Banka10 俺の歌が彷徨う先

第108話


「さて。着いたな。ルナリアだ」


 街に足を踏み入れた途端、フランツが勇ましく切り出した。

 遂に腹を括ったのかと、カイリ達は彼の背中に頼もしさを見出す。

 だが。



「さて。着いたな。ルナリアだ」



 またも同じ文言を繰り返された。

 流石におかしいと感じ、カイリが声をかけようとしたその時。



「……はあ。何故着いてしまった。ルナリアよ」



 今度は哀愁を漂わせ始めた。

 しかも街に語りかけるとは重症だ。よほど会いたくないらしい。

 いつも泰然たいぜんとしているフランツが、そこまで恐れる女性とはどんな人物なのか。カイリは恐いもの見たさで逆に興味が湧いた。


「あの、フランツさん」

「何だ?」

「アナベルさんってどういう人なんですか?」

「……」


 無言。

 清々しいほど良い笑顔で押し黙り、フランツは前髪を掻き上げ。



「……あいつほど話が通じない奴は、いない」



 悟りの境地に至った様な表情で断言された。

 もうカイリとしては想像が出来ない。レインに救いを求めるが、彼も曖昧あいまいに笑うだけだ。考えることを放棄したらしい。


「ま、何とかなるんじゃね?」

「はあ……」

「団長だけにかもしれねえし」

「……はあ」

「愛しの姉を取られた恨み、みたいな感じで」

「……なるほど」


 レインが適当に並べ立てていくのを、カイリも相槌を打ちながら飲み込む。

 本当にそうだったらシスコンに過ぎると思ったが、世の中には色んな人間がいる。あながち間違いではないかもしれない。


「ほら、行きますわよ! フランツ様、きりきり歩いて下さいませ」

「……分かった。こっちだ」

「って、どこ行ってますの! 思いっきり逆方向じゃありませんのー!」

「何を言う。昨日、孤児院は移動したのだ。こっちにな」

「って、見え見えの嘘を吐かないで下さいませ! あなた、本当に団長ですの!」

「ああ。どこからどう見てもな」

「だったら! さっさと! 覚悟を! 決めなさい! この、ヘタレ団長!」


 シュリアと漫才を始めてしまったフランツに、カイリは本気で不安が拭えない。今でこの調子ならば、孤児院に着いた時は一体どうなってしまうのか。彼の精神が心配だ。


「新人。ボク、孤児院に着いて、フランツ団長が灰になる未来しか見えないんすけど」

「……いや。うん。灰は無いんじゃないかな。……真っ白になるだけで」

「それって、いずれ灰になる運命なんじゃないですか? カイリ様」


 フォローがフォローにならなかった。

 取り敢えず、馬を預けて孤児院に行かなければならない。ぎゃーぎゃーと一部が騒ぎながら、カイリ達が前に寄った馬屋へと足を向けると。



「おお! カイリさんじゃああーりませんか!」



 馬屋の主人が、こちらに気付いて手を振ってくれた。

 ノリの良い元気溌剌はつらつとした歓迎にフランツやシュリアも我に返って、面識のある彼に挨拶する。


「いつぞやは世話になった。今回、二週間ほど滞在するので馬の世話を頼みたいのだが」

「もちろん、お安い御用ですよ! ああ、アーティファクト……。本当にカイリさんと一緒にいるんですねえ」

「はい。大事な相棒です」

「ひひん!」

「しかも得意気だ。良かった良かった」


 彼の行く末を案じていたのだろう。主人がほろりと涙を流す様に笑ったので、カイリも笑顔が浮かんだ。十年も手を焼いていただろう馬に、これほど優しくなれる人はそうはいない。


「ご主人は、アーティファクトのことが大好きなんですね」

「ええ、そうなんですよ。実は、ここに勤めて初めて受け持ったのが彼でして」

「へえ! そうだったんですか」

「はい。なかなか懐いてくれないし王様の様にふんぞり返るし毎日脱走するし餌は食べてくれないし振り回されましたが。私が酷く落ち込んでいると、分かりにくい形で慰めてくれていたんですよ。いつもならすぐにいなくなるのに、その時に限っては言うことを聞かなくても傍にいてくれるとか」

