第165話


 エディの突然の問いに、カイリはぱちくりと目を大きく見開く。

 そのまま、彼の質問を脳裏のうりに流し――首を傾げた。


 だんしょう。談笑。エディが談笑する。


 それとも、だんそう。男装、と聞き間違ったか。つまり、男装が趣味というカミングアウトだろうか。いや、この場合なら女装と称するべきである。それとも、裏をかいて男装をした令嬢という暴露か。

 ぐるぐると思考を迷子にさせながら巡らせていると、エディが「あー」と困った様に目を泳がせた。


「もしかしなくとも、意味、分かってないっすよね」

「ご、ごめん。無知で。……えっと」

「……、……歓楽街にある娼館で働いている娼婦なら、分かるっすか?」

「あ、ああ」


 無知を誤魔化す様に、串に刺さった最後の一欠片ひとかけらをカイリは口に含む。改めてエディが差し出してきた単語を一緒に咀嚼そしゃくした。

 歓楽街。そういう場所も、この都市には確かにある。

 カイリには理解出来ないが、レインは時折足を運んでいると聞いていた。男として処理をするのも、時には大切なのだろう。

 だが、それとエディの話に何の関係があるのだろうか。


 ――いや。


 だんしょう。

 急激にひらめいた予想に、カイリが青褪める間もなく。



「つまり、……男娼だんしょうっていうのは、娼婦の男版のやつのことっす」

「……ぐっむっ!?」



 いきなりの大告白に、カイリは思わず口の中のものを飲み込んでしまった。思いきり喉が詰まる。

 ごっほごっほとせながら、何度も胸を叩いた。飲み込んだ食べ物が、変な風に胸の辺りで詰まる。

 エディが大慌てでコップを持ってきてくれて、カイリは何とか水と共に全て飲み干す。

 彼が背中を必死に撫でてくれたおかげで、何とか落ち着いてきた。ようやく吸えた酸素に感謝しながら項垂うなだれる。


「はあ……死ぬかと思った。ごめん、ありがとう」

「大丈夫っすか。……ああ、いや。ボクが驚かせたんすよね」


 すみません、と謝るエディの口調は儚げだ。

 弾かれた様にカイリが見上げると、エディは泣きそうな顔で笑っている。


 ――何で、笑うんだ。


 そんなに泣きそうになっているくせに、無理して笑う彼が痛々しい。

 何も言えずに見つめていると、エディは、ははっと力なく笑ってから――泣き出す様に唇を震わせた。



「……っ、すみません……っ」



 エディが、急に笑みを引っ込めて身を引いた。背中を撫でてくれた手を離す仕草が怯える様で、カイリの目に自然と力がこもっていく。

 恐らく、酷く睨み据える様な顔つきになっていたのだろう。怯えるエディの顔が、益々苦しそうに歪んでいった。


「……っ、すみません。やっぱり嫌っすよね。こんなボクに触れられるの――」

「っ。……何で俺が嫌がること前提なんだ?」

「……、え……、っ」


 困惑するエディの手を、カイリはおもむろに掴んだ。

 びくりと跳ねる彼に構わず、離すまいと彼の震えごと握り締める。



「確かにビックリしたけど、その過去でエディに対する印象が変わるわけじゃないからなっ」

「――」

「だから、二度と。『こんなボク』なんて言い方、しないでくれっ」

「……っ」



 激怒を含ませて断言すれば、エディが不意を突かれた様に目を丸くした。

 また顔が歪む彼を目の当たりにして、カイリは腹立たしくて仕方がない。――こんな風に、彼を泣かせる様な状況を作った原因に怒りを覚える。

 エディの手をゆっくり離すと、彼は戸惑った様に己の手を見下ろした。手の平の中に何かが残っているかの様に凝視する彼を、カイリは見守ることしか出来ない。

 男娼という単語は、前世の小説で出てきたことがある。確かに娼婦の男性版という認識で間違いなかったはずだ。



 つまり、エディは昔そういう仕事をしていたということか。



 以前、エディは歓楽街で仕事をしたと教えてくれた。同時に、歓楽街には行くな、とも。

 あれは、カイリを心配してくれると同時に、保身も入っていたのかもしれない。

 あの場所に踏み入れば、昔のエディを知る者達が多くなる。第十三位に入っていることだって有名だろうし、カイリがその団にいると知れたら嬉々として教えてくる連中もいたかもしれない。


