2-44 PM17:25/チェイス・カウンター・チェイス④

 パンクは言葉にならない叫びを上げながら、困惑と焦りの中で、げえげえとその場で吐くしかなかった。風に浚われていく黄ばんだ吐瀉物が、不自然に弾けて拡散する。直後、車のリアウインドウに真っ白な亀裂が入ったかと思いきや、いちどきに割れて飛散した。危機を察知して後部座席へ退避したパンクだったが、それでも頭痛は止まなかった。

「くそったれ……ッ! あ、頭、頭が……ッ! くそっ! 遮蔽システムが作動しねぇ……!」

 ここに至ってついに銃を手放し、子供が駄々をこねるかのように、座席シートの上で転がりながら奇声を上げ、気が触れたように暴れ回る。

「ヴィィイイイイイイイイイイン!! ヴィィイイイイイイイイイイン!!」

 後方から弾丸の如き速度で間を詰めてくる青いスポーツカー。その運転手。長身痩躯のセミ人間。ムルシエラの背に生えた、金属製の羽音が奏でる複雑怪奇な叫びスクリーム。その餌食となったパンクの哀れな姿を前に、アンジーが蒼褪めながらも補助に動いた。

「落ち着いてください。すぐに楽にしますから」

 運転に集中しながら体内の薬品工場を稼働し、アンジーは異なる効能を持つ二種類の霧を全身から揮発させた。車内を満たすのは、薄暮の空模様を彷彿とさせる青に黒を混ぜたような色の霧で、それは三半規管の変調を正常へ至らせる効果があった。だがそれとは別に、即効性と強毒性を兼ね備えた、あの無色透明の毒霧も車外へ撒き散らしていた。ワゴン車の速度はすでに二百キロへ到達していたが、指向性を持たされた毒霧はつかず離れず、完全にワゴン車を取り囲んだ状態を維持し、ついに先頭を突っ走る赤いスポーツカーを追い越した。

 毒霧を攻撃から防御手段へ転換させたアンジーの策は功を奏していた。いかに攻めるかではなく、いかに守るか。それこそ、この悍ましいカーチェイスを切り抜けるのに必要なアイデアだった。

 驚異的な移動速度を誇るアトラスなら、一瞬のうちにワゴン車へ飛び移り、それこそ車両を一刀両断することは可能だろう。だが彼は目撃してしまっていた。ストロベリィが毒霧に侵されて重症化した姿を。更には、残り一振りの太刀をヴォイドのワイヤーに絡め取られる危険性もあった。そのため警戒心ばかりが先行し、リスクとメリットを天秤にかけることができなかった。

 たまりかねて、運転手を務める道化姿のヘイフリックが、己の肉体を分離して虹色の肉円盤を投擲せんとした。だが殺戮の奇術が花開く前に、どうにか頭痛から立ち直ったパンクの怒りの反撃が火を噴いた。四つの銃口から莫大なマズルフラッシュが轟き、弾丸が嵐のように吹き荒れた。銃弾は幾度となく跳弾の軌跡を描いくと、本命の獲物へ――完全防弾の前輪タイヤをスピードごと食い破り、スポーツカーに派手なスリップを舞わせることに成功した。

 どれだけ強風が吹こうとも、アンジーが展開する二種類の霧は掻き消されることも混合することはなく、各々がしっかりとその役目を全うしていた。それこそ、アンジーが長年に渡って己の能力を使いこなせていることの証明であったが、体にかかる負担だけはどうしようもない。調整剤を摂取する時間もなく、いつ終わるとも知れないチェイスから脱しようと、ひたすら傷ついた己の肉体を酷使する。肉体の制御に集中すればするほど、次第に視野が狭まり、瞼が重くなる。吐く息がだんだんと浅くなり、頭の中に靄がかかっているような感覚に襲われかけた。

 飛びそうになる意識を目覚めさせるように、対向車線の向こうから、血に飢えた野獣の眼差しめいた、強烈なハイビームが放たれた。食品工場のロゴマークがでかでかとプリントされた、バンボディの十トントラック。それが平然と車線を越えて、こちらに向かって猛然と爆走してくる。酔っ払い運転でもなんでもなかった。純然とした狂気が人の姿を借りて、その大型の機械を操縦していた。