「へえ……そうだったのか、アーティファクト。優しいな」

「ひんっ!」


 当然だ、と言わんばかりにアーティファクトが顔を上げて胸を張る。その様子に、主人もにこにこと嬉しそうに笑って見上げていた。色々手を焼いたと言いつつ、主人の優しさに触れて絆は少しずつ深まっていたのかもしれない。

 彼になら、アーティファクト達を安心して預けられる。前に来た時も親切な人だったが、改めてカイリは実感した。


「アーティファクトのこと、よろしくお願いします」

「もちろんです! ……では、皆様の馬をお預かりしますね。全部で六頭ですか」

「ああ。頼んだぞ」

「お任せを。……あ。そうだ、女性の方々」


 どんっと胸を叩いた後、主人が神妙に声を潜める。

 何だとカイリ達が眉をひそめると、主人は口元に手の平を立ててささやいてきた。


「最近、この街に物騒なことが起きていましてね。特に女性の方は、夜に出歩くことはやめておいた方が良いですよ」

「ふむ?」


 告げる主人の顔が真っ青だ。

 ただごとではないと、全員の間に緊張が走る。


「どうしてですの?」

「一週間ほど前から、その、……真夜中近くに切り裂き魔が出現していましてね。女性ばかりが惨殺されていまして」

「ざ、んさつ」


 カイリが思わず青褪めると、主人も同じ様に血の気が無くなっていく。

 忠告の内容が物騒過ぎることに、レインもへらっとした笑みを消し去った。


「そりゃあ、大事おおごとだな。この街の騎士団は動いてねえのか?」

「動いていますとも。ただ、……なかなか尻尾が掴めないようで。昨夜も襲われて、……もう被害は五人になります」

「五人……」


 リオーネがぎゅっと胸元で右手を握り締める。カイリも同じ様に胸を押さえてしまった。

 一週間前から五人もとなると、ほぼ毎夜襲われている計算になる。

 女性は恐怖で独り歩きも出来ないだろう。心中をおもんぱかって、カイリの背筋が凍った。


「なるほど……。話は分かった。しかし、一週間経っているのに証拠も集まっていないのか?」

「さあ、その辺は何とも……。何分なにぶん、苦情を訴えても捜査情報は漏らせないの一点張りでして」

「ふむ。まあ、その辺は仕方あるまい。どこから犯人の耳に届くか分からんからな」

「尻尾を掴みかけていたところを、情報漏れで逃したとあっては堪ったものではありませんから。辛抱して下さいませ」

「はあ、なるほど。それは、もう苦情を言っても仕方ないということですな……」


 肩を落とした主人の顔は、疲れ果てている様に見える。

 まさか、同僚に被害でも出たのだろうか。最悪の想像に、カイリが危惧きぐしていると、エディも同じだったのか言いにくそうに切り出した。


「えっと、……もしかして、お仲間が被害に遭われたとかっすか?」

「え? ああ、いえ、うちは幸い誰も。……ですが、同僚の友人が昨夜被害に遭われたようで……塞ぎ込んでしまっています」

「友人っすか……」

「ええ。今日は欠勤して、亡くなった友人の仕事仲間である方を慰めに行っております。その女性も、彼女の友人でして」

「それはまた、……ご愁傷様としか言えねえな」

「ありがとうございます。……先程、仕事が気になったらしく同僚がこの馬屋に顔を出してきたのですが、……彼女自身憔悴しょうすいしているのは目に見えていまして、……」


 言いながら、その様子を思い出したのだろう。主人が泣きそうなほど顔を歪めたので、カイリの心臓も握り締められた様に痛んだ。

 友人が、突然残酷な事件に巻き込まれ、亡くなる。その胸中は如何いかほどのものだろうか。



〝――カイリッ!!〟



 かつて、カイリの前でケントが死んでしまった様に。傷は、簡単には癒えない。


「情報、ありがたく頂く。我々も、後で教会に顔を出してみることにしよう」

「おお……もしかして、協力して下さるのですか?」

「そうだな。聖地に構える騎士団の端くれとしては、見過ごすわけにはいかんからな」

「聖地! お偉い方々だとは感じていましたが、……まさか、フランツさん達はフュリーシアの……!」

「ああ。第十三位だ」

「何と! ……これぞ天の思し召し……! お願いします。どうか、この街に安全を取り戻して下さい! ……もう、これ以上苦しんでいるあの子を……同僚を見てはいられません……!」


