第151話
「つ、疲れた……」
ぐったりと消耗した体を引きずり、カイリはトラリティを後にした。
あれから、本当にリオーネとレインによる着せ替え人形状態にさせられ、カイリは多くの服を試着することになったのだ。
おかげで色々と気に入った服に出会えたのだが、体力の消耗は激しい。女性はよくショッピングを楽し気に行えるものだと感心した。
「でも、……俺、また代金払っていないんですけど。後で」
「あー、いい、いい。先輩のオレ達からの奢りなー」
「え? でも」
「大きな任務も成功させて、大怪我からも無事に復帰したしよ。快気祝いってことで」
「え……」
「受け取れよ。先輩からのエールはありがたく受け取るもんだぜ」
ぽんっと頭を一撫でされる。その大きな手のひらで髪をわしわしされ、カイリはくすぐったいけれどほんのり胸が温かくなった。
これが大人の包容力というものなのだろうか。確かに外見だけではなく、行動の一つ一つがスマートだ。カイリには未だ到達出来ない境地である。
リオーネもにこにこ笑って同意しているので、カイリもそれ以上は拒否出来なかった。ありがたく好意を受け取ることにする。
「ありがとうございます、レインさん、リオーネ。……俺、この服たちも大事にしますね」
「おー。お前、結構じゃんじゃん着てくれるからよ。買った甲斐があるってもんだ」
「そうですね。ケント様とのデートの時も、ちゃんと着て行ってくれていますし」
「デートじゃない! ……実際、二人に選んでもらったものって俺も好きだからさ。嬉しくて」
二人が真剣に選んでくれているのが分かるほど、カイリによく似合う服ばかりだ。ラフだけど品のあるケントと並んでも全く
二人が一度顔を見合わせていたが、すぐに苦笑して隣に並んだ。レインはもう一度頭を撫でてきたので、カイリは大人しくされるがままになる。
こうして、仲間と一緒に街中を歩ける日々は幸せだ。カイリは本当に恵まれていると感謝する。
「……そういえば」
そこまで考えたところで、ふとルナリアでのことを思い出す。
やはり、ずっとエディと話したことが引っ掛かっていた。一回ずつ二人のことを見つめる。
「あの。……俺、ルナリアで一度エディと二人で出かけたことがあったんですけど」
「ん? ……ああ、ぱ……パーリーと遭遇した時のことか。それがどうしたよ?」
軽い口調で問いかけてくるレインに、カイリはどう説明したものかと考えたが、結局ありのままを伝えることにした。遠回しに聞くことは慣れていない。
「俺、それまでエディと二人で街へ出たことないなって気付いて。それを伝えたら、エディ、……ちょっと変なことを言っていたので。気になって」
「……」
「ルナリアには、エディ自身を知る人がいないからだって言ってたんですけど。……エディを知る人がいたら、二人きりで出かけられないのかな、とか。……でも、リオーネ達とはよく二人で出てるよなあって。……レインさんやリオーネなら、何か知っているかなと思って聞いてみたんですけど」
言いながら整理して、カイリは益々疑問を深める。
考えてみれば、エディはリオーネやレインとはよく二人で街へ繰り出していた。カイリとは決まって三人以上でないと出たりしないのに、変な話だ。
二人を交互に見つめると、彼らは少しだけ何とも言えない笑みを浮かべていた。どうやら理由がある様だと、確信してしまう。
それに、少し考えてみれば本人に許可なく聞くのは失礼だったかもしれない。話したくないことは誰にでもある。カイリにだって、あった様に。
「……っ、馬鹿っ」
もやもやしたからと言っても、聞くなら本人にだ。礼儀がなっていなかったと反省した。
「あの、俺、すみませんっ。やっぱり本人に」
「あー……。……用心深いんだろうよ、あいつは」
「聞き……って、え?」
断ろうとしたら、レインが先んじて答えてくれてしまった。
しかし、予想しない方向の回答が跳ね返ってきて、カイリは首を傾げる。
「えっと……用心深い? ですか?」
「つまり、エディさんはカイリ様が大好きなんだと思いますよ」
「は?」
リオーネの言葉に、カイリは目が点になる。
