2-20 PM13:00/異形の小隊

「上々だな」

 うなじに誂えられたホログラム通信用のマルチ・スロットから有線ケーブルを取り外すと、グルストフは広々とした後部座席に背を預けながら運転手へ下知を飛ばした。心なしか、ほっとした表情を浮かべながら。

「会議の結果、全権が私に委任された。予定通り、博物館ミュージアムへ直行しろ」

「承知いたしました」

 運転手が慇懃に頷いた。ハンドルを握る手に力が入る。

 中層ではまずお目にかかれない高級電動カーの助手席には、鈍く銀色に光るアタッシュケースが黒いハーネスで座席に括りつけられている。中身は言わずもがな、イーライ医療局長からあらかじめ・・・・・受け取っていた鎮静剤だ。

「何事も先を読んで行動するに越したことはないな」

「仰る通りです。それで、振り分けについてですが」

「チームは二つに分ける。四名を着陸所に。もう四名を日向を歩く者デイライト・ウォーカーの捜索に当てる」

「電子戦についてはいかがいたしますか?」

博物館ミュージアムを使う。あそこは治療施設であると同時に、いざという時の拠点となりうる場所だ。奴らへの司令もそこから出す」

「精神病患者を閉じ込める牢獄が、市街戦の前線基地になると?」

「元々はただの隔離施設サナトリウムに過ぎなかったがな。裏で私が設備投資してやったのだ。こういう事態がいつ起こるとも限らないと考えての先行投資だったが、無駄にならなくて何よりだ」

 何事も準備は大切だと改めて実感しながら、グルストフはマジックミラー越しに延々と流れる景色を、何気なく眺めた。

 都道四十七号線。都市の北西部を縦断するそこは、辺り一面が穀倉地帯で知られていた。今は収穫の時期を終え、次の刈り取りの時期を待つかのように、剥き出しの黒土があるだけだ。そこを通り過ぎると、今度は打って変わって、清潔さを絵に描いたような白い角ばった大小の建物が点在しはじめた。プロメテウスが誇るメディカル・パーク――周囲の区画を寄り合わせて整備された複合医療研究拠点とも言うべき場所。企業連合体の息がかかった研究施設が、あちこちに建造されていた。

 だが、パークの中で最も広い敷地面積を有するのは製薬関連の研究開発施設ではなく、重度の精神病患者……それも過去、凶悪犯罪に手を染めた者たちのみを収容した、サトゥルヌス精神病院と呼ばれる建物だった。

 プロメテウスでは、なんらかの精神疾患によって自己責任能力に著しく欠けていると判断された犯罪者は、裁判の正式な手続きを経て、すべからくサトゥルヌス精神病院へ収容される手筈になっている。腕利きの精神科医たちが組んだ矯正プログラムが日夜施され、社会復帰のための支援が為されるわけだが、そのほとんどは実を結ばないのが現実だった。

 だからと言って、患者たちに無為な日常を送ることが許されているわけではない。精神に異常をきたしていても肉体的に健康な彼らには、新薬の臨床実験におけるモルモットとしての価値が見出された。どんな人間であろうと、都市のために生産力を発揮するべきだという暗黙のルールの下に。

 もちろん、それには親族の同意が何よりも不可欠だったが、応じれば病院から謝礼としてまとまった金が手渡されるシステムのおかげで、これを有効に活用しようとする者達が後を絶たない。

「よくわからんものだな、人生というのは」

 サトゥルヌス精神病院が《博物館ミュージアム》と都民たちからあだ名されるようになった背景を思い出しながら、神妙そうにグルストフは呟いた。

「犯罪者の収容所と化した施設に、かつての英雄たちを押し込む。勝ち組が負け組に、あんなにもたやすく転落するとは」

「すでに言葉もろくに交わせない状況と耳にしましたが」

 やや不安げな表情で、バックミラー越しに運転手が訊いた。

「八名のうち七名が心神喪失状態だ。定期健診の報告書によると、小隊長の《ノックス》のみが意思の疎通を図れる状態にあるらしい。不幸中の幸いという奴だな」

 ちらりと視線を助手席へ向ける。イーライ医療局長を疑うわけではないが、本当にこの薬で彼らの狂気を一時的に拭えるのか、いまさらになってグルストフの中で不安感が首をもたげてきた。

