第126話
高き砦から、オレンジ色の髪の女性が地上を見下ろしている。
いやに静まりかえった空気に、カイリはまた夢に踏み込んだことを確信した。精神の状態が最悪な時にまで見てしまうとは、夢というのは本当に都合を考えてはくれない。
だが、カイリとしてもこの女性の行く先が気になっていた。
それに、今の彼女は剣を握ってもいないし、血まみれになっているわけでもない。あの惨劇が起こる前なのだということは理解出来た。
「ごめんなさい、フランツ」
悲しそうに笑う彼女の視線の先には、一人の男性が転がっていた。
その顔は苦痛に満ちているのに、どこか安らかにも思える。相反する感情を綺麗に伴う彼は、カイリのよく知る人間だった。
「……フランツ、さん」
名を口にすると、鈍い痛みが胸を刺す。思わずぎゅっと胸元を握り締め、それでもカイリは彼の顔を眺める。
今よりも若い。
ぼんやり見ているといつの間に寄ってきていたのか、女性は静かに彼の前にしゃがみ込んでいた。
そっと、彼の髪を撫でる仕草は愛しさに満ち溢れている。ただ撫でるだけなのに、これほどの愛情が感じられるのかと、カイリは不意に泣きたくなった。
「どうか、貴方だけでも生きて」
優しい眼差しで、彼女が口元に小さく笑みを浮かべる。泣いている様な気がしたが、涙は一切零れ落ちていない。
一度目を閉じ、彼女は祈りを捧げる様に両手を組む。しん、と痛いほどの静寂が辺りを包みこみ、カイリの背筋も厳粛に伸びた。
どれほどの時間が経ったのか。
やがて、女性はゆっくりと目を開け、天を仰ぐ。
薄暗くどんよりした空からは、慈悲の一欠片もない。光さえ差さないその天に、しかし彼女は救いを見るかの様に微笑んだ。
「神様。どうか、罪深き私をお許しください」
遠くを眺めたまま、彼女はゆるりと立ち上がる。腰に剣があるのを確認し、悠然と砦からもう一度地上を見下ろした。
カイリも釣られて見下ろせば、そこには真っ黒な海が地上一面に並々と広がっていた。
忘れもしない。初めてこの夢を見た時に知った、彼女やフランツの仲間である教会騎士達だ。
彼女は
横顔には、決死の覚悟が猛然と宿っていた。
内側から
「……私は、これから仲間と……お腹の家族を殺します」
「――っ」
「……これは、私のエゴ」
フランツにだけは生きて欲しいという、エゴ。
小さく口ずさみ、彼女はゆっくりとお腹を撫でる。その苦しそうな顔に、カイリは体がばらばらに引き裂かれそうになった。
彼女のお腹には、新しい命が宿っている。
そう直感して歯噛みした。責めれば良いのか、悲しめば良いのか。もうカイリには分からない。
しばらくお腹を撫でた後、彼女はカイリの方を振り向いてくる。
まただ。また、彼女と目がかち合う。
夜の様に深い紺色の
彼女が、フランツが愛した人。
迫りくる静かな荒波の様な気持ちを、カイリは受け止めかねていた。
「ごめんなさい、……カイリさん」
「……、え」
俺の名前、とカイリは動揺してしまう。
言葉に詰まっていると、彼女はひどく申し訳なさそうに微笑んだ。
「巻き込んでしまって、ごめんなさい。……貴方は、どうやら『この国』と縁が深いみたいだから、……加護と共に
「……、縁。加護」
ここは、一体どこなのだろう。
縁が深いと言われて思いつくのは、もう失われてしまった故郷だ。
もし予想が正しいならば、エミルカということになる。
しかし、縁が深いからこの夢と繋がる意味が分からない。
困惑していると、彼女はそれ以上言わずに、一方的に告げてくる。
「本当にごめんなさい。……でも、私にはもう、貴方に託すしかないから」
「……託す、って」
「彼も、あの子も、……そして、今の事件も。あんな風にしてしまったのは、紛れもなく私の過ち。……私の罪を貴方に
彼女はゆっくりと頭を下げ、カイリに懇願する。
「お願いします。どうか、――」
「――――――――」
彼女の言葉が聞こえるか聞こえないかというところで。
カイリはいつも通り、目が覚めてしまった。
カイリが戦力外通知を受けて、一日が経った。
