1-23 罪業の呪術vs絶滅の魔導②
魔杖から金属音が鳴り響き、電磁波の
攻撃に移ろうとしていた近くの呪蘇儡人たちが一瞬で呼吸困難を発症し、たちどころに意識不明に陥り、多臓器不全に見舞われ、体中の水分や血液が沸騰して醜く膨れ上がり――その中にはキュリオスの叔父にあたるダリオや、実母のメナストゥスなどもいて――次々に肉体が破裂していったが、射程範囲内にいる中で、唯一キュリオスだけが、どうってことない顔でそれを受け止めていた。
「(効いていないだと)」
オレイアスにしてみれば有り得ないことだった。いまだかつて、この強力無比にして絶滅の魔導たる【
にわかには受け入れがたい現実が、技術的に規格化されてしまった呪術=魔導式の限界を意味していた。
「さっきの会話の中に、あんたの魔導を無効化する言霊を混ぜておいたからねぇ。その手品はもう、あたしには通用しないよ。そして――」
一人の呪蘇儡人が――キュリオスから見て二十三番目の弟である碧眼の美少年・ユーハライネンの矮躯が――ひょいと彼女の乗る車椅子の背に飛び移った。
「この虚しい闘いを長引かせるつもりもない」
辟易している、と言うような調子で言葉にした途端、ユーハライネンの呪的強化された筋骨が稼働し、車椅子の背を足場にして銃弾のように跳躍した。高速で躍動するその肉体に向けて、再び魔杖から放射される電磁波の渦。
直撃――オレイアスの目論見通り、ユーハライネンの蒼白い体は内側から一斉に炸裂したが、中から溢れ出てきたのは血と臓物だけに限らなかった。
瞬間的に視界を覆う、膨大な熱と光の嵐。
轟音があたりに響き渡る。
「(爆発――!?)」
あらかじめ体内に仕込んでいた――形勢逆転のための装置を。
ただちに障壁の魔導式を起動。だが爆発の余波はするりとスカイブルーの壁を抜け、オレイアスの全身に目では見えない『ひび』を生じさせた。体の内側に何かが忍び込んでくる気味の悪さを覚えた直後、体中の導脈回路を激しく捩じられるような怖気があった。
肉体の操作権限を何者かに奪われる感覚に支配されると同時に、手足が細かく震え出し、からんと音を立てて魔杖が地面に転がる。障壁の魔力格子が結合崩壊を迎え、スカイブルーが、薄いガラスの破片のように割れ散った。
「(ただの爆発ではない! これは――)」
「
ユーハライネンの体にあらかじめ仕込ませておいたギミックの正体を、キュリオスは淡々と説明しだした。
「はやい話が、小型電磁波爆弾に呪詛を仕込んだ呪具さ。呪術ってのはね、なにも言霊だけに限らない。現行兵器にあたし特製の呪詛を封入してやることで、通常運用ではありえない効果をもたらすことも可能ってわけさ。これで、手の内は完全に封じられたね」
「馬鹿な……」
無機質な顔つきのまま、オレイアスは絶句した。
「
「センサーなんて、そんなものに頼っているようじゃ駄目だ。呪いでごまかしているんだから。それにね、被術対象者に人格があるとこちらが認めた以上、呪術は効くんだよ。あんたみたいな特別性の機械兵器を相手に言霊を効かせるにはよっぽどの力が必要になるけど、さっきも言ったように言霊だけが呪術の全てじゃない。無機物に呪いを付与する【
兵器に呪詛を仕込む。形あるものに、形なき思念を注ぐ。呪詛をパッケージ化させた呪具・
「勘違いしているようだけど、魔導式はしょせん技術さ。呪術はさらにその上をいく本物の魔術。はなから、あんたが勝てる道理なんて、どこにもなかったのさ」
散りゆく花々を眺めるように目を細めると、キュリオスの右腕がゆっくりと持ち上げられた。まるで、楽団の一挙手一投足を率いるコンダクターのように。
「マリオネットの糸、悪いけど握らせてもらうよ」
その細く滑らかな五指が、生き物のように宙を泳ぐ。
「(
ただちに自己診断プログラムをはしらせ、異常をきたした導脈回路を正常化させようと試みるオレイアス。しかしながら、プログラムはエラーを弾き返してくるだけで、有効な手段を何一つ掲示してはくれない。
オレイアスの膝が崩れる。コートに包まれたその矮躯が、支えを失くしたかのように地面に倒れ伏した。体の内部に充満した高密度の呪詛がキュリオスの
「おやすみよ、お人形さん」
好機を待っていたとばかりに、キュリオスの背後に待機していた呪蘇儡人たちが、
もがこうと手足をばたつかせるも、無駄な抵抗だと嘲笑うかのように呪蘇儡人たちが次々に爆発。高密度に圧縮された呪詛の嵐が巻き起こり、オレイアスの導脈回路をことごとく焼き切っていく。
全ての呪蘇儡人が爆死し終えた時、場に残されたのは、赤黒い肉のスープに沈んだ一体の人形だけだった。両目に灯っていた黄金の光は、とうに喪われていた。
投入戦力の算出――消費した呪蘇儡人の数は四十一体。残機は六十三体。
「(早期決着を目指した戦法だったとはいえ、少々使い過ぎちまったね……)」
だがこれで良い。危難はひとまず去ったのだ――もやもやとした心を無理やり納得させながら、残りの呪蘇儡人たちを率いて、キュリオスは館へ戻ろうとした。
刹那――肩越しに覚える違和感。不穏な気配。
まさか――嫌な予感と共に振り返る。
「……まだ、仕掛けがあったか」
予想外の光景が視界に飛び込んできた瞬間、キュリオスは心の帯を締め直していた。と同時に、その端正な顔立ちに緊張の色がはしる。
破壊したはずの機械人形が動いていた。その両目に黄金の光を再点火させていた。完膚なきまでに導脈回路を破壊し、生命活動を停止させたはずだった。にも関わらず。まるでこれまで受けてきた全てのダメージを無視するかのように、実に滑らかな動きで歩いてくる。
「ぎりぎりのところで表意転送が間に合ったようだ」
オレイアスの艶やかにして硬質そうな唇。その隙間から漏れる声――電子的に響く、重々しくもしゃがれた老人のそれ。
キュリオスの眼が、驚きで大きく見開かれた。
「予備の導脈回路に
「……あんた、まさか」
いまのオレイアスがどういう状態にあるのかをそれとなく見破ったキュリオスが、反射的に渋い表情を浮かべた。
その得体の知れない機械人形は、能面めいた表情のまま、ゆっくりとした歩調を維持しつつ、体に付着した肉片を一つ一つ丁寧に剥ぎながら、人造の声帯を軽やかに震わせてみせた。
「そう眉間に皺を寄せるな、キュリオス。あの頃と変わらぬままの可愛らしい君の美貌が台無しになる様を、かつての隣人に見せる気かね?」
どこか人を舐め切ったような口調。キュリオスには聞き覚えがあった。初対面の時からいい印象を抱くことはなく、とっくに縁は切れたものと思っていた。その途切れたはずの縁を辿って、まさか向こうから擦り寄ってくるとは、少しも予想していなかった。
「ディエゴか」
決定的な名をキュリオスが口にする。
機械人形が足を止めた。オレイアスの中に入り込んだ意識が、鋼鉄の肉体の奥深くで悠然と笑っていた。
「いかにも。いま君と言葉を交わしているのは、ディエゴ・ホセ・フランシスコの意識に相違ない」
そして、ルル・ベルが心の底から無条件の信頼を寄せて止まない老賢人が、そこにいた。
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