 車は、ほとんど排気音を感じさせない静けさで、広々とした二車線をどんどんと進んでいく。並み居る製薬研究施設に混じって、博物館ミュージアムの特徴的な外観――モスクを彷彿とさせるドームの先端が、薄雲のかかった空の下に見え始めた時だった。

 はるか前方。博物館ミュージアムのエントランスにある駐車場から、一台の電動カーが異様な加速を見せて飛び出してきた。追従して同型の電動カーが一台、二台と、めちゃくちゃなハンドルさばきで驀進。車線を無視して、まっすぐ、グルストフたちを乗せた電動カー目がけて突っ込んでくる。

「なんだ!?」

 運転手は本能的に危険を察知すると、左手でシフトレバーを乱暴に引き、主人の身を案じる暇もないとばかりに乱暴なUターンを決行した。しかしそのわずかな所作の合間に、三台の電動カーはスペック限界の凄まじいスピードに乗って、あっという間に距離を詰めてきていた。

「なんだ!? どうした一体!?」

 突然の事態を受けて混乱に呑まれかけたグルストフが怒声を張り上げた直後だった。先頭を走っていた電動カーが急加速し、そのまま躊躇なく後ろから追突してきた。防弾仕掛けのリアガラスが呆気なく吹き飛び、反射的に身を守ろうと膝を深く曲げたグルストフの頭上に、盛大なガラスのシャワーを浴びせた。

 ピラーもへし折れ、高級電動カーはその姿を一瞬で無惨に変えながら、めちゃくちゃな軌道を描いてスピン。趣味の悪いメリーゴーランドとでも言おうか。視界が目まぐるしく反転する。ブレーキも効かず、暴力的な回転運動に乗せられた電動カーは、反対車線の電柱の一つへ真正面から追突した。その衝撃でバンパーが砕け散り、フロントガラスが粉々に割れて、運転手の首がありえない方向へ捻じれた。エアバッグなど、なんの役にも立たなかった。

 追い打ちとばかりに残り二台のうち一台の電動カーが、土手っ腹を殴りつけるように突進。盛大な衝撃音と共に後部座席のドアはぐしゃぐしゃに変形。電柱への衝突でくの字・・・に折れ曲がっていたボンネットは、完全に真っ二つになって路面に放り出された。

 それでも、グルストフは死ななかった。頭や腕から血を流しながら、ぐらつく視界をなんとかしようと、割れた窓ガラスから外へ這い出る。

「な、なんだ。何が起こって」

 反射的に独り言が出たのは、そうしなければ突然の強襲に頭が狂ってしまいそうだと本能が感じたからだ。

 ただの事故ではない。そう感づいてはいたが、見開いた彼の眼は、追突して大破した二台の電動カーの運転席を見て驚愕に慄いた。

「無人……!?」

 呆然としかけたその時だった。残り一台の電動カーのドアが静かに開いて、運転席から、助手席から、後部座席から、都合三人の人物がおもむろに姿を見せた。

 愕然とした表情でグルストフは彼らを見上げた。悠然とした足取りで近づいてくる三人のうち、真ん中を歩く男の存在にまず目を奪われた。

「き、貴様は……」

 中世の宗教画から飛び出してきたような、掘りの深い顔立ち。真っ赤なレザージャケットとレザーパンツを着込み、裾から覗く腕も、襟から露出した首筋も、不健康なほどに白い。男がジャケットのポケットに両手を突っ込んで歩く度に、ブロンドの長髪が風に揺れる。荒涼とした大地を凝縮させたような灰色の瞳が、言い知れぬ狂気を孕んでいる。

 ただでさえ異様な立ち振る舞い。だがしかし、男が両脇に従える人物たちのほうが、異様さを通り越して、異形と断じて間違いない容姿をしていた。

 グルストフから見て右側――三人の中で最も高身長の怪人。瞼は無く、機械化された巨大な眼球を剥き出しにした男。禿げ上がった頭部。鼻はそぎ落とされ、顔の下半分を赤いプロテクターで防護しており、その隙間から昆虫の口吻のような突起物が三本生えていた。

