第110話
「まあ。それでは、総本山から来られた騎士様なのですね」
地上と二階の窓から挨拶を交わした後。
フランツは、結局オレンジ色の彼女に招かれて、孤児院の中へと入ることになった。
名を、メリッサと言うらしい。互いに軽く自己紹介して、軽く
ナスの
特に、大根の漬物は絶品だ。これほど美味しい漬物を一人で作れるというその手腕にも驚いた。
彼女は将来、良い嫁になれる。何故か自然と、フランツの隣で微笑んでいる彼女を想像し、己の想像力に首を傾げたりもしたが今は置いておく。
「ああ。だが、もう任務は終わったのでな。遅くとも二日後には
「そうなのですか。せっかくお知り合いになれたのに……」
残念です、と声に出さずに告げてくる彼女に、フランツは不思議な気持ちになる。会ったばかりだというのに、何故彼女が
けれど、フランツも何となく別れがたいと思っている。
彼女と目が合ってから不思議なことだらけだ。初めての感覚に戸惑いながらも、弾む様な楽しさも覚える。
それに、憂いを帯びた彼女の夜空の瞳が、星が瞬く様に美しい。彼女は夜と朝を同時に兼ね備えた素晴らしい女性だとしみじみと感じ入った。
じっと見つめれば、彼女も視線に気付いて目をまんまるにしながら見つめ返してくる。ほんのりと赤く染まっていく頬がまた愛らしい。いつまででも見ていられそうだ。
「あ、あの。騎士様?」
「ああ、すまない。可愛らしいと思ってな」
「えっ⁉ か、かわ、あ、あの⁉」
「星が小さく瞬く夜空を、柔らかく照らす太陽の様な人だと地上から見上げた時に感じたのだ」
「よ、夜空⁉ 星⁉ 太陽⁉」
「君のその姿はまさしくそんな雰囲気を兼ね備えていると、しみじみ感動していたのだ」
「か、か、感動……」
「歌も素晴らしかった。優しく穏やかな旋律は心が洗われるようだったぞ。いつまでも聞いていたかった」
「き、聞いて……! う、ううううううっ。き、騎士様は、く、く、口がお上手で……っ、すねっ」
「そうだろうか? 本当のことしか言っていないのだが」
「ほ、本当……っ」
ぼんっと、真っ赤に噴火しながらメリッサが両手で頭を抱えてテーブルに突っ伏す。頭からしゅうしゅうと煙が出そうなほど真っ赤になっているから、頭を押さえているのか。なるほど、賢いと感嘆する。
「き、騎士様も……」
ぷしゅっと、噴き出す様にか細い声がテーブルに突っ伏した奥から飛んでくる。
何だろうかとフランツがまた見つめていると。
「とても凛々しいお方で……二階から見下ろした時は、金の髪がとても眩しく、夜明けを告げる太陽の様な輝かしいお方だと感じました」
「……なんと」
「顔と同じく声まで凛々しく、騎士様の音が耳に入るたびに心臓があったかくなったり安心したり……けれどとてもドキドキして堪りません」
「ほお。俺の声には温かくなる効果があったのか。それは知らなかったな」
「それに、……何だかどっしりと山の様な雄大さと頼もしさが騎士様の周りを包み込んでいる様で……。この方の傍にいれば、どんな不安にも立ち向かっていけるのではと勇気づけられる様です。貴方こそ、山の様に頼もしく、太陽の様に周りを照らすお方だと思います」
「おお……山に太陽か。君といたら自然の雄大さの中に身を置く様な生活が出来るかもしれないな」
「せ、生活……!」
またも叫びながら突っ伏すメリッサに、フランツは笑みが止まらない。彼女は結構リアクションが大きく、見ているだけで楽しいと発見した。
そんな風に彼女の愛らしい空気をのんびり噛み締めていると、見事に切り裂くほどの騒々しい声が飛んできた。
「って、お姉様っ! どうしてこんな怪しい奴を招くんだい! しっかもこんな素晴らしく優しい歓待までするなんて……!」
大広間の奥から、一人の女性が怒り顔で姿を現す。メリッサと同じ
それなのに、顔が鬼も泣いて逃げるほどの恐ろしい形相だ。眉は吊り上がり、目も一緒に吊り上がり、口もへの字に曲げて可愛い顔が台無しである。
「あんた、何お姉様をたらしこんでるんだい! このスケベじじいっ!」
「まあ、アナベル。せっかくおいで下さったのに、そんなことを言ってはいけないわ」