今日も朝から主にレインが抗議をしたが、フランツは頑として受け付けなかった。
あまりに腹が立ったのか、レインは一度カイリを無理矢理連れて行こうとしたが、フランツが問答無用で立ちはだかったのだ。
内輪で同士討ちなど、益々事件解決が遠くなる。
故にカイリが間に入ってレインを
「あんた達、邪魔だよっ。今日はもう子守りは良いから、一日街中駆けずり回ってな!」
痺れを切らしたアナベルの鶴の一声で、フランツ達は今、全員外出している。
一人カイリだけが残ったことに
「カイリー!」
孤児院の玄関広場で丸太の上に座っていると、後ろから突撃された。
どおんっと可愛らしく、けれど狂暴に突進してきたのはミックだ。その力強さに
「ミック。みんなも。どうかしたのか?」
「カイリお兄ちゃん、見て見て!」
くいくいっではなく、ぐいぐいっとヴァネッサに腕を引っ張られ、カイリは強制的に子供達の方に向き直る。
何事だろうと疑問に思っていると、ふふんと、特にヴァネッサが得意気に胸を張った。
「見ててね! ナハト!」
「うん。やろう!」
ヴァネッサとナハトが向かい合って、にっこり笑い合う。
そして、両手を掲げて口を開いた。
「「いっちにー、いっちにー、いっちにー、いっちにー」」
「―――――」
掛け声をかけながら、二人が手を叩き、互いに合わせる。
そのリズムは、昨日カイリが教えた『アルプス一万尺』だった。手の動きも見事なもので、元気良く二人が重ね合う。
楽しそうに、嬉しそうに、二人が一番の長さをやり通す。綺麗に互いの肘に手を置いたところで終わりを迎え、満足そうに両手を叩き合った。
「やったわ! うまく行った!」
「カイリさん、どうですか? 教えてもらった通りに出来ていました?」
わくわくと輝く瞳で見上げられ、カイリも自然と頬が綻ぶ。
リズムの音程も合っていたし、手の動きも教えを吸収していた。
何より、楽しそうに彼らがリズムを取って遊んでいる。
――自分が教えた手遊びを、とても楽しそうにやってくれている。
今のカイリには、それだけで心が震えるほどの喜びだった。
「……ああ。凄いな。リズムも合ってたし、手の動きも合ってた。見ていて俺も楽しかったよ」
「ほんとう!? やったわ! ナハト!」
「うん、やったね! カイリさん、教えてくれてありがとうございます!」
「ううん。俺こそ、ありがとう。……本当に嬉しい」
頭を撫でると、嬉しそうに二人の顔が綻ぶ。
けれど、すぐに心配そうに見上げてきた。他の子供達も同じ様に眉尻を下げていて、どうしたのだろうと首を傾げる。
「みんな、どうかしたのか?」
「……カイリお兄ちゃん。まだ、傷が痛むの?」
「え?」
「昨夜から、元気が無かったので。みんなで驚かせてみようって」
「――っ」
子供達にまで見抜かれていたなんてと、カイリは己の体たらくに失望した。笑っていつも通りに話していたはずなのに、顔に出ているとは年長者として失格である。
誤魔化そうと思って笑いかけたが、上手く行かない。それが益々彼らの顔を曇らせて、カイリは逃げ出したくなった。
けれど、そんなことをしたら彼らの顔が完全に暗くなる。それだけは避けたい。
「……ああ、ごめんな。傷、大分良くなったんだけど」
「……本当なの?」
「みなさん、ぴりぴりしていました。朝は、レインさんと団長さんが喧嘩していましたし」
「カイリー! げんきだせー!」
「げんき、だす……」
ぎゅっとミックとテリーが抱き付いてくる。その強さと温もりに、カイリの目の奥が熱くなる。引きつりそうな喉に、必死に力を入れた。
子供達にまで気を遣わせてしまうとは、本当に大人組が情けない。カイリが主な原因なので、余計に申し訳なかった。
「……大丈夫だよ。ちょっとな。色々あったんだけど、すぐに仲直りするから」
「ほんとうか?」
「ああ。もうちょっとだけ嫌な空気が続くかもしれないけど、……ごめん。大丈夫だから」
抱き締め返して、カイリが穏やかに諭す。
子供達はまだ顔を曇らせていたが、それでも納得してくれた様だ。揃って頷いて、カイリに笑顔を向ける。