 感情の機微はわずかほどもうかがえなかった。骸骨のようにやせ細った炭素鋼材ハードカーボンと金属繊維仕込みの強化肉体を恥じるかのように赤いロングジャケットを着て、足元まで完璧に覆い尽くしている。ジャケットの背面部は一部が切り取られ、ナノシートを幾重にも重ねた人工の翅が四枚露出していた。翅は薄いわりには馬鹿げたように巨大で、下から見上げるグルストフにもその一部が視認できるくらいだった。さながら、二足歩行に進化したセミ人間という有様だ。

 一方で、グルストフから見て左側――全身を、鎧武者めいた赤い強化外骨格で全身武装した巨漢。兜の奥で虚ろ気に光る二つの瞳。脳に十分な酸素が行き届いていないかのように、ぼんやりと口を開けている。だが油断はならない。なぜなら巨漢の両腰には二振りの日本刀サムライ・ブレードが真っ赤なステンレス製の鞘に収まっていて、次の瞬間にはギラリと銀光を奔らせるような予感があった。それに加えて巨漢の股間部には、これみよがしに装着された一振りの長剣が天を向いて屹立していた。それもまた赤い鞘に収まっていたが、グルストフは知っていた。股間から生えたそれが腰に据えた得物とは違って、レイピアのような両刃の剣であることを。マスをかくように鞘を抜いたが最後、容易に心臓を一突きできるほどの刺突力を持つことを。

 いや、この鎧の巨漢だけではない。セミ人間の背中から生えた巨大な四枚の翅がその真価を発揮した時、どれだけのパワーが発生するか。それすらもグルストフは把握していた。真ん中に立つブロンド髪の男が、これまでどれだけ困難な作戦を実行し、どれだけの成果を積み上げてきたのかすらも含めて。

 なぜなら彼らこそが、これから接触するはずだったかつての英雄にして、今は廃人と化した戦士たちに他ならないからだ。

「ヴィィイイイイイイイイイイン!! ヴィィイイイイイイイイイイン!!」――セミ人間――ムルシエラ・ザ・スクリームの奇怪な叫喚。

「ブッた斬って刺す! ブッた斬って刺す!」――鎧の巨漢――アトラス・ザ・ゴッドスピードの獰猛な雄叫び。

 涎を撒き散らして双方の口から放たれる言葉には理性の欠片すらなく、ただ渦巻く狂気に身を任せているのが嫌と言うほどに思い知らされる。

 ただ一人、理性を辛うじて保つことに成功している魔人――ブロンド髪の男が、二人の異形なる仲間を従えてグルストフの下へ歩み寄る。

「危機察知能力に欠けているな。おかしいとは思わなかったのか? パークに入ってから、すれ違う車が一台もなかったことに」

 アルカイック・スマイルめいた笑みを顔面に貼り付けて、赤いジャケットのポケットから黒革に覆われた両手を引っこ抜くと、辺り一面を指差しながら口にした。

「すでにここら一帯の施設は我々が制圧した。我が偉大なる同志ディーヴァの力を以てすれば、施設のネットワークを手中に収めることなど造作もない」

「《ノックス》……い、いや、ボルケイノ・・・・・。貴様、一体なんのつもりだ」

「いまさら私の本名・・を口にしてなんになる。こちらの機嫌を伺おうとでもいうのか? 都市の巨人たる貴様にしては、ずいぶんと殊勝な態度じゃないか」

 台詞とは裏腹に、《緋色の十字軍クリムゾン・バタリアン》の第三小隊小隊長サード・プラトーン・ヘッド――ボルケイノ・ザ・ノックスは、不気味なほどに笑みを崩さない。

「は、反乱でも起こすつもりか? 馬鹿げたことを……いま、この都市にどれほどの危険が迫っているかも知らずに――」

鬼血人ヴァンパイアの出現情報なら、すでに承知済みだ」

「なに!?」

 側頭部をぶん殴られたに等しい衝撃。グルストフは声を失い、思わず目を見張った。そんな彼に構わず、うっとりしたような声音でボルケイノは口にした。

「素晴らしい……さすがは闇の眷属。月夜に見初められし強者たちと言ったところか。あの程度の攻撃では、絶滅していなかったということだ。まったく素晴らしいことだ」

 陶然とした声音。なおも続くボルケイノのアルカイック・スマイル――数多の鬼血人ヴァンパイアを相手取った地獄めいた戦場での癖。極度の緊張状態に苛まれる空間で正常さを保とうと意識したその行為スマイルが、精神疾患に陥ったいまは、呪いの仮面のごとく張り付いていた。