エディがカイリを好ましく思ってくれているということだろうか。試合の時よりはだいぶ距離は近くなったと勝手に期待はしているが、彼女の口からはっきり明言されると、少しむず
「えーと。俺が好きだから、二人で出かけたくないの?」
「んー。……オレらがいると、もしもの時の防波堤になっからな」
「はあ」
「あいつ一人だと、教会の奴らと遭遇した時に言葉の悪意を止められる自信が無いんだろ。……ま、その内分かる様になるかもしれねえぜ?」
「……はあ」
分かる様な、分からない様な。
だが、確かにレイン達と歩いていても、騎士達とすれ違う時に時折ひそひそと陰口を叩かれることがある。ケントとの出会いや試合の一件でかなり減ったが、完全に無くなりはしないのだ。
エディは、そのことを
その内分かる。
その言葉を信じて、今は引き下がることにした。
「分かりました。……ありがとうございます、二人とも」
「いいえ」
「おー。んじゃま、次の目的地へ行くか……、ね」
レインの言葉が、不自然に途切れる。
何事かとカイリは顔を上げ、レインの視線の先を辿り――同じく不自然に表情を凝り固まらせた。リオーネは笑顔で固まっている。
「……お前達か」
心底嫌そうな顔と声がカイリ達を出迎える。その声は、カイリの方こそ出したい潰れた低さだ。噂をすれば、というやつである。
目の前に立っていたのは、デネブとアルタだった。第一位の騎士達で、カイリに何かと最初から付き
最近はすれ違えば互いに頭を下げる様になったが、まだ苦手意識は抜けない。相手も同じなのか、苦虫どころか、げてものでも食した様に顔が声と一緒に潰れていた。
「買い物とはのんきなものですね」
「……。第十三位は、任務が終わったばかりなので」
「そうですか」
そして、沈黙。ここまで気まずい沈黙が、明るい
だが、彼らにはルナリアへ発つ前にケントにそれを知らせてくれた恩もある。目先の苦手に囚われ、礼を欠く人間にはなりたくなかった。
「……、あの」
「何ですか」
「……俺が任務に出る前に、ケントに知らせてくれてありがとうございました」
「……………………」
何故黙るのだろうか。
せめて嫌味でも良いから何かを言い返してくれたらと願ったが、カイリの予想に反して二人は無言を貫いてきた。心なしか、不機嫌な顔のまま固まっている様にも見える。
一体どうしたのだろうかとカイリが無言で応えると、デネブの方が舌打ちでもしそうな顔でぼそりと呟いた。
「私は、特に何も言っていませんよ」
「……、そうですか」
「ただ、もうあの生意気なクソガキが出かけるそうなのに、ケント様がここにいるとは珍しい、遂に手を切ったのかとケント様の隣で延々と大喜びをしていただけです」
よくケントにぶん殴られなかったな。
そんな呆れた感想が湧いたが、次に返ってきた反応に納得してしまった。
「ケント様に笑顔で踏まれた時のあの背中の感触は、今でも忘れられませんよ」
あ、踏まれたんだ。
どこか
レインもリオーネも微妙な笑顔で引いているあたり、同じ感想を抱いたのだろう。仲間がいて良かったと、カイリは心から感謝した。
「ですが、貴方とは今でも親友な様で。残念です。仕方がないので、仕事を引き受けて送り出しましたよ」
「……そうですか」
他にもう言い様がない。彼らとケントのやり取りが酷い流れだったということだけは理解した。
それはともかく。
「………………………………」
先程から、デネブもアルタも、ちらっちらっとカイリの腹のあたりを何度も一見してくる。
一体何だろうと益々疑心に駆られた。正直、彼らには殴られた経験があるので、腹部というと必然的に嫌なことしか思い出さない。あまり見ないで欲しいと切に願った。
しかし、そんな願いも虚しく、彼らは更に言葉を続けてくる。
「……貴方」
「……はい」
「その、……は、……」
「は?」
「は、……その、……ら、は、……だい、……、………………」
何度も何かを言いかけては失敗するデネブに、カイリは今度は別の意味で疑問符を浮かべる。
は、だの、ら、だの、何を言いたいのだろうか。
その後、彼は何度も何度も口にしかけては失敗し、最後には爆発したのか「あー!」と吠え始めた。完全に変質者である。
「……あの。何ですか?」
