第46話
「こんにちは! 今日はお友達を連れてきたよ!」
「……えっ!?」
思い切り驚愕され、次の瞬間辺りには奇妙なほどの静けさが走った。
まじまじと、周囲の視線がカイリに集中砲火する。
――何だ、この反応。
思っていると、クレープの屋台の主人がぐるんとネジを回す様にこちらを振り向いたので、カイリの肩が跳ねる。目の
だが、黙ったままではいられない。取り敢えず、恐る恐る彼らに向かって頭を下げた。
「は、初めまして。カイリです」
「……お、おおおおおおおお」
今度は獣の様に唸り始めた。
わなわなと下を向きながら全身が激しく震え、何か持病でもあるのかとカイリが不安になっていると。
「坊ちゃんが……坊ちゃんが! 遂に! ……お友達を連れてきた……!」
「……へ?」
ぶわっと、今度は号泣された。
あまりの急展開に、カイリの思考が追い付かない。わたわたと返事が出来ずにいると、周囲までざわりと感動で震えた。
「け、ケント様……! お友達が、出来たんですね……!」
「おめでとうございます! このバッツ、幼い頃より見守らせて頂いた身として、激しく感激して心臓が止まりそうです……!」
「坊ちゃん……良かったですねえ。今までお友達ゼロでしたもんねえ」
「い、いや! 慕ってくれている者はいましたけどね! でも、まあ、……お友達はねえ……」
何だか物凄く居た堪れない。
いきなり
救いを求めてケントを見上げると、彼は「任せて」といった風に頷いてきた。今の彼は頼もしい。
と、思ったのが間違いだった。
「そうなんだ! 遂にね! 僕にもね、友達が出来たんだよ! 長かったな……」
「……、おい」
「カイリって言ってね! 最近第十三位に入った聖歌騎士なんだ」
「何とー!?」
今度はのけ反って一斉に驚かれる。ここの住人はケントと一緒で反応が大袈裟だ。
「聖歌騎士ですか! 坊ちゃんと同じですね!」
「
「変な威圧感で命令されたりとかしませんでした?」
「同じ聖歌騎士だと、ライバル心剥き出しにして突っかかってくる奴が多くて……。ま、坊ちゃんは二秒で潰すんですけどね!」
「いや、もしかして似た者同士? このカイリさんの笑顔は……一見すると胡散臭くないけど、そう見せかけて胡散臭さを隠しながらの胡散臭い笑顔とか……?」
かなり失礼だと思う。
上手く言えないが、ケントと空気が同じだ。これは馬が合うだろう。
現に、ケントはとても楽しそうだ。笑う横顔が子供っぽい。
「もう! カイリは胡散臭くはないよ! 僕に素っ気ないけどね」
「そ、素っ気ない……!」
ガガーン、と口で効果音を叫びながら衝撃を表す彼ら。もうどこから突っ込めば良いかカイリには分からない。
「ケント様に素っ気なく出来るとか……ああ、本当にお友達なんですね」
「はあ、こんな日が来ることを夢に見ていましたが、本当に来るとは。死んでも来ないと思っていました」
「笑顔がまあ、輝いていて……今にも天に召されそうですね。ご家族の様な、良いご友人を見つけられたんですね……」
感動と納得の仕方がおかしい。
しかも、ケントへの言い草が
みんなで肩を寄せ合って泣きしきる彼らを眺めていると、ケントが楽しそうに振り向いてくる。
「この人達はね、昔から仲良くしてもらってるんだ。友達じゃないんだけど、……大事な屋台仲間っていうのかな? 僕の憩いの場だよ」
そう語るケントの顔は誇らしげだ。
確かに、この前仲の良い人達はいると言っていた。恐らく、友達じゃないと切り捨てた者達とはまた別のグループなのだろう。
彼らに関しては、ケントは胸を張って紹介出来る。そんな風に豪語している様に映った。
「いやあ、どうもどうも。屋台仲間です」
「カイリさんでしたっけ? 俺はメディルって言います! クレープ屋です! ケント坊ちゃんのこと、よろしく頼みますよ」
「あ、はい。よろしくお願いします」
深々と頭を下げてくる彼らに、カイリも慌てて頭を下げる。
それにまたも感動したのか、だばーっと涙を流す一同。カイリはもうどうして良いか本気で分からなくなっていた。