「グルストフよ、お前のことだ。今回も、我々をコントロールするつもりでいたのだろうな。五年前の時と同じように。自身は安全を確約された場所から一歩も出ず、我々に全ての面倒事を押し付ける。だがそうはいかない。我々は再び、あの時の闘争の喜びを噛み締めにいくのだ、貴様の命令ではなく、我々自身の意志で」

「だ、誰だ!? 誰に情報を……い、いや、違う!」

 烈しい混乱の最中、グルストフが喘ぐ様にして訊いた。

「誰にそそのかされた!? 誰がお前たちに餌をばらまいたんだ!」

 しかし、その必死な問いかけにも、ボルケイノはただ涼やかに応えるのみだった。

「勘違いをしているようだが、我々は手懐けられたのではない。たまたま、そう、たまたま、我々にとって興味深い『宝の地図』をくれた者がいた。ただそれだけだ」

「誰だ……一体誰がお前たちにそんな真似を――」

 恐怖と怒りと怯えで全身を硬直させていたグルストフが、その時、びくりと大きく体を震わせた。鼓膜を直接殴られたような痛烈な衝撃――こめかみの辺りを抑えつけながら、身をくねらせるようにして悶え苦しみ、黄ばみが混じった吐瀉物を路面に撒き散らした。胃の内容物が――朝食に摂ったベーコン・エッグと分厚いトーストの欠片が――一面に広がるのを苦々しく感じながら、グルストフは直感した。

 これが、ムルシエラの力によるものだと。

「グルストフ。我々は弱者なのだよ。この都市を守るために活動していたはずが、いつの間にかすべての喜びを都市に奪われていたと気づいた時には、すでに檻の中に閉じ込められた後だったのだから」

「ヴィィイイイイイイイイイイン!! ヴィィイイイイイイイイイイン!!」

「ブッた斬って刺す! ブッた斬って刺す!」

「そうだ。平和という名の牙が、我々から根こそぎ奪っていったのだ。血も滾る騒乱……いま、それを取り戻す時がきたのだ。弱者が都市をひっくり返す時代が、やってきたのだよ」

 異形なる怪物たちのとち狂った雄叫びに混じる、ボルケイノの演説めいた台詞。それすらも、今のグルストフには奇妙な音の羅列としか知覚できない。それどころか、視界がジェットコースターのようにぐるぐると回り、脳みそがシェイクされているような、ひどく気分の悪い状態に陥って仕方なかった。

「どうかね。我が偉大なる同志が一人スクリームの音響攻撃は。三半規管を破壊されるというのは、なかなかに強烈だろう?」

「ヴィィイイイイイイイイイイン!! ヴィィイイイイイイイイイイン!!」

 勝ち誇るようにムルシエラが言語不明瞭な叫びを上げた。その長身痩躯の怪人の背中に装着された四枚の翅が、目にもとまらぬ速度で擦り合わさりあって、超振動とでも呼ぶべき音の刃を生成していた。

 その原理はひどく単純である。ナノシート製の翅の内部には、肉眼では捉えきれないほどの細いパイプが網の目のように通っており、その中を比重の高い有機溶媒が流れている。流動の方向や速度を微細に調節しながら翅を擦り合わせることで、多種多様な音域を生成可能とするのが、ムルシエラが授かった『サイボーグとしての』強みだった。これのおかげて、敵の行動力や判断能力を奪う爆音だけでなく、グルストフに見舞ったような、生物にとってひどく有害な超高周波すらも放射できるのだ。

