第15話


 騒動が終わった時にはもう、一夜が明けていた。


 改めて村の惨状が浮き彫りになり、カイリは覚束おぼつかない足取りで村を回った。

 あれだけ威容を誇っていた大木は半ばで腰を折る様に崩れ落ち、辺りの豊かな瑞々みずみずしい緑も焼け焦げて見る影もない。家屋だった建物は、炭の様に真っ黒になった壁や、痛々しく散らばったガラスの破片に取って代わっていた。

 全てが泣いている様に聞こえて、カイリは耳を塞ぎたかったがこらえる。


「……、みんな」


 ぽつんと渇きを零して、カイリは広場の中心を見つめる。

 フランツとシュリアと名乗った教会騎士二人のおかげで、村を燃やし続けた火は無事に消し止められた。

 消火活動をする間、彼らが聖歌語と呼ばれる日本語を操る場面が見受けられた。確か、消すといった単語を使っていた気がする。

 だが、今のカイリでは頭が正常に働かない。ぼんやりと、広場に眠る遺体を見つめ続けた。


 広場には、村の者達全員の遺体が丁寧に並べられていた。


 その中には、両親の姿もある。――父も、フランツが急いで駆け付けた道中で大勢の野盗と共に息絶えていたそうだ。

 つまり、村の中でカイリだけが生き残った。



 カイリを、助けるために。村は犠牲になった。



 それが、今のカイリにはひどく重くのしかかる。


「……両親から、どういう風に埋葬して欲しいなどとは聞いていないか?」


 フランツが淡々と問いかけてくる。

 努めて平静を装っているのは、カイリにも伝わってきた。

 彼は父の遺体を運んできた時、何かに耐える様に視線を伏せていた。親友の死を見るのは、彼にとっても辛いものがあったはずだ。

 それなのに、その辛さを押し殺してカイリを気遣ってくれている。満足に返せない己の弱さが恨めしい。


「……すみません。希望は、特に」


 村は何も無ければ基本的に土葬だ。日本では火葬が主流だったが、この世界では土葬が主流なのだということは、村の者が亡くなった時に知った。

 けれど。


「何も聞いていないのならば、火葬が良いだろうな」

「……、え?」


 カイリがおぼろげに考えていた方法を口にされ、ゆっくりと顔を上げる。

 だが、彼の示す意図はカイリとは全く別の所にあった。


「土葬だと、遺体を狂信者に利用される可能性がある」

「――」

「骨にした方が、魂も安らげるだろう」


 そんな利用のされ方があるのか。

 父は、狂信者は目的のためには手段を選ばないと言っていたが、つくづく思い知らされる。



 カイリが、大人しく彼らに捕まっていたら、村の者達は無事だったのだろうか。



 馬鹿な考えだと思いながらも、考えずにはいられない。何度もその仮説だけが巡り、ぐっと漏れそうになる嗚咽おえつを必死に噛み殺した。


「はっきりと言っておく」

「……、はい」

「お前が大人しく狂信者に付いて行ったとしても、この村は同じ末路を辿っただろう」

「……え?」


 見透かした様な発言だ。疑問が湧いて、彼に視線だけで答えをせがむ。


「狂信者は、歌を悪用し、世界を破滅させようと企んでいる集団だ。幸せな未来のため、別の世界への門を開くだのなんだの、怪しげなことを呟き、惑わせ、巻き込んだ者を狂わせる」

「……、破滅」

「歌えれば、何でも良い。あまりに抵抗するならば四肢をもぐ。そうして、逃げることも自分で死ぬことも許されない。捕まった奴の顛末てんまつを聞くと、……正直虫唾が走るほどだ」