その笑った顔が眩しくて、痛い。上手く笑い返せているか分からなくなる。
「……、俺、ちょっと喉が渇いたな。水、飲んでくるよ」
「わかったわ! すぐもどってきてね!」
「ああ」
一旦気持ちを切り替えなければならない。
思って、カイリは孤児院の中に入る。ここ数日ですっかり勝手知ったる建物の中だ。迷うことなくキッチンの方へ向かうと。
「あんたね! こんなに受け取れるわけないだろう!」
「――っ」
キッチンの方角から、アナベルの怒鳴り声が聞こえてきた。思わず足を止め、カイリは引き返すか迷う。
だが、次に聞こえてきた声に、カイリは完全に足を止めてしまった。
「別に、これは教会からの寄付金ではない。あくまで俺の私財だ。受け取っても文句は言われん」
言い合いをしている相手はフランツの様だ。いつの間に帰ってきたのだろうか。
カイリがぼーっとしていたから気付けなかったのだろう。また、目が節穴だと言われそうで、心が縮む様に痛んだ。
「だったら尚更受け取らないよ! 誰が、あんたなんかの」
「そうは言っても、この街の教会が正常に戻るまでには時間がかかる。その間、苦しい生活を子供達にさせるつもりか?」
「っ、お姉様を見殺しにしたくせにっ。よく言えるねっ」
「それとこれとは」
「話が別だって言うんだろっ。……あたしにとってはね、同じなんだよ!」
だんっと何かを殴り付ける様な音が上がる。
カイリは
「あんた、……十一年前に味方が全滅した日、お姉様はどうしたって言った?」
「……」
「あんた一人助かるために、生贄にしたって言ってたじゃないか! 泣き叫ぶお姉様を敵陣に一人放り込んで、背中を向けて逃げ帰ってきたって!」
「――」
アナベルの絶叫に、カイリの思考が凍り付く。
敵陣に一人放り込んで、逃げた。彼女はそう言ったのか。
誰が。フランツが。そんなことをしたというのか。一瞬脳裡に過った悪夢と随分違う。
いつも
面倒見も良く、責任感も強いと思う。仲間が失敗を犯しても責めたりはしない。シュリアのことだって、追及したりはしなかった。
それなのに。
「お姉様は、どんな目に遭ったか……! 聖歌が歌えるばっかりに、あんたに目を付けられて! あんたがお姉様の歌を見つけなければ、お姉様は今だってこの孤児院にいたんだ! 一緒に、子供達の面倒を見ていたんだよ!」
「……すまない」
「謝罪なんか聞きたくないんだよ! あたしの手紙も散々無視してたくせに、今更! 金だけ払って済まそうだなんて、一番穢いやり方だ!」
まるで泣いている様だ。
実際、泣いているのだろう。叫びは
たった一人の家族だった姉を、聖歌を歌えるという理由だけで奪われたのだ。しかも、戦場で捨て駒にされたと聞かされ、心中は如何ほどだっただろうか。
アナベルの激しい憎悪に、カイリの心が真っ黒に潰れそうだ。
「それに、こんなに金与えて、あんたこそ暮らしはどうするんだいっ」
「家族もいない。一人なら充分やっていける」
「はんっ。あんた、あのカイリって子を養子にしてるんだろ? 家族がいるんじゃないのかい!」
「……っ」
一瞬、フランツの方が黙り込んだ。カイリも一緒になって息が止まる。
だが、彼が次に繰り出した言葉は、あくまで昨日と同じものだった。
「あいつは、もう家族ではない」
「……、……何だって?」
一段、アナベルの声が低くなった。
底なしの闇を垣間見た様な低さに、カイリの足が震える。
「あんた、あの子を家族にしたんじゃないのかい」
「その通りだ。だが、……今では、それで良かったのかと後悔している」
「……はあっ!?」
だんっとまたも何かを殴り付ける音がする。殴られた様に、カイリの鼓動も大きく跳ねた。
だが、それだけでは終わらない。
「あいつは、家族にするべきじゃなかった」
「――」
「まったく……俺も焼きが回ったな。あんな、使えない奴を家族にするなど」
「……、あ、んた……っ」
アナベルの声の低い震えが、どこから来るものなのか。カイリには判断出来なかったし、考えるのも限界だった。