 衝撃は大きかったが、今、ここで知れて良かった。


 恐らく騎士団の中では知れ渡っていることなのだろう。本人の口から聞けたことにカイリは感謝する。他人の口から面白おかしく語られることほど不愉快なことはない。

 しかし、疑問は尽きなかった。


「……どうして、俺に打ち明けてくれたんだ?」

「……。……どうして、っすか」


 対面の椅子に座り直し、エディは視線を下げていく。

 しばらく口をつぐんでいたが、涙を零す様にぽつりと落とす。


「そうっすねえ……」


 本来なら口にしたくもない過去のはずだ。

 現に、エディは言葉にするたび苦しそうだ。息が詰まった様な空気に、カイリは益々疑問が膨らんでいく。



「初めてだったんですよね」

「? 何が?」

「第十三位のことで、怒ってくれる人」



〝ボク達は第十三位なんすよ! 誰も、……誰も! 聞いてくれるわけがないっ!!〟



 以前、エディやリオーネとぶつかった時、彼は同じことを口にしていた。

 誰も、第十三位の言うことなど聞いてはくれないと。

 何か酷いことを言われても、誰も見向きもしてくれないと。



 仲間を悪く言われたら、誰だって腹が立つはずなのに。



 そんな当たり前のことを、彼らは今まで体験してこなかったのだ。

 改めて突き付けられた残酷な事実に、カイリの眉根が寄っていく。きゅっと無意識に拳が握り締められていくのを、エディが笑って視線で止めた。


「ボクが第十三位に入ったのは四年前っすけど。もうその頃には、第十三位っていわく付きの人間ばっかりで。周りの目は白すぎるし、助けも求められない状態でした」

「……、そうなんだ」

「何かあったら、第十三位のせい。相手が悪くても、こっちのせい。そんなことばっかりで、……新人事件もあって、まあ、色々と。過去のこともあって、ボク、本当に第十三位以外の人のこと信じられなかったんですよね」


 言葉にすれば短い。

 けれど、経験の長さに換算すれば、相当の月日が流れている。特に、苦痛の日々は一日一日の時間がやけに長く感じられるのだ。エディからすれば、地獄の様な日々だったのは想像にかたくない。


「入ってきた新人達も、ボクのこと、色々言ってきましたよ。まあ、元からいる騎士団の誰かが広めてくれたんだと思うっすけど……ファルも、その一人で」

「……あいつが」

「みんな、言ってたっす。ボクは、穢いって。いやらしいって。今だって、フランツ団長やレイン兄さん相手に、色々夜の処理してるんだって言っ――」

「な……っ!」


 がたっと、思わずカイリは立ち上がってしまった。彼の話を強引にさえぎる。

 エディが驚いて見上げてきて、気まずくなった。カイリがここでいくら怒ったところで、あのファルの様な人間が意見をひるがえすとは到底思えないし、ここでぐだぐだ文句をぶつけても仕方がない。