 吐き捨てる様なフランツの言い方に、カイリの背筋が震える。

 カイリも、捕まっていたらそうなっていたのだろうか。想像して――あえぐ様に喉も心も強張る。


「故に、狂信者は歌える者を欲する。そして歌を歌える者は、教会も欲している。教会は、狂信者に連れ去られた者ももちろん死に物狂いで探す」

「……」

「歌が歌える人物を、その人物の居場所を知っている者を、狂信者は生かしてはおかない。証拠は全て潰す。だから、……嗅ぎつけられた時点で、この村は同じ道を辿っていた」


 淡泊に事実だけを告げてくる。

 それは、下手な慰めよりもよほど心に刺さるものだった。

 ならば、このままカイリが彼らに捕まっていたら、それこそ村の者達の善意を踏みにじっていたことになるだろう。素直に逃げていれば、彼らも少しは報われたかもしれない。

 結果的には生き残ったが、もう少しで無駄にするところだったのだ。カイリの自責の念はとどまるところを知らなかった。


「火葬、……は。この世界では、どの様にするのですか」


 とにかく何かをしなければ。

 その思いから出た質問だったが、フランツやシュリアにとっては驚くものだった様だ。わずかに目を丸くして逆に問い返す様な視線に、何とかカイリは続ける。


「父さんも、他のみんなも、あまり歴史を教えてくれませんでした。……恐らく村長がそう指示したんだと思いますが。俺は、この世界のことをあまりよく知りません」

「……」

「ここが世界のどこにあるのか、そもそもこの世界にどれだけの国があるのか。何故、歌を村の外に聞かせたら駄目だったのか。何故、俺が剣を習うのを村長たちがよく思っていなかったのか。剣は、父さんが賛同してくれなければ、多分稽古けいこも出来ませんでした」


 とつとつと語っていくと、シュリアの方の顔に苦いものが広がって行く。フランツの方は全く変わらなかったが、心境的には同じなのかもしれない。

 だが、どうでも良い。どう思われようと、カイリには関係なかった。


「父さんは、不安に思っていること、疑問に思っていることをフランツさんに聞けと言っていました。……だから、まず火葬のことが聞きたいです」


 真っ直ぐにフランツを見つめてカイリは問う。あまり目に力は込められなかったが、それでも逃げたくは無かった。

 彼はしばらくカイリの視線を受け止めていたが、ふっと微笑う様に肩の力を抜く。


「お前が知っている火葬は、どういうものだ」

「……、え?」

「お前は先程、『この世界では』という言い方をした。つまり、知っているんじゃないのか」

「――っ」


 急所を突かれた様に鋭い痛みが走る。思わず下を向いてしまって、下手を踏んだことを即座に理解した。

 これでは、彼の言っていることは図星だと断言した様なものだ。己の迂闊うかつさが憎い。



 ――だから、あの偽物にも付け入るすきを与えたのだ。



 昨夜を思い出して、泣きそうになるのを奥歯を噛むと同時に噛み殺した。


「……さっきのラインへの呼びかけの通り、俺は赤ん坊の頃から、この世界ではない……前世の記憶を持っています」

「……、そう、言っていたな」

「その世界では、遺体を木材のひつぎに入れて燃やします。物凄い熱量で燃やすので、大体二時間程度で終わると思います。あと、棺に故人との別れを惜しみながら花を入れたり、旅装束みたいなものを入れたり」