「そうだな。俺はまだ二十四歳だ。じじいではないぞ」
「あら。そうですね」
「って、そういうことじゃないよ! 何なんだこいつ!」
「俺か。俺は、第十三位の団長のフランツだ。よろしく頼む、アナベル殿」
「……そういうことでもないよ!」
だん、っと乱暴に新しい皿を叩きつけてくる。
その上で踊ったのは、真っ白なパンだった。中にレタスやハムやチーズなどがはみ出さんばかりに挟み込まれている。パンの切り口もがたがたで、明らかに手馴れていないのがよく分かった。
「おお。これは、豪快だな」
「そうかいそうかい。このパンを切ったのはね、お姉様だよ」
「あ、アナベル!」
ふふんと勝ち誇った様にアナベルが腕を組んで見下してくる。その隣では、さっと羞恥で飛び上がるメリッサがいた。その飛び上がり方も可愛らしい。
しかし、何故アナベルが勝ち誇るのだろうか。首を傾げるしかない。自分の方が上手に切れるという自慢だろうか。
「パンとは、これのことか?」
「そうさ。がったがただろ?」
「ちょ、ちょっとアナベルっ!」
「お姉様は不器用だから。漬物は美味しいのに、それ以外は全然駄目。ナスは焦がすし味噌も焦がす。パンは切ったら何故か斜めから更にV字型に切ってから斜めへ行くし、ハムを挟むとどばんとはみ出て、チーズも何故か潰れるし、ジャムを塗ったら何故か中ではなく外ばかりべたべた塗られるという
「もー! アナベル!」
顔だけではなく、見える肌を全て真っ赤に染め上げながらメリッサが突っ伏す。
なるほど、つまりここにある食事は全てメリッサが作ったものだということか。ナスも味噌も見事に焦げているのは、彼女が調理したからだろう。
アナベルが持ってきたサンドイッチは、何やら整えられた跡がある。恐らく、少しはマシに見える様に彼女が細工したのだろう。もしかしたら、他の料理も整えられていたのかもしれない。
このやり取りだけでも、姉妹同士の優しさが透けて見える。そのまま出せば、フランツがもしかしたら
「どうさ。幻滅したかい? しただろう」
「む?」
幻滅したとは何だろうか。
メリッサが恥ずかしそうに眉尻を下げているのが可憐だと心の中で称賛しながら、フランツは尚も首を傾げた。
「何のことだ?」
「食事だよ。お姉様って、顔も良いしスタイルも良いし性格も良いし声も綺麗だし子供達に好かれているし、女性としてさいっこう! で、非の打ち所が無い様に見えるだろう?」
「ああ。そうだな」
「えっ! き、騎士様っ!」
「でも、料理がてんで駄目なんだよ。ついでに、掃除や裁縫も酷い。お姉様の外見にふらふら寄って来た男達は、その惨状を見て大体幻滅するんだよ。あー、やだやだ、男って」
「ふむ。なるほど」
先程の話はそういうことかと、フランツは納得する。
つまり、今までの男性は彼女の見かけだけに惚れ、勝手に幻滅して離れていったということか。フランツからすれば、愚の骨頂である。
確かに、フランツも彼女に一目惚れをしたわけだが、だからと言って幻滅はしない。
むしろ。
「アナベル殿」
「何さ」
「君が先程言ったではないか。こんな夜更けにいきなり訪ねてくるなんて、怪しい奴だ。最初に良い顔しておいて、その内化けの皮がはがれて見境なく襲いまくるこの変態スケベじじいと」
「……そこまでは言ってないよ」
「まあ、同じことだろう」
「……えええ……っ」
したり顔でフランツが頷けば、アナベルが
「確かにその通りだと思うぞ。メリッサ殿、一人ではないとはいえ、見知らぬ男をこんな真夜中に家に上げてはいけない」
「え。……す、すみません」
「まあ、俺は嬉しかったが。一目惚れしたのも事実だしな」
「……、……え!」
「はあっ!?」
メリッサがぼんっと爆発した様に再び真っ赤になり、アナベルが目を
「俺は正直、任務で疲れていた。敵と一戦やり合った後だったからな」
「まあ……そうだったのですね。ご苦労様でした」
「ありがとう。……だから、こうして静かに招いて食事を提供してくれるというのは、とても安らいだし居心地が良かった。久々に、誰かの手料理というのも食べたしな」
「……あんた、騎士様だろ。どっかに食堂とかあるんじゃないのかい」
