Banka6 俺の歌の居場所

第51話


「まったく……何でわたくしが、こんなことを」

「何を言うか、シュリア。ほら、上を見てみろ」

「……空しかありませんわ」

「そうだ。本日は雲一つない晴天。絶好の筋トレ日和だろう? 筋肉も笑っているぞ」

「意味が分かりませんわ……」



 フランツとシュリアに挟まれ、カイリは宿舎が立ち並ぶ渡り廊下を歩く。



 本日は月曜日。ケントと遊びに行った翌日だ。

 日曜日は一般人や、普段は外に出かけられない者達でごった返しているだろうと、第十三位は食料品や日用品の買い出しを月曜日か火曜日に行っているらしい。

 本当は火曜日にずらした方が人が少ない様だが、気分で決めているそうだ。

 そして、フランツの買い出し気分が今日だったということで、本日に決定した。カイリの武術訓練が終わった後、メンバーをじゃんけんで決め、しかも更なるフランツの気分で、今日は負けた方では無く、勝った方の三人になった。

 本気で第十三位の予定が適当に決まっていく。カイリもそろそろ適当さ加減に慣れてくるというものだ。


「あの、フランツさん。俺、もっと荷物持ちますよ?」

「何を言う。無理をし過ぎたら筋肉痛になるだろう」


 至極当然に言われ、カイリは目を点にする。過保護に過ぎるとはこのことだ。


「は? いや、でも俺の荷物って」

「動けないほどの筋肉痛になり、もしもお前がはしを持てないなんていう事態になったらどうするのだ」

「は?」

「指がぷるぷる震えて、ころん、ころんと箸が転げ落ち、悲しむお前の顔など俺は見たくはないぞ」

「は、……」

「何よりそんなことになれば、食卓で食べるお前の、輝かんばかりの笑顔が見れなくなってしまうではないか」

「……、はあ」

「俺の生きがいを奪うな。……今の俺の全ては、お前に一つでも多くの料理を作ることなのだ。それを奪われた時、俺の呼吸は止まるだろう」



 ――何だか凄い壮大な話になったな。



 しみじみと夢を語るフランツは、まるで余生を生きる者の響きだ。呆れるしかない。

 カイリだって一応男だ。村にいた時は力仕事もしていたし、それなりに荷物は持てる。

 それなのに、カイリが現在持っているのは紙袋四つだけだった。しかも、中身はティッシュやタオルなど、軽めの日用品ばかりだ。

 対する二人はというと、片方ずつの腕に山の様に荷物を積み上げていた。それも、腕全体を使って空高く、芸術的に積み上げるという徹底ぶりである。

 その上、腕から取って付きの袋も大量にぶら下げ、どうやったらそんなに持てるのかと思うほどのバランス感覚で歩いていた。

 当然中身は石鹸や米、野菜に肉など重量級のものばかりである。

 しかも。



 どうして、シュリアが一番力持ちなのだろうか。



 見た目的には細腕だし、すらっとした体形だ。流石にリオーネほど華奢きゃしゃという印象は無いが、それでも女性らしいスタイルだとカイリは感じている。


 それなのに、フランツよりも一・五倍ほど荷物の量が多い。


 一見すると筋肉質な彼よりも、彼女の方が軽々と荷物を抱えているその姿。

 何だか母を思い出すなと、カイリは横に並ぶ光景に呆れ果ててしまった。



 ――それでも、母さんの方がもっと荷物持ってたけど。



 母の持ち方は両手のみならず、背中にも山を背負っているのではないかというほどの量をくくり付け、半日はかかる街と村を一日足らずで往復出来る様な人物だった。

 酒瓶なども全く割らず、しかも泡立たぬ様に運んでいた。母の技術はついぞ謎のままだ。


「ですが、これだけ買っても、すぐに底を尽きますわね」

「ああ、そうだな。カイリが実に美味そうに食べてくれるから、ついつい俺達も張り切ってしまってな」

「そうですわね。この人、一番弱いくせに、一番食べますし。燃費が悪すぎますわ」

「ぐっ……わ、悪かったな。だって、……美味しいんだよ。仕方がないだろ」


 これは本音だ。

 母の手料理も絶品だったが、この第十三位の食事も素晴らしいとカイリは毎日舌鼓ばかり打っている。特に男性陣は料理に慣れていて、それぞれ店を出したら売れるのではと冗談抜きで実感していた。