「何でもありません! 良いですか! とにかく! ……これからもケント様の親友を名乗るのであれば、私達が叩きのめすまで誰にも負けずにいなさいっ! 良いですね!」
「へ? あ、は、はあ」
びしいっと人差し指を突き付けて、唐突に去っていった。アルタもぎんっと眼光鋭く睨みつけてから足早に立ち去っていく。
意味不明な因縁を付けられた。やはりカイリは良く思われていないらしい。
だが。
「……ふーん」
「あらあら。……ちょっと意外ですね」
レインとリオーネが意味ありげに微笑む。
二人には彼らの不気味な態度が理解出来たのかと、思わず見上げてしまった。
「あの、彼らの言いたいことが分かったんですか?」
「……あー。……まあ、そうだなー。つまりだ。ほんとにあいつら伝言頼まれてくれたってことかね」
「え?」
「本気でケント殿と会わせないつもりなら、あいつがいないところで大喜びすれば良いだろ。……わざわざ隣で喜んだってことは、ちゃんと伝えたってことさ」
「……はあ」
そういうものだろうか。
だが、レインの言うことにも一理ある。本当にカイリ達を潰すつもりなら、徹底的にやらないと可能性など絶無に等しいだろう。
ケントも「会わないんですかって言われた」と苦笑していた。踏まれた後にでも嫌々告げてくれたのかもしれない。
未だに苦手意識は抜けないが、あの試合で少しは変わったのだろうか。そうだったら良いのにと、儚い願いを抱く。
「ま、何でもいいじゃねえの。気分切り替えて次行こうぜ、次」
「シュリアちゃんへのプレゼントですよね」
「うん。えっと、プレジャーだっけ?」
「そうそ。……お、あそこだよ」
レインが指し示した先に、一つの
特に目立った装飾は無いが、ガラス越しに並べられたアクセサリーなどは気品が漂っており、洗練されているのが見るだけで伝わってくる。流石は二人の御用達の場所だ。
よし、と気合を入れ直して、プレジャーという店の扉を開ける。からん、からんと、可愛らしい鐘が頭上で迎える様に鳴り響いた。
そして。
「――うわっ……」
中に入った途端、一斉に店内にいた人々がカイリ達の方向を向く。
お洒落で飾り過ぎない装飾の店内は、とても落ち着いていた。陳列されている品物も、綺麗で上品な装飾品から、可愛らしくファンシーな小物、きらきらと輝く様な美容品など、様々なものがカテゴリーごとに置かれていた。
男性であるカイリには理解出来ない品が多かったが、様々な雰囲気の売り物が並べられていて人気があるのも頷ける。
だが。
「……あ、あの」
何故、一斉に視線を向けられなければならないのか。一様に店内にいた人達の視線の集中砲火を受け、カイリは後ずさった。とん、と背後にいるレインにぶつかってしまったが、謝る余裕も無い。
一瞬、顔立ちから出で立ちまで最高ランクにあるレインが注目されているのかと思ったが、違う。清楚だが小悪魔の様な可愛らしさを兼ね備えたリオーネかとも考えたが、違う。
間違いなく、カイリが見られている。
そんなに変な格好をしているのだろうか。それとも、一見さんはお断りの店なのか。
ぐるぐると混乱した頭で理由を求めていると。
「……あっらあーっ! いらっしゃーい! 可愛らしいお客サマねえん!」
「――、……はい?」
奥の方から野太いのに、やけに高らかな声が飛んできた。
さあっと、店内にいた男性陣女性陣共に図った様に道を開ける。まるで軍隊並に洗練された動作に、カイリは更に怯えた。
かつん、と
カイリが思わず顔を上げると、光を編み込んだ様な金の髪を可憐に巻いた人物が
切れ長の蒼い瞳は透き通っており、唇の色も
大きくスリットの入ったロングスカートから
カイリは、
そして、迷った。目の前にいる人物は、確かに女性に見える。
だが。
「……かっわいいいわああああああああああんんっ! ちょっと、レインちゃん! なあに、この子!」
「――う、わああああああっ!?」
がばあっと、いきなり抱き付かれた。ぎゅうぎゅうに締め上げる様に抱き潰され、カイリは図らずも相手の胸の谷間に顔を突っ込む。
息が出来ない。苦しい。この感覚は、村にいた時以来だ。
「む、ぐ、……は、離して!」