「まあ、そうだが。しかし、その他大勢に対してではなく、こうして誰かに対して手作り、という感じがあるものはやはり嬉しいものだ」
実際、ナスの味噌焼きも大根の漬物も、ここでしか味わえない美味しい家庭の匂いがする。焦げた感じも家庭料理ならではで、フランツは懐かしささえ覚えた。
「ナスも、美味かったぞ。このサンドイッチもきっと美味いのだろう」
「え、あ。……そ、そんな」
「俺がこの服装だけで教会騎士と分かるとはいえ、こうして見知らぬ男を歓迎してくれる。メリッサ殿は、とても優しくて懐の広い海の様な女性だ。益々惚れた」
「え! ……ええっ!?」
メリッサがもう湯気でも出そうな勢いで机に突っ伏す。アナベルも信じられないものを見る目つきで、フランツを凝視してくる。
彼女達とはこの少しの間しか共にいないのに、とても安らいでいる自分がいた。会話も楽しいし、いつまでもこうしていられたらと夢さえ見てしまう。
だが。
――そんな彼女達に、これから
彼女に惚れたと気付いたのと同時に、フランツの心には苦いものが走った。
それはそうだろう。何故なら、フランツがここを訪ねた理由は、『歌』だったのだから。
「……すまない。そんな優しく仲の良いお前達に、俺はこれから引き裂く様なことを言わなければならない」
「え?」
「……な、何だい。ほんとに結婚とか言うんじゃ」
「それはもちろん、仲を深めてからな。……メリッサ殿。すまない」
「え? あの」
戸惑うメリッサに、フランツは姿勢を正して告げる。
「歌を歌える君を、俺は、聖地へ――教会の総本山へ連れて行かなければならないのだ」
「――」
歌を歌える者。
それは、狂信者に狙われる者。
フランツは、その人物を見つけてしまった。
故に、狂信者から守るという名目で、連れて行かなければならないのだ。
彼女達――仲の良さそうな姉妹を引き裂いて。
フランツは、彼女達に恨まれながら聖地へとメリッサを導かなければならなかった。
夕食の支度は、結局フランツやレイン、そしてエディを交えて行われた。
カイリも手伝いに入り、シュリアやリオーネも手伝おうとしたが、男性陣に問答無用で却下をされた。不服そうにしていたが、子供達に揉みくちゃにされていたので、それどころでは無くなったのが幸いである。
そうして出来上がった料理は、豪華の一言であった。
一度レインがエディを連れて買い出しに出かけ、大量の食材と共に帰ってきた時点で、カイリも察した。これはもう、今夜はパーティだと。
前菜風味のサーモンのカルパッチョをクラッカーに乗せ、シーフードやマルゲリータなどの様々なピザ、オムライスにハンバーグ、ビーフシチューに舌平目や鮭のムニエル、カレーライスとパスタの共演や鳥の照り焼きなど、見ているだけでお腹がいっぱいになりそうだ。
しかも極めつけは、各種のケーキやプリン、パンナコッタにチョコフォンデュまで勢揃いときた。
子供達の目がきらっきらに輝いている。
積み上げられたご馳走の数々は、彼らにとっては光り輝いて見えるのだろう。カイリは自らの誕生日の豪勢さを思い出し、苦笑した。
「すっごーい! たべていいのか?」
「ああ、もちろんだとも。存分に食べると良いぞ」
「うおおおおおお! すきなもの、いっぱい! やったあ!」
「私、ビーフシチューを食べるわ! 牛肉さいこうよ!」
「ムニエル……」
「どうしよう……。俺はカルパッチョからいってみようかな……」
目移りするメニューから、子供達がそれぞれ好きなものを取っていく。
そうして、いただきますと手を合わせ、一斉に頬張った。
途端。
「……おいしい……っ!!」
満面の笑みと感激が響き渡る。
一緒に作ったフランツ達三人が、拳を交わし合う。彼ららしいガッツポーズに、カイリもカレーライスパスタに手を伸ばした。
カレーのぴりっとした辛さの中に、とろりと溶ける海鮮の深みが絶妙だ。ご飯と一緒でも良し、パスタと一緒でも美味と、贅沢な選択肢である。
「はあ、美味しい……。やっぱり三人の料理って美味しいですよね」
「あー、ほんっとカイリは素直だよなー。それに比べてシュリアは」
「ふん。普通ですわね。食べられなくはありませんわ」