「ぼ、坊ちゃんの友達なのに、礼儀正しい……! 俺、夢見てるか?」
「い、いやいやっ。……はあ。落ち着け。まずは鉄板に顔を突っ込むところから始めて……」
「やめてください! それは! お願いしますから!」
本気で鉄板とにらめっこし始めた目の前の主人メディルに、カイリは即座に制止した。ここで大やけどをされたら、目も当てられない。
そうして数分経過し、ようやく落ち着いてきた彼らに向かって、ケントが朗らかに食事を注文する。
「今日はカイリとの初外出記念だから! 何かちょうだい」
「がめついですね! まったく、一つまでなら良いですよ!」
「え。だ、駄目だろケント。お金は払います」
「いやいや! 本当に良いですよ。俺達としても、本当に坊ちゃんに友達が出来て嬉しいですからね。受け取って下さいよ」
にこにこ笑う彼らは、本当に喜びに彩られている。その笑顔がどれだけケントを思っているか伝わってきて、ここで断るのも無粋な気がした。
カイリは迷ってから、メニューにある一点を指差す。クレープにがっつりと肉が入っているのはどんなものかと気になったからだ。
「あの、じゃあこの、……え? 激しい天国の様に高みを目指したこの肉汁溢れんばかりの衝撃と共にめくるめく甘酸っぱい日々を思い出せ……を、くだ、さい?」
説明書きを見て、名前を言おうとその横を見ると、よく分からない文章が羅列されていた。そのまま読み上げてみたが、全く意図が掴めない。
そろそろとメニューから顔を上げると、にかっと歯を無駄にカッコ良く光らせたメディルと目が合った。嫌な予感しかしない。
「おお! それを頼むとはカイリさん、お目が高い! まっかせて下さいな! 最高の天国を見せてあげますよ!」
「え。……え?」
「ああ、それかあ。じゃあ僕も、同じのちょうだい」
「あいよー!」
言うが早いが、目の前でメディルがどばーっと鉄板に黄色い生地を流し込む。鉄板全体を覆うほどの大きさで、一瞬カイリの目が点になった。
とはいえ、カイリは祭りに行ったことが無い。クレープも出来上がったものを食べたことがあるくらいだ。
故に、見守ってみたのだが。
「はいよー!」
「……」
「はあっ! もういっちょ! まだまだー!」
「……」
「まだ足りん! 貴様の本気……見せてみろ! はああああっ!」
「……」
「これでトドメだ! ……ふっ! どうだ!」
どばんっと、最後の一撃を叩き込み、メディルが大皿に生地を舞い上がる様に乗せた。どすん、と重い音でもしそうなほどに大皿いっぱいに黄色い生地……からはみ出しまくった肉の塊が姿を見せる。
「おまちい! これが、激しい天国以下同文! だ!」
随分はしょったな。
実は名前を覚えていないのではないだろうかと深い疑惑を抱いたが、ケントの屋台仲間だ。一応略しただけだということにしておく。
だが。
「……………………」
もう、クレープではない。
そんな感想しか出てこなかった。
クレープの黄色い生地は、大皿の下に絨毯の様に引かれている。
その上にはどっさりと肉の塊がオレンジ色のソースと一緒にこれでもかというくらい山積みになっていた。良い具合に焼けた断面は肉汁がぎりぎりのところで閉じ込められていて、見るからに美味しそうではある。
だが。
クレープではない。
もうクレープという名の肉料理だ。
しかも、優に普通の食事の一食分以上はある。これを食べると、他の食べ物はそこまで入らないかもしれない。
「……ご飯、欲しくなるな」
「はい! 待ってましたー! 私の出番だね!」
嫌な予感しかしない。
隣の隣から自己主張をしてくる女性に、カイリは遠い目をする。
その女性が手にしていたのは、黄金色のチャーハンだった。これまた大皿にこれでもかというくらい山盛りになっており、その積まれ方は芸術的だ。何故崩れないのかと疑問になるほど高い山である。
このクレープとチャーハンを食べたら、多分本当に他の食事は一、二品程度しか入らなさそうだ。カイリもよく食べる方だが、流石に父ほどではない。
「……。なあ、ケント」