「あんっ。くすぐったいわあ。でも、胸元に可愛い子の吐息だなんて……さいっこうよお」
「ひっ!?」
「ああん。怯えた顔もす・て・き♪ はあん、震える息も熱くてもっと感じていたいく・ら・い♪」
「は、はあっ!? へ、変態……!」
「変態だなんて……ただ、アタシは可愛い子供をこよなく愛する、天に遣わされた美の化身よおん」
何だそれは。
あまりに理解不能な単語を羅列され、カイリの頭が大噴火した。力の限り相手を押し戻し、カイリはレインの方へと振り向くが。
「……っ、く、……はははははははっ! か、カイリ、……やっぱターゲットになったぜ、……さ、最高……っ!」
あんたは最低だ。
思わず真顔で念を送ったら、レインは更に爆笑し始めた。よほどカイリの無言の圧力がおかしかったらしい。リオーネも隣で手助けもせずに笑うだけだし、第十三位は悪の権化の集まりである。
体を縮めながら後ずさり、カイリは改めて相手を観察した。
外見は見事に女性なのだが、声は紛うことなく男性だ。声の低い女性もいるが、間違いない。相手は、男だ。
ならば。
「……え。……えっと。これが、世間で言う」
「ニューハーフって奴よおん。アタシは、この店の店主のベアトリーチェ。リーチェって呼んでねえん♪」
名前は豪華なのに、愛称が可愛らしい。
しかし、彼がニューハーフ。
だとすると、あのトラリティのハリーと同じ人種ということだろうか。彼女も、あれだけ女性らしい仕草と声なのに、性別は男だと知って驚いた。
ならば、『彼』と称したら失礼なのだろう。色々考えて、彼女と称することにした。
「え。えーと。リーチェさん」
「はああああああああんんんんっ!!」
「ひっ!?」
頬を押さえ、奇声を上げながら飛び上がる彼――彼女に、カイリは本気で飛び上がった。何故普通に話してくれないのだろうと涙目になる。
「いいわあ……、いいわあ、その響き。もっと呼んでちょうだいな」
「……な、何となく嫌です」
「ああん。つれない子。でも、そんなところも、か・わ・い・い♪」
「……そ、そうですか」
もう何と返して良いか分からないまま、カイリはレインの腕を無意識に握る。
ようやく笑いを収めたレインが、喉を鳴らしながらカイリの頭を軽く叩いた。肩を竦めてリーチェに向き直る。
「そのくらいにしておいてやってくれ。こいつ、オレ達の可愛い後輩なんでね」
「まあ。なるほど、その子が噂の」
ころころと笑いながら、リーチェがカイリに艶めかしく流し目をくれる。何故いちいち動作に色目を使うのだろうと、カイリは文句を言うのを堪えて前に進み出た。
「初めまして。俺は、カイリ・ヴェルリオーゼと言います。四月の末から第十三位でお世話になっています」
「まああん! 礼儀正しい子……! アタシのもろ好みでドストライクよおん!」
「そんなドストライク、いりません!」
「はあああああん! つれないのも、堪らないわあんん! ちょっと、レインちゃん、素晴らしい逸材じゃないの!」
「っはは。ま、お前さんの好みだとは思ったけど……いやあ、カイリもなかなかやるじゃねえの」
何がだ。
訳の分からない褒められ方に、カイリは非難をこめてレインを見上げる。リオーネ一人安全圏で笑うばかりで、全く納得がいかない。
「リオーネちゃんも、久しぶりねえん。どう? この子を
「良いですね♪ リーチェ様と、久々に女子トークがしたいです」
「そうよおん。リオーネちゃんには聞いて欲しいことたくさんあるんだ・か・ら! 今、狙ってる子がいてねえ?」
「まあ、素晴らしいです。是非、詳しく。あ、これ、お土産です」
リオーネも同類だったのか。
リーチェのノリについていける上に、物凄く仲が良さそうだ。おまけに、お土産を渡すくらいお世話になっているとも知れた。
カイリには心底理解出来ない。話すだけで生気を吸い取られていく。
レインが笑いを噛み殺しながら、ぽんぽんと頭を撫でてくる。最近思うのだが、彼は誤魔化す時にはよく頭を撫でる傾向にある気がした。油断がならない。
「あ、あの。俺、贈り物を探したいので! 見て回ります」
「ええええええ! 贈り物、ですってええ!? ちょっとレインちゃん! どういうことなの!? この子、もう彼女がいるの!?」