 土下座をする勢いで主人が頭を下げる。

 よほど気に病んでいたのだろう。切実な願いに、カイリ達は互いに顔を見合わせて頷いた。気持ちは、全員一緒である。


「当然だ。必ず、解決する」

「……! はい! ありがとうございます……!」


 ぼろっと、今度こそ主人が涙を零す。

 その様子に、カイリも気持ちを引き締めた。

 女性ばかりを狙う切り裂き魔。残酷に、未来ある人の命を奪う極悪人。



 ――絶対に捕まえる。



 大切な者を亡くす悲劇を、これ以上生み出さないために。

 カイリは、今は見えない敵を睨む様に前を見据えた。











 ――と、勇み込んでいたのは良いものの。


「……はあ」


 どよーん、とフランツが笑顔で影を背負っていた。

 目の前には、十字架を掲げた真っ白な建物がどっしりと構えている。ちなみに、十字架が屋根の上にある建物は、教会から支援を受けている証らしい。

 つまり、ここが孤児院だ。フランツが避けに避けてきた場所に遂に辿り着いたということになる。


「フランツ様。いい加減にして下さいませ」

「ああ。……入るか」


 渋々といった風に仕方なくフランツが動き出す。呼び鈴を鳴らし、そのまま待った。

 そして。



「よし。いないな、行くか」

「って、まだ数秒も経っていませんわ!」



 くるんと百八十度きびすを返すフランツの首根っこを、シュリアが即座に掴む。本当に往生際が悪い。

 二人の漫才をカイリ達が遠い目をしながら見守っていると。


「はいはい。どちら様です――」


 か、と相手の言葉は最後まで続けられなかった。

 出てきたのは、綺麗な蜜柑みかん色の髪を緩く流した一人の女性だった。年齢は三十代かもしれないが、二十代でも通じそうだ。ぱっちりとした大きな紺色のつり目に、愛嬌のある表情は可愛らしい。

 誰だろうと、カイリがぼんやり考えていると。


「――フランツ、兄様」

「……。……久しぶりだな、アナベル。元気にしていただろうな。ではな」

「って、フランツ様! またですの!」


 呆然と見上げる彼女に、フランツは口早に片手を上げて挨拶し、またも踵を返そうとする。

 またか、とシュリアが掴みかかるよりも早く。



 がしいっと、高速でアナベルの手がフランツの首根っこに力強く伸びた。



 カイリには、全く動作が追えなかった。隣のレインもひくりと口元を引くつかせている。

 度肝を抜かれているカイリ達の前で、アナベルはぎぎぎ、ときしむ様な音を掴んでいる手からひねり出す。


「あらあ、フランツ兄様。何処へ行かれるのです?」

「……。いや。たまたま立ち寄っただけだ。気にするな」

「いやですわー。あたし、熱烈な、ラブレター! を、兄様に出しまくったじゃありませんのー。それをまさか、ひとっことも! 返事を寄越さないとか無礼極まりないことをやらかすクズ男であっても。ラブレター! を出し続けてあげましたのに」


 ラブレターと、一言も、を過激に強調するアナベルに、カイリは思わず身を引いた。心なしか、空気の温度が燃え盛る様に熱くなっていくのと同時に、カイリ達の周囲は極寒に放り込まれた様に凍えていっている。


「いや。まあ。忙しくてな。気にするな。悪かった気がしなくもない」

「悪かった? へえ、……そんな一言ですむのかい。流石はクズ男」


 ぎん、っとアナベルの眼光が鋭く光る。ひっ、とカイリは恥も外聞もなく息を呑んでレインの陰に隠れた。


「……人の大事な大事な大事な大事な! お姉様に手を出した挙句! 三ヶ月でさらっていって! 結婚した挙句! 一年で死なせるとか、こいつふざけんじゃねえよ! 死ねや! と思っても。曲がりなりにも義理でも仕方なく兄であるあんたに、敬意を払ってラブレターにしてやったのに。返事をこの十年、ひとっことも! 寄越さない! っていうのはどういう了見ですかねえ、お兄様?」