 そんなカイリの思いが伝わったのか、フランツが嬉しそうに目を細める。じんっと胸を打たれた様に震えながら、感慨深げにささやいてきた。


「ああ。その一言だけで、料理人は報われるのだ……。カイリは食べる天才であると同時に、褒める天才だ。流石は幼き頃から天使、と呼ばれてきただけあるな。可愛いぞ」

「そ、それ、止めて下さいっ。恥ずかしいですっ」


 宿舎で言われても羞恥に駆られるが、外で豪語されると尚恥ずかしい。

 顔を真っ赤にしてカイリがうなっていると、フランツが楽しそうに肩を揺らす。面白がっていると悟って、じと目になってしまった。


「まあ、だが本心だぞ。カイリが来てから、レインやエディも結構張り切っているからな」

「え、そうなんですか?」

「ああ。その点、シュリアは駄目だな。いつもただ仏頂面ぶっちょうづらで食べるだけで、『美味い』の一言も無い。まずいから不機嫌なのかと疑いたくなるし、作り甲斐が無いのだ」

「って、何でわたくしがそこでけなされなければなりませんの!?」

「当たり前だろう。美味いかまずいかも分からなければ、改良のしようもないからな。カイリを見習うと良い。可愛いだろう?」

「はあ!? 誰が、このヘタレを! 死んでもありえませんわ!」

「だが、前よりも食べる様にはなったな。確か、カイリが来てからだ。触発されて体重が増えたと、この前リオーネが――」

「ああああああああああ! その話は! もう良いですわ! フランツ様は! デリカシーが! ゼロ! ですわ!」


 シュリアが空を切り裂く様に大声を出して止める。確かに、フランツはいつでもどこでもマイペースだ。おかげで、シュリアの体重が増えたことがカイリにも知れてしまった。

 とはいえ、体形を見ても特に変わったとは思えない。気にし過ぎではないかと思うが、確かミーナが「乙女のたいじゅうは、えいえんのひみつなんだから!」と言っていた。ここは、カイリ達男性が口を挟んでなだめてはいけないのだろう。