「いや、シュリアにだよ。お礼がしたいんだと」
「え。あの子? 悪いことは言わないわ、止めておきなさい。あんな朴念仁」
急にドスが効いた声で注意勧告された。
いきなりの変わり様に、カイリは再びレインの腕を掴んでしまう。またもレインが爆笑していたが、この際身の安全を優先したい。
「リーチェ、相変わらずシュリア嫌いだなー。ま、今のところはそういう関係じゃないぜ」
「もう! もう! アタシというものがありながら、カイリちゃんってば! 浮気者!」
いつ、浮気になったんだ。
大体、リーチェは初めて会う相手な上に、シュリアはただの同僚だ。どこをどう切り取ったら浮気に繋がるのか。意味が分からない。
「シュリアとは、そういうんじゃありません」
「そうなのおん。良かったわあ」
「ただ、……尊敬しているだけで」
「そ、尊敬……っ!」
ガーン、と衝撃を受けた様にリーチェが勢い良くのけ反った。目も白くなっており、口は間抜けなほど開いている。
そして。
「め、目を覚ましなさあああああああいっ!? カイリちゃああああああああああんん!!」
「ひ、ひいっ!?」
がしいっと、両肩を鬼の様に掴まれた。
しかも、指がめり込むほど激しく痛い。身を引こうにもがっちり固定され、迫りくる凄惨な彼女の顔にカイリは本気で泣いた。
「こ、恐いです! 離して……!」
「いいこと、カイリちゃん! あの朴念仁は、人の気持ちの『き』の字どころか、人の『ひ』の字も分かっていないほどひっどい女よ! いいえ! 女なんて称したら失礼なほどよ! あの人、アタシの美について、アタシごと『馬鹿ですわ』の一言で切り捨てたのよ! きーっ!」
「ち、近い! 近過ぎる! お願い! 離れて! 助けて、レインさん!」
吐息が唇に触れるほど間近に迫った顔に、カイリは力の限り顔だけのけ反った。何かの間違いで押されれば、もうキスが出来る距離である。恐い。
レインが大爆笑しながら、触れる手でカイリとリーチェに一応の距離を作ってくれた。ああん、と残念そうにリーチェが唇を尖らせる姿は、可愛らしいがもはや恐怖の塊でしかない。
「た、確かにシュリアは、よく人を馬鹿にするし、嫌味言うし、いっつも言い返したりしてますけど」
「何だ、カイリちゃんにもなの」
「でも、……その。いっつも真っ直ぐだし、一応人の言葉に耳を傾けてくれるし」
カイリが落ち込んでいる時も、乱暴ではあるが言葉で背中を叩いて奮い立たせてくれる。
第十三位に来てから――否。
〝わたくしにあれだけ偉そうに
第十三位に入る前から。
彼女には、世話になりっぱなしだ。男として情けないが、事実から目を背けはしない。
「俺は、彼女の真っ直ぐなところを尊敬しています。彼女だけじゃない。ここにいるレインさんのことも、リオーネのことも。第十三位のみんなのこと、俺にはない強さを持っていて、尊敬しています」
「――」
「だから、……俺は最初から目、覚ましています。反りは合わなくても、尊敬は出来ると……思います」
正直、シュリアとはぶつかることが多いので、あまり良くは思われていないだろう。カイリの今の気持ちだって、恐らく「馬鹿ですの」の一言で切り捨てられる。リーチェが切り捨てられた様に。
ただ、それでもカイリは彼女のことが嫌いではない。だから、言葉を
真っ直ぐにリーチェの瞳を見つめれば、彼女は目をまんまるにした後。
「……ふうん」
にっと、不敵に口元を吊り上げた。
何となく、彼女本来の笑い方な気がして、カイリは不意に惹き付けられる。今の方が、よほど魅力的だとさえ感じた。
「なるほど。続いているわけねえん」
「え?」
「だろ? こいつ、ほんと面白いんだわ」
「そうねえ。
「え」
ぎらり、とリーチェの瞳が光ったのを、カイリは見逃さなかった。
じりじりと後退していくのに合わせて、彼女も同じ速度でにじり寄ってくる。
そして。
「……逃がさないわよおん。覚悟してお・い・て♪」
「――っ! つ、謹んで辞退させて頂きますっ!」
カイリの必死の絶叫に、店内は爆笑の渦に巻き込まれたのだった。
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