 行き場の無い怒りを握り締めながら腰を下ろすと、エディは目を伏せて少しだけ笑った。その笑い方がいつもよりも遥かに静かで、カイリは無意識に凝視してしまう。


「あー……、もう。本当に新人は」

「な、何だよ」

「……。ボクが男娼になったのは、両親に騙されて売られたからなんすよ。五歳の頃からずっと娼館にいました」

「……、え?」


 予想以上に幼い年齢だ。

 血の気が引いていくのが強く聞こえて、カイリは表情が固まってしまった。ばくばくと嫌な風に心臓が跳ねて、潰されそうなほど苦しい。

 カイリが反応出来ずにいると。



「ボクはずっと、『人間』になりたかった」

「――」



 目を伏せながら、笑ってエディは夢を語った。



「人間になって、家族が欲しかった」



 ささやかなのに、次から次へと零れ落ちる様に彼の想いが響いて流れ込んでくる。

 きっと、ずっと、それこそ宝物の様に抱いていた希望だったのだろう。カイリは口を挟まないまま、耳を傾ける。


「行ってきますって言える親。追いかけたり、遊んだり、喧嘩したり、そんな風に笑い合える兄弟。冗談を言い合える友人。学校で勉強する時間。ドキドキしたり苦しくなったり、一喜一憂する恋。……未来を誓い合える、可愛い恋人」


 ずっと、ずっと、欲しかった。


 吐息の様に語るエディの表情は、波立たぬ水面の如く清らかだ。

 だからこそ、余計に彼の想いの強さが際立って、カイリは必死に昂ぶる感情を握り潰した。――潰さなければ、喉が変に鳴りそうで堪らなかった。


「でも、そんなこと願える環境じゃなかった。同じ様な境遇の子供も、どんどん死んでいったし」

「……っ、死……っ」

「ボクらの代わりなんて、いくらでもいたから」


 孤児をさらってくる商人も、食い扶持ぶちを減らしたい貧乏も世の中には大勢在る。

 だからこそ、補充は効くのだ。

 カイリが幸せに生きていた裏では、そんな残酷な世界が広がっていた。何てことない風にエディが語るその事実に、ショックを隠し切れない。


「逃げたら死ぬ方がマシだって思えるほど折檻せっかんされるし、寝ても覚めても相手させられるっていう罰が待ってるし、思考なんてあるんだろうかっていうくらい余裕なんてないし。……三年くらい経った頃にはもう、逃げること、諦めてたんすけど」

「……っ」

「六年前、十二歳の時にフランツ団長が客として潜入して、救ってくれました。クリストファー殿と協力していたみたいで、娼館ごと潰してくれて」

「フランツさんとクリスさんが……」


 二人が協力して何かを成し遂げていたことを、カイリは初めて知った。

 フランツは確かにクリスのことを「クリス殿」と愛称で呼んでいたが、それほどまでに仲が良かったのか。二人の間には適度な緊張感がある様な気がしていたので、少しだけ意外だった。


「その後の生活や住むところの保障もしてくれましたよ。商店街の隅っこに住宅を与えてくれて。商店街の一部の人達も生活の援助をしてくれたり雇ってくれたり、協力してくれました。……それでも、半分は歓楽街に残りましたけどね」

「え、……何で……」

「それ以外の生き方を望めないほど、絶望していた子供達もいたってことです。……それを見捨てられない子供達も」


 淡々とした説明だったが、声の奥が暗く落ちた。

 無機質な響きは、感情を交えない様に制御しているのが見て取れて、カイリは己の浅はかさを呪う。何で、なんて聞いてはいけなかった。

 だが、ここで謝っても余計に傷付けるだけだろう。故に、何も言わずに続きを待つ。


「でも、ボクは、……」


 ぐっと、エディの喉の奥が詰まった。

 だが、緩く息を吐き出した後、遠い在りし日を見る様に声を出す。



「……ああ、この人みたいになりたいって」

「……」

「フランツ団長みたいに、本気で救いを求めている誰かを助けられる騎士になりたいって。そう、思って、……」

「……教会騎士を、目指した?」

「……、ええ。そうです」



 カイリの静かに後を取った言葉に、エディはようやくふわりと微笑んだ。

 彼のその笑みには、様々な思いが織り込まれている。彼にとっての教会騎士には、ひどく思い入れがあるのだと知って胸が震えた。


「二年間死に物狂いで体を鍛えて、扱いやすい武器を試して。……結果は、まあ一応適正があったから教会騎士になれましたけど、見事に第十三位行きでしたよ。ボクとしては、それで良かったんすけど」