「……」


 十年も寄越さなかったのかと、カイリは憎悪咲き乱れる中でアナベルに同情した。レインが「マジでシスコンかよ……」と顔を覆っていたが、何となくそれだけでは無い気もする。

 アナベルは確かに結構問題のありそうな性格をしているが、フランツも大概たいがいだ。自業自得である。


「しっかも? なんだい? この、子供集団。引率か! この変態クズ野郎!」

「こ、子供……っ」


 がんっと、カイリが岩石を食らった様な衝撃を受けた。シュリアやエディも「子供……」とショックを受けた様に繰り返し呟いている。リオーネは笑顔で涼しい顔と両立させていた。


「辛うじて、あの溶岩頭は大人に見えなくもないけど? 他は、全員まだ子供じゃないのかい! ありえないね! あんた、どんだけ子供趣味なんだい!」

「い、いや、……趣味、ではない。ぞ?」

「しらばっくれるんじゃないよ! お姉様が死んだら、子供はべらせて趣味全開になったってわけかい? しっかも、女だけでは飽き足らず男まで混じってるとか! 変態だけじゃすまないだろう! この変態卑劣下種げす犯罪者!」


 酷い罵り様だ。


 レインが「溶岩頭ってオレか?」と乾いた笑いを零していたが、カイリにとってはそれどころではない。

 なるほど。確かにフランツの言う通り、話が通じ無さそうだ。誤解を解きたかったが、あまり割って入りたくない。


「ちょっと、あんた!」

「え? ……えっ!?」


 関わりたくないと思っていた矢先に、アナベルがカイリの手をぐいっと引っ張る。

 ひっと、情けない悲鳴が漏れるのを耳にし、彼女は「まあっ!」とわざとらしく目を見開いて同情顔になった。


「こんなに怯えて……あんた、この変態にやっぱり何かされているんだね!」

「え⁉ さ、されてません!」

「……って言えって言われてるんでしょうが! ああああ、この変態! あんた、こんな子供にまで手を出すなんて……最低だね!」

「ち、違います! 何もされてません!」

「ああ、何て健気な……可愛い。こいつに任せてはおけないね。むしろあたしが襲いたい」

「は、はあっ!?」


 鼻息荒く輝く目を向けられ、カイリは本気で泣きたくなった。

 助けを求めてレイン達を見ても、一斉に目を逸らされた。薄情過ぎる。

 しかも。



「頑張ってくれ、カイリ。俺の安寧あんねいは、お前にかかっている」



 ――俺の安寧は!