「ボクとケッコンしてくだサァアアアアアアイイイイイイイイイイ!!」

 巨大な体を無理やり座席に押し込んだナックル・ザ・ビッグスタンプが、正面衝突も辞さないとばかりに突っ込んでくる。ボルケイノの指示を受けてトラックを奪い、あらかじめ鉄橋上で待ち構えていたのだ。いざという時には、トラックごと自らの体をクラッシュさせる気でいるのだろう。そう直感してしまうくらい、トラックの進行方向には全く迷いがなかった。

「怯むなよ、アンジー」

 死が間近に迫っている状況にあっても、仲間へかけるヴォイドの口調は落ち着いていた。自身の血に汚れた顔を袖口で拭うと、両腕の状態を確かめ、指を軽快にぽきぽき鳴らしながら、窮地を脱するための策を練る。

「俺が合図を出したら、車体を左にきれ」

了解コピー・ザット

 すかさず応える。信頼に満ちた瞳をちらりと向けて。死なばもろとも、という気分ではなかった。生きて、彼と橋を渡りきるのだという覚悟があった。

「パンク。後ろは?」

「スリップさせてやったが……くそ! 殺し損ねた」

 心底悔しそうに言った。

「逃げるだけの時間が稼げれば十分だ」

「距離はけっこう稼げたぜ……妙な音波攻撃をしてくる奴がいるみたいだな」

「痛覚遮蔽システムは皮膚感覚で知覚した痛みにしか作動しないからな。厄介な相手だ」

「だが今は大丈夫みたいだ。アンジーの霧が壁になっているからなのかは、わからねーけどな」

「正面からデカブツのご登場だ。足を止めるのと同時、音響探査のデータをこっちに送ってくれ」

「止めるだけで良いってんなら、楽勝だな」

 好戦的に口元を歪めて、すかさずパンクが動いた。座席に散らばるガラスの破片や、足元にうずくまるニコラすら意に介さない様子で正面へ向き直ると、割れた窓枠を銃眼代わりにトラックの左前輪部へ狙いをつけ、ためらうことなく引き金を引いた。

 防弾加工が施されていなかったためだろう。厚さ二十センチを超えるゴムのあちこちに弾丸の牙が食い込み、あっという間に炸裂するのに、そう時間はかからなかった。重量バランスを崩し、暴走車輛を支えるシャフトが悲鳴のような軋音を響かせた。ナックルの上体が忙しなく揺れた。突然の事態を前に、慌ててブレーキをかけようとしているのだということは、ヴォイドにも把握できた。

 十トントラックの時速百キロからの急制動。尋常でない慣性力が加わっているのは明白だ。スピードを殺しきれないまま、左前輪部――外気に晒されたスチールホイールが道路を烈しく擦り、粉じんまみれの白煙を撒き散らしながら、大回りにスピン。烈光の槍めいてワゴン車に突き刺さるハイビームを切り裂くように、五条の銀閃が宙を奔る。

「今だ!」

 アンジーの鼓膜を必至の声が揺らした。その声に促されるがまま、勢いよくハンドルを切り、大きく車体を左へかわす。

 トラックと交差する刹那、闇と光のあわいにアンジーは目撃した。のたうつワイヤーがトラックのサイドガードを躱しながら、車体下部へ素早く潜り込むのを。

 パンクの音響探査で得た構造図を脳内で共有しているため、ヴォイドの狙いは少しも逸れなかった。前輪を支えるシャフト部だ。そこへ鋭利化したワイヤーが突き刺さり、鞭のようにしなった。数秒の間に行われた奇襲。それだけで、火花を吹いてシャフトは寸断された。

 トラックの前輪部は完全に脱輪し、ガードレールへ盛大に激突。結果として機械の野獣は前足を失くす恰好となり、巨体を支えきれずに前傾姿勢へ。地獄の大口めいたバンパーが物凄い勢いで地面を擦り上げる。鉄の灼けるような異臭がたちこめ、溶接炉もかくやと言わんばかりの火花を撒き散らした挙句、大きく弧を描いて縦に一回転。重力に引かれるかたちで、追いすがる二台のスポーツカー目がけて真っ逆さまに激突した。