 それでも、すぐ傍に立つボルケイノやアトラスにまるで殺人音響の影響がないのは、彼に備わったもう一つの力――人体跳躍手術ゲノム・ドライブによるものだ。

 すなわち、半径三十メートル以内の重力操作。

 まさにこの時、ムルシエラは己の戦闘本能に従って周辺の重力場を捻じ曲げ、グルストフにのみ殺人音響が届くよう指向性を獲得していたのだ。

 異能力と機械能力のハイブリッドにより、対鬼血人ヴァンパイア戦における戦闘手段を拡張する。《緋色の十字軍クリムゾン・バタリアン》のメンバーたちは、そういった理念のもとに生み出されてきた。その力の片鱗を、あろうことか味方側であるはずの自分が喰らっているという事実に、グルストフが空恐ろしいほどの恐慌を抱いたのは言うまでもない。

「しかしだグルストフ。我々は貴様に感謝もしているのだ。あの時……貴様の誘いに乗って作戦に参加したからこそ、我々は、自分達が何者であるのかを知ることができた。我々は精神病に侵されているのではない。人間としての残酷さを知ることができたのだ。それはとてつもない幸福なのだ。では、さらばだ。二度と会うことはないだろう」

 芝居がかった口調と共に両腕を大きく広げて、ボルケイノはかつての司令官に、あっさりと別れの言葉を告げた。グルストフが慌てた様子で何事かを口にする前に、ムルシエラの音響攻撃が無慈悲にも最大のパフォーマンスを発揮した。

 知覚不可能な怪人の叫びスクリームが、そのまま死の宣告となってグルストフに降りかかった。その身が小刻みに激しく振動を始めたかと思いきや、目と耳と鼻から、真っ黒な粘つく血をどろどろと溢れさせた。

 さっと、ボルケイノが右手を上げた。ムルシエラは従順な態度で隊長の無言の指示に従い、翅の振動をストップした。グルストフは恐怖に引き攣った顔のまま、もうぴくりとも動かなくなっていた。

 もはやただの死骸となったグルストフを、ボルケイノはじっと見下ろし続けた。その灰色の眼に、哀れみや悲しみといった感情は一切なかった。腐っていく肉に群がる蝿の数を数えているという風でもなかった。強いて言うなら、『標的を殺した』という事実と、これから自分達が取るべき行動とを儀式的に結び付け、その接続点になんらかの崇高な意味を見出そうとしているようだった。

 しばらくそうしていたボルケイノだったが、やがて振り返ると、すでに手中に収めた博物館ミュージアムの外観を目の端に捉えながら、ムルシエラとアトラスを鼓舞した。

「ここからが始まりだ。我々が奇跡を手に入れるためのゲームに乗り込むことを証明する、スタート・ポイントだ。だが、このゲームでセーブは効かない。そのことを忘れてはならない」

「ヴィィイイイイイイイイイイン!! ヴィィイイイイイイイイイイン!!」

「ブッた斬って刺す! ブッた斬って刺す!」

 気の狂った部下たちの声に満足そうに頷くと、ボルケイノはジャケットのポケットから携帯端末を取り出し、どこかに連絡を取り始めた。

「私だ。取引通り、ブタは始末したぞ」

『ご苦労。後で死体の画像を送ってくれ。輝灼弾はすでにそちらへ届いているな?』

「さきほど同志の一人が確認した。それにしても、あざやかな手さばきだな。我々の脱走を手引きするエージェントを用意していた件といい、輝灼弾の件といい、準備の良さに恐ろしささえ覚えるほどだ」

『私の理想に共鳴してくれている敬虔な信者たちを利用しただけだ。さて、これで私と君たちの関係は終了だ。後は好きなように動くといい』

 電話の向こうで、男の声がした。若い男の声だ。

「一つ聞きたいことがある」

 このまま電話を切っても良かったが、ボルケイノは確認を取るように言った。それだけボルケイノも、この電話先の男の得体の知れなさに、思うところがあったのだ。

「なぜ我々に『宝の地図』を……願望授受体フォークロアの存在を教えたのだ」

あの少女・・・・の事か。そうだな、ただの暇つぶしでないのは確かだ。詳細は話せないが、私には私なりの狙いがあってね。それを実行するために、君たちには都市を引っかき回してもらいたいというのが、こちらの素直な気持ちだ』