 他人事の様に応援するフランツに噛み付きたかったが、アナベルにがっちりと手を掴まれていてそれどころではない。まずは、目先の危険を片付けたかった。


「お、俺、は、離して下さい! 恐いです!」

「ああ。そうだろうね。この変態は今すぐ始末して」

「貴方が! 恐いです!」

「って、……はあっ!?」


 心外だ、と全身で表現して怒り狂うアナベルに、だがカイリは負けじと立ち向かう。レイン達が、「おお」と傍観者よろしく感嘆しているのが腹立たしいが仕方がない。

 ここで引っ込んだら、また同じ目に遭いそうだ。それだけは死んでもご免である。


「俺は、カイリって言います。フランツさんに助けてもらった、聖歌騎士です!」

「はあ? 助けてって、……この変態がそんな」

「本当です! 両親も死んで、狂信者に連れて行かれそうになったところを助けてくれました! フランツさんがいなかったら、俺、ここにはいません!」

「――」


 ぴたり、と彼女の動作が一気に止まる。

 ようやく話を聞いてくれそうだと、カイリが安堵の息を吐くと。



「……。……、嘘だ」

「え?」



 ぼそっと間近でささやかれた内容に、カイリは目を丸くする。

 だが、次にはぐっと胸倉を掴んで引き寄せられた。先程とは異なる狂気に満ちた眼差しに、カイリの喉が無意識に鳴る。


「でたらめ言ってんじゃないよ」


 どす黒い言葉を喉にねじ込まれる。

 ひくっと、喉が震えて反論できずにいると、アナベルは「ほら見たことか」と言わんばかりに嘲笑してきた。


「助けてもらった? このクズが、人助けなんてするわけないだろ」

「……、……何で、決め付けるんですか?」

「当然さっ。だってこいつは、……自分の妻を我が身可愛さで見殺しにしたんだからね」

「――っ」


 突き付けられた真相に愕然がくぜんとする。レイン達の空気も、一瞬固まった。

 それだけ、彼女の鋭い眼差しは激しい憎悪と怨念に満ち満ちていた。何度刺し殺しても物足りないと言わんばかりの凶暴さで、カイリの心臓が刺し貫かれた様に収縮する。ぎゅうっと、荒くなる吐息ごと胸元を握り締めた。

 隣にいるだろうフランツの顔が見れない。

 けれど、否定をするでもなく無言を貫く在り方に、彼の過去の一端を垣間見た気がした。



〝十一年前、己の判断ミスで自分以外の騎士二百人を全滅させてしまったんですよ〟



 前に、第一位の人間がフランツの過去を暴露した時のことがよみがえる。

 あの時、フランツ達は過去に何かしらのしこりを抱えているのだと知った。周囲には悪者とレッテルを貼られ、本人達の心中など推し図ろうともしない。

 だが。



 ――彼女も、彼らと同じなのだろうか。



 ラブレターとやらの中身は知らないが、憎い相手に手紙など何度も何度も送るものだろうか。しかも、大切なであるはずの子供達の子守をしろとまで言ってくるなんて変な感じがする。

 しかし、彼女から叩きつけられる憎悪も本物だ。びりびりと、肌が痺れる様に痛いし、心臓も握り潰されるほどに圧迫されて苦しい。

 判断しかねてカイリが黙っていると、アナベルが嘲笑う様に鼻で笑った。

 何となく、それが。



 ――それが、苦しそうに見えて。



「ふん。何にも知らないお子様か」

「……」

「はあ。どうせ、子守の依頼で来てくれたんだろ。中に案内するから――」

「……、俺は、何も知らないですけど」



 胸倉を離して後ろを向き、手で振り払う様な仕草をする彼女に、カイリは思わず言葉を投げかける。

 しまったと思ったが、もう遅い。口を右手で覆ったが、彼女は鬱陶しそうに振り向いてきてしまった。

 振り返ってきた彼女の目は、焼き切れるほどの憎しみに満ち溢れている。視線を受け止めるだけで目の奥も喉も焼き切れそうだったが、それでも真っ向から見据えた。

 その際、わずかに彼女の目が見開かれたが、理由は思いつかない。


「フランツさんが、俺を助けてくれたのは本当です。シュリア……ここにいる彼女と一緒に、駆け付けてくれました」

「……」

「アナベルさんの言う過去では、フランツさんがどうだったかは知らないです。でも、……途方に暮れていた俺を助けてくれたこと。それだけは本当のことです。嘘じゃありません」

「――」


 腹から声を出す様に視線に力を込める。

 真っ直ぐに見つめていると、彼女は胡乱気うろんげに見つめ返してきた。その視線には真偽を探る様な色が混じっていたので、カイリは堂々と胸を張る。

 フランツの真実まで嘘にされたくはない。

 その一心でカイリが目を逸らさずにいると。


「……とにかく、入んな」


 アナベルは、親指をくいっと己の背後に向けた。

 孤児院に入る許可をくれたらしい。彼女が視線を外したのを認めて、カイリは気付かれぬ様に息を吐く。

 睨み合いは心臓に悪い。いつも思う。

 だが。



「……あんた」

「っ」



 気を抜いたところで隣に並ばれた。

 肩が跳ねそうになるのを中途半端に止め、カイリは横を見上げる。


「騙されやすそうな顔してんね」

「……え?」

「お姉様とおんなじ」

「……お姉さん、と?」

「そう。いいカモだ。――気を付けないと、狩られるよ」

「……」


 アナベルが同情した様に、けれど馬鹿にする様に片側の口の端を吊り上げる。

 その笑い方には嘲りが強く滲んでいて、カイリはこれからの二週間の先が全く見えなくなってしまった。


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