 直後に、盛大な爆音が上がった。神の怒りとも思えるほどの巨大な火柱が断続的に発生し、車のパーツが火山弾のように吹き上がり、悠々と鉄橋を越えて河川へ散らばっていった。バランスを崩した拍子に電子回路がイカれて、トラックの過脊燃料ギャソリンに火花が引火したせいに違いなかった。

「右腕がイカれたが、安い買い物だったな」

 バックミラー越しに後方の惨状を確認しながら、ヴォイドが呟いた。体がワイヤーに引っ張られずに済んだのは、シャフトの切断を感覚した瞬間、磁力装置をオフにして指先からワイヤーを切り離していたおかげだ。

 とは言っても、それ相応の負荷はかかったらしい。だがヴォイドの目に後悔の色は見られなかった。充足した様子でもなかった。どこまでも淡々と、自身に起こった事実だけを確認するような眼差しで、後部座席のパンクへ声をかけた。

「襲撃者は?」

「……追ってくる気配はねぇな」

「用心するに越したことはない。アンジーはそのまま能力を展開していてくれ。ギュスターヴ邸が近づいたら解除だ」

了解コビー・ザット。鉄橋もそろそろ終わりが見えてきた頃よ」

「それより問題は、何人殺れたかだな」

 銀行強盗が強奪した金を勘定するような口ぶりでパンクが言った。

「一人か二人……が関の山じゃないでしょうか」

 元の景色を取り戻した車内で、アンジーが小さく答えた。ようやく地獄のような緊張感から解放されたおかげか、声には鉛のような疲労感が混じっていた。

「飲んでおけ。かなり酷使させてしまったようだからな」

 ジャケットのポケットから褐色の小瓶を取り出し、ピンク色の錠剤を差し出しながらヴォイドが言った。調整剤。特殊検診時に処方される、サイボーグ専用の肉体促進効果を持つ薬である。

「ありがとう、助かる。ねぇ、大丈夫?」

「顔の傷のことか? 問題ない。痛覚遮断システムは正常に働いている」

「……それもそうか」

 そういう意味で訊いたのではないのだと言いたくなる気分と共に、アンジーは噛み砕いた錠剤を呑み込んだ。

「そっちこそ、出血はどうなんだ」

「それこそ問題ない。止血剤を合成してるから。でも、骨は駄目ね。完全に粉砕されてる」

 だらりとぶら下がった己の右腕をちらりと伺いながら、アンジーは苦笑した。

「仕方ない。相手が悪かった」

「なにもんなんだアイツら。おいオーウェル。奴らがどこの筋のモンか、見当ついたか?」

 第二波を警戒して後方へピタリと四つの銃口を構えたまま、パンクがスピーカーへ向けて問い質した。不気味なほどの静寂が返事としてあった。

「まーだ苦戦していやがるのか」

「オーウェルを信じたいところだが、IPアドレスが割れたのは相当な痛手だ。アジトが襲撃される危険性もある」

「それはねぇんじゃねぇか? あいつら、このガキ……ニコラにご執心だったようだしな」

 言い直して座席の下を足で軽く小突くと、もぞもぞと小さな体を動かして、四つん這いの姿勢で奇跡の体現者が顔を出した。

「あれ、もう終わったみたいですね」

「何も終わっちゃいねぇよ。警戒中だ……テメェ、ずいぶん呑気だな。奇跡を司るとかなんとか言っておきながら、俺達の手助けを全くしなかったくせによ」

「勘違いしないで欲しいんですが、私はあなた方の味方になった覚えはありませんよ。私は願いを叶えたい。あなた方も自分達の願いを叶えたい。双方の間に生じる純粋な利害関係だけが、私たちを繋ぐ一本の見えない糸となってあるのです。それ以上でもそれ以下でもありません」

 いまさら何を、という気分を少しも隠そうともせず、あっけらかんとニコラは言い放った。変な自信を覗かせるわけでも、遠慮がちに言うのでもなかった。薄茶色の瞳がいつでもそうであるように、いかなる状況でも自らのスタンスは変えないという宣誓に近かった。