「貴様にも叶えたい願いがあるのか? なおさら分からないな。だとしたらなぜ願望授受体フォークロアの情報を独り占めにしようとせず、無作為にばらまくなんて真似をした」

『それを答える義務が、私にあるとは思えないが』

「じつに傲慢な物言いだな。今の私がいるのは貴様のおかげでもあるが、もし借りがなかったら、真っ先にその首をへし折るところだ」

『気分を害したのなら謝ろう。申し訳なかった。ただ、人の考え方はそれぞれだ。私は私なりの方法で都市の階層を駆けあがってきた。これからもそうするつもりだ。君たちは君たちのやり方で、夢を叶えたまえ。それを否定する権利は誰にもない』

「余計な真似をしたら、どうなるか分かっているな?」

『無論だ。私としても、君たちと敵対するのは本心ではない。どれだけの被害がもたらされるか、分かったものではないからな』

 真面目な口調で電話先の男は言った。その言質を引き出せただけでも、ボルケイノにとっては収穫だった。そしてそこから後の質問は、本当にただの興味から湧き出たものだった。

「これが最後の質問だ。ディエゴ・ホセ・フランシスコ」

『私に答えられる範囲のことなら受けよう。ボルケイノ・ザ・ノックス』

「都市の権力者である貴様からみて、プロメテウスとはどんな場所だ」

混沌カオスが集う土地だ』

 間髪入れずに男は応えた。これまで長い間熟成してきた想いの片鱗が、そのときだけ一瞬垣間見えたようにボルケイノは感じた。

『階層で区切られていることに意味などない。様々な価値観が入り乱れ、風紀が汚され、貧富の差を生み続けているのが今のプロメテウスだ。皆が物質的価値観に縛られ、それを当然の習慣として受け入れている。私にしてみれば、それこそ忌むべきものだ』

「聖人のような文句を吐くんだな」

『そう思ってくれて構わない。逆に尋ねるが、君にとってプロメテウスとは何かね』

「そうだな」

 しばらく考えてから、ボルケイノは微笑みを浮かべて言った。

「牢獄だ」

 ボルケイノは電話を切った。

 それから手早くグルストフの死体を撮影し、指定されたアドレスにそれを送り届けてから、こめかみの辺りを強く押し込んだ。医療局によって凍結されていた小隊専用の電脳ネットワーク。その解除キーは今から一時間ほど前に力づくで奪い去っていた。

〈同志諸君〉

 ボルケイノは占拠した博物館ミュージアムで待機中の、残り五人の仲間たちに向けて、意気揚々と電子の声を張り上げた。

〈道は切り拓かれた。プロメテウスへ炎を捧げる道が。ここから我々は、我々の人生をもう一度始めるために、奇跡の体現者を確保する。困難極まる道のりだが、全員、覚悟はできているか?〉

〈アタシを捨てないでエエエエエエッッ! アタシを捨てないでエエエエエエッッ!〉

〈レディゴォォォオオオオオ!! 踊りましょうよ! 踊りましょうよ!〉

〈天国だよ! 天国だよ! キヒヒヒヒィイイイイイイ!!〉

〈轢き殺しぢゃるううううううう!! 轢き殺しぢゃるううううううう!!〉

〈ボクとケッコンしてくだサァアアアアアアイイイイイイイイイイ!!〉

 もはや人としての領域を超えた、怖気を与えるかのような五つの哄笑に心地よく耳を傾けて、ボルケイノはひどく嬉しそうに言った。

〈ありがとう。諸君らの絆の強さには感謝しかない。さて、まずは色々と決めなければならないことがある。これより我々は博物館ミュージアムとパーク近郊を情報作戦拠点として使用する。ここら一帯を《爆心帯セントラル》と名を改め、拠点長は《ディーヴァ》……そう、ピアフ・・・に一任する〉

