2-46 PM18:30/カリスマ

 銃。

 パンク・バレルにとってのそれは、闘争の摩擦によって生まれた存在、人殺しの道具であるということ以上の価値を有している。

 引き金を引いた瞬間、小さな銃口から放たれる嵐のような弾丸が、数多の人々を引き裂き、虚無の向こう側へ落とし込む。狂乱し、嘆き、怒り、狼狽し、たった一丁の小さな鉄の怪物の咆哮によって、いともたやすく悲劇の舞台で、力無き人々は踊らされる。

 その強力な存在ひとつで、目の前の人々の感情を烈しく揺さぶる。その一点において、銃を手にする者は宗教家カリスマに似ていると、パンクは実感したものだった。

 妄想を詭弁で塗り固めた台詞の数々を、息をするかのようにつらつらと口にする教祖。おぞましいイニシエーションを有り難がり、のめり込む信者たち。

 無知がもたらす恐怖。だがそんなことより、もっと恐ろしい事があることを、パンクは知っている。

 使

 知りたくもなかったそれをわざわざ・・・・教えたのは、彼の父親だった。

 トレーラーハウスを借りて、連邦の各地にあるライブハウスを転々とする日々。父と子の、いつ終わるとも知れぬ二人旅。そんな暮らしを送るようになったのは、彼が五歳の時だった。

『父さんな、これからはギターで食っていこうと思うんだ』

 土木作業員として働いていたが、若かりし頃の夢を諦めきれず、シンガーソングライターとして新たな人生を歩もうとした父。具体的な計画の一つもない婿養子である彼の、悪い意味で子供っぽい性格に辟易とした母は、口にすべきではない言葉の数々を浴びせて、家から父を追いだした。

 パンクの親権は、裁判の末に父が勝ち取った。それが、パンク本人の希望でもあった。

 そこそこ裕福な家の出で、社交的な性格の母なら、そのうち新しい男を見つけるだろう。だが父はそうじゃない。料理も洗濯もろくにできない。これといった人脈もないくせして、年齢に似合わない幼い情熱だけで、人生を乗り切ろうとしている。危なっかしくて、誰か世話する人がいないと、すぐに野垂れ死ぬかもしれない。

 幼い頃のパンクは、そういうことを考えられる少年だった。現実的な立場で物事を見つめる自信が彼にはあった。上手い話なんて、そうそう転がっていやしない――それが彼の、心の声の口癖だった。

 果たして、最初は彼の想像通りだった。いや、それ以下だ。

 色々なライブハウスを巡ったが、どこに行っても、演者として受け付けてはくれなかった。当たり前の話だ。実績もコネもないのだから。向こうも酔狂でやっているのではない。おかしな曲や聞くに堪えない演奏をされて、客からクレームがついたらたまったものじゃない。

 そういうわけで、パンクの父は地道にキャリアをスタートさせた。文字通り、道の上で。ストリート・ライブ。まずはそこで知名度を稼いでからライブハウスへ乗り込もうとした。

 が、客足はさっぱりだった。イベント会場の広場や、人通りの多い駅前でやろうが、結果は同じだった。ギターテクニックがまだおぼつかないのか。それとも歌詞や曲に響くものがないのか。原因が分からないまま、父は毎晩遅くまで練習に没頭した。おかげで技術は上達し、客足も少しずつ伸びたが、すぐに頭打ちになり、人気のほどはからっきしだった。

 日々の稼ぎはスズメの涙程度で、母が情けをかけて父の口座に振り込んだいくらかの貯金を崩して生活する毎日。そんな窮屈で先行きの見えない暮らしを送っていても、父がストレスのはけ口としてパンクに暴力を振るうことはなかった。

 だからパンクは、父の事が好きだった。

 上手い話なんて、そうそう転がっていやしない。父の夢が叶う確率は、きっと限りなく低いだろう。このままの調子でいけば、名もなきミュージシャンとして、世間が言うところの『惨めな第二の人生』を送ることになるのかもしれない。

 けれど、それが何だと言うのだろう。

 パンクにとって重要なのは、このまま優しい父と二人でいつまでも暮らしていたいという、その一点にあった。母がいない毎日が、寂しくないと言えば嘘になる。だからと言って、この生活が嫌いなわけではない。むしろ母がいないことで、男同士のあけすけなやりとりが生まれ、そのことが妙に楽しく思えてきていた。

 一度目の転機が訪れたのは、パンクが六歳の頃。連邦が大陸国家への「宣戦布告」を宣言し、徴兵された若者たちが続々と戦地へ送られるようになった時期、父の音楽趣向が変貌した。

 それまで家族愛や夫婦愛、友情を朗らかなメロディで歌っていたのが、突然、ノイズ感を残した荒っぽい演奏で『反戦』を歌い上げるようになった。

『つまらないプライドなんか捨てるべきだった。自己流を貫いても意味がない。その事にもっと早く気づいていれば、お前にもうちょっとイイものを食わしてやれたのに』

 夕食時に父が申し訳なさそうに漏らしたその一言で、パンクは悟った。

 父は流行に乗ることを選択したのだ。

 そしてその選択が、『人気を得る』という観点から見て――内心では複雑だったが――およそ正しいこともなんとなくわかった。

 路線変更の効果はすぐに現れた。最初は息子を戦地へ見送った主婦層が父の歌に食いつき、次に左翼運動家たちが目をつけ、憂国の若者たちが乗っかり、そこから爆発的に評判が広まった。

 ネット上では『作られた人気』であるとか『流行に乗っているだけ』と叩かれたが、それとは裏腹に、どんどん父の名声は上がっていった。と同時に、投げ銭の金額も上がっていき、貯蓄が望めるまでになっていった。