「凄いでしょ! ここ、楽しいよね!」
何故、そういう楽しさを求めるのだろうか。
思いながらも、ああ、としかカイリは頷けなかった。もうなる様になれである。
「さ、食べよう! ほら、ここにテーブルあるから。置いて置いて!」
ケントが手招きをして、さっさと座ってしまう。その前には、主人がいつの間にか作り上げていたもう一つのクレープが置かれていた。カイリと同じ山盛りで、本当に剛毅なクレープだ。
観念して座り、「いただきます」と手を合わせる。
そのまま、
「……っ!」
じゅわっと、弾ける様に肉汁が口の中に溢れた。はふっと、熱さを逃がしながら、カイリは夢中で噛み締める。
噛むたびに溢れる肉汁は旨味がたっぷりで、弾力があるにも関わらず口の中で溶けていく。かかったソースは甘酸っぱくて爽やかだ。どっしりした食感なのに、いくらでもいけそうなほどに食が進む。
「……美味いっ!」
「おお! 良かった! カイリさんにも気に入ってもらえて嬉しいぜ!」
ガッツポーズをして喜ぶメディルと、その周り。まるで自分のことの様に拍手喝采する彼らは、本当にノリが良い。どれだけ嫌な出来事があっても吹っ飛びそうである。
チャーハンの方も口に入れると、中でぱらぱらと解ける様に香ばしさが広がっていく。火の通し方も絶妙で、こちらも何杯でもいけそうなほど美味だ。
「美味しい。……屋台って、こんなに美味いんだな。感動した」
「ううん。ここくらいだよ。他の街の屋台だと、結構味が大雑把だし費用を安くするために食材はちょっと頂けないし、味付けも濃かったりするからね。全部がそうとは言わないけど、ここの屋台のを食べると、他では食べたくないな」
ケントが無邪気に酷評してから、幸せそうにクレープ――もとい肉を頬張っている。本当にここの食事が好きな様だ。確かに天に昇りそうな顔をしている。
「はー、カイリに気に入ってもらえたなら良かった」
「気に入ったなんてものじゃない。第十三位の人達とも来てみたいな」
「ああ、フランツさん達ですか。彼らも時々来てくれるんですよ」
「是非是非! 歓迎しますよ! 坊ちゃんのお友達なら尚更ね!」
威勢良く親指を立てる主人達に、そうなのかとカイリは周りを見渡す。
彼らも好みそうな場所だなと、容易に想像が出来る。今度誘ってみようと、楽しい予定を立てた。
「ふふ。フランツ殿達の騎士団に行けて良かったね、カイリ」
「うん。俺もそう思う」
「でもいいなー、本当に。他の奴らはこういう場所、軽蔑してるところあるからさ。僕、カイリ以外連れてきたことないんだよね」
「え」
「庶民の食べ物って認識があるみたいだから。騎士だって貴族ばっかりじゃないんだけど、お高くとまりたいみたいで。連れて来て馬鹿にされたら踏み付けそうだから、家族としか来たことなかったんだ」
だから、カイリと来れて嬉しい。
屈託なく笑う彼に、カイリは目を細めてしまった。
彼を取り巻く世界は、どこまで暗い影が
――どの世界だって、幸せなことばかりじゃない。
分かってはいても、苦しくなる。せめて彼だけはと願って、何がいけないのだろうか。
〝あんな子、死んでくれてせいせいしたわ〟
ならば、あんな冷たい言葉だけは彼に降り注がない様。
それだけは、強く祈りたい。
「カイリ?」
黙ってしまったカイリに、不思議そうにケントが声をかけてくる。
せっかく彼と遊びに来ているのだ。食事も美味しい。暗い顔は見せたくなかった。
「ううん。……何だか、お前の家族に会うの、恐くなってきたなあ」
「えー? どうして!」
「だって、ケントの家族だぞ? このノリがあと四人もいるかと思うと……」
「ちょっと! 酷いよ、カイリ!」
「はは、冗談。楽しみだよ。挨拶、ちゃんとしたい」
「もー。それでこそカイリだけどね」
楽しそうに笑うケントを見ていると、カイリも嬉しくなる。
今は、それだけで充分だと。言い聞かせる様に、これからの未来に想いを馳せた。
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