〈天国だよ! 天国だよ! キヒヒヒヒィイイイイイイ!!〉

〈そうだ。これからは皆を本名・・で呼ぶことにする。コードネームなど、所詮、都市の支配者が我々を縛るためにこしらえた忌み名に過ぎない。そんなものに縛られる必要は、もうどこにもないのだ。ゆえにチーム名も変えよう。すでに生き残っているのは我々第三小隊の面々しかおらず、大隊として機能する力は失われた。しかして我らは一つの渦となって都市をひっくり返し、新たなる楽園を創造するための足掛かりとなる。ゆえに《天嵐テンペスト》と名乗るべきだと思うが、どうかな〉

〈アタシを捨てないでエエエエエエッッ! アタシを捨てないでエエエエエエッッ!〉

〈レディゴォォォオオオオオ!! 踊りましょうよ! 踊りましょうよ!〉

〈天国だよ! 天国だよ! キヒヒヒヒィイイイイイイ!!〉

〈轢き殺しぢゃるううううううう!! 轢き殺しぢゃるううううううう!!〉

〈ボクとケッコンしてくだサァアアアアアアイイイイイイイイイイ!!〉

〈ヴィィイイイイイイイイイイン!! ヴィィイイイイイイイイイイン!!〉

〈ブッた斬って刺す! ブッた斬って刺す!〉

〈そうか。気に入ってくれたか。賛同してくれてありがとう、同志たちよ〉

 既存の概念を上塗りし、限られたグループネットワーク内でのみ価値を持つ名称に塗り替える。そのことが、彼らの中にさらに一段と強い仲間意識を芽生えさせたことを、ボルケイノは確かに感じ取っていた。

 重度の精神障碍者との言語による意思疎通は不可能。それが世間の常識だったが、ボルケイノにそんなことはまるで関係なかった。家族よりも強い関係性で結ばれた彼らの間では、以心伝心によるコミュニケートが可能であり、実際にボルケイノはそれを獲得していた。

〈それでは、今後の作戦について通達する。ストロベリィ、ヘイフリック、オクトパシー、ナックルの四名は武装を整えて第一緊急着陸所へ急げ。そこに、我らの愛するべき宿敵の一匹が今から一時間以内に訪れる。先に市警の奴らが配備を済ませているだろうが、構わん。好きなだけ殺し回れ〉

〈アタシを捨てないでエエエエエエッッ! アタシを捨てないでエエエエエエッッ!〉

〈レディゴォォォオオオオオ!! 踊りましょうよ! 踊りましょうよ!〉

〈轢き殺しぢゃるううううううう!! 轢き殺しぢゃるううううううう!!〉

〈ボクとケッコンしてくだサァアアアアアアイイイイイイイイイイ!!〉

〈そうか、興奮するか。しかし忘れるなよ。我々の目的はあくまで願望授受体フォークロアの奪取だ。仕留めきれないとなったらすぐに戦略的撤退を選べ。ピアフは《爆心帯セントラル》のネットワーク・パワーを駆使して彼らの補助に回りつつ、都市中の監視カメラにアクセスしろ。お前が得意とするデータマイニング技術の見せどころだ。それで願望授受体フォークロアの居場所を探り出せ〉

〈天国だよ! 天国だよ! キヒヒヒヒィイイイイイイ!!〉

〈私か? 私にはほかにやるべきことがあってな。なに、取るに足らないことだが、ケジメをつけるという意味では無視できない案件なのだ。それでは、幸運を祈る〉

緋色の十字軍クリムゾン・バタリアン》改め、《天嵐テンペスト》としての最初の作戦通信を終えると、ボルケイノは後ろに控えているムルシエラとアトラスへ向き直った。

「お前たちは私の仕事の手伝いをしてもらう。今から示す住所に向かえ。合図があるまで待機だ」

「ヴィィイイイイイイイイイイン!! ヴィィイイイイイイイイイイン!!」

「ブッた斬って刺す! ブッた斬って刺す!」

 怪人らの行動は素早かった。電脳ネットワークで別の獲物の在処を教えられると、巨体のアトラスが痩身のムルシエラを肩に担いで、そのまま音と衝撃だけを残して、瞬きをした間にその場から消えた。テレポートか何かと錯覚しがちな現象だったが、そうではないことを知っているボルケイノは、心底嬉しそうに笑った。

「はしゃぎすぎるなよ」

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