 故に、聞かなかったことにしたのだが、シュリアは違ったらしい。じろっと、射抜く様に睨んできた。理不尽である。


「あなた。何も聞かなかったですわよね」

「……ああ。何も」

「嘘を吐きなさい! まったく、やっていられませんわっ。力も無いし、弱いですし、一日も早く強くなって下さいませっ」

「……、はい」

「大体、荷物も軽いものばかり持っていますし」

「何を言う。お前がカイリに軽いものを持たせたのだろう。カイリが野菜がごろごろ入った袋を持とうとしたら、『あなたはこちらを持ちなさい』と問答無用で渡して――」

「だから! フランツ様は! 気のせいなことばっかり言っては駄目ですわ!」


 フランツのきょとんとした疑問に、シュリアが再度がなる。

 そういえば、買い物が終わった後にカイリが荷物を持とうとしたら、シュリアにさっさと別の荷物を渡されたのだ。だから、この軽い袋ばかりを手にしている。

 わざとだったことを知り、首を傾げる。やはりシュリアは、フランツが前に言っていた通り、よく分からないことが多い。

 ぎゃいぎゃいと騒ぐ中、カイリがそれでもこの賑やかさを楽しんでいると。



「――あれ――、――の布石――――――」

「ああ、――――な。表で――――見せ―、――ったら、いじ――んだ――」

「――」



 不意に、風に乗って低い囁きがカイリの耳に届けられた。

 何気なく振り返ってみると、ばちっと騎士の一人と目が合った。すぐにらされてしまったが、周りにいる騎士達と何かこそこそ話をしている。

 特に、何かが聞こえてきたわけではない。断片的だったし、気にする必要も無いのかもしれない。

 だが。



 ――何か、嫌な感じだな。



 前世の時に陰口を叩かれていたからだろうか。

 何となく、この空気に覚えがある。

 カイリ達が、第十三位だからかもしれない。ならば、何かこそこそ言われていてもおかしくはないだろう。


「カイリ? どうした」

「――、え、あ」


 フランツに呼びかけられ、我に返る。

 シュリアもちらっと一瞥いちべつしてきたが、興味なさ気に前を向いた。

 二人が特に気にしていないのならば、カイリも気にしない方が良い。笑って、首を振った。


「何でもありません。……でも本当に、宿舎までの道のりって長いですよね」

「まあ、近道もあるのだがな。カイリはしばらく正規の道を通って色々見慣れておいた方が良いだろう」

「そうですわね。構造を把握していなければ、いざという時に役に立ちませんから」

「……分かったよ。頑張って覚える」


 シュリアのいちいちとげのある発言に、だが一理あるから頷く。

 彼女は何だかんだで、世話焼きだ。文句と皮肉さえ無ければ素直になれるのにと、カイリはふて腐れてしまう。

 そんな風にやさぐれていると。



「――あ! カイリ!」



 ぶんぶんと、両手を振って真正面から見慣れた姿が駆けてきた。

 咄嗟とっさにカイリは身構えたが、ケントはきちんと目の前で立ち止まる。突進はしてこなかった。

 見ると、ケントの隣には教会騎士が二人いた。最初に、カイリを追いかけ回していた人物達である。

 彼らの前だと、ケントも団長として節度のある振る舞いをするのか。新たな発見に、カイリは秘かに感心してしまった。――両手を振っている時点で、節度があるかどうかという疑問は脇に置いておく。


「ケント」

「奇遇だね! 会えて嬉しいな! 本当は抱き付きたいんだけど、一応僕、今は団長だからさ」

「……いや、団長じゃなくても抱き付かなくて良いからな」

「えー、カイリ酷い! 愛の抱擁ほうようなのに」

「家族とやれば良いじゃないか」

「家族とは会うたびにやっているからね! 友人ともやらないと!」

「……はいはい」


 両手を広げて声高に主張するケントに、カイリは呆れ気味に眉尻を下げた。彼は言い出したら聞かないから、好きにさせるしかない。いざとなればければ良い。


「フランツ殿とシュリア殿もこんにちは」

「……ごきげんよう」

「こんにちは。ケント殿は、見回りですか?」

「はい。一応、日課ですので。明日は教皇のところ行かなきゃならないし、面倒ごとだらけですよ」

「え……」


 カイリが一瞬絶句したが、ケントは気付かなかったのか簡単に肩をすくめただけだ。心底面倒だと言わんばかりに溜息を吐く。


「あーあ。本当はこんなのも放り出して、カイリと話をしていた方が有意義なんですけど」

「ケント」

「はい! ごめんなさい!」


 カイリが叱る様に名を呼ぶと、ぴしっとケントが直立不動で謝る。隣の部下二人が目を白黒させているが、気にしないことにした。きっと、ケントのこういう自由奔放なところは一生直らない。慣れてもらおう。

 教皇という単語が気になったが、ケントは大して気負っている様子は無かった。少々心配になったが、彼はさっさと話を変えてくる。


「みんなでお買いもの?」

「ああ、買い出しにな。じゃんけんで勝ったから」

「へえ! 普通負けたらな気がするけど、第十三位はそうなんだね」

「いや、……フランツさんの気分で」

「ええ。その時の気分で、勝った人、負けた人、グーを出した人、などで分けております。その方がメリハリが付いて盛り上がるでしょう」


 そうかな。


 カイリは大いに疑心に満ちていたが、ケントは目を輝かせて両手を叩いた。


「なるほど! それは良い考えですね!」

「でしょう? ケント殿なら分かって下さると思っていました」

「もちろんです! 今度、その手を使います。いやあ、ありがとうございます、フランツ殿。部下に仕事を押し付ける方法がまた一つ増えました!」



 押し付けるのかよ。



 しかも、部下の前で堂々と宣言するあたりが鬼だ。おかげで、隣の部下二人が目を白黒させてから白目をいた。一瞬気絶したらしい。

 第一位の間で、ケントはどういう立ち位置なのだろうか。敬われてはいる様だが、暴君な気がしてならない。


「ケント……あまり、部下に負担をかけるなよ」

「えー。大丈夫だよ! 僕の方がいっつも負担かけられてばっかりだから」

「……おい」

「だって、いっつもケント様ケント様って、何かあるごとに頼ってくるんだから! いくら鳥頭だからって、たまには自分で考える頭を持ってもらわないと、過労死しちゃうよ!」