 だからパンクも、それ以上小言を呟けなかった。

「こういう言い方はためらわれますけど」

 パンクが押し黙ったのを受けて、アンジーがおずおずと口を挟んだ。

「仮にアジトが襲撃されてオーウェルが殺されたとしても、その子の力で生き返らせることができるんじゃ?」

「んなバカな」

 振り返らずに、パンクが一蹴する。それでもアンジーは食い下がった。

「奇跡を司るんだから、死者を蘇らせることくらい簡単なことでは?」

「……おい、そうなのか?」

 わずかな期待を覗かせてパンクが訊いた。ニコラは彼の横顔を見上げると、バックミラーに映るアンジーへ向けて、しっかりと頷いてみせた。

「可能ですよ。ただし前提条件をお忘れなく。それと、叶えられる願いは一人一つまでです。あなた方はチームを組んでの行動ですから、チームメンバーの数だけ叶えられますね。あくまで生存している方に限りますが」

「だったら決まりだ。リガンドとオーウェルを生き返らせる。そんで、俺達共通の願いを一個叶える。それでグッドエンドじゃねぇか」

「勝手に死んだことにするな」

 釘を刺すヴォイドだったが、パンクは幸先の良い未来を思い浮かべているのか、にやにやと笑みを浮かべるばかりだ。

「仮の話だ。そうムキになんなよヴォイド。そういや好奇心で訊くんだが、お前、なにか叶えたい願いあるのか?」

「なに?」

「なにじゃなくてよ。あるだろ一つくらい。こんだけ色んな事経験してりゃあよ」

「……お前はあるのか?」

「質問に質問で答えてくるか。まぁいいや。どんな願いを叶えるかは、ギュスターヴの奴を始末して、ヘリを奪ってから考えようとしようや。迅速に行動しようぜ。またあの気味悪い野郎どもの襲撃を受けちまうかもしれねぇ」

「そうなる前に、さっさと最上層へ行って願いを叶えないとですね。もうプロメテウスには住めませんし、いっそのこと、別の都市へ移り住みますか」

「ナイスアイデアだなアンジー。それでいこうぜ。心機一転。《凍える脊椎バック・ボーン》の新たなる門出を祝しての移住。悪かねぇぜ」

 誰一人メンバーが欠けることなく、恐るべき襲撃者たちの奇襲をやり過ごし、あまつさえ手痛い打撃を食らわせてやった。その戦闘結果が、アンジーとパンクの中で大きな意味を持っているのは確かだった。

 ヴォイドにとってもそれは同じであるはずなのだが、彼は浮かれることも、事態を楽観視することもなく、相変わらず何を考えているのか分からない虚無の眼差しをしている。

 そんな彼の様子を、ニコラはただ眺めていた。









 烈しく燃え盛るトラックやスポーツカーの残骸を背に、《天嵐テンペスト》のメンバーらは、黙して円陣を組んでいた。トラックを駆っていたナックルも含めて、全員が驚異的な身体能力を発揮し、車輛が爆炎に呑み込まれる寸前、脱出に成功していたのだ。そのために、服装にわずかな焦げ付きこそみられたものの、焼死したものは皆無だった。だがそれは、全員が無傷であるということを意味しているのではなかった。今まさに、消えゆく命が一つあった。

「アァアアアア……ウゥゥウウウ……」

 円陣の中心部。六人の戦士たちが静かに見下ろす中で、ストロベリィ・ザ・ホワイトヴェノムが、慄くような、それでいて弱弱しいうめきを漏らしている。アンジーの毒霧をたっぷりと浴びてしまったせいで、見た目には分からないが、体内の臓器の至る所がひどい損壊を受けているのは明らかだった。塩をかけられた蛞蝓のように身悶えするばかりで、もう自力で立ち上がることさえできないようだった。

 汚物の詰まった下水道に無理やり水を流し込んだような咳音と共に地面へ血痰を吐くストロベリィへ、全員が無言の祈りを捧げていた。これから死にゆく者への鎮魂歌レクイエム鬼血人ヴァンパイアとの戦闘で犠牲になった戦士が、生前に培った名誉と誇りを失うことなく、無事にあの世への旅路を歩めるように願う、彼らなりの儀式だった。