「シュリア姉さん。がつがつがっつきながら言っても説得力無いっす」
「シュリアちゃんは照れ屋さんですから。ねえ、カイリ様?」
「え? ああ、うん。そうなの?」
「なんっで! そいつに話を振るんですの! ろくな答えが返ってきませんわ!」
ぎっと目尻を吊り上げるシュリアに、カイリはやれやれとご馳走に集中する。せっかくの豪華なラインナップなのだ。じっくりと美味しく味わいたい。
「……。……あんた達、気合、入れ過ぎじゃないかい?」
今まで黙り込んでいたアナベルが、食べながら指摘をしてくる。呆れつつも食べる手を止めないあたりが、彼女の心を如実に物語っていた。
彼女は最初こそ料理を始めたものの、フランツ達が参戦した時点で手を引いていた。フランツと同じ台所に立ちたくないという気持ちもあったのだろう。
だが、背後で見守っていて、次第に目が見開かれ、ついには口もあんぐり開いていくその過程に、カイリはこっそり噴き出したものだ。次々と作られていく料理は、恐らく予想を遥かに超えたものだっただろう。
「まあ、心配はするな。これは全て、俺達のポケットマネーだからな」
「二週間ずっとは無理だけどなー。エディの財布が破滅するし、今日は歓迎会ってことで」
「って、ボクの全財産当てにしないで下さいっす!」
ばっと、懐を両手で押さえ、エディがレインに抗議する。
それには、曖昧に笑って答えるだけだったので、恐らくエディの運命は決定してしまっただろう。そっと両手を合わせてカイリは合掌する。
「でも、アナベルさんの言葉じゃないですけど本当に凄いですよね。俺、いつもみんなの料理が楽しみなんです」
「それは良かった。カイリに喜んでもらえると俺は天に昇る気持ちになる」
「ふ、フランツさん……」
「……だが、まあ、俺の料理は全て妻が残してくれた料理ノートのおかげなのだがな」
「え? そうなんですか?」
フランツの意外な暴露に、カイリは食べながら彼を振り返る。
「ああ。妻も最初は料理が下手だったのだがな。一生懸命練習したのだろう。だんだんと美味しいものを作れるようになっていったのだ」
「へえ……そうだったんですか」
「俺はその前の豪快な料理も好きだったが。……誰かのために努力するその姿に、俺は益々惚れ込んだものだ」
「おーおー、のろけてんなあ」
「意外ですわ……。この団長、親馬鹿以外の時代もあったんですのね」
夫婦の馴れ初め話に茶々を入れる光景に、カイリは微笑ましい気持ちになる。フランツにもそういう時代があったのだなと嬉しくなった。少なくとも、妻との思い出は楽しいものもあったのだと知って胸を撫で下ろす。
だが。
「……こんな、料理を作れる様になっただなんて」
ぼそっと、アナベルが
何だろうとカイリが見やると、彼女は料理を凝視しながら遠くを見ている様な雰囲気になっていた。表情を削ぎ落した横顔には何が秘められているのか。今のカイリでは判断が付かない。
そんな風に和やかだが、少しだけ微妙な空気が流れ始めたその時。
「こら、ミック! ピーマン、ちゃんと食べなさい!」
横にいたヴァネッサが、ミックの皿を見て
カイリが確認すると、確かにミックの皿の上にはピーマンがよけられていた。細長い形からして、ピザを食べた時の残しものだろう。
「でもー……にがくてきらいなんだよなあ……」
「だーめ。食べなかったら、デザートあたらないんだからね!」
「ええっ! ……そんなあ……」
ヴァネッサの罰則に、ミックが恨めしげにピーマンを見やる。
つんつんとフォークでつついているが、それでも口には運ばない。よほど嫌いなのだろう。
アナベルは当然の処置だと言わんばかりに無視をしているし、彼女がその反応だから他の子供達もなかなか助け船を出せない。
どうしようかと、その場の空気が一転して焦りに満ちていくのを感じ、カイリは彼に呼びかけた。
「なあ、ミック。良ければ、俺とゲームをしないか?」
「え? ゲーム?」
カイリの提案に、ミックがきょとんと目を瞬かせる。他の者達も何だ何だと注目してきた。
「そうだ。俺が顔を隠して見えない様に後ろを振り向いている間に、ミックが何か一つ選んで食べるんだ。それを、俺が当てる」
「え」
