ファルには無かった、真っ直ぐな在り方だ。
だから、エディは彼と向き合いたかった。
第一位がばら撒いた噂を乗り越えてから、エディは彼と仲間になりたいと心から願った。
「……えーと、エディ?」
じーっと横顔を見つめていると、流石に視線に気付いたのか彼が見上げてくる。不思議そうな表情の奥に、ちらりと案じてくる色が見え隠れした。彼はポーカーフェイスが下手だなと笑ってしまう。
先程は気遣う言葉を聞きたくなかったのに、今は彼の憂う気持ちが嬉しい。
不思議だ。やはり、嘘偽りなくぶつかってくれるからだろうか。
「……良いっすね。水餃子。ボクの大好物っすから! 朝からでも三十個は入るっすよ!」
にかっと弾ける様に破顔すれば、彼も嬉しそうに笑顔を咲かせた。良かった、と口にする声には安堵が広がり、分かりやすいとまたも噴き出してしまう。
「新人も水餃子好きっすよね」
「もちろん! エディの水餃子はシンプルなのに味が深くて、美味しいよね」
「お。褒め上手っすねえ。じゃあ、張り切って隠し味とか教えちゃうっすよ」
「え! 本当? 見る見る!」
無邪気な子供の様にはしゃぐ彼に、ふふんと先輩風を吹かせた。シュリアが「馬鹿ばっかりですわ」と呆れてお茶を
後輩と料理を作るのは、彼が初めてだ。
〝エディ先輩! ラザニアを作ってみました! 自信作ですよ!〟
ファルは、料理が上手だった。
エディが手伝わなくても、いつだって一人で完成させていた。むしろ作らせまいとして、率先して続けて作る日も多かった。
共に作るということは、ついぞ無かった。
だが、新人とはこうして一緒に料理をすることも多い。
朝は滅多に無いが、夕食だと大抵手伝いに来てくれるのだ。
今も鍋を沸かし始めるエディの横で、新人が餃子を包みながら覗き込んでくる。わくわくと期待に満ちた瞳は輝いていて、まるで子供の様だ。
最初は隣で共に作業をしてくれる人がいるという感覚に慣れなくて、戸惑いも多かった。
でも、今はこの時間をとても楽しみにしている自分がいる。
隣に並んで、笑ってくれる彼がいることが嬉しい。彼と、もっと話してみたい。
――兄弟や友人がいたら、こんな感じなのだろうか。
何気ない日常だが、エディにはとても遠い宝物だった。
だからこそ、このささやかな時間が何よりも幸せだと感じ入る。
「……新人だったら」
「え?」
ぽろっと零れた言葉に、新人が反応してくる。
それには「何でもないっす」と返して、エディは目を閉じる様に望みを見る。
彼なら、話しても良いだろうか。
知られたくない。知ったら、どんな態度を取られるか恐い。出来ることなら、一生知らないままでいて欲しい。
けれど。
〝俺は! 第十三位の一員だ! 彼らを侮辱する奴らは、俺が許さない!〟
あの時、真剣に激怒してくれた彼なら。
受け入れてくれるだろうか。
どうしようか。
話そうか。
彼が隣で楽しそうに餃子を包む姿を見つめながら、エディは迷う心を振り切ってスープ作りの作業に突入する。
今朝見た悪夢の声は、いつしか聞こえなくなっていた。
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