カイリの心臓が、ばくばくと別の生き物の様に跳ね回って苦しい。もう立ち去りたいのに、足の裏が貼り付いた様に動いてくれなかった。
嫌だ。もう聞きたくない。罰が当たったのだ。盗み聞きをしてしまったから。
離れなければ。呼吸をするのも
早く――。
「よう、カイリ。どうした、そんなとこ突っ立って」
「――――――――っ」
背後から、場違いなほど
カイリも、そしてキッチンにいた二人も鋭く息を呑む。
思わず振り返ってしまったカイリは、今どんな顔をしているのか。分からなかったし、知りたくもなかった。帰ってきたらしいレインの
「……っ。俺、水が欲しくて」
急いでキッチンに乗り込んで、カイリは手早くコップを手にする。水を詰めた瓶を冷蔵庫から取り出し、乱雑に水を注いでいく。
「……あんた。今の、聞いて」
「……、ごちそうさまでした」
一気に
返事をすると、何かが零れ落ちそうだった。そんなことになったら、もうカイリは感情を抑制する自信は無い。
「おい、カイリ!」
「すみません。俺、昨日買い忘れたパン、買ってきます」
レインの叫びに
背中から、子供達が呼ぶ声がする。そうだ、すぐに戻ると約束したのにと遅れて思い出した。後で謝らなければと思うと同時に、もうどうでも良いという
走って、走って、どれだけ走っただろうか。
周りの
〝あんな、使えない奴を家族にするなど〟
「……ふ……っ」
堪えていた熱が目尻から流れ落ちた。街中で人の目もあるのにと懸命に抑止したのに、ぼろぼろ流れ出てくる。
どうして、こうなってしまったのだろう。カイリが、いつまで経っても成長しないからだろうか。街の治安がかかっているのに、襲撃者の顔も覚えていないからか。
考えれば考えるほど、己の欠点ばかり浮かび上がってくる。長所は何だろうかと、本気で悩んでしまった。
こんな風に落ち込んでばかりいても、何も始まらない。
だが。
〝こいつは、
――その通りだ。
あの時のエリックの言葉が突き刺さる。
少なくとも、今のカイリはその通りだ。歌が歌えるだけ。誰かが殺そうと思えば簡単に殺せてしまう。弱い弱い生き物だ。
〝本当にごめんなさい。……でも、私にはもう、貴方に託すしかないから〟
夢の中で、彼女に託されたけれど。
こんな自分では、もう無理だ。フランツに完全に突き放された今、約束を守れる気がしない。どうして彼女もカイリになど託したのだろうか。見る目が無い。
カイリは、一人では何も出来ないのだ。
そう。
「……あ、……っ」
しまった、とカイリは己の失態にまた気付く。
聖歌騎士は狂信者に狙われやすい。だから一人で行動するのは駄目だと最初に言われていた。言い付けまで破ってしまって、頭が痛い。
「戻らなきゃ……」
心も足取りも重いが、今ここでカイリが捕縛されたら、またフランツ達に迷惑がかかる。それだけは避けたい。
そう思って
「……嘘よ……っ!」
悲鳴の様な泣き声がカイリの耳を貫く。
ぼうっとした頭で振り向けば、女性が近くの壁に
「あの子、……あの子が、何をしたって言うの? 何で死ななきゃならなかったのっ!」
「……セレナ」
「あの日は、たまたま遅くなっただけなのよ。私が、風邪を引いたからっ。だから、代わりに遅くまで残って仕事してっ。……休んで、早く良くなってねって、店を出る時、確かに笑って手を振ってくれたのに……っ」
それなのに。
近くには、たくさんの花束が添えられていた。通りかかる人々も、痛ましげに一度一礼している。
それだけで、カイリには分かってしまった。
――ここは、切り裂き魔に女性が殺された場所なのだと。
「優しかったのにっ。何も恨まれる様なこと、してないわ。今度、彼氏が久しぶりに街に戻って来るって楽しみにしてたのに!」
「……っ」
「明日、戻ってくる彼に何て言えば良いの? 殺されたって、楽しみに戻ってきた彼に、そんな、……そんな残酷な報告しろって言うの!?」
「……っ。セレナ、一度戻ろう? あなた、五日前からほとんど寝てないじゃない」
「だって、……だって! 私のせいじゃない! 私が風邪なんて引かなかったら! あの時、無理してでも残って仕事していたら! そうしたら、死ななくてすんだのに!」