「簡単だろ? 三回まで言って、どれも外れだったら俺の負け。そうだな、今回だけ、ミックが勝ったら何か一つ言うこと聞いてあげるぞ」
「え!」
ミックの顔が輝いた。やる気に満ちていくその様子に、カイリは「よし」と一つ頷く。
「じゃあ、後ろを向くな。何でも良いぞ。ハンバーグでもシチューでもカレーライスでもパスタでも」
「むう、……」
後ろを振り向いて、カイリは顔を両手で軽く隠す。
背後でミックが
だが、カイリには答えが分かっていた。
現に、かつっと皿の上で音がしたのと同時に、周りの空気が驚いた様に揺らいだからだ。
「……! たべたよー!」
得意気に、ミックが叫ぶ。
カイリは後ろを向いたまま、「うーん」と首を
「そうだなあ。ミックは確か、カレーライスが好きだったよな?」
「うん! すきだよー!」
「じゃあ、カレーライスかな」
「ぶっぶー! はずれー!」
嬉しそうにミックがはしゃぐ。何となく、両手で×を作っていそうだとライン達を思い出しながら目を伏せた。
「違うのかあ。じゃあ、んー。……シチューかな?」
「ちがうよー! あと一回!」
「う。そうか。……じゃあ、……鮭のムニエルとか」
「ちがう! やったー! ぼくのかち!」
ぴょんっと椅子を倒して飛び上がった音がした。「こら!」とヴァネッサにまた怒られていたが、それでも喜びを隠しきれない様だ。
カイリが振り向くと、皿の上から綺麗にある食べ物が消えている。上手くいったと、心の中で微笑んだ。
「負けちゃったな。ミック、何を食べたんだ?」
「ふっふー。あのね、あのね! ピーマンだよ!」
「……、ええっ!?」
驚いたふりをして、カイリは手を叩く。胸を反らして誇らしげにするミックの皿からは、そう、ピーマンが全て無くなっていたのだ。
前に、村でリックの好き嫌いが激しい時に、彼の両親が使っている手法だったのだが、見事に成功した様だ。彼の両親曰く、「ゲームに絶対勝ちたい」という闘争心が嫌いなものを克服するキッカケになるらしい。
「凄いじゃないか! ピーマン、嫌いなんだろう?」
「うん! でも、……たべられた!」
「そっか。偉いぞ」
よしよしとテーブル越しに頭を撫でると、ミックがふにゃっと笑みを崩す。褒められて顔を赤くし、もっともっとと言う様に頭を差し出してきた。
一度、嫌いなものを食べられた。それはきっと自信に
これからは、ピーマンも嫌々であったとしても食べていけるだろう。毎回そうなるとは限らないが、克服する手助けになることをカイリは願った。
「……ねえ」
くいっと、不意にローブの裾を引っ張られる。
何だとカイリが見下ろすと、テリーがおずおずと
「……おれとも、ゲーム、して」
「……え?」
「おねがい。したい」
「……」
まさかの挑戦状を叩きつけられた。
それに便乗するかの様に、「はいはい!」とヴァネッサが猛烈に手を挙げてくる。
「あたしも! やりたい! カイリお兄ちゃんにお願いしたいわ!」
「え」
「だって、ミックやテリーばっかりずるいわ! 私もやってみたいもの」
「……、え」
「わあ。すみません、カイリさん。俺もやってみたいです」
「……えっと。……」
ミックの苦手なものを克服するためのゲームだったのだが、何故か子供達の闘争心に火が
きらっきらに純粋な瞳を差し向けられ――ナハトあたりはわざとの気がするが――、カイリは乾いた笑いを貼り付かせながら頷くしかなかった。
「わ、分かった。やるぞ! 順番な!」
「わーい! やったー! お願い、決まってるのよねー! カイリお兄ちゃん、かくごしてね!」
「……おねがい。たのしみ」
「多分、みんな一緒だと思いますので。カイリさん、大丈夫ですよ」
年長者のナハトにフォローをされ、カイリは乾いた笑いを更に乾かすしかない。
隣にいたレインが、一連の流れをにやにやと見守って、ぽんっと肩を慰める様に叩いてきた。
「……ま、責任はちゃんと持てよ? カイリ」
「……はい」
今から何を頼まれるのかと戦々恐々としながら、がっくしとカイリは肩を落としたのだった。
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