 そして八歳の誕生日に、パンクに二度目の転機が訪れた。

 エレキギターをプレゼントされた。

 初めて父が買ってくれたプレゼントだった。

『トレーラーハウスから父さんが演奏しているところ、チラチラ見ていただろ? 口に出さなくても分かるんだよ。親子だからな』

 正鵠を射られて、パンクは小躍りしたい気分だった。二人の間にある絆は本物なのだと実感できた。夢中になって練習に取り組み、父のスタイルを見様見真似で吸収していった。子どもゆえの柔軟な学習能力のたまものか、パンクの上達スピードは日を追うごとに加速していった。

 勤勉な息子に触発されて、父もさらに腕を上げるために練習に取り組んでいったが、だんだんと、その比重が作詞作曲に注がれていった。

 どれだけ過激なワードを盛り込めるか、どれだけ暴力的なメロディを組み込めるか。次第にピックを手にする時間よりもペンを握る時間の方が長くなり、しまいにはルックスにまでこだわり出した。往年のパンク・ファッションを思わせる奇抜な頭髪に派手なメイク。それでますます、聴衆の関心を惹こうとした。

 これらの努力の甲斐あってか、すぐにストリート・ライブに収まる規模の人数では収まりきらないほどの人気を獲得するに至った。だが代償もあった。観客らが興奮に任せて暴動するのを恐れた地元警察によって、ライブを開始してもすぐに中止に追い込まれるようになったのだ。

 膨れ上がった人気のために、逆に、にっちもさっちもいかない状況へ追い込まれたある日、評判を聞きつけて父に声をかけてくる者達がいた。反戦キャンペーンにかこつけた大規模な集会を企画する、業界では有名なイベンター集団だった。

 彼らは、父だけではなく、その息子もギターを弾けると耳にして、なんの遠慮もなくこう言ってのけた。

『でしたら、息子さんとのセッションで出演していただけませんか。極貧に喘ぎ、トレーラーハウスで旅を続ける親子二人が、連邦政府の横暴にたまりかねて反戦のサウンドを鳴らす! こいつは相当の客入りが望めますよ』

 正直言って、当時のパンクからしてみれば、彼らの発言のどれ一つとして共感できるものではなかった。極貧と言われるほど辛い生活だったかというと、決してそうではなかったし、だいたい、連邦政府に対して物申したい気分など一切なかった。今の生活は、父が選んだ生活で、自分はそんな父の事が放っておけないから一緒にいるだけなのだ。

 その父も、流行に乗っかって反戦歌を歌っているだけで、特別な政治信条など持ち合わせていない。それでも、イベンターたちには彼らなりの『ストーリー』というのがあるらしく、そのストーリーにうまく親子を組み込むことに熱心だったらしい。

 出演料は弾みますよ――その一言が引き金となり、父は首を縦に振り、パンクにとって三度目の転機が訪れた。

 ステージに上がる前、パンクの胸中を占めていたのは不安だけだった。これまで、せまっこいトレーラーハウスでしか、それも父の前でしか腕前を披露したことがないという、経験の乏しさのせいだった。父は褒めてくれていたが、それが親子ゆえの『おせじ』に過ぎないことは、パンクにも分かっていた。

 だが、ステージに上がり、ピックを握り、弦を弾き、まだ幼さの残る声を震わせ、コードを進行させ、父が作詞作曲した音楽を紡いでいくなかで、不安は払拭されていった。

 パンクの実力は『本物』だった。彼がギターを掻き鳴らすたびに、声を野外会場に轟かせるたびに、人の海と化した観客たちは雪崩のような躍動をみせ、雷鳴のような歓声があちこちで爆発した。座してメロディに耳を傾ける者はほとんどおらず、何千という観客が狂乱に身を委ねていた。パンクの奏でるサウンドに、その身を支配されていた。

 カリスマ――演奏中、これまで最も生活環境から遠いところにあると思っていたワードが、パンクの頭の中に降りてきた。

 ギター一本、否、指先ひとつで聴衆を沸かせる存在。それは言葉一つで信者たちを心酔させる宗教家カリスマそのものと言えた。音楽であるか、言葉であるかの違いだけで、本質的には同じなのだ。

 いま、自分は宗教家カリスマになっている。音楽の宗教家カリスマに。

 腰が微細に震え、股間のあたりに、生暖かくも粘ついた液の滲みを感じた。

 八歳の少年の背筋を、得も言われぬ快楽の波動が駆け巡った。隣で演奏する父も同様のようで、過激な歌詞をがなり散らすその瞳に、恍惚の光が宿っていた。

 イベントは無事に終了し、打ち上げの場で、父と息子は出演者たちから盛大な拍手を送られた。素晴らしいサウンドだったとか、あの歌詞には力があるとか、そういった賛辞の言葉を送られて、最初は乗り気でなかったパンクもまんざらではなかった。特にイベンターの一人は、父親よりも息子に興味を持ったくらいで、知り合いの音楽事務所に頼んで売り込むとまで言ってくれた。

『良かったなぁ。これでお前もミュージシャンの仲間入りというわけだ』

 父はそういって、息子の頭を力強くわしゃわしゃと撫でた。

 嬉しかった。ステージに上がって演奏したときの麻薬めいた興奮や快楽とは、また別の達成感と喜びが、少年の心を温かくさせた。

 このイベントの成功で父子の人気は不動のものとなり、インディーズ業界では、ますます知らぬ者はいない存在となった。

 そうして一年が経過して、パンクが九歳になった時、彼にとって四度目の転機が訪れた。

『利き腕の喪失』という名の転機ひげきが。

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