「……なあ。隣の人達、泡を吹いてるんだけど」

「ああ、気にしない気にしない。いつものことだから」



 いつものことか。



 もう、どこから突っ込めば良いのか分からなくなってきた。

 だが、日常茶飯事というのならば、耐性も付いているのだろう。多分。

 現に、彼らは秒で復活し、ぐっと拳を握り締めて闘志を燃やしていた。


「……で、ですが、ケント様のためならば! 役に立てれば本望です!」

「ああ、そうだな! ……喜んで靴磨きでも土下座でもやらせて頂きます!」

「そう? ありがとう」

「はあああああああっ!」

「け、けけけケント様から、お礼を……! 今日は、何て素晴らしい日なんだ……!」



 ――この騎士団、大丈夫かな。



 ケントににこりと微笑まれ、涙を流しながら喜ぶ部下二人に、カイリは激しく不安を覚えた。カイリから見ても、今のケントの発言は適当に流しただけに見える。それで良いのかと、騎士団の未来が心配になった。

 しかし、盲信的過ぎるとはいえ頼られてはいるし、慕われてもいる様だから、やはりケントは優秀なのだろう。そうでなければ、精鋭である第一位の頂点には立てないはずだ。


「……あんまり、無理はするなよ。倒れたりしたら、みんな心配するからな」

「……それって、カイリも心配ってこと?」

「は? 当たり前だろ」

「……そっか! 分かった。ほどほどに手を抜いて健康を維持するね!」


 にっこにっことケントの顔が、はちきれんばかりに輝く。何がそんなに嬉しいのかと疑問を抱くほどに、太陽よりも眩しく光り輝いていた。

 はなはだ不思議ではあるが、元気になったのならば良いかと、カイリは思考を切り上げる。ケントは、まともに考えても答えが出ないことも多い。


「じゃあね、カイリ! 転んでティッシュとか破らない様にね!」

「って、俺は子供かっ」

「あはは! じゃあね!」

「ああ。気を付けてな」

「――」


 何気なくカイリが言った言葉に、だがケントは一瞬固まってしまった。

 何か変なことでも口にしただろうかと慌てたが、すぐにケントは花が咲き誇る様に破顔する。うん、と無邪気な子供の様な笑みだった。


「ありがとう! カイリもね!」

「あ、……ああ」


 ぶんぶんと手を振って、ケントは部下を連れ立って行ってしまった。

 だが、そのすれ違い様に部下の二人がカイリを温度の無い目で見つめてきて、少しだけ警戒してしまう。

 すぐに視線は流れたが、刺さる様な凶暴さと、嘲る様ないやらしさがあった。あまり歓迎はされていないのだろう。第一位と第十三位が犬猿の仲であり、カイリは彼らの勧誘を思い切り蹴り飛ばした。恨まれても仕方がないのかもしれない。