 ははっと笑うエディの顔に陰りは無い。本気で、それで良かったと思っているのだろう。

 だが、吐き出される息が弱々しい。テーブルに乗せた腕を握り締める右手は紙切れの様に白くて、カイリは漏れそうになる声を殺して喉に力を入れた。



「騎士になってから、喋り方も変えました」

「え……」

「今も油断すると、前の喋り方に戻り……戻るんすよね。結構地になってきてはいると思うんすけど」

「……」

「こういう喋り方していたら、少しは……昔のあの仕事をしている、っていう印象から遠ざかれるかなって。まあ、なけなしの抵抗ってやつっす。――本当に最初の頃は、遊び半分で襲ってくる奴が多かったので」

「――っ」



 目を伏せて語るエディの口元は笑っている。

 だが、瞳は正直だ。顔で笑いながら、目の奥は泣いている。

 確かに、時折彼は丁寧な喋り方になる。本当に時折だし、言われてみれば、という程度の紛れ方だ。

 しかし、それは彼の血の滲む様な努力の結果なのだと知り、カイリの胸は握り締められる様に悲鳴を上げる。


「そんなボクのことを、フランツ団長をはじめとする第十三位は受け入れてくれました」

「……うん」

「嬉しかった。色眼鏡で見ない彼らに、何度救われたか。実際周りの悪意からも何度も助けてもらいました」

「……、うん」

「だから、ボクにとっては救世主のフランツ団長達が悪く言われるのを聞いて、憤って。でも、味方は誰もいなくて。誰が入ってきても同じで。……新人達の攻撃もあって。もう、信じられる人には出会えないんだろうなって思ってたんすけど、……」


 見上げる様にカイリの方を見つめてくる。

 貫くほどに真っ直ぐで強い眼差しを、カイリも真正面から受け止めた。

 目をらせば、また彼は引いてしまう。予感があった。



「新人――カイリ。あんたが、来た」

「……」

「あんたは、ボク達が何か言われるたびに本気で怒ってくれているんだって。本気で思ってくれているんだって。今ならそう思えるから」



 だから、と。エディは口ごもり、けれど意を決した様に顔を上げた。


「ボクは、あんたに隠し事をしたくなかった」

「――」

「ちゃんと秘密を打ち明けて、その上であんたと仲良くしたいって、……仲間になりたいって。そう思ったから、話しました」

「エディ……」

「これからも第十三位として一緒にやっていくんだったら、必要だと思って。……いつバレるんだろうって怯えながら過ごしていくのは、本当の居場所じゃないと……昨日思ったんです」