 本当は、ふたの上からでも故人の顔が見える様に開き窓が備えられていたりするが、流石にそこまで求められない。

 それに、村の人数は二十人もいないとはいえ、今から棺を作るのならば結構な作業量だ。木も山から切り落としてこなければならないし、迷惑はかけられない。


「でもこのやり方は、今からだとかなりの時間と手間がかかります。だから、この世界の……」

「そうか、……そういうやり方だったか」

「え?」

「いや、こっちの話だ。……ならば、そのやり方にしよう」

「えっ!? 本気ですの!?」


 あっさりとフランツが即答したので、逆にカイリが驚いてしまった。隣にいたシュリアも、潰れた蛙の様に叫んで抗議する。


「何を言っているんですか! これから棺を作って遺体を入れて焼くって……どれほどの時間がかかると思っていますの!? ありえませんわ!」

「だが、ここはカイリの故郷だ。彼にとって大切な者達だし、彼の流儀で送ってやるのが筋というものだろう」

「だ、だからって! い、今から!? ……ちょっと、あなたも何か言って下さいませ!」

「え? 何で」


 いきなり矛先を向けられ、カイリは思わず素で跳ね返す。

 敬語が抜けてしまったが、見たところあまり年齢も変わら無さそうだし良いかと自己完結した。


「な、何で、って、……何てあつかましいんですの! ちょっと、フランツ様! あなた、ただでさえ一ヶ月とか突然の休暇取りましたのに、この上延長する様なことがありましたら……!」

「さて。すまないが、カイリ。まだ使えそうなら崩れた家の壁やベッドも棺の材料に使いたい。いいだろうか」

「は、はい。それは、もちろん」

「なら、夜までには終わらせられるだろう。やるぞ、シュリア。嫌なら見回りにでも行っていろ」


 言うだけ言って、さっさとフランツは作業に入ってしまった。まず、手近な大木の成れの果てをもぎ取り、さっさと切り落としていく。

 客人ばかりに働かせるわけにはいかない。カイリも、家の中にのこぎりがあったことを思い出し、急いで走――れないので、歩いた。右足は盛大にひねったらしく、あまり無理が利かない。

 背中で「もーっ! 何ですのー!」という実にやかましい叫びが聞こえたが、当然無視をした。今は棺を一刻も早く完成させなければならない。フランツの好意を無駄にはしたくなかった。

 そして。



「……、父さん、母さん。ただいま」



〝おかえり、カイリ〟



「……っ」



 いつもなら返ってくるはずの笑顔は、もう見当たらない。ただ無人になった虚しさが漂うだけだ。

 カイリの家は、幸いにも綺麗に残っていた。火事の被害には遭わなかったらしい。棺に使うのにも支障は無さそうだ。

 ふと居間を見渡すと、入口の扉が破裂した様に砕け散っていた。いつもカイリ達が座っていた椅子も、ばらばらに砕けて転がっている。


 母は、ここに眠っていたとシュリアからは聞いた。


 色々口うるさく叫んでいたが、あの少女も村のために奔走してくれた。母のことも、えて「眠る」という言い方に変えてくれて、何だか泣きたくなったものだ。後で感謝を伝えなければならない。