「……カイリの前では、本当に子供の様だな」



 フランツが疲れた様に零す。今の会話で疲弊ひへいしたのかと、カイリは首を傾げた。


「えっと、ケントのことですか? いつも、いや、前もあんな感じでしたけど」

「……そうか。まだ慣れんが、……あれもケント殿の他ならぬ一面ということか」

「わたくしは、まだ正直演技にしか見えませんけれど」


 フランツとシュリアの戸惑った空気に、カイリは去って行くケントの背中を改めて見つめる。

 確かに、今の彼の背中はそれなりに凛然りんぜんとしているが、今も時々振り返ってこちらに手を振ってくる。

 その姿はまるで子供だ。二人の戸惑いの方が理解出来ない。むしろ、心配だ。


「えっと、……ケントって、本当に団長、なんですよね」

「まあ、そうだな。今だって、部下達を見ただろう。もう、彼にどれだけ虐げられていても、一生ついていきます! って感じでお前を睨んでいたからな」

「はあ。……、そんなにあいつ、尊敬されているんですよね。……俺からすれば、今の発言で大丈夫かなって心配になるんですけど」

「……あなた、何いきなり過保護な保護者っぷりを発揮しているんですの」

「ほ、保護者って……別に、そんなんじゃ」

「カイリ、保護者になるにはまだ早い。俺のために一生子供でいてくれ」


 何故だ。


 いきなりフランツがさみしそうに眉尻を下げるので、カイリは唖然あぜんとしてしまった。シュリアが隣で白目になっている気持ちが、この時ばかりは分かる気がする。


「あの、……フランツさんが保護者になってくれているので、確かに子供ですけど」

「ああ、その通りだ。カイリの保護者は俺だからな」


 物凄く誇らしげに断言された。実際その通りなのだが、彼の自信の出所が謎過ぎる。

 フランツと親子関係になっているわけではないのだが、保護者なのだからカイリはまだまだ対外的には子供と見られているだろう。

 しかし、成人していても保護者がいて子供というのは、どういう立ち位置なのだろうか。時間がある時にはっきりさせておきたい。


「……まあ、実際ケント殿はかなり慕われているぞ。謎のカリスマというべきか」

「カリスマ、ですか」

「見てくれも良いし、頭も良い。それに武術も聖歌も断トツでトップクラスだからな。聖歌が神聖視されている上に、侯爵家の者だから、絶対的存在なのだろう。踏まれてもお近付きになりたいらしい」


 ――俺なら死んでも嫌だ。


 カイリが遠い目をして、人を踏むケントを想像しながら拒否したが、フランツには届かない。そのまま、更に語ってくれる。



「どれだけ無茶を振っても、どれだけ蔑まれても、『ああ、ケント様……』と恍惚こうこつとした笑みを浮かべているのを何度も見たことがあるぞ。ケント殿に踏まれに行くために、わざとミスをする奴もいるそうだ」



 ――それ、ただのマゾだよな。



 フランツの説明に、カイリは不安が深まるばかりだ。そんなマゾ集団の中にいて、ケントは大丈夫なのだろうかと益々心配になってくる。


「ま、彼は恐れられてもいますわよ。あの、薄い笑顔のままお仕置きするみたいですから。彼の機嫌を損ねたら、それこそすぐ切り捨てられますし」

「き、切り捨て?」

「……別に、殺すとかではありませんわよ。地位の降格とか、責任問題とか、色々ですわ」


 カイリの怯えを察したのか、シュリアが補足してくる。

 胸を撫で下ろしていると、フランツが苦笑しながら続けた。


「彼は貴族ということもあって、来る者は拒まず、去る者は追わず、を地でいっている様に俺には見えるがな。家族以外に特に誰かに執着する、という様な人柄にも見えない」

「……そうですか」

「だからこそ、カイリと友人になったと聞いた時は驚いたものだ。まさか、彼が友人というものに執着する日が来るとは……とな」


 フランツの言葉に、カイリは少なからず衝撃を受ける。

 彼の言葉は、ケントを知る屋台街の人々やクリス達家族と同じだ。



 ケントに友人が出来るとは。



 皆が皆、口を揃えて驚いていた。本当に、カイリが友人という事実は青天の霹靂の出来事らしい。前世の彼を知るカイリにとっては、そちらの方が驚きだ。

 けれど。


 来る者は拒まず、去る者は追わず。


 その印象は合っている。前世でも同じだった。

 だからこそ、だろうか。カイリが今まで見聞きしてきた彼の像は、驚きの連続だった。

 再会した時も前世の頃と変わらない言動だったから、カイリにはあの元気で無邪気なケントが当たり前なのだ。彼らの評価こそ、カイリには意外である。

 しかし、確かにカイリの知らないケントだって存在するだろう。クリスが話してくれた、人として欠けている部分だって、今の彼の一部だ。



 ――少しずつ、俺の知らないあいつを、知っていきたいな。



 いつか、彼が何かを求めてきた時に堂々と支えられる様に。

 願いながら、カイリは次第に小さくなっていく彼の背中を静かに見送った。


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