 ボルケイノがしゃがみ込む。先ほどのカーチェイスで見せた、冷酷で暴力的な素振りをまるで感じさせない優し気な手つきで、静かにストロベリィのペストマスクを取り外す。夜風に晒された女戦士の素顔は、蝋のように真っ白だった。口の端から血を零し、頬には落涙の痕があった。すでに精神が崩壊し、言語機能に致命的な欠陥があろうとも、ボルケイノは知っていた。ストロベリィの流した涙の意味を。言葉を必要とせずとも理解できた。震える唇から漏れだす吐息に宿る感情の機微ですら、まるで己のことのように実感できた。

 ボルケイノはそっとストロベリィのかさついた唇に触れると、親指で血を拭い、自身の口元へ運んだ。毒が含まれていようが、そんなこと、ボルケイノには全く意味を為さなかった。重要なのは挙措だった。仲間の流した血を味わうかのような、魂の欠片を取り込まんとする真摯な行動。真心が為すその行動こそが、死の床に伏せった仲間を最も安心させる動作である。これまで数々の死線を乗り越えてきた部隊での、共通の認識事項がそれだった。

「アタ……アタシ、を……」

 ストロベリィが、うわごとのように何かを呟いた。ボルケイノは真剣な眼で真っ直ぐに彼女の顔を見て、力強く頷いてみせた。

 ストロベリィは安心したように、口角を持ち上げて、黄色く濁った歯茎を剥き出しにした。いつもペストマスクで素顔を覆っていた女の、不器用で歪な、最期の笑顔。それだけを残して、ストロベリィの瞼は、ゆっくりと閉じられていった。

「大丈夫だ。ストロベリィ」

 事切れた同志へ向けて、ボルケイノが呟きを落とす。

「お前を一人にはしない。俺達はこの先も一緒だ。何も心配することはない。俺達は、常に一つだ」

 手向けの言葉を送ると、逞しさと労わりに満ちた両手でストロベリィの豊満な体を抱えて立ち上がり、鉄橋の欄干へ歩みを進める。

 残された仲間たちが見守る中、ボルケイノは意を決した様子で、ストロベリィの遺体を橋の下へ投げ込んだ。長いようで一瞬とも感じられる静寂が流れ、距離感の全く掴めない暗黒の水面が、戦士の重みで飛沫を上げた。

「聞け、偉大なる同志諸君」

 未練を断ち切るように振り返り、ボルケイノは告げる。その荒涼とした大地を彷彿とさせる灰色の瞳でもって、順々に仲間たちを見やり、ブロンドに染まる長髪が風に揺れるのにも構わず、黒い皮手袋に包まれた左手で拳を作り、己の胸板を叩く。

「いま、我々は一人の同志を喪い、そして同化した。たとえ肉体が滅びようとも、勇敢なるストロベリィ・ザ・ホワイトヴェノムの魂は、我々と共にある。我々は決して一人ではない。個にして群れ。群れにして個。そのことをゆめゆめ忘れてはならない」

 騒ぎを聞きつけたのだろう。市警のパトカーと救急車のサイレンが、遠くからだんだんと近づいてくる。それでもボルケイノの声に焦りはなく、手短にまとめようとする気配もなく、伝えるべきことを伝えることだけに集中していた。生き残った五人の戦士たちもまた、リーダーの言葉に静かに耳を傾けるだけだった。

「与えられた使命を自覚し、そして実感するのだ。この切実な状況を。我々は確実に、楽園の実現へ近づいている。奇跡を手中に収めるまで、もうあと少しだ。野良犬どもの足跡を追い、我々の背負いし因果を洗浄し、叶わなかった未来を今晩のうちに現実のものとすることを、ここに誓おう」

 リーダーの言葉を受け、各々が鬨の声を上げた。憤怒、鼓舞、悲哀、覚悟、敬意。それぞれが、それぞれの感情を糧に、新たなる目覚めの時を迎えている。

「ピアフの迅速な電子的攻撃のおかげで、敵の電脳から情報を盗み取るのに成功した。野良犬どもは、奇跡を飼い主の下へ届けるつもりのようだ。これより、情報の共有を開始する。戦場となる屋敷の地図を頭に叩き込んでおけ」

 スクラップと化した車輛を薪代わりに天高く燃え盛る火炎を背に、狂気を孕む六つの影は動き出す。

 鉄橋の先。小高い丘にそびえる、都市支配者の居城へと。

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