「セレナっ!」
「私が死んでたはずなのよ! 本当は! 私が! ……あの子じゃなくて、私が……っ、……死んでたはずなのよ……っ!」
わああああああっと、大声を上げて女性が泣き崩れた。傍にいた友人らしき人達が、堪える様に彼女を抱き締めている。
歯を食いしばって、カイリはその声を脳裏に刻む。口を手で覆って、嗚咽と吐き気を懸命に堪えた。
――何て、愚かだったのだろう。
己の失態に、また打ちのめされる。
切り裂き魔の正体を、一刻も早く突き止めなければならなかったのに。自分の無能さを改めて思い知らされた。
犯人の顔を見たのに、顔を覚えていない。
犯人候補だった人に出会ったのに、同一人物か見分けもつかない。
そんな言い訳、今泣き叫んでいる人達に言えるはずもない。
何故、分からなかったのだろう。何故、違うなら違うと断言出来なかったのだろう。
カイリは犯人の顔を見た貴重な証人だ。ならば、絶対に見分けなければならなかった。
それなのに。
〝既に死者が五人も出ているというのに、この体たらく。どれだけお前の目は節穴なのだ〟
フランツの言う通りだ。
カイリの目が節穴のせいで、事件の解決が確実に遅れている。
このままでは、今目の前で泣き叫んでいる人達の様に悲しむ人が、犠牲者が、また出てしまう。
自分のせいで。
〝そうさ。あんたが殺したんだ。大人しく私たちについてこれば良かったものを〟
村が、自分のせいで滅んだ様に。
もう二度と、あんな悲しい事件を生み出したくなかったのに。
他ならぬ、自分のせいで。
また――。
「……おお。貴方は確か、聖歌騎士の」
「――っ」
自責の念に押し潰されそうになっていると、ねちっこい声と共に腕を掴まれた。
慌てて見上げれば、初日に孤児院に訪れた教会騎士二人組だった。にやにやとした笑みで、カイリを見下ろしている。
確か、フランツに謹慎処分を言い渡されていたはずだ。
それなのに、何故表に出ているのか。
「……どうして、外に?」
「いや、そんな。理不尽に謹慎を言い渡されて、はいそうですか、って納得出来ますか!」
「ちょうど良い。貴方、聖歌騎士なんでしょう。だったら協力して下さいよ」
「……何を」
「そんなの、ね!」
「っ!」
ぐいっと捻り上げる様に腕を引き込まれる。無理矢理な引っ張り方に、カイリの腕が
「は、離……っ!」
「俺達の出世街道に決まってるじゃないですか」
「――」
いきなりの暴論に、カイリの頭が一瞬真っ白になる。
その隙を突かれ、更に腕を引っ張られた。いたっ、と悲鳴が漏れてしまい、二人の顔がいやらしく歪んでいくのに身の毛がよだつ。
「狂信者に仲間の聖歌騎士が
「そうそう。最近ちょうど狂信者がちらついていますし」
「……っ、何、言って」
「それを報告したら俺達の株も上がるってことですよ。……せいぜい役に立って下さいね、聖歌騎士サマ?」
「――っ!」
ぐいぐいと路地裏に引っ張られていくのに、カイリは危機感を覚えた。この期に及んで狂信者に媚びを売る彼らに吐き気がする。
「――、させるか! 【離せ】!」
「……なっ!」
聖歌語を使い、物凄い勢いで彼らを投げ飛ばす。
そのまま脇目も振らずに、カイリは孤児院を目指して駆けた。背後から粗野な怒鳴り声と足音が迫ってくるが、振り返ってなどいられない。
カイリがここで捕まるわけにはいかない。狂信者の道具にされるのもご免だ。
気力を振り絞って、カイリが駆けていると。
――どっ。がっ。
派手な強打音が後ろで鳴り響いた。一緒に、ぎゃあっと情けない潰れた悲鳴も上がる。
カイリが振り返ると、少し離れた場所では先程の男性二人組が完全に目を回してのびていた。しばらく起きる気配も無い。
その二人の傍に佇んでいたのは。
「……、……パリィさん」
ぼんやりのんびりと、億劫そうに物事を見渡している様な雰囲気を持ち合わせたパリィだった。
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