 エディの告白に、カイリの胸が痺れる様ににじむ。

 彼は、カイリと本当の仲間になりたいと望んでくれた。己の引いた一線を越えて、踏み込んで、未来を歩いていきたいと願ってくれたのだ。

 それは、どれだけの覚悟を要しただろうか。どれだけの葛藤と苦悩を抱えただろうか。

 その全てを乗り越えてカイリと手を取ろうとしてくれた彼は、この上なく強く、尊き人間だ。そんな彼から歩み寄ろうとしてもらえたことを、心から誇りに思う。

 だが。


「新人と、これからも一緒に歩いて行きたいと思っています。それは本当っす。……でも、……」

「……でも?」


 話の雲行きが怪しくなってきた。

 何だろうと不安に駆られていると、エディは一度強くまぶたを閉じてから口を開く。



「……。新人。ボクは、あんたには長生きして欲しい」

「……、長生き?」

「第十三位にいたら、もしもの可能性が高すぎるから」



 もしも。

 彼が言わんとすることを見抜き、カイリは唇を開く。


「エディ……」

「目を付けられることも多いし、さっきの教皇の件も聞いたでしょう。……実際、教皇から招待状が来るってことは、もう目を付けられているのは間違いないっす」


 淡々と分析する彼に、カイリも深く頷く。

 教皇の招待状は今回は蹴られるが、毎回可能ではないだろう。恐らく、ミサの時の様に再び対面しなければならない日も遠からずやってくるはずだ。

 エディは、それを危惧きぐしているのか。優しい人だと胸が熱くなる。

 けれど。


「今なら、まだ抜けられるっすよ」

「……エディ」

「ケント殿もいるし、第一位にいたら、きっと」

「エディ。それはしないよ」


 遮って、カイリは首を横に振る。思った以上に語気が強くなってしまった。

 エディの息を呑む様な表情に、カイリは心をなだめる様に胸に手を当てる。


「言っただろ。俺は、聖歌を正しく扱える人で在りたい、って」

「……ええ」

「第一位にいたら、それが出来なくなりそうだし。それに、……今の教会の状態を正さないと、難しそうだろ?」

「……新人」


 エディの声には感嘆と憂いが混じり合っていた。

 恐らく、彼も迷っているのだろう。エディの言葉自体、彼が大切にする第十三位の目的や心に反することでもあるはずだ。

 それでも、彼はカイリを心配してくれている。だから、意に反してでも別の道をしてくれたのだ。

 その心遣いだけで充分だった。



「俺、第十三位が一番信頼できるって思っているし。エディ達のこと好きだし、尊敬しているし。ここ以外の場所なんて考えられないよ」

「……っ」

「例え、それで命を落としたとしても後悔はしない。……俺は、俺の心を裏切る行動をした方が、ずっと後悔すると思うから」



 だから、第十三位に居続ける。



 嘘偽り無い覚悟を告げれば、エディが眩しいものを見るかの様に目を細めた。

 無言で彼の視線を受け止め続けていると、エディも観念した様に溜息を吐く。疲れた様な響きが、雄弁に呆れを物語っていた。


「新人って、ほんっと頑固っすよね。向こう見ずだし、負けず嫌い」

「うん。よく言われてるよね」

「はあ。……まあ、そんな新人だから、信じられるんですけどね」

「――っ」


 ――信じる。


 その単語が、頭の中を何度も何度も木霊しながら跳ね返る。

 彼は、信じると言ってくれるのか。

 あれだけ第一位の試合の時は疑っていたのにと、カイリの胸の底からじわじわとくすぐったい熱が湧き上がる。そのまま、氾濫はんらんする様に溢れ返って止まらなくなった。

 かあっと顔の方もゆだった様に熱い。今鏡を見たら真っ赤なんじゃないだろうかと、カイリは反射的に頬を搔いた。


「新人、顔が赤いっすよ? ……さては、喜んでるっすね」

「う、うるさいなっ。仕方ないだろ、……信じて、もらえる、とか」

「……あの時は、本当に申し訳なかったと思っているっす。今思うと、本当にボク、頑なで……濡れ衣だって今なら思えるのに」


 罰が悪そうに頭を掻くエディに、カイリは感無量の想いで彼を見つめる。

 あの時は、どれだけ叫んでもエディは信じてはくれなかった。第一位の仕業なのに、カイリのせいだと疑いが深かった。



 けれど今は、『濡れ衣』だと信じてくれている。



 まだ、出会ってから三ヶ月くらいしか経っていない。

 それでも勝ち取れた信頼が、これ以上ないほど嬉しくて堪らなかった。


「……うん。ありがとう」

「……新人」

「エディが、そう思ってくれただけで。俺は、嬉しいよ」


 目頭が熱くなってきた。泣きそうだと俯くと、エディが慌てた様に立ち上がってくる。

 おろおろと右往左往し始めた彼に、カイリはぶはっと噴き出してしまった。

 そういえば第一位の試合の時も、カイリが泣きそうになったらやけに慌てていた。涙に弱いのかもしれない。


「エディは、優しいよね」

「っ、何すかいきなり! 褒めても、おごらないっすよ!」

「ははっ。ここは、俺が誘ったんだから。俺が奢るべきだよね」

「……いや! そんなことさせられますか! 先輩として、ボクが奢ります!」

「え」



 何故、そうなる。



 カイリは突っ込んだが、その後本当にエディが全額支払ってしまい。

 これでは、どちらが元気付けられたのか分からないと頭を抱える羽目に陥るのだった。



 だから、カイリは知らない。



「――それは、こっちの台詞っす」



 本当に泣きそうになりながら、エディがこっそり零していたことを。


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