「……のこぎり、探さなきゃ」


 用具入れの箱を取り出し、ふたを開ける。

 そこにあったのは、のこぎりやハンマーなど、様々な器具が入っていた。屋根の修理をしたり、扉の立てつけを直したり、いつでもこの箱は父と共にあったなと懐かしくなる。


〝ほうら、カイリ! どうだ! もう扉から変な音がしないだろ?〟

〝うん、凄いね。ありがとう、父さん〟

〝おおおおおお、カイリ! 何て可愛いんだ……! むぎゅーっ!〟

〝むぐーっ! く、苦し……!〟

〝あら、仲間外れは嫌だわ。私も、むぎゅーっ〟

〝っ! く、っ! くる、……!〟


「……っ」


 ごしっと、目元をこすってカイリはのこぎりを取り出す。零れ落ちそうになる熱は、懸命に喉元で噛み殺した。

 そのまま温かな声を振り払う様に外に出れば、いつの間にかシュリアが仁王立ちしていた。腕を組んで、カイリを突き刺す様に見据えてくる。


「え、……何?」

「あなた。そんなのこぎりでどうするつもりですの」

「……木を切ったり、棺作るんだけど」

「家の壁もそれで?」

「……、ああ。そのつもり、だけど」


 家の壁は厳しいかもしれないが、木ならこののこぎりでも切れるはずだ。他に道具も無い。

 だからこそカイリは頷いたのだが、シュリアは大袈裟に溜息を吐いた。この無知が、と言われている様で少しむっとしてしまう。


「何だよ。言いたいことがあるなら」

「そんなものに頼っていたら日が暮れますわ。どきなさい」


 命令口調でいらついてもいたが、何となく別の色も感じてカイリは素直に従った。

 そうしてシュリアは家の前に勇ましく立ち、だが気付いた様に振り向いてくる。


「あなた。この家から持って行きたいものは持ち出しなさい」

「え?」

「早く」


 言われた意味がよく分からなかったが、カイリはこれも大人しく聞くことにした。急いで家に入り、タンスや戸棚をあさる。

 この村から出て行くとなれば、替えの服や食料が必要だ。手近にあった布袋に、水筒や保存食を入れる。それから自室に入ってもう一つの布袋にいくつか衣服を入れ、次いで壁を見上げた。


「……あ」


 そこには、カイリを含め、ライン達四人の子供達が描かれた絵が飾られていた。前にミーナにプレゼントしてもらった、彼女お手製の絵だ。

 その中では、四人がみんなで幸せそうに笑っている。その横には、カイリの似顔絵が飾られていて気恥ずかしかったが、どちらも大切な宝物だ。


「……これ。持って行くな」


 壁からがして、綺麗に折りたたみ懐に入れる。それから、飾ってあった家族の写真も一緒に仕舞い込んだ。

 あまり大荷物でも旅には邪魔だろう。必要最低限のものだけ持ち出し、外で待つシュリアの元へと戻った。


「お待たせ」

「……もう、本当にいいんですのね?」

「ああ。……これ以上は、無いよ」


 本当は家を出て行きたくなんて無い。

 だが、ここで暮らしていくのはもう無理な話だ。一人で立て直すには広すぎるし、何よりまたカイリを狙う者が現れるかもしれない。

 だから振り切って頷けば、シュリアは一度目を閉じ。



「――【崩れなさい】」

「――――」



 彼女が手をかざして宣言した瞬間。



 どどっと、家があっという間に崩れ落ちた。ぐしゃりっと、あちこちで悲痛な音が砕け落ちる。



「……、家が」


 父と母と暮らしていた家が、潰れた。

 それは、一緒に両親との想い出も惨たらしく潰れた様な気がして、カイリの心がひりつく様に痛んだ。

 ぎゅっと、思わず胸元を掴んだが、痛みは全く変わらなかった。


「……棺を作ります。辛いなら、あなたは少し休んでいなさい」


 淡泊に宣言して、彼女は崩した家の壁を無造作に取り出していく。それを見つめながら、カイリは渦巻く黒い感情に顔を歪めた。

 何の説明もなく家を壊した彼女への怒り。

 それでも自分を微かに気遣う彼女への戸惑い。

 胸倉を掴んで食って掛かりたかった。家を壊したことに、怒鳴り散らしたかった。説明をしてくれたら心の準備も出来たのにと、殴りたかった。

 だが。



 そんなことを言っていたら、いつまで経っても作業は終わらなかっただろう。



 この家には想い出が染み過ぎていた。カイリでは、恐らく日が暮れて朝が来ても終わらない。

 中途半端に冷静な自分に一番苛立つ。いっそ感情に任せて動ければどんなに良かっただろうか。

 だが。


〝おかえりなさい、カイリ〟

〝おー、帰ったか! おかえり、カイリ〟


 そんなことは、あの二人なら望まない。

 泣いて立ち止まる自分を見たら、きっと彼らの方が泣いてしまう。


「……俺も、やる」

「……」

「ここは俺の家だ。だから、……俺が、やらなきゃ」


 一刻も早く、両親を、友人を、村の者達を弔いたい。

 その思いに突き動かされ、カイリは感情を封じた。

 シュリアは何も答えず、黙々と作業を進めて行く。

 その彼女の行動が、今のカイリにはひどく苦しくて、ありがたいものだった。


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